** 河合奈保子 **

 アイドル的可愛さと歌唱力を併せ持つ、唯一無二の存在

唐突だけど、世間一般が抱く河合奈保子のイメージとはどのようなものだろう?
巨乳・八重歯・笑顔・明朗・素直・・・・おそらく、こんな感じだと思う。
実際、笑顔の絶えない明朗素直なキャラクターや、「巨乳」「八重歯」といったビジュアルの特徴を売りにしていた面はあったし。
というのも、奈保子の同期には松田「ブリッコ」聖子、三原「ツッパリ」順子、岩崎「宏美の妹」良美などの強豪ひしめく戦国時代で、顔と名前を覚えてもらうには他者との差別化は絶対必要だったから。
こうした個性の記号化が功を奏して、奈保子の知名度も老若男女問わず幅広く浸透していったのだが、反面、歌手としてはかなりの実績を挙げたにもかかわらず、終わってみれば歌手としての印象よりも、「ハイッ!」の返事に象徴されるバカっぽさや、元祖・巨乳アイドルみたいな形で芸能史に記憶されてしまった感がある。
個人的には、河合奈保子の歌唱力はアイドル一で、日本音楽界にとっても至宝だったと認識しているので、現状は過小評価に思えてならない。

事実、女性アイドルの中で、彼女ほど幅広いジャンルの楽曲を歌いこなした人もいない。
「大きな森の小さなお家」「スマイル・フォー・ミー」では正統アイドルポップス、「ラブレター」「17才」ではマイナー調のグルーブ歌謡(?)、「けんかをやめて」「ラベンダー・リップス」ではニューミュージック路線、「夏のヒロイン」ではサンバ、「エスカレーション」「UNバランス」ではディスコ、「コントロール」「唇のプライバシー」ではハードなロック調、「疑問符」「ハーフムーン・セレナーデ」では直球バラード・・・・・シングル曲におけるこの幅の広さは、岩崎宏美・良美姉妹が僅かにに匹敵するくらいだろう。
しかも、そのどれもが過不足無く作品世界を表現し得る、文句ナシの優秀歌唱であるのがスゴイ。
キャラクターの多面性なら小泉今日子、ビジュアルの多様性なら中森明菜だが、楽曲の多彩ぶりでは明かに奈保子。
この音楽性だけでも相当なレベルだが、さらに特筆すべきは、アイドル然としたルックスの愛らしさと、正統的歌唱力(リズム感・音程の良さ・豊かな声量・発音の正しさ等)を両立させている点である。
普通、この2点は両立しないのに。
「ルックスが良くって歌がヘタ」なアイドルが山ほど居るのは言うまでもないが、それとは逆に、歌唱力が評価されていた岩崎姉妹や荻野目洋子などは、正直言ってアイドルとしてのルックスは今一つだったし(例に挙げるのもナンだけど)。
また、松田聖子は歌唱力というより声質の良さで勝負している感じだし、中森明菜も表現力には長けてるけど、ちょっと「正統的歌唱力」とは別物だろうし。
本田美奈子が両立できる資質を有していたけど、本人がそれ(可愛らしさ)を生かす事を拒んだし。
やはり、A級アイドルで両立させていたのは奈保子くらいでは? B級なら、つちやかおりとか他にも居たけど。

