★★★★★ 21世紀にふさわしい心ゆたかなシニアをめざして
みどりと環境を 世界遺産チェスキー・クルムロフの歴史地区(チェコ)文化遺産/1992登録 2009/4月撮影
大きなテーマに シニアネット越谷 Senior Net Koshigaya
   
シニアネット越谷(Senior Net Koshigaya Association)
◆危機を脱した世界遺産◆
 2009年6月スペイン(セビリア)で開催された第33回世界遺産委員会で危機遺産リストから末梢が1件(ドレスデン・エルベ渓谷)、削除が1件(シルヴアンシャー宮殿と乙女の塔のある城塞都市バクー)が決定された。
 危機を脱した世界遺産はこれまでに24件(文化遺産13件、自然遺産11件、末梢1件)がある。
危機から脱するには、その世界遺産の保有国の政府がしっかりした保護管理計画を作成し、それを忠実に実施してゆくことが第一である。
 いわゆる先進国はこの保護計画を自国で作成し、実施しているが、発展途上国の多くではそれができないため、国際社会の協力や自然遺産であればIUCN(国際自然保護連合)、文化遺産であれば、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)などからのアドヴァイスや是正計画を受け入れて、実施している例が多い。
 さらに、自国の資金では無理である場合に備えて、資金源としてユネスコの信託基金である「世界遺産基金」
が設けられている。また、損傷した遺産の復興作業やその後の保護計画の実施などには、政府だけの問題ではなく、その地域の人々、NGOやNPOなどの幅広い関係者の参加・協力が非常に重要である。
 地域の人達の努力を示す例としてクロアチアのドゥブロヴニク旧市街(下に写真の掲載あり)がある。
1990年代の内戦で壊滅状態に陥った旧市街は、1991年に危機遺産に登録されたが、1995年から市民たちの手で復旧作業が行われ、1998年に危機遺産から脱することが出来たのである。
 ◆観光した≪危機を脱した世界遺産先≫(拡大してご覧になれます


2)プリトブィチェ湖 3)ドゥブロヴニクの旧市街 4)ブェリチカ岩塩抗 23)カトマンズの谷
◆◆危機を脱した世界遺産◆◆
1) ンゴロンゴロ自然保護区 タンザニア連合共和国
  タンザニア北部にあり、東西19Km、東北16kmの火山群が何度も噴火を繰り返してできたクレターを
  中心に広がり、7000頭以上のオグロヌー、角が珍重されるため数減り、20頭以下になったクロサイや
  オオフラミンゴなど400種の鳥類が生息し、「アフリカ自然保護区の至宝」と呼ばれ、動植物を間近で
  観察できる、非常に貴重な保護区。1979年に自然遺産として登録されたが、保護管理の不十分さから、
  1984年に危機遺産に登録された。1989年に危機遺産から解除された。
   ◆ホームページ更新履歴◆
2) プリトヴィチェ湖群国立公園   クロアチア共和国
  階段状に形成された大小16の湖が92の滝で繋がれた珍しい景観。湖周辺の森林地帯にはヒグマや
  オオカミなどの希少動物や126種の鳥類が生息する。1979年に自然遺産として登録された。1992年
  になり、内戦の影響で危機遺産に登録されたが、保全措置がとられたため、1997年に解除された。
3) ドゥブロヴニクの旧市街   クロアチア共和国
 「アドリア海の真珠」と謳われたアドリア海に面した城塞都市。 ビザンティン帝国、ヴェネツィア、ハンガリー
  オスマン帝国と宗主国を変えてきたが、独自の共和国体制を維持し、15〜16世紀には地中海の海上
  貿易で繁栄。聖堂や宮殿が建ち並び、赤い瓦屋根と白壁が陽光に輝く中世の町。
  1979年に文化遺産として登録された。しかし、1990年代の内戦で砲弾や爆弾2000発を浴びたといわれ、
  町は壊滅状態に陥り、1991年に危機遺産に登録された。
  1995年以降、市民たちが再建に着手。めざましい復旧の末、1998年に危機遺産から解除された。
  だが、完全復旧には相当の時間と経済援助が必要とされるといわれている。
4) ヴェリチカ岩塩坑  ポーランド共和国
  世界最古の岩塩鉱山。2000万年前に海であったが地殻変動により陸地に囲まれ、塩湖となり、水分が
  蒸発して巨大な岩塩層ができた。13世紀ころから本格的な採掘が始り、14〜16世紀ポーランド王家の
  の財源を担った塩は、生鮮品の保存、火薬の製造、役人の報酬などに用いられた。坑道は長さ300km、
