授業に身が入らない。生徒会でも作業能率が悪い。おまけに食欲がない。夜も寝付けなくて睡眠不足だ。
最近、何もかもが、全く自分の思う通りに進まない。何でこれ程までも自分の調子が悪いのかと思うと悲しくなる。そして、それもこれも、全てあいつの所為で。それがまた少しだけ悔しい。
そう、その原因が半屋工。何故俺がこんなに悩まされているのかと言えば、あいつはまた、入院してるらしいということ。
俺様とだけ喧嘩をしていればいいものを。相手構わず、誰であろうと喧嘩するからそう言うことになるのだ。と文句を言いたいところ。半屋が原因・・・本当は認めたくないのだが、他に原因は見あたらない。きっと今の俺は、相当奴のことが心配なのだろうと、自分で認めざるを得ない。
半屋が入院してから、今日で何日目になるだろう?
そして見舞いに行ってやろうと、何度思ったことだろう?
きっと怒るだろうと思う、彼の反応。そして、それとは反対に会いたいと思う自分の気持ち。そんな葛藤がずっと、自分自身を悩ませていたわけだが・・・俺は自分の感情を抑えきれずに、結局は半屋に会いに行くこととなる。いつもそうなのだ。半屋が入院する度に、他の者の隙を突いて、俺がこっそりと見舞いにやっているというのに。半屋はそんな気など知らずに何度も入院しおって。少しは俺様の気持ちも考えて欲しいものだ。
と言う訳でやはり見舞いに行くことにする。しかし、見舞いと言っても勿論、わざわざ見舞いの品など買うはずもない。俺の性格上から言って、それに相応しい理由が見あたらない。本当は持っていってやりたいのだが・・・・そうしたら半屋はなんと言うだろう?どうせ文句を言って受け取ってくれないに違いない。だいたい、半屋だってそんなことは期待していないだろう。だとすれば、自分が何の為に見舞いに行くのか、理由が無くなってしまう訳だ。
そこで。俺の考えたことは。工業科の先生らの所へ一人一人廻ってみて、何か用がないかと聞いてみた。勿論、それらしく言い訳をしてみて・・・・宿題の一つや二つでも出せばいいと言うのに。結局、何もないまま、俺は病院へ向かうことになってしまう・・・。
これでは何だか、まるで俺がただ半屋に会いたいだけに病院へ行くことになってしまうではないか・・・・。まあ、実際はそうなわけだが、何となく悔しい。何だかあいつに負けているような気分。だから一生懸命考えているのだが・・・・何も思い浮かばない。ううむ・・・・
見舞いに行こうと思ったのは今日の放課後。のつもりであった。いろいろ考えているうちに、あっと言う間に放課後になってしまった。何も思い浮かばないまま、かといって思いつくまでまた機会をうかがうというのはいつになるのか分からない。・・・仕方がないのでこのまま行くことにする。
病院の名称を人から聞いて(勿論盗聴)メモをし、そしてその地図を片手に持って、半屋が入院しているはずの病院へと向かっていたわけだが。
移動中も、病院へ着いてからもずっと、少し緊張気味だった。だがそれを悟られないように、俺はいつも通りに振る舞う。もっとも、わざわざこんな所まで来る生徒がたくさん居るわけでもないのだから、大丈夫かとは思うのだが・・・・自分自身、何だかいちいちそんなことで動揺しているのが情け無いために、だ。
いざ、病院の玄関までやって来て、改めて花の一つや二つでも持って来れば良かったかと後悔した。が、もう遅い。
受付の係から病室の番号を聞きだして、そしてその部屋へ向かって、ドアを開けて。
と同時に、拍子抜けして肩から力が抜けた。
俺は毎日、眠れないほどに心配していたのだぞ?しかしその当の本人は人の気も知らずに、昼間だというのにすっかり熟睡中である。悲しい気持ちと、そして少しだけ悔しい気持ちでため息が漏れる。
寝てるのか・・・・のんきな奴だ。
