
建築家 大森 健司

![]()
| 昭和22年 | 埼玉県秩父市に生まれる |
| 昭和47年 | 工学博士 浅野 清氏に師事 |
| 昭和50年 | 奈良 薬師寺伽藍復興事務所勤務 東塔調査助手として実測調査 |
| 昭和56年 | 大森建築設計事務所設立 社寺建築の設計監理を行う |
| 平成10年 | 職人集団(木匠:きだくみ)を設立 |
| 平成12年 | 木造伝統技術伝承教室を設立 |
| 教室賛同者 | 東京大学名誉教授 太田博太郎博士 |
| 神戸芸術工科大学名誉教授 伊藤延男博士 | |
| 近畿大学理工学部教授 櫻井敏雄博士 | |
| 工学院大学工学部教授 初田 亨博士 |
![]()
| 教室設立より賛同してくださり、教室の発展に御教授くださりました太田 博太郎博士は平成19年1月19日、御逝去されました。心より哀悼の誠を捧げ、ご冥福をお祈り申し上げます。 |
講演録の頒布
2008年3月に講演した講演録『伝統建築に学ぶ家造り』が
NPO法人 森をたてようネットワークにより、
2008年12月に発刊されました。
ご希望の方は、80円切手 7枚を同封の上、下記までお申込下さい。
〒350-1317 埼玉県狭山市水野458-7 大森 健司
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 奈良 西ノ京 薬師寺の思い出 |
![]() |
お席にて |
![]() |
呼出し焼香 |
![]() |
|
| 落慶法要後、伽藍に入り記念写真 |
![]()
| 堂宮大工の人育て |
◆堂宮大工の技術はその伝承のため◆
基本は「教えることで、たくさんのことを学ぶ。」のである。
国宝薬師寺東塔を調査し、
復原図の作製に従事した筆者が物申す。
指導者 工学博士 浅野 清先生(私は浅野先生の押しかけ弟子)、西岡 常一棟梁の元で、国宝東塔を調査した。
現場での毎日の指導は、棟梁 西岡さんから受けた。
棟梁は、堂や宮について、よく話をしてくださった。
設計図(復原図)は縮尺 1:20、1:10、1:1で内容を吟味して書くように指示を受け、わからないことは自分で考えることを教わった。
※ 一例を挙げると、塔の初重裳階の連子(れんじ)格子窓の復原に当り、復原図を作製して、棟梁さんに提出したところ、すぐに突き返された。「このような復原図は法隆寺にもない。」と、言われただけである。どうしたら棟梁さんを納得させられるかと思いつつ、現場を再調査し、法隆寺まで出かけていき、調査したことを復原図の横に説明文を書き添えて、再提出した。棟梁さんは、その文章を読み終えると、
※ 「これで良い。これで良い。」と二度も言い、「これで浅野先生や工学博士 太田博太郎先生達を納得させることができる。」と言われた。
※ このように、2年半、西岡棟梁の指導を受けた(私は、西岡棟梁の弟子ではないと大きな声で言いたい)。
※ 同じ部屋にいるだけでも、儲けものである。
※ 西岡棟梁さんは、一度、厳しいことをおっしゃった。「君がここにいるのは数年であろう。君を浅野先生から預かったのだから、私がこれまで経験し、学んだ技術を、薬師寺にいる間に覚えて帰ってもらう。」と言われた。古建築を学んでいない者としては、とてつもない難問をぶつけられた。法隆寺の復原工事のこと、建物に対する考え方など、たくさんのことを教えていただいた。
◆堂宮大工が教えないということはウソである◆
私は平成12年9月に賛同者 工学博士 故太田 博太郎先生、工学博士 櫻井 敏雄先生のご指導の元、「木造伝統技術伝承教室」を開設した。その後、工学博士 伊藤 延男先生、工学博士 初田 亨先生が賛同してくださり、今日に至っている。
この教室は薬師寺で学んだ技術を中心として、生徒一人一人の目的に適したことを教材として、指導している。どしどし教えて、私以上の技術者となり、
国が決める一級建築士を取得して、この教室のカリキュラムを学んで卒業した方にマイスターの称号を授与することが目的である。
※ 我が国 第一号のマイスター誕生も目の前である。賛同者の先生方にも喜んでいただきたい。優秀な方がどしどし社寺建築の道に入ってきてくださり、技術を修得し、技術の伝承者となられることを希望する。
| 堂宮大工 | 大森 健司 | 一級建築士 |
| メニューが出ます |
| 大森建築設計事務所 | |
| 〒350-1317 | 埼玉県狭山市水野458-7 |
| TEL 04-2957-3215 FAX 04-2957-3215 |