  深さ300m。地下に岩塩でできた礼拝堂があり、レリーフ、彫像、シャンデリア等は芸術の域に達しており、
  1978年に最初の世界遺産(文化遺)の一つとして登録された。 19世紀末に設置された換気設備が
  不適切であったため、湿度調節が狂い、結露が生じるなど堂内の保存状態が悪化しだしたため、1989年
  に危機遺産に登録されたが、除湿設備の付設により、危機を脱し、1998年に解除された。
5) イグアス国立公園   アルゼンチン共和国 ・ ブラジル連邦共和国
イグアス川がアルゼンチンとブラジルの国境であり、川を挟んで1934年アルゼンチンが、また1939年
  ブラジルが国立公園に指定した。敷地の3分の2がブラジル、残り3分の1がアルゼンチンに属す。
  世界遺産には、アルゼンチンが1984年に、ブラジルが1986年に別個に登録。この公園はイグアスの滝と
  その周辺の広大な熱帯雨林からなる。大小275の滝が点在し、雨季に流れ落ちる水量は毎秒65000トン
  で、世界最大量である。滝つぼから上る水煙により、周辺の熱帯雨林は野生動植物の宝庫。
  公園内を横断する不法な道路の建設やヘリコプターの遊覧飛行、イグアス川でのダム建設などが貴重な
  動植物の生態系に影響を及ぼしているとして、1999年に危機遺産に登録されたが、これらの環境が改善
  されたとして2001年に解除された。
6) スレバルナ自然保護区  ブルガリア共和国
  「銀の湖」を意味するスレバルナでは、ブルガリアに棲息する全種類に相当する180種の鳥類、39種の
  哺乳類、21種の両生類・爬虫類がみられ、1983年に自然遺産として登録されたが、堤防の建設計画や
  ハイイロペリカンの絶滅が危惧され、1992年に危機遺産に登録されたが、2003年に解除された。
7) コトル地方の歴史的建造物と自然   セルビア・モンテネグロ
  コトルは、フィヨルドであるコトル湾の塞奥部にある港町。高度の航海技術を誇り、スラブ諸国で最初の
  航海士学校創立の歴史を持つ。防壁に囲まれた町は、海上交易の拠点としても発展した。
  大聖堂や宮殿、広場など中世の面影を残す歴史的建造物が多く残っていたが、1979年の大地震で
  被害を受け、同年、文化遺産として登録と同時に危機遺産に登録された。さらに、1990年代の内戦に
  よっても、甚大な被害を受けたが、その後の復旧で、2003年になり、解除された。
8) イエローストーン国立公園  アメリカ合衆国
  アメリカ合衆国最大の国立公園であり、1872年世界最初の国立公園でもる。さらにまた世界最初の
  世界遺産(自然遺産)」として1978年に登録された。地下の浅い場所でマグマが活動しているため、
  地球上でもっとも多くの熱水現象が見られる。200〜250もの間欠泉(地球上の間欠泉の4分の1)、
  1万箇所の温泉、渓谷、滝、大草原などがある。
  イエローストーン川の上流で、金や石油、天然ガスの採掘計画が浮上。これらの計画が実行されれば
  有害な排水が園内に流れ込み、生態系に悪影響を与えるという危険性が指摘され、そのほかにも、
  動物のもたらす伝染病などの問題から1995年に危機遺産登録された。しかし、危機遺産になったことで、
  採掘計画は中止され、そのほかの諸問題も改善されたとして、2003年に解除された。
9) アンコールの遺跡群  カンボジア王国
  アンコール朝(クメール朝 9〜15世紀)の寺院群。アンコール・ワット(寺院によって造られた都城の意)
  アンコール・トム(大きな都市の意)など、水路を通した敷地の中心に寺院を配し、周辺に王宮や衛兵 
  施設などを備える都市である。密林に打ち捨てられた遺跡は1860年、フランスの博物学者アンリ・ムオ
  によって発見された。
  1992年に世界遺産に登録と同時に危機遺産にも登録された。内戦、風化、浸食、盗掘などが原因。
  2004年になってようやく解除された。
10) バフラの砦 オマーン国
    アラビア海に面した海上の要衝であったので、外敵や砂漠の遊牧民の襲来に備える数々の城塞があり、
  その代表作が、最大規模のバフラの砦。日干しレンガ造りで、7世紀以前の建設後、増改築を繰り返し
  16世紀に完成。総延長12kmの市壁の上には、巡視路(132の監視塔)が巡らされ町を囲んでいる。
  1987年に文化遺産として登録されたが、風化による崩壊の恐れがあることから、翌年の1988年に危機
  遺産に登録された。 その後、修復が進み、2004年に解除された。
11) ルウェンゾリ山地国立公園  ウガンダ共和国