何だか今までの自分が馬鹿馬鹿しく思える瞬間。少しは待っていてくれるだろうと言う期待があっと言う間に崩れてしまった。悔しさと情けなさから、少しながら自分に腹が立つ。なので、その気晴らしに半屋に何かしてやろうと思ったのだが・・・あまりにも気持ちよさそうに寝ていたのでやめた。この寝顔を壊すのには、些か抵抗がある。
俺はその半屋が寝ているベットの角の方に腰をかけた。このまま、彼が起きるのを待つことにしよう。きっと起きたときに驚くはずだ。そう思った。
それにしても、ここが個室ということが気になる。半屋はそんなに重体ではなかったはずだし・・・・とすれば、部屋がここしかなかったのだろうか?まあ、この病院はこの都会にしては小さい方だからかもしれない。
ふと、周りの様子に視線が捕らわれる。やたらと多い見舞い品の数々・・・・何でこんなたくさんあるのだ?俺以外の人間が他にもたくさん来たと言うことか?・・・面白くない。
気持ちが高ぶってきた。まずそれを抑えよう。・・・・そうだ、確か読みかけの本があったはずだぞ?俺はカバンから本を取りだして読書を楽しむことにした。そう言えば、最近本を読んでいなかったな。久しぶりの本。活字活字活字。内容が頭に入らなかった。何だか、頭が朦朧としていて。寝不足がたたった所為かもしれないが・・・・
と。急にひどい頭痛に襲われて・・・・違った。頭を思い切り殴られたようだ。目の前を見てみれば・・・
「てめえなにしてんだ!!?」
と、半屋の怒った顔が・・・何故かは知らないが近くないか?
「重いと思ったらてめえの所為か。一体どこまでいやがらせすれば気が済むんだ?おかげで目が覚めちまった・・・」
眠そうに目をこする半屋。と同時に、起きあがる俺。・・ん?
「急に来たと思ったら・・・」
その後も何か文句を言っていたが・・・俺は聞いていなかった。
と言うよりは、自分が今この場で寝ていたことの方が恥ずかしくてそれどころではなかった。まさか迂闊にも、寝てしまっていたとは・・・・まあ、一人部屋だったと言うところが不幸中の幸いと言うところか・・・
半屋の方を向いて、そして話しかける俺。
「わざわざ見舞いに来てやったぞ。ありがたく思え。」
勿論、そんな恥ずかしがっている様子など半屋に悟られてはいけない。いつものように堂々とした落ち着いた、貫禄のある態度で半屋に向かって告げる俺。・・・何だかかっこ悪いがな。
「何が見舞いだ。寝てたくせに・・・・ツーか、てめえ何も持ってきてないだろうが!!?」
「何だ、期待していたのか?」
「ふざけんな!!誰が期待するか!!」
少しだけ顔を赤らめて怒鳴る半屋。相変わらず正直でないな。欲しいと言えば持ってきてやるのに。そう言えば半屋は、いつだって俺にねだったことなど無い。他の者の見舞は山ほど受け取っているというのに・・・何なのだ?
・・そうだ。何でこいつの所にはこんなにたくさんの物が置いてあるのだ?
「そう言えば、半屋、この山積みしてある物は何だ?」
それとなく、俺は聞いてみる。
「他の奴らが持ってきたんだよ。」
「何だと?」
「生徒会の奴らがそこの花持ってきて、御幸がクッキー(勿論手作り)持ってきて、八樹が果物買ってきて、嘉神が膝掛け(勿論手作り・・・)持ってきて、クロ助が食堂のただ券持ってきた。いらねえって言ったのによ・・・」
む・・・。皆それぞれ抜け駆けをしようなどと。何て奴らだ。半屋は俺の物だというのに。いくら気を引くったってそうはさせん。
「要らないのなら、全て俺によこせ。俺が処分してやろう。」
俺らしくて、しかも言い分も通っているぞ。これで半屋は他の者の見舞いに惑わされることはなくなるわけだ。
「はあ!!?何言ってやがる?誰がてめえなんぞにやるかよ。」
・・・そんなに他の者の見舞いが良いというのか!?こうなったらどうやってでも貰ってやる!!
