| ★★★★★≪世界遺産≫ |
21世紀にふさわしい心ゆたかなシニアをめざして |
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| 世界遺産 仏陀の誕生地ルンビニー (ネパール) 文化遺産/1997年登録 |
| 紀元前6世紀、王妃が無憂樹に手をかけると、右わきから赤子が誕生、「天上天下唯我独尊」と唱えたという。(大木の前の僧侶) |
| シニアネット越谷(Senior Net Koshigaya Association) |
| ◆仏陀の誕生地(ルンビニー)へ納経◆ |
◆カトマンズへ
ネパール国は東西に885kmの長さ、南北の幅は狭いところで145km、広いところが241kmある。日本のように細長く面積は日本の約3分の1の広さである。緯度的には日本の奄美大島の位置にあり、比較的暖かい亜熱帯にある。この国には自然遺産が2件、文化遺産が2件、計4件の世界遺産がある。
友人二人でトレッキング、景勝地ポカラでのんびりと過す、15日間の旅である。重いトランクなど持たずに、登山用リュックにショルダーバッグ、これに防寒具、下着、大切な写経は防水袋に入れた身軽な旅支度である。 滞在中、私には世界遺産を廻りながら、国内の寺廻りの集大成として、釈迦の生まれた聖地(世界遺産名:仏陀の誕生地ルンビニー)へ納経する目的がある。
関西空港を定刻に離陸した直行便は現地時間の夕方の18時45分にカトマンズ空港に到着した。世界で有数の貧弱な国際空港?滑走路が一本、小さな2階建のビルがあるのみで、照明も何となく暗い感じである。木造の小さなカウンターで簡単な入国審査が終わり、外に出るとびっくりしたことに大勢の客引きが待っていた。客の争奪戦となり、我々二人も数人係で無理やりに、タクシーに押し込まれてしまった。
乗り込んできた運転士と助手の顔には額の中央に十円玉ぐらいの赤く塗ったチカ(ヒンドウー教徒の印)があり、初めて暗闇で見た私たちには異様な感じがする。暗い街には額にチカを塗った人が歩いており、これがまた車のライトで反射され異様に見えてくる。
気がつくと、車は冷暖房もないオンボロタクシーである。助手席に座った者がしきりにうしろを振り向いては、自分たちが案内するホテルに泊まらないかとの勧誘である。予約はホゴにしても問題はないから、自分が案内する良いホテルに泊まれとしつこい勧誘である。
何とか指示したホテルに着くことができたが、今度は予約したホテルが満室で宿泊出来ないとの返事である。こんなこともあろうかと、持参したインターネット交信記録を提示したところ、困った様子で何とか調整するとの返事。予約したシングルの部屋は無理であったが、大きな部屋に二人で宿泊することになった。
◆カトマンズの谷(世界遺産)
翌日、市内の最大のヒンドウー教のパシュパティナート寺院(世界遺産の一つ)へ行くことになり、二人でタクシーを拾ったが、速度計が動かないオンボロタクシーである。
パシュパティナート寺院の参道には直接布を敷いて、その上に雑貨や土産物を並べた露天商が並んでいる。寺院の前には聖河パグマテイ川が流れていて、土手にはじっと動かずに座禅している者、今にも死にそうに死を待っている者がいる異様な光景だ。向こう側の川岸には火葬台が橋を堺に川上に2台、川下に4台が並んでいる。火葬台は身分によって川上から順に皇室用、役人や金持ち用、川下の4台は一般の庶民用と区別されているという。水の豊富な夏には沐浴するというが、訪れた時は乾季で水量がなく、河は黒く濁ったドブ川化しており、焼却台で焼け残った人骨と黒い薪が浮いていた。
見学が終わり帰る頃には、夕方で靄とほこりで息が詰まりそうになっていた。街の片隅にはトラック2〜3台分もあろうか、大きなゴミの山があり、ゴミに中に黒い子牛がいるではないか。近寄ってみると首だけ出した子牛は白と黒の大きな目は動かなくなっている。ヒンドウー教では牛は生き神様として大事にされると聞いていたが、一体どうして子牛は餌にありつけずに、餓死したのであろうか。
