IPS天文教育(日本語)

日本の天文教育

The Teaching of Astronomy in Japan

 

茨木 孝雄 

Takao Ibaraki

杉並区立科学教育センター

Suginami Science Education Center

 

要約

 

  学校教育と生涯教育を中心に、天文教育の現状を概観した。天体や宇宙の話題は年令を問わず多くの人々が興味と関心を示す。しかし昨今、科学教育の見地からは、様々な課題が浮き彫りにされてきている。学校教育では、カリキュラムや観察学習の問題、生涯教育では、娯楽か科学か?の相克の問題などがある。人材の問題はどちらにも共通の課題である。科学と技術の危機が叫ばれている今日、各方面で様々な検討がなされている。学校と科学館・博物館さらには、大学・研究機関との相互連携もその方策の一つである。天文教育にかかわる諸組織も教育と普及に真剣な取り組みを始めた。関係者は、日々、指導法や教材の開発、プラネタリウムを含む機器設備の充実やその活用法を考えると共に、教育を取り巻く大きな流れを見据えて、科学教育振興のための社会に対する働きかけを忘れてはならない。

I. はじめに

 

  天文学がその研究対象とする天体や宇宙は、人類自らが、その存在を確認するために必要な外界の構成要素であり、外界を理解することは、人類誕生以来の生得的な欲求であった。よく云われているように、それが、空間認識史において天文学が主要な役割を演じてきた所以である。近年、人工環境が我々の生活の中に増殖し始め、とりわけ、都市においては暗夜を意識する必要もなくなってしまったが、例えば、太陽が直接的、間接的に地球環境へ及ぼす物理的影響について述べるまでもなく、すべての人類にとって、地球上の自然環境とその基盤をなす天文学的自然環境の重要性は変わることがない。だからこそ、暦の制定や星々の影響力の研究(人類史上最大の誤認識 misconceptionともいえる)のために天体観測が行われて以来、今日の巨大望遠鏡の建造や、宇宙探査にいたるまで、天文学は国家的プロジェクトであったのだ。また、個人的探求心にとっても、宇宙は、多くの謎を我々に問い続ける魅力的存在であった。

明治以来、近代化という歴史的事情も手伝って、日本は天文学を含めた科学と技術の急速な発展を遂げた。それを担った教育システムは、時代の要請に応えるものとして評価されてきた。しかしながら、ここ数十年来、地球環境の汚染問題を機に、科学とその教育は見直しを余儀なくされたのである。天文学も決してその例外ではない。いうまでもなく天文学は、一般市民が思い描くような空想的分野ではなく、古来より精密科学 exact science であったし、それゆえ技術社会と無縁ではあり得なかった。

今日、日本でもいわゆる“理工系離れ”が一つの社会現象にまでなっていて、多角的かつ正確な現状把握に基づいた対策が要求されている。いずれにしても、教育の改革は長期的視点に立たねばならない。これまでそうであったように、諸外国の科学教育運動をいち早くとりいれ、それをアレンジしていくべきなのか?それとも、新たな思潮を創造すべきなのか?

天文教育は、広く自然認識あるいは、やや狭い意味で科学教育の視座を持たねばならない。そのために、天文学と科学教育をとりまく状況に関して序論が長引いてしまった。これ以上の深入りは、本題からはずれるであろう。本稿では、学校教育と生涯教育(一般市民教育)の内容を中心にその概要を述べる。なお、各分野が抱えている問題点に関しては、深入りはせず、天文教育者の眼で見た現状を簡単に記すよう努めた。諸外国の教育システムや現状と比較されたい。

 

 

II. 学校教育

 

1. 学校教育機関における天文教育の概要

  日本の初等・中等教育の内容は文部省による“学習指導要領”(National Course of Study) によって規定されている。このシステムは国民全体の教育水準の向上と維持という機能をもち、指導内容への指針を与えているが、自由と創造性を重視する教師からの批判もある。学習指導要領はおよそ10年毎に大規模な改訂を行ってきた。

現行の指導要領では、教科としての理科は小学校3年生から学習する。その中で、天文分野に関する学習内容を以下に記す。(小学校の内容はやや長い文章によって表記されている。簡略化のため、教科書のタイトル例を示した。)

 

小学校3年:「日なたと日かげをくらべよう」

       :かげと太陽(かげのでき方、かげの方向や時間変化)

        :日なたと日かげ(温度の違いを測定してみる)

