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みどりと環境を   世界遺産エルサレの旧市街とその城壁ム(ユルダン・パシェミット王国)文化遺産/1981登録 危機遺産/1982登録 
  写真は≪嘆きの壁≫             提供:会員 小林 白砂 2009/5 撮影 拡大してご覧になれます
大きなテーマに  シニアネット越谷 Senior Net Koshigaya
   
シニアネット越谷(Senior Net Koshigaya Association)
危 機 遺 産 リ ス ト(2010年8月現在)◆

  2010年8月、ブラジルのブラジリアに於いて第34回世界遺産委員会が開催され、世界遺産登録件数は現行の890件から⇒新規21件=911件(内訳は文化遺産704件、自然遺産181件、複合遺産26件)になった。尚、『危機遺産』部門に於いては新規登録が4件、内訳として「文化遺産」で2件、バグラティ大聖堂とゲラティ修道院(グルジア)とカスビのブガンダ王国の王墓(ウガンダ)、「自然遺産」でアツィナナナの熱帯雨林(マダガスカル)とエヴァーグレース国立公園)などがあり、一方、登録削除は1件、ガラパゴス諸島(エクアドル)のみであり、残念ながら危機遺産登録件数は現行の31件から、残念なことに34件と増加してしまった。
 危機遺産の中で、最も長いのは、「エルサレムの旧市街とその城壁」で、1982年から今日まで危機遺産に登録されており、パレスチナ問題などが解決しないと、危機遺産から解除されることはむずかしいと思われる。
危機遺産に登録されるのは、その世界遺産の顕著な普遍的価値が重大で、かつ特別な危機に瀕していると世界遺産委員会が判断した物件である。
顕著な普遍的価値が損なわれる原因は主に7つあります。


注記:
登録抹消⇒危機遺産リストからの登録抹消は世界遺産リストからの抹消にもつながり、≪世界遺産≫ではなくなることを意味します。
登録削除⇒危機遺産リストからの登録削除は一般の≪世界遺産≫と同じ扱いになることを意味します。

1)自然の劣化
    時間の経過と共に次第に風化したり、劣化したりするもの。

     
例:日干しレンガでできているペルーのチャンチャン遺跡 
2)    自然災害
    台風、地震、火山噴火、津波など。
   例:イランのバムとその文化的景観は2003年マグニチュード6・5の大地震で壊滅的な被害を蒙った。
3)   
戦争や内戦による破壊
   世界各地で地域的な戦争や内戦が相次いで起こっている。
   例:アフリカのコンゴ民主共和国の5つの自然遺産は内戦のため、5つ全てが危機遺産に登録されている。
4)  
人為的な破壊
    例:アフガニスタンのバーミヤンの2大-大仏はタリバンによって爆破されました。
5)  経済開発優先による脅威
   例:イラクのアッシュールはダム建設計画が浮上し、危機遺産に登録。現在、ダム建設計画は一時中止して  いる。
6)      都市開発による脅威
   例:ドイツのドレスデン・エルベ渓谷に、交通渋滞を緩和するため橋をかける計画があり、橋ができると景  観が損なわれるとして危機遺産に登録。この問題は未だ解決されていない。
7)      観光事業の増加
    世界遺産に登録されたため、観光客が押し寄せ、その遺産が損なわれているもの。
   例:エクアドル共和国のガラパゴス諸島は観光客の増加で環境破壊などの被害が激増し危機遺産に
  登録された。
 2009/6月変更(文化遺産16件   自然遺産15件)
危機遺産リストへの登録順(古いものから番号)に記載されています
1)  エルサレムの旧市街とその城壁  ヨルダン・ハシェミット王国
  4000近い歴史をもち、今日でも、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教がともに聖地とする古都。