かようにアイドル歌手としての資質に恵まれた彼女だったが、聖子・明菜クラスの大スターにはなり得なかった。
いくつが原因はあったと思うが、「無意識過剰」とまで称された明朗素直なキャラの頑強さが、「巨乳」のインパクトと共に、彼女の歌唱力を評価する際には足枷せとなっていたような気がする。
「所詮は可愛さと巨乳が売りのアイドル」といった色眼鏡で見られて、真っ当な評価がなされなかった感じがするのだ。
加えて、脱アイドルを標榜する際、そのジャンルに激しいディスコ・ロックや深刻なバラードを選択したのも問題あったと思える。
ハードやシリアスな音楽性って、明朗でソフトな彼女のキャラとは根本的に異なるから。
先に「様々な楽曲を歌いこなした」とは言ったが、たとえ上手く歌いこなしても、いや、上手く歌いこなせばこなすほど、アダルティな楽曲と「無意識過剰」のギャップが激しく、歌番組で見ていて違和感を抱いた人は多かったと思う。
「歌上手いし、いい曲だけど・・・でもちょっと」みたいな。
肉感的なボディとは裏腹に、楽曲に見合った色気が出せず、結局大人の歌手へとスムーズに移行はできなかった。
歌唱力を武器に「アーティスト志向」で脱アイドルを標榜したのは正しいけど、個人的には「けんかをやめて」「Invitation」路線で攻めて欲しかったのだが。
この手のニューミュージック路線なら、ソフトで女性的な彼女の持ち味にマッチするし、歌唱力も生かせただろうし。
同性の支持を得ながら、大人への脱皮が無理なく出来たのでは?

まぁこの「アーティスト路線」も大した成果を挙げることなく終わり(自作自演にこだわったのもイタい)、いつしかミュージカルや時代劇といった女優業に進出し、ジャッキー・チェンとの交際が話題を振り撒いたりしていたが、1996年にめでたく結婚。
以降、芸能活動は休業状態。 まぁ主婦業というのも、人柄の良さそうな彼女らしい選択だとは思うけど。
それにしても、結婚前にTVの懐メロ番組で「エスカレーション」や「ヤング・ボーイ」を歌う彼女を見たが、声全然出て無くって正視に耐えない有様だった。
懐かしさ以上に、一つの才能の損失を見るような思いで、どうにも遣り切れなかったのは自分だけ?

(1999.12.17)

 


大きな森の小さなお家

作詞:三浦徳子 作曲・編曲:馬飼野康二


 メルヘンを装いつつ、女性性を暗喩する怪作

河合奈保子のデビュー曲。
彼女の明朗なキャラクターを生かすべく、メジャー調でミディアムテンポのサウンドに仕立てている。
曲は榊原郁恵や石野真子あたりを彷彿とさせる、典型的な70年代アイドルポップスだ。
アレンジも適宜、女性コーラスやキーボード、シンセハープ等を取り混ぜて、ポップでメルヘンチックな作りにしていて、彼女の可愛らしさを強調。
ただ、イントロのギターとかは結構ダサくって、お世辞にも洗練されているとは言い難いけど。
歌唱は新人にしては上手いけど、まだまだ未完成。
表現は生硬だし、音程はところどころ外しているし、今聴くと驚くくらいに不安定だ。

しかしなんといっても、この歌は三浦徳子のキワドイ歌詞が最大特徴だろう。
歌い出しから♪誰も見たことないない ないない〜 だし、それに続いて♪誰も触ってないない ないない〜 とは。
それ以外にも、♪震える胸の奥の奥なの 秘密のお家へと続く道〜
などなど、一見メルヘンを装ってはいるが、深読みすれば女性性を暗示させるという、そのあざとさは相当なものだ。
サウンドに関しては郁恵・真子調だが、歌詞のコンセプトは大場久美子っぽいかも。
『コメットさん』などの童顔で天衣無縫な無邪気ぶりとは裏腹に、どこか肉感的でセクシーだった大場。
「河合奈保子は歌が上手い大場久美子」と言ってた人が居たけど、デビュー時に限れば、言い得て妙である。

まぁそれはともかく、もっと具体性を持って歌詞を勘繰れば、麻丘めぐみ路線に近い。
「女の子なんだもん」「ときめき」などに代表される、可愛らしいけど異性を挑発するかのようなロリータぶり。
それをより隠微に、よりキワドイ形態を取ったのが、この「大きな〜」ではなかろうか?
そういう意味ではむしろ「芽ばえ」的か(これも結構キテるが)。
ジャケ写もどこか麻丘の「女の子なんだもん」っぽいような。
口紅を強調したメイク、ラフな服装、自然な表情・髪型・・・・
奈保子の中では、最も年相応の色気を、自然な開放感を持ってさりげなく強調したジャケ写である事にも注目。