   5年:「月と太陽」

        :昼間の月の動き

        :夜の月の動き

        :月や太陽の形と表面のようす

   6年:「星の動き(1)-夏の空の星-」

        :星座

        :星の明るさと色

        :星の動き

      「星の動き(2)-冬の空の星-」

        :星のならび方と動き方

        :北の空の星の動き

        :空全体の星の動き

中学校1年(第7学年)

     「地球と太陽系」

        (1) 身近な天体

          :太陽、月、地球

          :天体の日周運動と地球の自転

          :四季の星座の移り変わりと地球の公転

        (2) 惑星と太陽系

          :惑星の大きさや表面の様子

          :惑星の公転

          :太陽系の構造

高等学校(選択科目)

    地学氓`:【天体の運行と人間生活】

        (1) 時間と時刻

        (2) 季節と暦

 

    地学氓a:【宇宙の中の地球】

        (1) 惑星としての地球

          :地球の概観

          :地球の運動

        (2) 太陽と恒星

          :太陽の形状と活動

          :恒星の放射

          :恒星の進化

        (3) 宇宙の中の地球に関する探求活動

 

    地学 【 宇宙の構成 】

        (1) 銀河系

          :銀河系の構造

          :銀河系の運動

        (2) 銀河

          :銀河の形状

          :宇宙の進化

 

  小学校及び中学校では全生徒が上記の内容を学習する。多くの天文教育関係者は、特に中学校の指導要領に対して、恒星や銀河、宇宙の内容が扱われていない点に疑念を抱いている。この領域は、現代天文学のダイナミックで魅力的な成果に満ちているばかりでなく、銀河や宇宙のはてに思いをはせるという、哲学的興味をそそるものでもある。子ども達がその世界の概要を知ることなく大人になるのは、教育上の不備である、と主張している。

高等学校の場合は、ほとんどの学校で選択科目になっていて、物理、化学、生物などと共に、必要な単位数を満たすように選択する。ただし、天文は“地学 ”(earth science) という教科の一部であり、地学の教師は他教科に比べて少ないため、地学自体を開設していない学校も多い。生物や化学を選択した生徒数の約20%しか、地学は選択されていない。あるアンケート調査によれば、選択したい教科の1位にあげられていて、生徒の関心は高いようでる。この矛盾は大学受験が原因であり、受験科目に指定されていない大学が多いためである。また、元々少ない地学の教師の中で、天文学を専攻した者の割合はさらに低い。

小学校から高校を通じて、生徒たちの天文に対する興味は高い。けれども授業において実際の天体を観察するのが困難なので、一般に、天文は指導が困難な内容と考えられている。学校には中型の望遠鏡を備えた天体観測施設を持つところがあったり、そうでなくても殆どの学校では小型の天体望遠鏡(多くは口径8cm前後の屈折望遠鏡)が備品として備えられているが、あまり活用されていない。

近年プラネタリウムの普及にはめざましいものがあるが、指導しにくい天文学習を補完することも設置の大きな理由の一つにあげられる。ちなみに、26年前建設された我々の施設も、学校教育での活用を主目的としている。このような施設でのプラネタリウム投影は、学校における年間の指導計画の一部に位置づけられる。したがって、より効果的な授業を行うために、教師とプラネタリウム職員との緊密なコミュニケーションが要求される。(注1)教師が生徒と共にプラネタリウムを訪れる時はいつも、そこが、実験・観察授業の場であると認識しなければならない。

なお、大学では東京大学、京都大学、東北大学、名古屋大学などが比較的大きな講座を持ち、天文学研究者を養成している。その他の国立大学や幾つかの私立大学でも、物理学科の中に天文学を研究している教員がいて、研究者を育てている。また全国に散在する教育大学にも天文学の研究室があり、理科教員になる学生のために、地学教育の一環として天文教育が行われている。前述の、“理科離れ”現象に関連して、教育現場からの自己批判とその対策としての研修システムの見直しが検討されているが、教育系大学の担う役割と責任も重大である。教員の再教育の場とそのための人材を提供すること、それ以上に、教員志望者に対する教育課程と内容が再検討されねばならない。

2. 天文教材

  授業で使用するための様々な教材が市販されている。また、熱心な教師は独自の教材を開発し、自分が受け持った生徒たちのためにそれを利用している。“星の動き”の学習を例にとると、生徒たちの長時間にわたる星空の観察が一番良いのは明白。次に、たとえ技術的に拙くても教師自身が苦労して撮影した写真があれば、生徒たちに訴える効果が大きい。市販の写真は上記の場合を補うために使うべきなのだ。この例にみるまでもなく、市販教材は整備されればされるほど教師の労力が減り教育効果も低下してしまう、という教材製作者の意図に反するジレンマも生じている。