  約1km四方の城壁で囲まれた旧市街には、キリストが処刑されされた「ゴルゴタの丘」とされる場所に
  「聖墳墓記念聖堂」が建ち、紀元前10世紀創建のソロモン王の神殿に起源を持つ、ヘロデ王の神殿の遺構
  の一部である「西の壁」は「嘆きの壁」といわれユダヤ教の聖地、その直ぐ近くにはイスラム第3の聖地で
  ある「岩のドーム」がある。
  1981年に文化遺産として登録され、その翌年の1982年に危機遺産に登録された。全ての世界遺産の中
  で、最も長く危機状態が続いている。主な理由は、エルサレムはどこの国に帰属するのかについての
  紛争が続いていること(遺産の登録はイスラエルからではなく、隣国のヨルダン・ハシェミット王国からの
  申請によるものである。)、また、急速で無秩序は都市開発による被害、世界中から集まる巡礼者や
  観光客などによる観光被害、管理維持費の不足などがあげられている。
2) チャンチャンの考古地区  ペルー共和国
  ペルー北西部のチャンチャンは、12~15世紀に繁栄し、インカ帝国に滅ぼされた、チムー王国の首都。
  王国を築いた民族は不明。遺跡は9つの城砦(シウダレーラと呼ばれる)からなり、神殿、広場、倉庫、
  墓地などを備える巨大なもの。金属工芸品や化粧漆喰の壮麗な壁面など高度な工芸技術を示す。
  1986年に文化遺産として登録されると同時に危機遺産に登録された。沿岸部にあるため、潮風の影響を
  受けやすく、元来は降水量の少ない地域にもかかわらず、数年に一度の周期で起こる、エルニーニョ現象
  による暴風雨に襲われるため、建築材である日干しレンガが浸食され続けていることと、遺跡の盗掘の
  被害にも悩まされていることがあげられている。
3) マナスの野生動物保護区  インド
  インド北東部にある保護区。450種の鳥類、55種の哺乳類、世界最小の猪で、絶滅危惧種のコビトイノシシ
  などの希少動物が生息する。1985年に自然遺産として登録されたが、1989年、インドからの分離独立を
  求める小数民族ボードー族が保護区を占領、政府軍との戦闘で施設や動物に甚大な被害が及んだ。
  戦闘は終わったが、ボードー族は占拠を続け、保護区内に耕作地を作っている。また、密猟者も絶えず
  1989~1992年間に33頭のインドサイが殺されるなど希少動物の減少が続いているため、1992年に危機
  遺産に登録された。
4) アイールとテネレの自然保護区  ニジェール共和国
ニジェール北西部にあるテネレ砂漠とアイール山地の一部からなるアフリカ最大規模の自然保護区。
  かつて、この地が緑豊かな大地だったことを示す、4000年以上前の住居跡や集落、動物や人間が描か
  れた岩面画が多数発見されている。一見殺伐とした風景の一帯には「ゲルタ」と呼ばれる水溜りが点在、
  多種多様な動植物が生息する。絶滅に瀕した種も含め、哺乳類40種、爬虫類18種、鳥類165種、植物
  350種に及ぶ。この一帯の土地は、11世紀よりトゥアレグ族の居住地でもあった。自然保護区の指定で
  狩猟や樹木の伐採が禁止されたため、生活基盤が脅かされたとして、彼らは1990年に蜂起。独立を
  求める内戦に発展し、保護区がその舞台となった。1991年に自然遺産として登録されたが、翌年の
  1992年危機遺産に登録された。危機遺産登録後に和平協定が結ばれたが、混乱に乗じて密猟が増加。
  現在も監視体制下にある。
5) ニンバ山地自然保護区   ギニア共和国・コートジボアール共和国
  アフリカ大陸西部のギニア南東部とコートジボアール西部との国境にある、標高1752mのニンバ山を中心
  に広がる熱帯原生林に覆われる自然保護区。世界屈指といわれる2000種以上の植物の群生。500種を
  超える動物のうち200種が固有種で、特に胎内で卵を孵すニシコモチヒキガエルが有名。1981年に自然
