「市議会議員選挙不出馬表明」 所沢市議会議員 仲村清功
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| 昭和58年6月当選後の初議会壇上で「安全で快適な都市づくり」を目指し市政に対する一般質問を行いました |
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毎年夏の大雨時などには、1,2メートルも道路が冠水し渡し船が出るなど、地域住民を困らせていた新所沢駅東口松葉町・美原町の浸水問題。その後工事費約8億円をかけ、3年間の工事期間で完成を致しました |
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日頃は私の議員活動を始め各般にわたりまして、ご支援ご協力を賜り誠に有難うご
ざいます。おかげをもちまして昭和58年初当選以来、「所沢市は市民のためにあ
る」ことを基本理念に、「安全で快適な都市づくり」を政治目標として、6期24年
間取り組む事が出来ました。
当選後の初議会におきまして、夏の大雨時にはボートで住民を送り迎えする等、地域
の懸案事項であった新所沢駅東口松葉町・美原町の浸水問題や、都市計画道路松葉道
北岩岡線の川越県道への早期接続・延伸及び基地返還問題を取り上げ、更に一期の4
年間、全市的な市民意識の高揚を図り、都市づくりに生かすソフト面の施策として
「市民憲章の制定」や、スポーツ振興策として武道館の必要性を、旧庁舎の議会壇上
から訴えたことなど、つい先日の様に鮮明に思い出されます。
その後は都市計画道路上新井富岡線のアンダーパス化と川越県道への接続や、下水道
の設置、花園西公園・花園緑地・北所沢中央公園の築造など、都市基盤の整備促進を
図り、地域コミュニティ推進の見地からは、花園会館・弥生町会館・美原町会館の設
置や、新所沢東公民館増改築等の具現化に努力致しました。又、議会にありまして
は、第40代市議会議長として斎藤市長・大舘基地対策協議会長と共に、ワシントン
の国務省で米軍所沢通信基地の全面返還を要請した事や、監査委員・農業委員会委員
や、各常任・特別・議会史編纂委員長等の職務も全う出来ましたが、偏にご支援頂き
ました皆様方や、市長を始め執行部及び議員各位のご理解のおかげであり、感謝を申
し上げる次第でございます。
さて、本年4月には第16回統一地方選挙が実施されますことから、不肖私に対しま
して、「7選立候補すべし・未だ辞める年齢ではない」等々のご意見も少なからず寄せられましたが、この度の市議会議員選挙にも今後の所沢市政と民意を託すべき、有
望な候補者が多数立候補されております。つきまして「私は今回の市議会議員選挙に
は出馬せず」後進に道を譲り、今後は一市民として所沢市の発展に微力を尽くす決意
を致しました。24年の永きに亘りましてご支援を賜り、誠にありがとうございまし
た。心から御礼を申し上げ、不出馬表明と致します。
平成19年2月1日
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