「ええい!!いちいちうるさい!!貰うと言ったら貰うのだ!!」
俺はそのたくさんの品物の中の一つ、嘉神の持ってきた膝掛け(勿論手作り)を無理矢理風呂敷代わりにして、全部突っ込んだ。入りきらないものは手に持った。花瓶の中の水と花を捨てて、しかしそのために、半屋の病室はとても寂しいものなった。これでは酷すぎるな。と思い、そこで俺はとても良い案を思いつく。俺は半屋の方に振り向いて、そして話す。
「では、今日のお礼に、明日も見舞いに来てやろう。見舞いの品をたくさん持ってくるから覚悟しておけ。」
これで明日来ても、変な訳ではなくなるわけだ。と言うことは、学校へ行かなくても会えるという訳ではないか。その後、半屋は何か文句を言っていたようだったが、聞かずに出てきた。さてと。明日、来るとなれば、早く見舞いを買わねばならぬ。俺はその多すぎるほどの荷物を持って病院から急いで飛び出した。
いったん家に荷物を置き、財布の中身を確認してから、もう一度外に出る。いろいろ買わなければならぬ。スーパーへ行き、俺の喰いたそうな、俺から見て旨そうな物を片っ端から取ってかごの中へと入れていった。とても多すぎると言う程に。
このぐらい買ったって良いであろう。いつも、何も持っていってやらないのだから。そう考えたら、ちょっと半屋が気の毒に思えた。ひょっとしたら、いつも何か持ってきてくれるのを期待していたのでは・・・・・いや、まさか奴に限ってそんなことはあるまい。俺の性格をよく知っていると思うから、尚更だ。
ビニールの袋にめいっぱい押し込んで。そしてそれを両手に抱えて、俺は店を去る。まあ、重かったわけだが・・・・明日、半屋の喜んでくれることだけを期待して家路を辿る。正直言って、楽しみ半分喜び半分の、遠足前の小学生のような心境であった。まあ、そのおかげで今日も眠れなかったのだが。
そして次の日。・・・大変であった。
登校時は、カバンいっぱいに品物を詰めて、それをいったん駅のロッカーに置くことにしたかったのだが・・・入りきらない。そこで、急いで学校に向かい、他の者に見つからぬよう、生徒会室にこっそりと隠した。授業中はそのことだけで頭がいっぱいだった。授業が全て終わると急いで生徒会室へと向かう。幸いなことに、まだ誰も来ていなかった。俺は隠していた荷物をカバンごと取り出す。そして急いでその場を去る。途中、他の者に見られないように、なるべく注意しながら、だ。俺と親しい奴らと出逢っては、怪しまれてしまうのでな。
そして、いざ病院へと出発。昨日と同じ順路を辿る俺。昨日はただただ、緊張しているだけであったが、今日は違う。俺は、”半屋がどんな顔をして驚くだろう”という気持ちが先程から溢れだしてくる中で、自然と笑いそうになるのを堪えていた。そしてそれだけで精一杯。早く病院に着かないだろうか?何だか道が長く感じた。
そんな期待に胸を膨らませて、そしてやっと病院へと到着。
「半屋工という者に会いに来た。」
と、俺は受付の者に告げる。
「・・・ああ、その方でしたら今日の昼頃に退院しましたよ。」
・・・何!!?
玄関から、少し元気なく出てくる自分。
半屋の奴め・・・・退院するなんて聞いていなかった。そう言われてみれば、結構長い期間入院していたような気もする。おのれぇ・・・それならそうといってくれれば良いというのに。せっかく自分が持ってきてやったのに、全部無駄だったという訳か。
「相変わらず馬鹿な奴だな、てめえは。」
急に後方から声が聞こえる。この声は・・・まるでざまあみろと言わんばかりに、勝ち誇った表情をしている半屋が。
「半屋!!貴様何故こんな所に!!?」
「てめえがバカ面してる様子を見てやろうと思ったからな。あいかわらず・・・」
玄関先にいると言うことは・・・まさか、病院に入ってくるときから見られていたのか!!?・・・性格の悪い奴め。それならそうと、初めから教えてくれればいいと言うのに。
「黙れ!!貴様、何故今日が退院する日だと教えなかったのだ!!?卑怯だぞ!!?」
「はあ?てめえが勝手に勘違いしただけだろうが!!?人の所為にすんじゃねえ!!」
まあ確かに、言われてみればそうなわけだが・・・腹の虫が治まらぬ。
「黙れ!!せっかく人が見舞いに来てやったというのに・・・」
どうしてくれよう。この怒り。さすがに、病み上がりの半屋と喧嘩をするという気は起こらない。・・・そうか。半屋は喧嘩がしたいが為に、わざわざこうやって俺を待ち伏せしていたのだな!?大人げない奴め。
「まあ、貴様が退院したのなら仕方あるまい。この見舞いは一人で処分することとしよう。」
半屋の意図に気付いた俺はそれとなく、半屋の期待を裏切って、その挑発をかわしてみる。さて、どういう反応に出るか?
