「クリオン・フィリピン・アフリカを助ける会」
                       だより

アフリカ訪問      

                   シスター マリア・マルドナド 「アフリカよ、私はもう、お前のために流す涙がない」
 1955年に初めてアフリカを訪問した時。ブルンディとルワンダは戦争の真っ最中でした。両方の国で、2百万以上の人々が難民となり、ブカブやその周辺に逃れてきたのです。
 8年後となる今年、コンゴを再び訪れました。コンゴに聖マリア会の9つの修道院があり、100人以上のシスタースがコンゴの人々のために尽くしながら生活をしています。
 大きな心の痛みを感じつつ、以前よりも、もっともっと悪い状態になっていることを報告しなければなりません。人々は、教育へ健康へも近づく道を断たれてたれています。道路は、破壊されたままで、全てにおいて欠乏状態。たとえあるとしても、そのわづかな物は、とても高くて手に入りません。コンゴ通貨のフランコは全く価値を持たず、ただUSドルだけが使われていました。
 貪欲による犯罪行為が次々と起こっています。自分の国へ帰るようにと送還される人々が、この広大な国の富を略奪していくのです。ダイヤモンド・コバルト・スズ、マンガン、コルタン。これらの状態は人間としてひどい苦しみです。拷問にかけられたような体です。人々は、ゲリラ兵が近づいてくる時には、森の中に逃げます。わずかに持っている物が奪われるだけでなく、命までも危ないからです。一生抱えるだろう心の傷を負った孤児たちがたくさんいます。詩人ムシェゲジ・エリは彼の詩の中に言います。「アフリカよ、私はもう、お前のために流す涙がない」「お前の富は、同盟国に武器を売る西洋の企業が持っていった。」
 コンゴの生活は辛く厳しいものですが、それでも慰めの部分もあります。悲しむ人々を癒す踊りの太鼓が聞こえてきます。男性も女性も、朝早く、彼らのあばら家を出て、夜に食べられる何かを探します。一日ただ一回の食事です。ある人は湖に行って釣りをし、他の人は野原に行きます。コンゴの人々は陽気で働き者ですから、たとえ、他の人々が貧しい国だからといっても、彼らの方が、より人間らしい人々なのです。
 
 私たちの協力のおかげで、シスター達が働く9つのセンターでは、1000人の子供たちが一日一回、お米と豆の十分な食事を食べることができます。私は、滞在中、毎日彼らと一緒にいました。子供たちはセンターに着く時は、疲れた顔をしていますが、食事の後では元気な顔になります。その顔を見ながら、日本から子供たちの笑顔のために手伝って下さっている方々のことを思い出していました。

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