  遺産に登録された。ニンバ山地は鉄鉱石の埋蔵量が世界最大規模といわれ、鉱山開発計画が進行し、
  保護区内の森林伐採や河川の汚染が懸念され、また、保護区の南西部はリベリアと接しているため、
  リベリアの内戦で多くの難民や武装勢力が保護区内に流入しており、環境破壊に繋がると危惧され
  1992年に危機遺産に登録された。
6) ヴィルンガ国立公園  コンゴ民主共和国
  1925年に設立されたこの国最初の国立公園。山岳地帯には、火山、氷河、サバンナなどがみられる。
 元来はマウンテンゴリラの保護を目的として設立された、野生のゴリラの聖域であり、1979年に自然遺産
 に登録された。1990年代に隣国ルワンダでの内戦の混乱に乗じて、密猟が横行。マウンテンゴリラや、
 世界最大生息数を誇ったカバなど、多くの動物が殺され、個体数が減少。また、ルワンダからの難民流入
 よって公園内の樹木の伐採、ゴミの投棄などが増加。自然環境の破壊が進んだため、1994年危機遺産
 に登録された。2005年の調査では、政府軍兵士や地元の武装勢力などによるカバの密猟も発覚し、2年前
 の1309頭から887頭に激減していることが判明し、早急な措置が待たれたいる。
7) シミエン国立公園   エチオピア連邦民主共和国
  標高1900~4430mにある国立公園は氷河が削った深い峡谷や岩山が連なり、絶滅危惧種や固有種
  など独特な動植物が生息する。なかでも、系統的にはこの地域に棲息しないはずのワリアアイベックス
  の存在は、かつてアフリカ大陸がヨーロッパ大陸と地続きだった証明である。1978年に最初の自然遺産
  として登録された。しかし、エリトリアの独立を巡り、30年の長期に及ぶ内戦や、人工増加に伴う道路建設
  で自然環境は著しく破壊され、さらに、密猟の横行により、一帯の動物はその数を減らしており、1996年
  危機遺産に登録された。危機遺産登録後は保全活動に前進はみられるが、人口増加の脅威は未だ
  解決されていない。
8) ガランバ国立公園  コンゴ民主共和国
  赤道直下のコンゴ川の支流沿いに広がるサバンナの国立公園は、棲息する動物の数、種類ともに豊富で
  アフリカ唯一のゾウの調教施設も持っている。世界で最も絶滅の恐れが高い哺乳類の1つといわれる
  キタシロサイの生息地として有名。1979年に自然遺産として登録された。しかし、1960年代に1000頭いた
  キタシロサイは、高額で取引される角を狙う密猟により1984年には15頭まで激減。この年に危機遺産に
  登録された。その後、武装した特別部隊を導入、密猟は減少し、毎年10%ずつ個体数が増えたため
  1992年に危機さんから一旦解除されたが、1996年4月公園内で、新たに2頭のサイが殺された為、この
  年に再び、危機遺産に登録された。
9) マノボ=グンダ・サン・フローリス国立公園  中央アフリカ共和国
  アフリカのほぼ中央に位置する公園は、北部の氾濫原、南部の険しいボンゴ山地、中央部の緑豊かな
  サバンナという3つの植生帯に分かれ、サバンナも高度や土壌、気候の差から5つに分類されている。
  このような多様な自然環境のため、動植物の楽園。50種以上の哺乳類、320種以上の鳥類が生息する。
  1988年に自然遺産に登録された。しかし、隣国スーダンとチャドの紛争で、侵入した武装勢力グループ
  による密猟が横行。1981年に80,000頭いたアフリカゾウは4年間で3000頭に激減、さらに、クロサイは
  その角が漢方薬に使われるため、10頭に激減。1997年には4名の公園従業員が殺害され、観光業も
  休止され、その年に危機遺産に登録された。
10) オカピ野生動物保護区  コンゴ民主共和国
  オカピはキリン科の動物。 体系がキリンの祖先パラエオトラグスに似ている為「生きた化石」とも