しかし、これほどの怪作であるにもかかわらず、世間ではそれほどキワモノ扱いされなかったのは、彼女の「真面目さ」「素直さ」といった善人キャラが余りにも鉄壁だったが故か?
そうしたキャラに目くらましされて、ヤバさが上手く隠蔽できたのか。
世間もまだ深読み能力に長けて無かったってのもあるかも。
世に出るのが5年遅れていたら、状況はかなり違っただろう。

(1999.12.17)

 

ヤング・ボーイ

作詞:竜真知子 作曲:水谷公生 編曲:船山基紀


 曲作りは80年代アイドル歌謡の原型

前作「大きな森の小さなお家」では、彼女の「顔は童顔で愛らしいが体は肉感的」という大場久美子なビジュアル面にこだわり、麻丘めぐみ的なロリータ手法で作品制作を試みて、見事失敗に終わった。
対してこの「ヤング・ボーイ」では、彼女の「明朗快活だが至って生真面目」というキャラクター面にこだわった作品制作をしているのが特徴。
確かに、当時のアイドルはTVの歌番組を主戦場にした活動がメインだったから、ビジュアル以上に生地のキャラクターを如実に視聴者に伝えてしまうTVの特性を有効活用するには、この路線のほうがベターだ。
ただでさえ、奈保子のキャラは"無意識過剰"と称されるほど、ツブシが効かない磐石ぶりだし。

まずは曲だが、前半は彼女の「生真面目さ」「ひたむきさ」を表現すべく、マイナー調の低音域でシリアスなメロディだ。
しかし、サビからは一転して、彼女の「明るさ」「爽やかさ」を表現すべく、メジャー調の高音域で抜けるようなメロディ。
この転調がいささか強引な気がしなくもないけど、こうした低音域の歌い出しで始まり、サビへ向かうにしたがって高音域で盛り上げるという曲作りは、80年代アイドル歌謡の基本形である。
この「ヤング・ボーイ」や松田聖子の「青い珊瑚礁」あたりが先駆で、そういう意味では、今作は80年代アイドル歌謡の原型と言えるかも。
アレンジもこのメロディラインに追従した作りだ。
前半ではストリングスを効果的に導入し、「ひたむきさ」を表現すべく、緊張感を与えている。
♪息を切らして風の中〜 の部分や、♪胸がキュンとなるの〜
で、リズムをブレイクさせてるのも、同様の意図だろう。
サビでは転調するだけでなく、コーラスも加え、リズムセクションまで変化させて、「爽やかさ」を強調している。
前作に比べれば仕掛けも多く、ハードながらも幾分凝った仕上がり。

歌詞は意外と個性に欠ける、凡庸なラブソングだ。
まぁ前半では秘めたる恋愛感情を、後半では恋の喜びをストレートに表現していて、短調・長調の混成な曲作りにはマッチしているけど。
ただ、2番の「初デートに対する緊張感」をシリアスなメロディに乗せて綴る、というコンセプトは、後の岡田有希子「ファースト・デイト」を想わせる。
後半メジャーに転調するメロディ展開、次第に恋の喜びを歌い上げる歌詞展開も共通しているし。

こうした彼女のキャラクター重視で作品づくり(主にサウンド面で)をした結果、功を奏して18万枚の初ヒットに。
ようやく彼女もブレイクし、同期の松田聖子・三原順子・岩崎良美に肩を並べる人気を博した。

(1999.12.17)

 

愛してます

作詞:伊藤アキラ 作曲:川口真 編曲:船山基紀


 明らかに山口百恵を意識した「港町歌謡」

これまでのメジャー志向とは打って変わって、今回はドメスティックなマイナー調サウンド。
「ヤング・ボーイ」で引き出した、彼女の「真面目さ」「ひたむきさ」といったキャラクターの持ち味をより明確するために、マイナー路線を選択したのだろうか。
で、どうせマイナー調でやるなら山口百恵っぽいモノにしたかったのかどうかは知らないが、出来あがった作品は、なんとなく百恵っぽいのだ。