  アフリカで3番目に高い5109mのマルゲリータ山頂から標高2100mまでを含む国立公園。赤道直下だが
  山頂は万年雪と氷河に覆われ、「年間360日小雨が降り、地球上で最も湿っぽい場所」といわれ、通年
  深い霧に包まれる。高さ10mの菊科のジャイアント。セネシオなこ巨大な高山植物がみられる。1994年
  自然遺産として登録されたが、地域紛争のため、1999年危機遺産に登録。2004年解除された。
12) 伝説の都市 トンブクトゥ  マリ共和国
  11世紀後半、ニジェール河岸に遊牧民トゥアレグ族が築いた宿営地が発端。13世紀マリ帝国の支配下
  になり、金と岩塩の交易路として「黄金の都」と呼ばれた。15世紀中頃ソンガイ帝国アスキア朝の下で
  モスクや大学、100以上のマドラサが築かれ、宗教・学問の中心となる。1591年モロッコ群に滅ぼされた。
  日干しレンガを積み上げ、土で塗り固めただけの建物が砂漠の町トンブクトゥを埋める。
  1988年に文化遺産として登録されたが、一時、町が砂に埋もれる危険性があることから1990年に危機
  遺産登録。その後、モスクや一般家屋の改修、水道の整備、今後の補修計画などが認められ2005年に
  2005年に危機遺産から解除された。
13) サンガイ国立公園  エクアドル共和国
  アンデス山脈の標高800mの地点からサンガイ山頂5410mまで標高差4000m以上に広がる国立公園。
  南米大陸で見られる唯一のクマ科のメガネグマ(目の周りに白い輪がある)などの希少動物が生息する。
  1983年に自然遺産として登録されたが、公園内に縦貫道路建設計画が持ち上がり、1992年に危機遺産
  に登録された。しかし、計画中止により2005年に解除された。
14) ブリントの考古遺跡  アルバニア共和国
  紀元前6〜5世紀の古代ギリシャの植民都市。丘の上のアクロポリスにはイオニア式神殿があり、麓には
  円形劇場がある。紀元後5〜6世紀のビザンチン帝国時代の洗礼堂やバシリカ式の聖堂。
  中世以降、大地震や伝染病などで町は衰退した。20世紀初頭になり、町の遺構が出土した。
  1992年に文化遺産として登録された。しかし、1990年代の内戦で被害を受け、1997年に危機遺産に
  に登録され、2005年になって、ようやく解除された。
15) イシュケウル国立公園  チュニジア共和国
  王家の狩猟地だったため、干拓や乱開発を免れ、現在も北アフリカで希少な大湿原を残す。イシュケウル
  湖を中心に太古からの生態系がみられ、冬期ヨーロッパから飛来する渡り鳥25万羽の楽園である。
  1980年自然遺産に登録された。しかし、密猟やダム建設による乾燥化が生態系に重大な影響を及ぼし、
  水分中の塩分濃度上昇のため、1996年危機遺産に登録された。チュニジア政府は塩分濃度を減らし、
  農業用水としてイシュケウルの水の使用を禁止したため、2006年に解除された。
16) ハンピの都市遺跡 インド
  14世紀、ヒンドゥー教のヴィジャヤナガラ王国の都。1565年イスラム軍に破れ、廃墟と化す。1981年より、
  遺跡群の修復が始められ、ヴィルーパークシャ寺院やロータス・マハル・王妃の浴場などが蘇っており、
  1986年に文化遺産として登録された。しかし、周辺の自動車交通量の増大、ショッピングセンター計画
  の問題が指摘され、1999年に危機遺産に登録されたが、交通量の縮小とショッピングセンター計画を
  変更したため、2006年に解除された。
17) ジュジ国立鳥類保護区 セネガル共和国
  モモイロペリカンなど300種の鳥類の保護区。300万羽の渡り鳥が冬飛来する世界屈指の鳥の楽園。
  餌場である湖や池のほとりの湿地は砂漠化が進み、農薬汚染も深刻化し、さらに、オオサンショウモ
  という水草が大繁殖し、南アフリカ産の甲虫を使っての駆除も成果が上がらず、2000年に危機遺産に
  登録されたが、生物防除剤対策などにより、2006年に解除された。
18)ティパサの考古遺跡 アルジェリア共和国
  ティパサは紀元前7世紀にカルタゴが建設し、その後、ローマの植民地になり、北アフリカで最も重要な
  キリスト教徒居住区となった。紀元後4世紀のバシリカ大聖堂はアルジェリア最大規模を誇った。
  1982年文化遺産にされたが、遺産保護の管理体制が不備なために破壊や略奪などに対処できず、
  2002年に危機遺産に登録された。 アルジェリア政府が遺産保護の担保を約束したため、
  2006年に解除された。
