西原

沼田の山車は、古くより「まんどう」と呼んでいる。西原新町では、昭和40年代まで「自動車まんどう」を出していたが、 50年代になると本格的な「まんどう」をと言う強い要望が起こり始め、町内の有志に寄付を募ったが「まんどう」を新調する金額には達しなかったため 出来るところは、自分たちの手で造ろうと費用の節約に努め、昭和51年に未完成であったが新しい「まんどう」を出した。その後、年々手を加えて改造を 重ね現在の形になったのは、昭和55年頃である。西原町誌より引用

勾欄
正面                      側面



西原新町の「まんどう」は、せり上げ部分(上勾欄)が2段階に上がる仕組みである。沼田において上勾欄が2つあるせり上がりは、 西原新町と下之町(に組)の2台だけである。 また、西原新町の「まんどう」は、昼間夜間では飾り付けが異なる。


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