◆カトマンズから初めての一泊旅行
滞在中の最初の一泊旅行は東に約35Km離れたナガルコットでのトレキングである。ここはカトマンズより900メートル高い標高2200mにある。展望台に登れば東にエベレスト、南にランタン、ジュガール山群、西にマナスル山群、更にアンナプルナ山群を一望出来る観光スポットだ。。
タクシーには冷房はなく、窓を開ければ街の騒音とほこりが容赦なく入り込んでくる。街から郊外に出たら多少は空気がよくなるかと思ったが、道路の舗装がなく前に走る車が巻き起こす砂埃を浴びる。視界が悪いのでスピードを落とすかと思いきや、先に出ようと、スピードを上げるので余計に砂煙が車に入る、危険なドライブとなった。
山岳地帯のS字型の登り道には日本のように鏡の設置がなく、警笛の標識があれば良い方である。ドライバーの警笛は鳴らすが、スピードはそのままの乱暴な運転にハラハラ、ドキドキの連続である。村の入り口では、青年達が4〜5人係りで、道に横たわっている丸太を除いては車を通過させている。簡単なシステムで通行料を徴収して、道の補修費用などに充当しているという。
翌日、ナガルコットの展望塔に登るとヒマラヤ連峰の方向に立っている木には、ブリキ板に山の名前と高さを書いた案内板あり、初めてのものにはわかり易い。案内版でエベレストを確認出来た時は感動がこみ上げて来た。早く写真を撮ろうとするが、刻々と変化する山の景色にシャターチャンスが追いつかず、失敗してしまった。夕焼けが迫り、心のカメラでしっかりと記憶する事にした。真っ白な山々が、太陽の沈むに従って赤く染まって行く、光の角度によってダイナミックに変化して行く光景は圧巻である。
◆カトマンズからポカラへ移動
山岳地帯の蛇行した道を約8時間走ると、バスはポカラのペワ湖に到着した。ホテルでベッドが変わったためか、朝4時半に目が覚めてしまった。今日は二人が別々に離れて行動する日であるためか、お互いに何だか気が落ち着かないようだ。
彼はポカラのホテルでゆっくりと過ごす予定だが、私は一泊のダンプスでのトレッキングに出かける。出発は午後1時になると、ガイドを乗せた車がホテルに迎えに来た。ガイドと並んで後部に乗車すると、車はすぐに走りだした。車のスピードが50kは出ている感じがするが、メーターの針は20kで停止したままである。カトマンズで体験したメーターの動かないオンボロタクシーに再度乗せられてしまったのである。
ここでダンプス一泊旅行をあきらめて、歩いて帰る訳にはいかない。タクシーは道路の下り坂にくると、どんどんとスピードが上がり、しかも静かな走りである。運転手は下り坂を利用してエンジンをストップしてニュートラルで走行しているのだ。ガイドに教えて貰ったネパール語のビスターレ(ゆっくり走れ)を何度叫んだことであろうか。しかし叫ぶ度に、運転士が振り向くので車が蛇行し危険な運転になる。注意するのは断念、運を天に任せることになった。目的地のフエデイ村に無事に着いたときにはホットした。
ここからガイドと二人で海抜1799mのダンプスへと向かった。道は固い石を敷いた階段状の標識のない道が続く。しばらくして尾根に出ると、急に視界が広がりダンプスに到着した。マチャプチャレが大きくそびえ立っているのを見たときは思わず歓声を上げてしまった。三角形のピークを持つマチャプチャレは6993mある未登頂の山である。マチャプチャレとは「魚のしっぽ」
という意味で、違う角度から見るとこのピークは2つに分かれ、魚のしっぽのような形をしている。
翌日は来た道を迂回しながらノーダラへ峠に向かう。行程は来たとき違って長くなるが、尾根を歩くことになるので、遠くの山の景色を眺められる。登ったり下ったりの道になるので体にはきついが、素晴らしい眺めだ。大きな篭を背負いながら、山道を下って行く子供たちに会うが、実に軽い足取りである。段々畑にはジャガイモの収穫に子供たちが手伝いをしている。この風景は日本の昔の農村風景を思いだしてくれる。