19) ケルンの大聖堂  ドイツ連邦共和国
  1248年に始り632年後の1880年に完成した、全盛期のゴシック様式を代表する建築物。後の聖堂建築
  に大きな影響を与えた大聖堂は、ドイツの国家統一のシンボルである。1996年に文化遺産として登録。
  大聖堂の近くを流れるライン川流域で、超高層ビルの建設計画が進んでいることから、大聖堂周辺に
  おける都市景観の完全性が損なわれることが危惧され、2004年危機遺産に登録された。
  しかし、この建設計画が中止されたため、2006年に解除された。
20) エヴァーグレーズ国立公園  アメリカ合衆国
  フロリダ半島の南端の全米最大の湿原地帯の一角にある。温帯と熱帯、川と海が交差しているため
  複雑な生態系を育んでいる。1000種の植物や700種の動物が共存している。先住民が「池」と呼ぶ
  一帯は1日に5〜8cmの流れがある最大幅150kmの川である。1979年に自然遺産に登録。 しかし、
  過去50年間で鳥類や魚類の80〜90%が絶滅、アメリカマナティーなど50種の絶滅が危惧され、1993年
  に危機遺産に登録された。 原因は国や州政府の干拓事業や水路・ダム建設により、周辺に農場や
  住宅地が増加し、水位の低下や水銀や農薬により生態系に影響がでたことに加え、1992年の大型
  ハリケーンで生態系が乱れたためである。政府が技術や資金を投入し環境が回復されたため、2007年
  に危機遺産から解除された。
21) リオ・プラータノ生物圏保護区   ホンジュラス共和国
  ホンジュラス北東部標高1300m級の山からカリブ海に注ぐ河口までの約100kmのプラータノ川の流域は
  ホンジュラス最大の人跡未踏の熱帯雨林が広がり、国内に生息するほぼ全ての動物が見られる。
  1982年に自然遺産として登録。監視の届きにくい密林のため、密猟者が後を絶たず、ジャガーや
  コンゴウインコなどが犠牲になっている。また高級建築材として樹木の伐採や農地の拡大が熱帯雨林を
  侵食しており、1996年に保護強化が必要とされ危機遺産に登録された。 IUCN(国際自然保護連合)が
  推奨する是正手段を政府が実施し、2007年になってようやく解除された。
22) アボメーの王宮  ベナン共和国
  17世紀から3世紀にわたり、12人の王の下、奴隷貿易で繁栄した王国の王宮群。12人の王がそれぞれ
  建てた王宮が並び、西アフリカ海岸で最も豊かといわれた国の文明の推移を窺うことができる。
  長年、放置され、風化が激しかったことと1970〜1980年代に幾度か、竜巻の被害に遭っている。特に
  1984年3月の竜巻で屋根が吹き飛ばされるなど甚大な被害を蒙った。1985年文化遺産としての登録
  と同時に危機遺産にも登録された。政府による世界遺産基金を活用しての保全計画を進め、2007年に
  なってようやく解除された。
23) カトマンズの谷 ネパール
  ヒマラヤ山脈の麓、平均標高1300mにある盆地状のカトマンズの谷では、ヒンドゥー教と仏教の共存
  による独自の文化が開花した。直径20数kmの範囲内に約900の歴史的建造物が密集する光景は
  世界遺産でも例がなく、町並みは、中世の面影を残している。1979年に文化遺産として登録された。
  しかし、無計画な都市開発が進行し、伝統的な建築物が失われ、建築基準にそぐわない建物が増加し、
  町の景観や歴史的価値が損なわれだし、2003年危機遺産に登録された。
  政府によって、管理計画や保全管理システムが確立したことで2007年に解除された。
24)シルヴァンシャー宮殿と乙女の塔のある城塞都市バクー  アゼルバイジャン
  カスピ海に突き出たアゼルバイジャンの首都バクーは10世紀頃、既に採油が行われていた油田都市。
  紀元前7世紀頃から最盛期の15世紀頃までの間、ペルシャやオスマン帝国、ロシアなど多様な文化の
  影響を受けた町並みが残っている。城壁内は、迷路のような道が巡り、住居やモスク、ゾロアスター教
  の寺院などがひしめく。12世紀に建てられた円筒形の「乙女の塔」や、15世紀建造のシュrヴアンシャー
  宮殿はアゼルバイジャンの傑作とされている。2000年に文化遺産として登録されたが、2000年11月の
  地震で深刻な被害を蒙ったこと、都市化にさらされていること、文化財保護の政策が整っていなこと
  などにより、2003年に危機遺産に登録された。
  政府によって、管理計画や保全管理システムが確立したことで2009年に解除された。
  ◆ホームページ更新履歴◆