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世界遺産 タリンの旧市街 エストニア共和国 文化遺産/1997登録 |
| シニアネット越谷(Senior Net Koshigaya Association) |
| ◆バルト三国の世界遺産を訪ねて◆ |
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ヘルシンキ乗継にてバルト三国の最初の国、エストニア共和国の首都タリンに着いた。中世から、デンマーク、ドイツ、ソ連と度重なる支配を受け1991年の9月に念願の独立を果たしたく国々である。1997年に首都タリンの旧市街(城壁内の85万㎡)が世界遺産に登録されている。
「タリン」とはエストニア語でデンマーク人の町、要塞」の意。街を歩いてみると最初に目についたのは、その形から「太っちょマルガレータ」の別名をもつずんぐりした巨大な砲塔である。丘に登っていくと、トームぺア城があり、角には50mの塔が堂々と立っている、市民から「のっぽのヘルマン」の愛称で呼ばれて親しまれている。
1990年の独立運動では、この塔から遥か600km先の隣国リトアニアのテレビ塔まで、手を繋いだ「人間の鎖」を作ったという。この強烈な運動でバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)は独立できたとう歴史的な場所にもなっている。またウネスコの「世界記憶遺産」に登録されている。
【注記】
世界記憶遺産とは、歴史的文書などの重要な記録遺産を保全するために1997年にユネスコが創設した制度で、2009.7.31日の「アンネの日記」の他34件の登録で現在、計193点となっている。日本の登録は残念ながら未だ無し。
バルト三国には下記のごとく5ヶ所の世界遺産があり、今回そのうち3ヶ所(除く:ケルナヴェ古代遺跡・ケルスキー砂州 ロシアの飛び地)を訪れた。
記
エストニア:タリンの旧市街
ラトビア:リガの歴史地区
リトアニア:ビリニュスの歴史地区・ケルナヴェ古代遺跡・
クルスキー砂州/ロシア
備考:
シュトルーヴェの測地孤(10ヶ国のうちのバトル三国も入る)
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≪補足説明≫
★バトル三国とは
左の地図を上からフインランドの下の3ヶ国を指します
エストニア ⇒ ラトビア ⇒ リトアニア と続きます
その下に≪小さなロシアの領土≫飛び地がある!複雑な国際状勢?
◇エストニア共和国
人口:135万人
GDP:6400ドル
主要言語:エストニア語
面積:4万5千k㎡ (日本の1/9で九州ぐらい)
●首都:タリン(人口39万6千人)
◇ラトビア共和国
人口:240万人
GDP:5936ドル
主要言語:ラトビア語
面積:6万5千k㎡ (日本の1/6)
●首都:リガ(人口72万人)
◇リトアニア共和国
人口:335万人
GDP:9600ユロー
主要言語:ラトビア語
面積:6万5千k㎡ (日本の1/6)
●首都:ビリニュス(人口54万人)
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◇エストニア共和国
★世界遺産:タリンの歴史地区
写真左から
1)「太っとちょマルガリータ」の塔の門
2)アルキサンドル・ネフスキー教会
3)トームペア城の城壁(ここから独立運動のための人間の鎖がスタートし、燐国のラトビアを通り、更にリトアニアまで600kmを人間の手がつないだことはあまりにも有名で参加者は延べ120万人。
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◇ラトビア共和国
★世界遺産:リガの歴史地区
写真左から
1)塔より≪リガ市街≫の全景を観る
2)リガの大聖堂1211年の建設
3)リガの中央広場 |
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◇リトアニア共和国
★世界遺産:ビリニュスの歴史地区
写真左から
1)聖ペトロ・パウロ教会の広場の出店
2)テレビ塔:(この下までエストニアのトームペアー城からの手で鎖をつくった歴史的な場所(その距離700km)
3)丘から≪ビリニュス市街≫の全景を観る |
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◇リトアニア共和国
世界遺産ではないが、カナウス市内にはナチス・ドイツの迫害から6000余名のユダヤ人を救った有名な杉原記念館あり,有名な観光ポイント
写真左から
1)丘より≪カナウス市街≫の全景
2)日本のシンドラー≪杉原 千畝記念館≫
3)記念の展示品など |
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