複雑な農道が続きガイドが道に迷ってしまい、庭先に遊ぶ少年に尋ねたところ、ノーダラまで一緒に歩いて案内してくれるという事になった。見るからに小さな少年が案内するというのでノーダラは近いのではと思ったが、到着してみると1時間半程を歩いたことになる。
御礼として少年に日本の感覚で20Rs(約¥100)をあげようとガイドに相談したところ、額が大きいという。子供が大金をもらった噂はすぐに村中に広まって、観光客を見るとお金をねだるようになるから心配だという。そこで5Rs(約¥10)を渡すと、少年はニコニコ顔で夕暮れの山道を帰って行った。無事を祈って少年の後姿を見送った。
◆ポカラからルンビニー(世界遺産)へ
ネパールの主要な街を走るバスはインド製が多い。大きさは日本のバスと大体同じであるが、車内は2人掛けと3人掛けがあり、この分、通路と座席幅が少し狭くなっている。荷物はバスの屋根に乗せ、落ちないようにロープで縛りつける仕組みだ。バスはポカラの町を巡回しながら、鶏を抱えた少年、泣きじゃくる赤ちゃんを背負った母親、インド兵などが乗車すると、すぐに満員となった。山岳地帯の道路には鏡などの設置がなく、車はカーブになるとお互いに警笛を鳴らして、音を頼りに走るので急ブレーキで度々止まることがある。途中、路肩にバスが事故で乗り上げてそのまま放置されているのを2台ほど見かけたが、自分たちのバスだけはこのような事故にならないことを祈るばかりである。
車とすれ違う度に砂埃で先が見えなくなる。しばらく走ると車内がむんむんと暑くなったので、窓を開けると、今度はほこりが入り込んで来る。こんなバスの旅が長く続くかと思うと気が重い。走り出してから4時間が経過、ようやくトイレ休憩となったが、道路側には2〜3軒の農家があるのみで売店などはない。
乗客がバスに戻ると、車掌がバスのボデイを手でドンドンと叩く合図でバスは走り出した。デコボコの山道は揺れが激しく、はじめはいやな感じがしたが、慣れて眠ってしまったようだ。1時間程走ったであろうか、バスの底の辺りがギギーと大きな音がしたかと思うと、今度はドッスンと何かにぶつかる大きな音で目が覚めた。皆がバスから慌てておりるので私も慌ててこれに従った。バスは山肌に激突して止まっている。もしハンドルが反対の谷の方向に切られたら、バスは100メートルの谷に落下して大事故になっていたであろう。事故の状況がわかると頭が真っ白になり、足ががくがくしてきた。後ろの両輪を繋いでいる軸が二つに折れて止まったのだ。
山の中の事故で救援の交通手段はなく、次の最後のバスが来るまで6時間待たなければならない。しかも全員の乗車は無理だ。そこで話し合いで、観光客が優先、順番はお年寄りからということに決まった。友人は白髪であったので老人と見なされ、付き添いのわたしも一番先に乗車出来たのは幸いであった。若いカナダ人グループがバスの屋根の荷物置場に乗車すると、バスはのろのろと暗くなった山道を走り出した。宿泊地のバハラに着いたのはポカラを出発してから、14時間後の夜中であった。
翌日、ホテルから車で30分走ると、釈迦生誕地ルンビニー(世界遺産)の入口に到着した。ルンビニーはインド国境に近く、唯一ネパール領内のヒマラヤ山脈の麓にある聖地である。仏陀誕生の地とされ、仏教四大聖地の一つ。紀元前6世紀に赤子が誕生し、7歩歩き「天上天下唯我独尊」と唱えたという。後6世紀頃、マーヤーデビ寺院が建立され、巡礼地と栄え、西遊記で有名な玄奘三蔵も西暦636年にここを巡礼したという。その後14世紀の記録を最後に忘れられてしまう。1896年、ドイツ人考古学者によって廃墟の中からアショーカ王の残した石柱が発見され、レンビニー聖園として整備され、巡礼地として蘇り、1997年世界遺産に登録されている。
釈迦誕生の石像を安置したマーヤー聖堂には、隣国チベットから来た僧侶が座っていた。日本での写経(般若心経)を寺に納入する慣習など英語で説明すると、このような習慣もチベットにあると、こころよく、永久に保存することとを約束してくれた。有り難く合掌。