  呼ばれる。1901年イギリスの探検家ヘンリー・ジョンストンが発見、現地の名称を採ってオカピと命名。
  ロバとウマの中間で、キリンに似た頭部と、シマウマのような横縞のある脚をもつ。コンゴ盆地の北西
  部のイトゥリの森の5分の1を占める保護区に、全アフリカのオカピの6分の1にあたる約5000頭が棲む。
  密林である保護区には、絶滅危惧種や希少種が多く棲息しチンパンジーなどの霊長類13種、哺乳類
  52種、鳥類329種が確認され、さらに、約4000人のムブティ・ピグミー族(アフリカ最古の先住民で移動し
  狩猟採取の生活をしている。)が居住する。1996年自然遺産に登録されたが、1997年にこの地で
  武力紛争が起こり密猟者が増加。保護区内の数頭のゾウが殺され、従業員は逃走、施設は略奪され、
  また、保護区の付近で鉄鉱石の不法な採掘が行われており、1997年に危機遺産に登録された。
11) カフジ=ビエガ国立公園  コンゴ民主共和国
  ゴリラのなかで、マウンテンゴリラに次いで絶滅の危機にあるヒガシローランドゴリラを保護する目的で
  設立された国立公園。このゴリラのオスは成長すると、背中から腰にかけて体毛が銀白色に変わること
  から「シルバーバック」と呼ばれる。標高2100~2400mの高地に棲み、集団で生活する。現在、平均16
  頭の群れが20、合計約250頭が確認されている。ゴリラを間近に観察できることで世界的に貴重な場所。
  1980年に自然遺産に登録されたが、1980年代に観光ツアーが始ると共に、観光客から伝染した病気で
  多くのゴリラが亡くなった。さらに、不法な森林伐採や密猟、地域紛争による、難民流入、軍隊の潜伏、
  公園施設の略奪・破壊・放火などが起こり、1997年に危機遺産に登録された。
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12) サロンガ国立公園  コンゴ民主共和国
  アフリカ最大の熱帯多雨林保護区で、その規模はアフリカ第2の大きさを誇る。コンゴ川の支流によって、
  周辺から隔絶されているため、野生動物の宝庫。特に、進化の上で、人間に最も近い種といわれる、
  ボノボと呼ばれるピグミーチンパンジー約2万頭が棲息する。ボノボは数世紀もの間、食用にされてきた
  ため、禁猟である今も、狩猟の対象になっている。1984年に自然遺産に登録されたが地域紛争の混乱
  に乗じての密猟や、違法な森林伐採・家屋建設がつづいているため、1999年に危機遺産に登録された。
13) ラホール城とシャーラマール庭園  パキスタン・イスラム共和国
  インド最後のイスラム帝国であるムガル帝国の歴代王の改築により、ムガル建築の変遷を知ることが
  できる。この城砦の価値を高めたのは、第5代のシャー・ジャハン。赤砂岩の宮殿を白大理石に変え、
  「40本柱の間」や白大理石の「真珠モスク」を築いた。圧巻は、絢爛な鏡のモザイクで埋め尽くされた
  「妃の私室」。1981年に文化遺産として登録されたが、2000年になって危機遺産に登録された。
  原因は庭園の南を走る道路の拡張により、庭園に水を供給するタンクが破壊されたことや、庭園周囲の
  城壁の劣化が激しくなったことが挙げられている。
14) ザビドの歴史地区  イエメン共和国
  イエメン西部にあるザビドは13~15世紀に最盛期を迎えた、イスラム世界屈指の学問都市。
  アラビア半島初の大学が開設され、多くのマドラサが建ち並び、5000人以上の学生が学んだ。町の建物
  の多くは、小さなレンガを積み重ね、外壁の表面を漆喰で塗り固めた上に、幾何学模様の浮き彫りを施し
  たもので「ザビド様式」といわれる。1993年に文化遺産として登録されたが、急速な都市化で住居の
  約40%がコンクリートの建物に変わり、伝統的な家屋が失われつつあり、さらに、市場であるスークなど
