「この手がもう少し大きければ…。」 あの日、そう願っていた。 涙に濡れたその顔を、包む事が出来たなら、と。 |
振り続く雪の中。 半屋が帰りに通るはずの、白くなった道で。 梧桐は半屋を待っている。 いつもよりも長い時間、待っている。 もう学生なら寝ていてもおかしくない時間。 夜道を照らしてくれている家々の明かりも、一つ、また一つと消えていくだろう。 半屋は帰ってこないだろうか。 そう思いながら、それでも梧桐はその場所を離れない。 きっと半屋はこの場所に自分がいる事を知っている。 だからこそ帰って来ない。避けられているのだろう。 それは当然の事で、梧桐は半屋を責めはしない。 ただ、会えなくても構わない。 会えなくても構わないから、この場所で半屋を待っていたい。 半屋の事を思っていたい。 ただ、それだけ。 |
夜も11時を過ぎた頃、さくさくという足音にふと目を覚ます。 塀に寄りかかったまま、軽く眠ってしまったらしい。 信じられない、という思い。 何故いつも、半屋は現れるのか。 初雪の降った去年のあの日から、梧桐はずっと雪の日を半屋と過ごしているが。 決して一度も、優しくした事などなかった。 それなのに。 半屋は梧桐の目の前にいる。 そこに存在している。 |
半屋の表情が変化した。 その理由に少し遅れて気が付く。 その目線の先にあったものは、オレの肩。 白く積もった雪を見て、半屋は罪悪感のような、そんな感情を抱いたのだろう。 待っていたのはオレの勝手。 勝手なオレを避けた半屋。 何も悪いことなどしていないのに。 半屋はいつもそうなのだ。 子供の様に純粋な、優しい心を持っている。 オレからは遠い昔に消え失せてしまった。 いつまでも、守りたいと思う。 暖かいもの。 |
「この手がもう少し暖かければ…。」 今、梧桐はそう願う。 半屋の冷たくなった手をもっと暖めてやりたいのに。 それすらも叶わない。 抱きしめても何も与えられない。 いつも、力を、強さを、求めているのに。 その無力感は、遠い昔に感じたものと、何処も変わらないものだった。 この無意味な行為の中。 冷たいその手が縋るように伸ばされる事を、待っている。 必要とされているような、錯覚に酔っている。 勝手な人間。 弱い子供。 半屋の中の暖かさを、ただただ求める、長い夜。 |