「メイドのお作法」

瞬く間もない刹那の沈黙の中、一陣の風が巻き起こった。
「バーニング……ネオォォォォォッ!!」
鋭い轟音と、鎖が砕かれたのは、ほぼ同時だった。
倒れこむ能登。
僅かな差だった。
こおりの放った蹴りが、能登の鎖撃ごと、薙ぎ払った恰好で、勝負は決した。
「はぁ……はぁ……」
ぺたんと尻餅をついてしまったこおりだったが、
「ふわぁ。何とか……勝てました……はぁはぁ」
「強い、です……この子」
満身創痍の状態の能登は、起き上がれず、そう言うのがやっとだった。
肩を息をつきながら立ち上がったこおりは、
「ところで、お姉さんっ」
「……えと、何?」
「お姉さんは、メイドさんファイターですねっ」
びしっと能登を指差して、高らかに宣言するこおりに、能登は慌てて訂正をしようとした。
「だから、それは違……」
「問・答・無・用!」
びしっとポーズをとったこおりは、
「星霜ファイト二十三条!敗者は、勝者の言うことを何でもきかなければならない!」
「えええっ」
という訳でと続けつつ、こおりは、
「お姉さんとの、メイド喫茶のシュミレーションを申し込みます!」
と、言った。
「……え」





からんからん。
可愛らしい上品なベルの音が、新たな来客を告げた。
『喫茶スターダスト』。この界隈では、言わずと知られた、隠れた名店だ。
二日前に起用されたばかりの新米メイドの籠原能登は、恭しくお辞儀をした。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様……」
女の子の可愛らしさを引き立てる工夫の凝らされた、さりげない主張が光る、メイド服に身をつつんだ能登は、
(む、胸がすーすーするな……)
胸元を強調したデザインは、収まりきらない能登の豊満な胸の上半分を、露出させる恰好になってしまっている。
「やぁ。また来たよー」
「お、お席にご案内いたします……」
「な、言ったろ。新しく入ったメイドさん。すっげー可愛いんだよ」
「胸でっかいな〜」
「だろ?」
「馬鹿。胸大きいとか、もっと小さい声で喋れよな」
(うぅぅ、聞こえてますよ〜)
能登は、
「た、只今お冷をお持ちいたしますので……」
と言いつつ、奥に引っ込んでいった。
「店長〜」
情けない声をあげながら、能登は、店長に泣きついた。
「ちっ。使えないヤツだな」
面倒そうに舌打ちした店長は、続けて、
「いいか、新入り。今来た客は、ランクCだ。やっすいものばっかり注文して、金払いも悪い。適当にあしらっとけば良いんだよ」
「で、でもでも」
「まあ良い。見本を見せてやるから、黙って見てろ、です」
店長は、テーブルまで行くと、先ほどの客達の前でぴたりと止まって、恭しくそして可愛らしくお辞儀した。
「いらっしゃいませ☆ご主人様っ」
言うや、客達のテンションはだだ上がり状態となった。
「うおおおおおおおおお!こどもな店長っぽい、こおり店長きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「よっしゃぁ!これで勝てる!」
「こおり店長!☆をもう一つ頼むぜっ」
「オプションで、プラス500円となりますが、よろしいですか?」
「寧ろ構わん!頼む!」
「それでは……いらっしゃいませ☆☆ご主人様っ!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
「それでは、ご注文をおうかがいしますっ」
「それじゃあ、ちっぱいの、お願いします」
「うんうん。こおり店長のちっぱいは病み付きになる美味しさだからなー」
「かしこまりました。『特製小さなパイ』お二つと、『コーヒーゼリー』お二つ、ですね。少々お待ち下さい」
にっこりと微笑んだこおり店長は、テーブルを離れて、奥に戻った。
「……えと」
「どうだ、新入り。こんな感じで頼む」
「☆を付けただけで、500円、ですか……ぼったく……」
「ばぅぁかぁやろぉぉっ!」
びしぃっ!
こおり店長のハリセンが、風を薙いだ。
「ひぅっ」
「☆に客がそれだけの価値を見出しているんだから、何ら問題ない」