◆再びカトマンズへ
ルンビニー空港は原野の中にあり、小さな滑走路に吹き流しと小屋があるちゃちなものである。空港に着いたときは我々の他に人の姿が見えず、これで飛行機が果たして飛ぶのか心配になって来た。しかし出発の1時間前になると、どこからともなく空港職員が4〜5人現れ、搭乗券の確認、手荷物検査等が始まった。検査と言っても、センサーではなく、バッグを開けての入念な目検査である。これが終わると、個室(密室)に案内される面接があり、これにパスするとはじめて搭乗出来る。
双発のプロペラ機が着陸し乗客が降りると、いよいよ我々の搭乗開始である。機長、副操縦士とスチュワーデスの要員が3名、乗客は16人が乗り込むと満員となる小型機である。着席すると、スチュワーデスがお盆の上にある飴と小さく丸めた白い綿のようなものを配り始めた。最初は何に使用するのか理解できなかったが、丸い綿はショックを和らげる耳栓である。
天気は穏やかな快晴、小型機ながら、安定した飛行である。眼下に雄大なエベレスト、アンナプルナ連峰が次々と手に取るように見える。機内で配られたモモ(ネパール語で丸い蒸し餃子)とコーヒーの味は格別で、忘れられない遊覧飛行となった。
カトマンズ空港に無事着陸すると、予約はしてないが、最初に宿泊したホテルに行けば、何とかなるだろうと受付に行くと、空き部屋がないとあっさり断られてしまった。夜も遅いし、疲れて動く気力もなく困りはてて、ロビーをウロウロしているとラッキーなことに、見覚えのあるリレイション・マネジャーに会うことが出来た。
事情を話すと、他にも予約なしで初めて来ているアメリカの女性客がいるから、別のホテルに行かせて、何とか宿泊出来るようにするから、安心して待つが良いとの返事である。二人とも急に疲れが吹っ飛んでしまった。最初の宿泊時に、彼から親切なアドバイスを受けたので、御礼にチップ10ドル(ネパールでは高額)さしあげたことがあり、お互いに印象に残っていたのであろうかしばらくしてボーイが5階にある大きな特別室に案内してくれた。部屋の丸いテーブルの上には綺麗な生け花と篭いっぱいの果物が置いてあったのは彼のチップにたいする御礼であったのかも知れない。ネパール最後の夜は楽しい思い出となった。 おわり
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一般事情
1)面積:14万7千平方キロメ^トル(北海道のの約1.8倍)
2)人口:2,643万人(2006年/2007年度 政府統計局推計)
3)首都:カトマンズ
4)民族:リンブリー、ライ、タマン、ネワール、グルン、マガル、タカリー等
5) 言語:ネパール語
6)宗教:ヒンドゥー教徒(80.62%)、仏教徒(10.74%)、イスラム教徒(3.6%)他
7)通貨:ネパール・ルピーRs=約1.16、 $1=約Rs77.8(2009年1月)
世界遺産(全部で4ヶ所あるが、今回はB)仏陀の誕生地ルンビニーCカトマンズの谷の2ヶ所を訪ねる
@サガルマータ国立公園 自然遺産/1979年登録
Aロイヤル・チトワン国立公園 自然遺産/1984年登録
B仏陀の誕生地ルンビニー 文化遺産/1997年登録
Cカトマンズの谷 文化遺産/1979年登録 |
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B仏陀の誕生地ルンビニー
文化遺産/1997年登録
写真左から
1)仏陀の誕生地ルンビニーの入口
2)ルンビニーの全景
3)マーヤー夫人の釈迦誕生を記念した建物 |
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Cカトマンズの谷 文化遺産/1979年登録
総面積約500平方キロ
写真左から
1)パシュパディナート寺院前の聖河パグマティ川 の火葬台
2)ボダナート寺院
3)パタン |
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