まずは曲だが、頭出しで始まるキャッチーな作りだけど、ややアナクロな印象。
とりわけ「百恵的」というわけではないが、♪私も黙る・・・ヨコハマ〜 などリズムをブレイクさせる仕掛けを施している点は「赤い衝撃」ぽいかも。

で、歌詞だが、黄昏時の「ミナト横浜」を舞台に、「愛する男にどこまでも付いて行きます」といった、女の一途さを主題にしている。
彼女の持つ「真面目さ」「ひたむきさ」を、女の「一途さ」「忍耐」「苦渋」(?)として昇華しようとするあたり、まさに「百恵的」といえる。
それにしても、デビュー1年目の新人アイドルにしては重たい(というか怖い)テーマだと思うが。
だいいち、彼女にフィットした世界じゃない。
♪海が鳴る〜 とか♪ギリギリ愛してます〜 といった、唐突で強引な嵌めこみも、ちょっとアイドル離れしてるし。
横須賀ではないが、同じ港町を舞台に選んだあたり、やっぱり百恵っぽいモノはやりたかったのだろう。

アレンジも「ミナト横浜」の雰囲気を醸し出すべく、いろいろと工夫している。
擬似カモメ鳴き声(?)を導入することで無理やり港町情緒を表現し、フラメンコ・ギター的な弦楽器の調べが、横浜特有の異国情緒を、これまた強引に引き出そうとしている。
まぁカモメに関しては、船山氏は渡辺真知子「かもめが翔んだ日」で実績あるだけに効果テキメンだけど。
そういえば、作詞=伊藤アキラ・編曲=船山基紀 というコンビは、「かもめが〜」と全く同じだ。
確かに「港町歌謡」をやるには、当時のベストな布陣ではあったかも。

とまぁかように、「港町歌謡」としては合格点が付けられる、水準作品ではあるけれど、百恵的な世界観は奈保子自身にはあまりマッチせず、正直言って成功とは言い難い作品だ。
余談だが、アイドルのみならず、歌謡曲全般で横浜を舞台にした作品は多いが、どうして揃いも揃ってドメスティックだったり、アナクロだったりするのだろうか。
横浜といえば、普通は異国情緒に溢れたオシャレな街、というのが一般のイメージだろうに。
80年代に入っても、この「愛してます」を筆頭に、近藤真彦「ヨコハマ・チーク」、伊藤つかさ「横浜メルヘン」、柏原芳恵「待ちくたびれてヨコハマ」とかいろいろあるが、そのどれもがアナクロ。
ニューミュージック系なら、ユーミン「海を見ていた午後」とか、原由子「横浜レディ・ブルース」とか、オシャレな作品いろいろあるのに。 なんでだろうか?

(1999.12.17)

 

17才

作詞:竜真知子 作曲:水谷公生 編曲:船山基紀


 南沙織と似ているのは、タイトルよりも歌唱法

なんといっても、この南沙織と同名異曲なタイトルが興味を引く。
確かにご両人とも、リリース時は17才ではあった。 しかし、歌詞・曲・アレンジ・・・・・ひとつも似ていない。
タイトル以外は全ての面で結び付く要素は何一つ無い。

まずは歌詞だが、南盤がタイトルとは無関係な内容だったのに対し、奈保子盤はとことん「17才」という年齢にこだわった内容であるのが特徴。
サビで ♪あぁ17才の私〜 と、駄目押しをしているのはもちろんだが、
歌い出しから ♪大人でもない 子供でもない〜 
といった具合に、17才という年齢の「どっちつかず」な中途半端さを解りやすく綴っている。
♪だから愛も揺れるんです〜 ってホントかよ、説明的だなぁ。
それにしてもこの歌詞、サビ以外はほとんど、こうした「どっちつかず」の羅列に終始しているのがスゴイ。
♪友達じゃない 妹じゃない〜 とか、♪眠ってもダメ 起きててもダメ〜 
♪ちょっぴり幸せ ちょっぴりブルー〜 だの、♪ひとつ上って ひとつ迷って〜
芸があるんだか無いんだか。

