第2話
右も左もわからぬ状況――温泉に立っていて、しばし呆然としていた。
幸か不幸かはわからないが、周りには誰もいない。
男湯か女湯かはわからないが、すぐにでも出た方がいいだろう。
服を着たまま湯に入ってる奴なんか見たら俺ですら怪しいと思う。
出口らしきところに見当を付けて歩く、後数歩で外に出られるだろうと言うところで扉が開いた。
まあ、その――なんだ。どうやらここは女湯だったらしい。
現れた少女はタオル一枚で俺の前に立っていた。
「――で、アンタが俺の歌姫ってわけか」
「アンタって言わないでよ、これでもリアという名前が有るんですからね」
風呂の一件から数時間後、旅館の一室を借りてタオル少女――もとい、リアと会話していた。
どうやら自分はこの世界に呼ばれた英雄、と言うのらしい。巨大ロボットを操って敵を倒すという古くさい設定だ。
特殊なのは歌姫と呼ばれる存在がいないとロボが動かないことぐらいか。
「しかし……もとの世界に帰る方法はないのか?早々に立ち去りたい」
「何よ、私が気に入らないって言うの?」
「そういう事じゃないんだが……」
リアは明らかな美人だ。パッと見でも明らかに人目を引く。
男としてはありがたいことなのだが性格に難がある気がする。
話では長旅になるらしい。考えただけで憂鬱になる。
「……何よ、その顔は」
「いや、別に。それよりこれからどうすれば良いんだ?」
本当のことを言うのは避けた方がいいだろう、適当に手を振ってごまかす。
「はぁ、私もあんたみたいのとは嫌なんだけど……こればっかりは選べないし」
「こっちもお断りだな。早く帰らないとせっかくの大学合格がフイになる」
売り言葉に買い言葉、周りの雰囲気が険悪なものになっていく。
「こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんですからね!もう少し真面目に考えてよ!全く、自分勝手なんだから」
それはお前だろ、と反論したいのだが上手く舌が回らない。
軽い眩暈がする、何気ない言葉もひどく不快に感じる。
「昔話みたいな勇者が来てくれると思ったのに……実際に来たのはこんなのだし」
頭痛がする、頭が割れそうだ。視界がぐにゃりと歪む。
――コロセ
頭に浮かぶ、不快な3文字。
「もう少し優しい人が良かったなぁ、友人のアルクはとても嬉しそうだったのに」
――フカイナラ、コロセ
収まらない頭痛、沸き始める吐き気。
逆流する胃液、感覚が鈍い。まるで他人の体のようだ。
「誰に聞いても理想の人だって言うし、ハズレを引いたのは私だけみたい」
さっきからうるさいこの女は――邪魔だ。
ここに存在すること自体が間違っている。
――コロセ
その3文字だけが世界を構築している錯覚に陥る。
「本当にこんなやつでこれから先やっていけるのか不安に――ちょっと、大丈……」
今頃気付いたのだろうか。もう、遅い。
視界が、赤く、染まった。
「あああああああぁぁぁぁっ!」
女を押し倒す、首に手をかける。リフレインし続ける3文字。
――コロセ
甘美な誘惑、絶大な快感。
その欲望に振り回されるまま、手に力を込める。
細い首筋、美しい顔立ちが苦痛に歪んでいる。
必死に手を外そうともがく女、無駄なことだとせせら笑う自分。
次第に抵抗も収まってくる、酸素が足りないのだろう。当然だが。
コロコロとよく変わる表情も、今は人形のように無表情だ。
目からは涙が溢れ……涙?
何故、泣いている? 何故、そんな目で俺を見る? 何故――ハッと我に返る。
俺は、今、何をしたんだ?
「うわあああああぁぁぁっ!」
発狂しかねなかった。俺は人を殺そうとしたのか?
リアは涙を流し続けている。首には手形がくっきりと残り、顔からは生気が失せていた。
自分のした行為に怖くなる。ドアに駆け寄り、転がるように走り去った。
どこをどう走っただろう。
気がつけば外に出ていた。
空を見上げる、月の光が白く、冷たい。
思考が定まらない、頭に霧がかかっている。
わからない、何もかもが。
何故俺がここに呼ばれたか、何故俺でなければならなかったのか。
俺は、正気を保てているのだろうか?
つづく