“探求学習”の名のもとに実習活動が重視され、教科書にその例が記載されるようになった。そのこと自体は好ましい傾向と思えるが、教科書に強く依存している生徒や教師にとっては、自由な発想を妨げる逆効果を生むことも懸念される。

従来からある35mmスライドフィルム、16mmムービー、OHPシートに加えて、コンピューターソフトウェアが流布し始めた。自主学習を助けるコースウェアとシミュレーション物 が主流である。いずれも、その効果的活用法がこれからの重要課題であろう。

前述の市販教材の類は、その企画から流通まで多くの時間を費やさざるを得ない。しかし、天文学の世界は日進月歩であり、その成果が教材に反映されるまでにはかなりのタイム・ラグがある。かといって、日本の天文学研究機関は個々の教師の要望に応えられる体制をつくってはいない。このような現実に我慢できない熱心な教師は、(幸運にも物理的環境が整備されていればの話だが)インターネットを通じて最新の画像や報告・文献情報を入手して授業に活用している。だが、全国的に見るとこのような例はごくわずかである。

 

III. 生涯教育(市民教育)と天文学の普及

 

1. プラネタリウムと公共天文台

  学校教育以外でも天文教育が盛んに行われるようになっている。今日本にはおよそ350カ所近くもの固定式のプラネタリウム施設がある。その大部分は、中小地方自治体が設置したものであり、小学校、中学校、高等学校、あるいは教育系大学に設置された例は少ない。近年は傾斜ドームとスペース・シミュレーター型の投影機や全天周映画を併設した宇宙劇場タイプのプラネタリウムが多く建設されている。

また公共天文台の建設も増え、全国でおよそ150カ所が公開の日帰りの観測会や宿泊を伴う観測会を開催している。望遠鏡の口径が1メートルを越える施設も数カ所誕生し、冷却CCDカメラや測光器や分光器を備え専門的な観測が可能な施設もある。

こうした社会教育施設の数は年々増加しているが、天文教育を担う施設として見た場合、最低限の条件を欠いている所が多い。すなわち、天文学の知識をもつ職員が配置されていない。日本における公務員の任用制度の問題もあり、同じ職場にとどまる専門職としての採用が少なく、専門外の事務系職員や教職員を充当する場合が多いからである。また、せっかく経験を積んで専門知識を得た職員も、異なった仕事内容への数年サイクルの定期的移動が繰り返され、常に新米の担当者が運営しているという施設もある。中には非常勤職員のみで運営している大型施設さえもある。このような施設の主催者は、彼らの施設が天文教育及び科学教育施設ではない、と主張する。そこでは、子ども達のための豊かな情操、あるいは市民に対するアミューズメントを提供しているのだ、と公言してはばからない。

多くの国民は宇宙や星座に関心をもち、子ども達を伴ってプラネタリウムや天文台を訪れる。けれども星や星座の美しさに対する彼らの興味や関心を科学への興味関心へ導くことができる専門家が施設数の割にはそれほど多くはないということが課題といえよう。

 

2. マスメディア

  テレビ、ラジオ、新聞、一般雑誌などのメディアが大衆の興味を誘う話題に群がるのは当然である。ジャコビニ流星群やハレー彗星、最近ではSL9木星衝突や百武彗星が記憶に新しい。マスメディアの集客力は科学館や公共天文台の比ではなく、このような機会は、うまくいけば啓蒙普及の絶好のチャンスなのである。しかし、同時に商業主義者(金儲け)や迷信家、あるいは、いわゆる“疑似科学者”達にとっても彼らの利益や信奉者を増やすチャンスとなる。我々も、その言動に細心の注意を払わねばならない。

このような、驚くべき天文現象だけでなく、日本人宇宙飛行士の話題、ハッブル宇宙望遠鏡などの探査機の画像、ネイチャー誌や学会で発表された最新の研究成果などが年間を通じてコンスタントに報道され、国民の知的好奇心を満たしている。また、近年、コンピューター技術の進歩を反映したシミュレーション映像、高感度CCDカメラによる星空や天体の映像、世界中の観測、研究の現場取材などを織りまぜた科学番組が放映されるようになった。これらは、一般市民の科学的教養を高めると共に、教育関係者にとって有益なリソースともなっている。