で、曲だが、マイナー調からメジャーに無理やり転調するくだりは、さすがに同じスタッフだけのことはあって、「ヤング・ボーイ」と共通している。
しかし、「ヤング〜」とは違って、歌い出しはそれほど低音域ではない。
中・高音域でスタートし、そのまま疾走するかのようだ。
アレンジもそうした作りに追従していて、ストリングスやブラス系、ピアノを多用し、スピード感溢れるサウンド作りで、最後まで突っ走る。
しかも、所々リズムを変化させたり、SEを使っていたりと、なかなかスリリングで凝った作りである。
その点は同じ南沙織でも、「傷つく世代」「夏の感情」的かも。

しかし、一番注目したいのは歌唱面。
作品自体に南盤「17才」との接点は無いが、こと歌唱に関しては、先に述べたシンシア作品「傷つく〜」「夏の感情」に通じる、あのグルーブ歌唱(?)を聴かせているのだ。
「ヤング〜」や「愛してます」ではそれほど顕著じゃなかったが、この「17才」のように高音域でアップテンポだと、歌唱に独特のグルーブ感が伴うのは、もともと彼女の歌唱がスタッカート気味で、しかも「ハネる」傾向があるからだろう。
そうしたヴォーカル面での長所が、この作品で開発された。
アレンジも彼女の歌唱を生かすべく、♪もうあなたで いっぱい〜 の部分では薄くエコーを掛けたりしていて、なかなか心憎い演出。

なんか、シンシア盤「17才」とは全然違うものを作ろうとして、その結果、同じシンシアの「傷つく世代」や「夏の感情」に近づいてしまったのは皮肉というか。
でも、傑作だからイイか。

(1999.12.17)

 

スマイル・フォー・ミー 

作詞:竜真知子 作曲:馬飼野康二 編曲:大村雅朗


 河合奈保子の個性が全面開花した、初期の代表作

前作「17才」での、スピーディーなサウンドに乗せたグルーブ歌唱(?)に気をよくしたのか、今回はメジャー調で同傾向の作品にトライ。
作曲はデビュー曲「大きな森の小さなお家」と同じ、馬飼野康二が担当。
やはり曲自体は「大きな〜」と良く似ているメジャー調だ。
ただ、今回はサビ前のメロディにマイナー調を少々加味しているのが特徴か。
その哀愁味が明朗な作品に「切なさ」のようなものを(ほんの少々)与え、全体を締める効果を果たしている。

アレンジは初めて大村雅朗が起用された。
ライバル・松田聖子のお抱え作家であるのが気になるが、「疾走感溢れるスピーディーなサウンド」と言えば、確かに彼はその道の第一人者だから、ベストな起用ではある。
聖子の「チェリー・ブラッサム」や「夏の扉」などでお馴染みの、ギター主体のエアプレイ系な音作りで、今回も手堅くこなした。
間奏のギターソロとか、随所に見られるストリングスの盛り上げなどなど、いかにも大村的。
ただ、ストリングスとブラス系の混成でオーケストレーションを施し、躍動感を引き出しているあたりは、聖子作品には見られないやり口ではある。
コーラスも必要最低限ながら、タイトル連呼で見事な効果を上げている。
これまでの作品中、最も洗練された洋楽的アレンジだ。

歌詞は相変わらずの「あなたしか見えない」といった「ひたむき路線」だ。
しかし、今回は「17才」とは違って、相手への愛にためらい・迷いなぞ一切無い、直球勝負でストレートな愛情表現。
「愛してます」もかなりストレートだったが、マイナー調のアナクロサウンドに乗せて綴る、そのひたむきな様は、どこか怖い感じもしたけど(というか、若者らしくない)、この「スマイル〜」はメジャー調のアップテンポに主題を乗せているおかげで、厭味や違和感が全く無い。
至って爽やか、清潔そのものである。

こうして、歌詞・曲・アレンジの三位一体な統一感で、見事な傑作に仕上がった。
こうした爽やかな作品に仕立てた結果、奈保子の個性と見事にマッチして、初のトップ10入りをマーク。
「スマイル・フォー・ミー」というタイトルも彼女にフィットしたし、独創的な振り付けもTVを通してお茶の間に彼女の個性をアピールするのに役立った。
奈保子のキャラクターが完全に定着した、代表作のひとつである。
聖子以外は横並び状態だった、80年組女性アイドル群の中から、彼女もようやく頭角を現した