「はぁ!!?せっかく持ってきたんだから貰ってやるよ。よこせバカ。」
「そう言われてもなあ。今貴様にあげても意味がないだろうが。さてと・・・どうしようかな〜〜v」
横目でちらちらと半屋の顔色をうかがう。順調に(?)困っている様子が分かる。何か言いたげで、でも言い出せないで迷っている半屋。恥ずかしそうに俺様の方を見ている。先程とは全く逆転した立場。俺は今度こそはと、勝ち誇った表情で、半屋の方を振り向く。そして。
「・・・病院に来るまでに大分体力を消費したなあ・・・うむ。腹が減ったぞ。」
「な、何だよ急に・・・?」
「そういえば近くに公園があったなあ。そこでこの荷物の処分でもしよう。」
「・・・!!」
「どうした、半屋?一緒に来たそうな顔をしているなぁv」
どう反応するだろうか。ちょっと悪戯心に、挑発してみたり。・・・俺様もまだまだ子供だな。勿論、素直に俺の言うことを聞くはずもなく、でも否定するはずもなく迷っている半屋。その様子を見て、俺は歩き始める。
と同時に、後ろから付いてくる、半屋。すかさずからかう俺。
「何だ、やはり欲しかったのであろう?」
「うるせぇ!!腹減ってるだけだ!!」
可愛いなぁv半屋は。こうも思い通りになるとからかっていて楽しい。
適当に公園のベンチに腰掛けて。・・・半屋はわざと離れて座る。と言っても同じベンチと言うところが半屋らしい。
勝手に人の持ってきた見舞い品(と言っても退院してしまったのだが)から食い物を取り出して、ただただ食べる。勿論、俺もそうする。半屋に対する対抗心からか、ただ単に食欲不振だった原因が無くなったからか、どちらかは知らんが、やたらと食う速度が速い。あっと言う間に食べ終わった。勿論会話なぞしていなかった為、その後には静かな、そして和やかな公園のその場の雰囲気が漂う。
・・・・静かな所為か、満腹感からか、何だか眠くなってきた。俺は自然と欠伸が出て。
そして、そんな様子を見ている半屋。
「・・・どうしたのだ?」
「・・・・眠いんだったらよりかかってもいいぜ・・・・・」
ボソッと、聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で。少しだけ、俺の方に近付いたりして。相変わらずのバカザルだな、こいつは。俺が素直に従うとでも思っているのか?全く。寄りかかって欲しいならそういえば良いと言うのに。そういえば、俺は昨日もこいつの前で寝ていたな。こいつはこいつなりに気を使っていると言うことか。・・・が、俺は勿論従う気はない。
「遠慮しておこう。」
「・・・何でだよ?」
当てが外れたかのように、半屋が不機嫌そうに答える。
「貴様がそういうことを言うと気持ちが悪い。明日雨でも降りそうだな。」
勿論、本心は嬉しかったわけだが、このまま半屋の思い通りになるのも癪だ。
「・・・るせえ・・・・」
しばらく、ただ呆然と周りの木々を眺めていたら、半屋が寄りかかってくる。
「・・・・どうした?」
少し楽しげに、笑いを堪えながら、俺は話しかける。
「俺もねみぃだけだ・・・・」
「・・・昨日まであんなに病院で寝ていたというのにか?」
相変わらず嘘をつくのが下手な奴だな。やっぱこいつはサルだな。
「黙って寝ろ・・・・バカ・・・」
「・・・・ではそうさせて貰おう。」
十分半屋をからかって楽しんだし、そろそろ許してやるとしよう。俺も半屋の肩に寄りかかる。
気分が落ち着いた。今までずっと半屋と会っていなかったが、そんなことなどもう忘れた。
はぁ・・・・眠い。まず一眠りしよう。明日はまた学校で半屋と会える。もう、病院へ見舞いなぞ行かなくて良いわけだしな。
まあ、もっと見舞いに言ってもやりたかったが、それは次の機会としようvもっとも、もう入院などして欲しくないのが本心なのだがな。
こうして、半屋工無事退院。明日からまた、普段通りの生活が戻って来る。
―――FIN―――
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