映像系メディアに比べると、従来からの一般教養系の雑誌に天文の話題が取り上げられることは少ない。これは、天文学に限らず自然科学が国民の素養として定着しているかどうかという、明治時代以来の西洋文明の移入に関わる文化史的問題として考えなければならないだろう。今でも多くの雑誌が占星術のコーナーを設けている。

科学に興味を持つ人々のための科学雑誌もいくつか発行されているが、雑誌の盛衰は激しい。現在、あふれるばかりのコンピューター雑誌に隠れて、書店の棚にひっそりとたたずんでいる。天文アマチュアのためには、3種類の天文雑誌が発行されている。天文現象の解説と写真やデジタル画像の記録法のノウハウがおもな内容である。また、自然観察・野外生活ブームも手伝って、その系統の雑誌には、バード・ウォッチングならぬ“スター・ウォッチング”が時々紹介される。

マスメディアの状況を概観すれば、現代日本人の天文との関わり具合がよくわかってくる。

 

IV. 天文教育に関連する組織

 

  日本天文学会(Astronomical Society of Japan )は職業的天文学者とその予備軍および一般天文愛好家などによって構成される団体であり、その目的に“天文学の進歩及び普及”、と並列的に掲げてはいるが、会全体あるいは、会員の多くの天文学者にとって普及活動の占める位置は低い。

国立天文台 ( The National Astronomical Observatory Japan) には(いくつかの要因と要請によって)ようやく近年、“広報普及室”と呼ばれるセクションが設置され、公式的な普及活動が開始された。教育関係者に対する研修活動も始まったばかりであり、今後の充実が望まれる。

科学教育関連の学会は複数存在する。これらの学会は主として、学校教員、大学や地方自治体の教育研究者を中心に、教育に関心をもつ専門分野の研究者も含めた会員によって構成される。教育がメインテーマだが、そのなかで天文の占める割合は少ない。当然ながら、博物館や科学館学習などの生涯教育の問題を取り上げることは稀である。

日本には、(歴史的事情あるいは思慮の浅さから)博物館 (museum) 、科学館(science museum or science center) 、教育研究所 (research institute of education )、教育センター (education center) 等様々な名称をもつ似たような、それでいて微妙にその目的が異なった施設や複合施設が存在し、それぞれ仲間内の連絡調整団体を組織している。これらの研究会においても理科や、その一部である天文の話題は相対的に少ない。

最も直接に天文と関わっているのがプラネタリウム施設である。施設とその関係者とによって構成される、同じような名前をもつ3つの全国的組織が存在する。それぞれの団体の特徴については、ここでは述べない。この内2つの組織が、おそらくは日本天文学会の定款と同様の意図によって、その目的に“普及”を掲げている。これらの研究会や会誌では、プラネタリウムに関わる学校教育や生涯教育の話題が論じられることもある。

1989年に発足した天文教育普及研究会(Society for Teaching and Popularization of Astronomy)は、天文教育そのものを主題とした初めての組織である。一般に、新たな団体の設立には複雑な事情が絡んでいる。しかし、様々な組織の中で分散して研究されている成果を集約できるという期待、普及活動に熱心な多くの天文愛好家や彼らの組織の協力も得て、天文教育の裾野をひろげようとする希望ももたれている。

 

V. おわりに

 

20世紀の終焉を間近に見て、科学技術文明は大きな転換期を迎えている。次の世代が、我々の文化を継承し、発展させていくために、科学教育のはたす役割は大きい。その重要性を自覚し続けることが、道を誤らぬための第一歩と考える。社会に生きる人間として、備えるべき自然科学の素養(サイエンス・リテラシー)とは何か?現代人にとって天文を学ぶ意義は何か?時代と共にその答えも変容していくのだとして、なおざりにするのではなく、議論を重ねていくこと、またそのような議論ができる環境を作っていく努力が大切なのである。

本稿の主旨が現状を述べることにあり、結論めいた意見は控えたいのだが、たとえば、教育課程の問題や科学館等の施設が抱える諸問題というのは、要するに政策の問題に帰着するであろう。そうであってもなお、我々は、教育に対する熱意を最後の糧としなければならないのであろうか?

 

 

謝辞

 

  本稿は、伊東昌市氏(杉並区立科学教育センター)との議論をもとにしたものである。この場を借りて深く感謝の意を表します。

参照文献

 

(1) 学校教育を主にした日本の施設でのプラネタリウム学習例として、次の報告がある。

Kataoka : Teaching Astronomy by use of a Planetarium

(GIREP Conference 1986 , ESA SP-253)

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