(1999.12.17)

 

ムーンライト・キッス

作詞:松本礼児 作曲:馬飼野康二 編曲:竜崎孝路


 サウンドがタイトルに全然マッチしていない失敗作

前作「スマイル・フォー・ミー」の大成功を受けて、今回も作曲は馬飼野康二。
一方で作詞とアレンジのスタッフが交代したのは、タイトルからも察しがつくように、秋リリースのロマンティック路線に竜・大村コンビは不適との判断かも。
確かに、これまでの両者の仕事振りは、どちらかと言えばロマンティックというよりはアクティブ志向だったし。
こうしたスタッフを入れ替えての気合振り(?)にもかかわらず、この作品、「ムーンライト・キッス」というタイトルとは裏腹に、サウンド面で夜のムードが皆無なのだ。

まず曲だが、前作を踏襲したメジャー調で、のっけから陽気でハッピーなメロディラインだ。
サビ前の♪秋の気配の潮風が〜 の部分でマイナーに転調し、明朗な旋律から一転し、哀愁味を醸し出しているのが最大特徴。
唯一、この部分でロマンティックな雰囲気が出ているものの、それ以外の箇所が極端に陽性メロディなので、月明かりのイメージを伝えるには全体にムード不足である。

アレンジも曲作りに追従しており、メジャー部分では思いっきりポップに仕立てている。
特にリズムが変化し、慌しく終わるエンディング部分は、ポップを通り越してコミカルですらある。
ただし、マイナーに転調する部分では、曲に合わせてしっとりとした作りにしている。
リズムをブレイクさせ、ピアノをメインに、パーカッションもカスタネットのみにした上品な仕上がり。
しかし、いくらここで頑張っても、全体を支配する明朗さはカバー出来ず。
やはり、このアレンジも"夜のムード"どころか、ポップ過ぎて時間軸が真っ昼間だ。

こうした、コンセプト無視のサウンド作りのツケ(というか皺寄せ)が、一気に作詞に回って来た感じだ。
サビで♪不思議な胸騒ぎ〜 とか♪初めての口づけは優しく〜 等、月明かりの下で愛を交わす恥じらい(?)を綴ってはいるものの、バックコーラスを従えた躍動感溢れる歌唱・アレンジとはマッチせず、むしろ、やる気満々な感じだ(何をだ)。
歌い出しも、♪ねぇ どぉしたの なぜ? 黙っているの〜 と、セリフ調でもどかしさを表現してはいるが、いささか取って付けたかのような感じだし。
いやホントに、この「ねぇ」「なぜ?」には、誰もが一聴して違和感を感じると思う。
う〜ん、いくら作詞が努力しても、このサウンドじゃ「ムーンライト・キッス」を表現するのは難しいだろう( まさか、詞先じゃないだろうな)。

とまぁ、かようにコンセプトから逸脱した楽曲であり、明らかにコレは失敗作だ。
サウンドそのものはそんなに悪くないだけに残念。
それはそうと、奈保子がこの歌を歌う時は、フラメンコでもないのに、いつも小道具としてカスタネットを使っていた記憶があるが、アイドルの楽器系小道具のインパクトとしては、華原朋美のハーモニカに匹敵するかも。
小泉今日子のオカリナや、佐野量子のリコーダーには、そこまで突飛な印象はなかったのに。 飛び道具か。

(1999.12.17)

 

ラブレター

作詞:竜真知子 作曲:馬飼野康二 編曲:若草恵


 80年代アイドルの中では最優秀歌唱賞レベル

これは傑作だと思う。
曲・歌詞・アレンジ、全ての面で合格点だが、なんといっても一番の魅力は河合奈保子の歌唱である。
「17才」で開花したグルーブ歌唱が、この作品では全編に冴え渡る。