  も含め、全体的に都市の保存状態が芳しくないことから、2000年に危機遺産に登録された。
15) コルディリェーラ山脈の棚田  フィリピン共和国
  ルソン島北部コルディリェーラ山脈中央部イフガオ州の4地域。標高1000~2000mの急斜面を切り開いて
  作られた棚田群。棚田の幅は2~3m、上下段を分ける泥壁や石垣の高さは6~10m、幅は30cmほど。
  この風景を生んだ耕作技術は、少数民族イフガオ族の間で2000年前から口承されてきたものである。
  農道の役目も果たす泥壁や石垣の総延長は地球半分の約2万kmに及ぶ。節を抜いた竹筒で湧き水を
  通す灌漑システムも2000年前から受け継がれてきた。急峻な山岳地帯で農業をおこなうために編み出
  した方法は植民地時代以前の文化を伝える唯一のものとして重要である。1995年に文化遺産に登録さ
  れた。この棚田での耕作は多大な労力を要する作業である。農作業は機械化が不可能なため、人力に
  頼る以外にない。棚田自体の維持・管理も時間と手間のかかる労働である。特に、棚田の上部にある
  水源からの灌漑の管理や構築には、この地域の人々が保持してきた高度な技術と共に相当な労働力が
  必要とされる。1995年に文化遺産として登録されたが、その6年後の2001年に危機遺産に登録された。
  原因は、現地の人々が現金収入を求めて都市部へ移住し、それが棚田の耕作放棄につながり、棚田の
  荒廃を引き起こし、現在、棚田の30%が休耕、数年後には50%に達するといわれていることである。
  都市部への移住は若年層が中心であるため、今後、棚田の後継者不足も深刻化するとされており、
  世界遺産としての景観危機が危惧され、棚田群に対する包括的な保護対策が求められている。
16) 聖都アブ・メナ    エジプト・アラブ共和国
  3世紀に殉教したローマの兵士メナスの墓所を中心に4~5世紀に築かれた宗教都市でキリスト教の一派
  コプト教の聖地として9世紀まで賑わった。砂の下からバシリカ式聖堂や、かつての巡礼路なども発掘され
  ている。1979年に文化遺産として登録されたが、周辺の農業地の干拓により、急激な地下水位の上昇
  が起こり、地盤が軟らかく不安定になり、崩壊が危惧されたため、2001年に危機遺産に登録された。
17) ジャムのミナレットと考古遺跡群  アフガニスタン・イスラム共和国
  山間の深い渓谷に建つ高さ65mのミナレットは、その基部が8角形のレンガ造りの塔で、最上部は
  青タイルの銘が埋め込まれ、一面を覆う装飾は極めて精緻で、イスラム様式の塔の中で特に美しいと
  されている。12世紀、ゴール朝のスルタンによって建立された。2002年に文化遺産として登録されると
  同時に危機遺産に登録された。一帯で長年武力紛争が続き、そのための損傷、不法な発掘・略奪、
  さらに、河川からの浸水による倒壊・水没の危機などが原因としてあげられる。
18) アッシュール(カラット・シェルカット)  イラク共和国
  現在のカラカット・シェルカットであるアッシュールは紀元前3000年末以降、古代国家アッシリアの首都。
  アッシュール神を戴く宗教の拠点としても発展した古代オリエント最初の帝国の貴重な遺跡である。
  2003年に文化遺産として登録されたが、遺跡から程近いチグリス川の下流でダム建設の計画が浮上し、
  浸水が危惧され、登録と同時に危機遺産に登録された。現在、ダム建設計画は一時中断の状況である。
19) バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群  アフガニスタン・イスラム共和国
  バーミヤン渓谷は1~13世紀頃にかけ築かれた石窟遺跡が約1000点ほども点在する仏教芸術の宝庫。
  4~5世紀のものとされる高さ55mと38mの2体の石仏は立像仏としては世界最大規模。インド、西アジア