からんからん。
「む!?」
「ひぅっ!?ど、どうしたんですか?」
「ランクAAAのお客様がいらっしゃったぞ!」
可愛らしい上品なベルの音が、再び新たな来客を告げた。
「ふっ。また寄らせてもらったわ、こおり店長」
「お待ちしておりました、町村様」
来客は二人で、その片方の町村麻知子は、
「今日は、連れがいますので。そうね、いつもの奥の席が良いわ」
「ここが、明度喫茶、なるものか」
もう片方の冷泉寺千弦は、興味深げに辺りを見回した。
「麻知子君。明度、を関しているわりには、店の中は明るくないようだが」
「激しく、字が違う気がしますけれどもね」
能登は、思い出したように、
(そ、そうだ。挨拶、挨拶しないとっ)
「お、お帰りなさいませ、ご主人さ……ううん、女性のお客様なのだから……えとえと」
こおり店長に教わった内容を必死に思い出す。
「お、お帰りなさいませ、お嬢さ……」
「ばぅぁかぁやろぉぉっ!」
びしぃっ!
こおり店長のハリセンが、風を薙いだ。
「ひうっ!」
「新人さんの教育が行き届いていないようね?」
と、冷ややかな視線の麻知子が、言った。
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんの百乗なのです!」
何度も何度も頭を下げるこおり店長。
(嫌味なお客さんだなぁ……)
「ばぅぁかぁやろぉぉっ!」
びしぃっ!
こおり店長のハリセンが、再び風を薙いだ。
「ひうっ!」
「ばぅぁかぁものぉぉっ!だから、お前は、ばぁかぁなのだぁっ!」
びしぃっ!
こおり店長のハリセンが、三度風を薙いだ。
「ひうっ!」
「お客様に対する挨拶は、『友達と昨日の為に』、に決まってるだろうがぁっ!です」
こおり店長は、続けて、
「そうですよね、お嬢様!」
こおり店長は、千弦の方に、満面の営業スマイルで、訊いた。
(む。そ、そうなのか……『友達と昨日の為に』……)
千弦が、逡巡していると、
「ですよね、お嬢様!」
こおり店長の問いに押される形で、千弦は、
「あ、ああ。そう……だったな?」
「ほら、新入り。もう一度やり直しなのです」
「と、友達の昨日の為に(ごにょごにょ」
「ばぅぁかぁやろぉぉっ!」
びしぃっ!
こおり店長のハリセンが、風を薙いだ。
「ひうっ!」
「声が、小さい!」
「と、友達の昨日の為に!」
よろしい、と満足げに頷くこおり店長。
「こちら、メニューになります」
「さ、冷泉寺さん。さくっと選んでしまいましょう」
「速いな。私は、メニューを開いたばかりだが」
「決断の遅さが、死を招く。忘れないことね」
「恰好良い台詞を言ったつもりになっているよな、今」
「決断の遅さが、死を招く。忘れないことね」
「メニューを開く度に、死に直面するのか」
「メニューは、地獄よ」
「……とりあえず、一品ものが欲しいな」
と、ページを繰る手が止まった。
「……バームクーヘンしかないのだが」
「ふふふ、お褒め頂き光栄です」
こおり店長の眼光が、鋭くなる。
「いや、褒めていないぞっ?」
「ここは喫茶店ですから、選りすぐりのバームクーヘンをご用意しております」
「ちなみに訊くが、このページのバームクーヘンと次のページのバームクーヘンの写真が全く同じに見えるのだが」
「ふふふ、お褒め頂き光栄です」
「いや、全然褒めていないぞ」
「お客様のご指摘の通り、全くの同一商品でございます」
「でも、値段が違うのだが」
「それは、店長たるこのこおりの気分によるものです!」
「400円も値段が違うのだが」
「最近は金払いの悪いお客様が多くて、少々困っておりまして(じっ」
「何故私を凝視する!?」
「冷泉寺さん。注文は決まったのかしら?」
「……私は、もう少し選んでいるから、麻知子君は、先に頼んでくれ」
「『能登パフェ』を一つ」
「ぶっ」
思わず、お冷を零しそうになった千弦は、
「そんなメニュー、書いていなかったぞ!?」
「裏メニューとは、お嬢様、御目が高い」
と、こおり店長は悪徳商人チックな笑みを浮かべた。
「ふふふ。褒め言葉と受け取っておくわ」
「裏メニューなんて、あったのか!?」





「……お、お、お待たせしました、『能登パフェ』でございます」
「ぶっ」
思わず、お冷を零しそうになった千弦は、
「一体何の真似だ!?」
能登は、メイド服が、はだけた状態で、仰向けになっていた。
白いきめ細かな肌のところどころに、直接、生クリームとフルーツが、トッピングされていた。
「ふふ。美味しそうなパフェだこと」
「パフェじゃないな、最早これパフェじゃないよな?」
「限りなく○体盛りに近いパフェということね」