曲作りも、そうした彼女のグルーブ感を引き立たせる作りをしている。
「17才」で、サウンド面において「高音域」「アップテンポ」の両条件が揃うと、彼女特有のハネる唱法に拍車がかかり、その過剰さがグルーブに変質することが立証されたが、ここではそうした特質を全面に押し出しているのだ。
頭サビからいきなり高音域。 「17才」を上回るハイ・キーだし。
歌い出しに入ってからも、「ヤング・ボーイ」のような低音域にはシフトせず、せいぜい中音域に留めている。

アレンジも全編に渡ってアップテンポ。
ギター・ストリングス・ブラスを主軸にした音作りは、「17才」「スマイル・フォー・ミー」を踏襲しているが、リズムセクションをよりスピーディーに、よりタイトにしたことで、一層の緊張感・切迫感が引き出すことに成功。
イントロでのハードなキーボードの旋律とベースの掛け合い(?)もなかなかだし、ブラスで徐々に盛り上げていく終盤部分、ストリングスの見事なオーケストレーションで締めくくるエンディング、いずれもカッコイイ。

歌詞は彼女には珍しく「片想い」をテーマにしている。
なんといっても、♪ためらいらいらいラブレター〜 のインパクトが大きいが(すごい歌詞だ)、内容はラブレターとは全く関係無いのがミソ。
具体的に恋文をしたためる記述も、読む描写も、どこにも出てきやしない。
それはともかく、これほどハードでスピーディーなサウンドに乗せて、「片想い」という粘着質な主題(?)を歌い上げる作品というのは、歌謡界全体を見渡しても、これまであまり無かったように思う。
しかし、緊張感・切迫感を伴ったアレンジが、彼女のグルーブ歌唱と相俟って、「片想い」の閉塞した心理状態を一種のピュアな激情として昇華することに成功しているのは、特筆すべき美点かも。

かように、この作品は彼女特有のグルーブ歌唱を目いっぱい引き出すことに成功した傑作である。
しかし、奈保子の歌唱も、こうしたグルーブ感のみならず、サビでの♪好きです 言えないけど〜 を2回繰り返す部分では、それぞれカラーを変えて歌いこなしているのもスゴイ。
1回目の♪好きです〜 では、「相手に伝えたい自分の胸の内」を激しく歌い上げるのに対し、2回目の♪好きです〜 では、「でも伝えられない空しさ」を表現すべく、抑えた歌唱にしている。
「ヴォーカリスト・河合奈保子」の実力を十二分に堪能できる作品だ。

余談だが、前作「ムーンライト・キッス」の頃、彼女はNHKでの収録中、高所から落下して大怪我を負った。
で、この「ラブレター」で腰にコルセットを巻きながら、彼女は歌番組に復帰したのだが、その痛々しい姿と作品の切迫感が絶妙に相俟って、いつにない感動をTVを通してお茶の間に伝えてくれたのが、この「ラブレター」だった(親衛隊を従えて華々しく復帰をアピールした、『夜ヒット』がベストアクトか)。
僕のように、当時歌番組を熱心に観ていた世代にとって、このインパクトは大きく、「ラブレター」を彼女の代表作に挙げる人は結構多い。
それにしても、怪我が完全治癒していないのに、ローテーションを変えることなくシングルリリースしてしまう、当時のアイドルシステムは壮絶だ。 まさしく「THE 芸能界」「アイドル残酷物語」。

(1999.12.17)

 

愛をください

作詞:松宮恭子・伊藤アキラ 作曲:松宮恭子 編曲:若草恵


 「奈保子サウンド」の調和を乱す奇妙な歌詞

前作「ラブレター」では片想いがテーマだったが、今回は一歩進んで「失恋をも乗り越える執念(?)」がテーマ。
こうした微妙な女性心理の表現には、女性スタッフがふさわしいとの判断か、今回は作家陣が全て女性(作詞は伊藤アキラとの共作だが)。
花と並んで佇む清楚なジャケ写も、フェミニン志向の顕れか?