  の交通の要衝であり、文明の十字路だったので、様々な宗教や民族が出会い、多様な文化が融合し、
  ガンダーラ美術が発展した。一帯は、かねてより内戦の舞台であり、2001年3月アフガニスタンを制圧して
  いた旧タリバン政権がこの2体の石仏を爆破し、世界に衝撃を与えた。仏像のみならず、石窟内の壁画も
  約80%が失われたといわれ、2003年文化遺産の登録と同時に危機遺産に登録された。
 
20) コモエ 国立公園   コートジボアール共和国
  西アフリカ屈指の広さを誇る国立公園は、サバンナや湿原、森林からなる自然の宝庫であり、多種多様
  な生物が生息する。不安定な政情に乗じて多数の密猟者が横行、1983年に文化遺産として登録され
  禁猟区に指定したにもかかわらず、密猟は絶えることなく、アフリカゾウなどの数が激減し、絶滅した
  動物もいるとか。さらに、過放牧による植生の生態系の変化や保護システムの不備が生物の減少を
  招いているとして、2003年危機遺産に登録された。
21) バムとその文化的景観  イラン・イスラム共和国
イラン南部にあるバムの遺跡は7~11世紀、絹や綿製品の交易で繁栄した砂漠のオアシス都市であった。
  イラン国内で、地下水路であるカナートを早くから活用していた痕跡が認められる。町の中心となるバム
  城塞は、粘土を使用して築かれたもので、土地の材料を使った中世の城塞建築の典型である。
  2003年12月、マグニチュード6.5の大地震が発生。数万人の命を奪ったこの地震により、城塞は壊滅
  的な被害を受け、2004年に文化遺産として登録と同時に危機遺産にも登録された。
   
22) キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡  タンザニア連合共和国
  タンザニアの首都ダル・エス・サラームの南約280km、インド洋に隣り合って浮かぶ2つの島、キルワ・
  キシワニ島とソンゴ・ムナラ島には、12~16世紀に交易で繁栄したイスラム都市国家の城塞や宮殿、
  寺院などの遺跡が残っている。しかし、この2つの島がどのような関係にあったのか、どのような民族で
  いつどのようにして滅亡したのかは謎である。1981年に文化遺産として登録されたが、いずれの遺跡も
  熱帯の気候や長年の風化による損傷が激しく、損壊の危機に瀕しており、2004年に危機遺産に登録
  された。
23) ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群  チリ共和国
  チリ北部に1.5km離れて建つ2つの硝石工場群は、1880年から60年間にわたって稼動し、企業都市の
  見本として貴重とされた。碁盤目状に区画されたハンバーストーンでは、工場や労働者住宅、アールデコ
  様式の劇場や礼拝堂などが、サンタ・ラウラでも工場や管理棟、学校、共同浴場などが残る。
  これらの工場は木材で建てられており、構造的に脆いことに加え、過去40年間の保守も適当でなかった
  ため、倒壊が危惧され、さらに、まだ使用可能な設備を略奪者や地震から守る為、2005年に文化遺産と
  して登録されると同時に危機遺産にも登録された。
24) コロとその港  ベネズエラ・ボリバル共和国
  ベネズエラの北西部にある、1527年に建設された、この国最大のスペイン植民都市。17世紀末以降、
  カリブ海のオランダ領アンティル諸島との密貿易で栄えたため、町に残る600を超える建造物の多くは
  スペインのムデハル様式と先住民の様式に、オランダのバロック様式が加わり、独自の景観をなす。
  装飾を控えた簡素な建物も多いが、バラ窓で装飾された「太陽の窓」や美しい鉄格子の「鉄の窓の家」
  など優美な建物もみられる。この町の北東にある植民地時代のラ・ベラ港は税関事務所や礼拝堂が
  当時の港の活気を伝えている。1993年に文化遺産として登録されたが、2004年の11月から2005年
  の2月にかけての集中豪雨で、多くの建物が被害を蒙り、また、緩衝地帯での都市計画が、町の伝統的
  な景観を損ねるとして、2005年に危機遺産に登録された。
25) コソヴォの中世建造物群   セルビア・モンテネグロ
  コソヴォ・メトヒヤ州の西部、プロクレティエ山の裾野にある、デチャニ修道院は、14世紀にセルビア王
  ステファン・デチャンスキーのために建てられ、同王の霊廟も兼ねている。2004年に文化遺産に登録され
  たが、2006年ペーチ総主教修道院、グラチャニツァ修道院、聖母リェヴィシャ修道院の3つが追加され、
  それと同時に、政治不安による管理が不充分であるとして、危機遺産に登録された。
26) ニョコロ・コバ国立公園  セネガル共和国
  セネガル南東部にあり、スーダン・サバンナとギニア森林という2つの植生地帯をもつ公園は、かつては
  羊飼いや農民が住み着いていたが、1970年代に狩猟や農業が禁止され、人間は園内から立ち退くこと   
  になった。公園内では現在、西アフリカで最多の動植物がみられ、1981年に自然遺産として登録された。
  しかし、密猟の被害が後を絶たず、アフリカゾウやキリンなどの減少が危惧されている。さらに、ガンビア
  川の上流にダム建設計画が持ち上がり、環境破壊の懸念から2007年に危機遺産に登録された。
27) 古代都市サーマッラー   イラク共和国
  サーマッラーは大イスラム帝国アッバース朝の初期の首都でバグダートに首都を移すまで繁栄を極めた
  町。らせん状のミナレット、イスラム世界最大規模のカリフの宮殿、それに付随するモザイクや彫刻は
  初期イスラム国家の首都の様子を現代に伝える唯一の遺跡である。 しかし、サーマッラーでもイスラム
  寺院の爆破事件などが起き、政情不安のため文化遺産保全に脅威があるとして、2007年に文化遺産
  への登録と同時に危機遺産にも登録された。
28) ベリ-ズ・バリア・リーフ ベリーズ
  ベリ-ズの海岸から沖合20キロに広がるカリブ海のサンゴ礁(オーストライアのグレート・バリア・リーフに次ぐ世界第2の規模)
  南北に陸地と並行して発達するサンゴ礁あり、3つの大きな環礁
    マングローブ伐採 開発管理の徹底
   自然遺産の登録は1996年、2009年に危機遺産に登録された。
29)ロス・カティオス国立公園  コロンビア
  100万年前の間氷河期に水没を免れた熱帯雨林をもつ国立公園、 アトラト川流域のジャングル地帯、
  マントホエザル、ヤマネコ類のオセロッタなどの稀少動物約400種類
  森林伐採  不法漁業 密猟などによる
  自然遺産の登録は1994年、2009年に危機遺産に登録された。
30)ムツヘタの歴史地区   グルジア
  紀元前4世紀から、ほぼ1000年の間、イベリア王国の首都 後4世紀初頭にキリスト教を国教と定め宗教都市として発展
  聖女二ノについての伝承が語り継がれ、伝説の地にジュワリ聖堂が立つ
  総合的な管理の要請、石細工、フレスコ画の重大な悪化
  文化遺産の登録は1994年2009年に危機遺産に登録された。
31)バグラティ大聖堂とゲラティ修道院(グルジア)
      文化遺産の登録は1994年2010年に危機遺産に登録された。
32)アツィナナナの熱帯雨林(マダガスカル)
      自然遺産の登録は2007年、2010年に危機遺産に登録された。
33)カスビのブガンダ王国の王墓(ウガンダ)
      文化遺産の登録は2001年2010年に危機遺産に登録された。
34)エヴァーグレース国立公園(アメリカ)
       自然遺産の登録は1993年、2010年に危機遺産に登録された
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