今回は、80年代を代表する"謎作家"のひとりである、松宮恭子が作詞・作曲を担当。
それにしても、松宮はあらゆるアイドルに作品提供しているなぁ。
河合奈保子・石川秀美・堀ちえみ・早見優・三田寛子・・・80年代前半の主要なA級アイドルは軒並み押さえているし。
しかも、作詞・作曲両方こなす実力者ときている。
それでいて、その実績の割には、全く素性を窺い知る事の出来ない"謎作家"。 不思議だ。

それはともかく、まずは曲。
マイナー調で、頭サビから始まる曲作りは、前作「ラブレター」を踏襲している。
「ラブレター」ほどの高揚感はないが、なかなかキャッチーなメロディだし、低音域から高音域へと歌い上げる作りで、まぁ悪くない曲だ。
アレンジも前作同様、若草が担当しており、ギター・ストリングス・ブラス主体の相変わらずな「奈保子サウンド」だが、やはり曲に合わせて幾分抑えたアレンジにしている。
平たく言えば、サウンドに関しては特筆すべきものは無い、まぁいつもの感じだ。

対して歌詞は結構特徴的・・・というか変な歌詞だ。
いきなり頭サビで ♪愛をください そっとください〜 だし。 何なんだ、「そっとください」って。
で、コンセプトは先に述べたように、「すさまじい女の執念」。
♪好きなのは君だけじゃないよ〜 と相手に面と向かって言われたにもかかわらず、
♪あの言葉は悪戯な春風のせいだと思うの〜 という手前勝手な思いこみ。
しかも ♪待たされて焦らされて私は今 去年より昨日より大人になった〜 といった具合に、成長を自己暗示させて勝手にケリ付けてるし。
一途な愛情を表現したつもりだろうけど、今一つ共感出来ない内容だ。
「生真面目な奈保子にフィットした世界」との評価も聞くけど、一年越しの執念って事を考えれば、ストーカーチックで結構怖いし。
あーだこーだいろんな事を綴ってストーリー展開させてるけど、どこか吹っ切れない印象。
作詞のみ共作となっているのも、やはり迷いの顕れでは?

この作品、サウンド面に関してはお馴染みのパターンで予定調和的だが、歌詞だけがこの調和を引っかき回しているかのようだ。
サウンドに個性が無い分、歌詞で個性を出したかったのか?
まぁそういう意味では、この作品、地味ながらも面白くはあるかも。

(1999.12.17)

 

夏のヒロイン

作詞:竜真知子 作曲:馬飼野康二 編曲:若草恵


 河合奈保子の最高傑作

アップテンポのメジャー調サウンドに乗せて、恋の喜びを表現するというコンセプトは、1年前の「スマイル・フォー・ミー」と共通している。
スタッフも作詞・作曲は「スマイル〜」と同じ布陣だし。
しかし今回、アレンジは大村雅朗ではなく、若草恵が担当。
「スマイル〜」は傑作ではあったが、正直なところ、大村のエアプレイ系アレンジによって、松田聖子の二番煎じ的な印象は否めなかった。
そこで今回は、奈保子アレンジではお馴染みとなった若草を連続起用することで、オリジナリティを追求した形となった。

曲は「スマイル〜」同様のメジャー調。
ただし、「スマイル〜」や「ラブレター」ほどの高音域ではなく、中・低音域での曲作りをしている。
今回はグルーブ感の発揮よりも、奈保子自身が歌いやすいようキー設定する事を優先したのだろう。
確かに「スマイル〜」や「ラブレター」よりも符割りの細かいメロディで、難易度高いし。

アレンジもこうしたメロディの細かさを、サンバのリズムに乗せることで、見事な高揚感を醸し出すことに成功した。
彼女の明朗なキャラクターも、サンバのムードにマッチしたし。
その点は、榊原郁恵の「ラブジャックサマー」あたりがモチーフか?
それはともかく、アレンジ自体、リズムセクションから細密で、全体としてもかなり丁寧な仕上がりだ。
お約束のサンバホイッスルの導入、躍動的なボンゴ・タンバリンの響き、快活なブラス、陽気なギター、情熱的なピアノの旋律などなど、ラテンテイスト満載で濃厚な味付け。
間奏のキーボードがいささか突飛な感じはするけど、その点に眼を瞑れば文句無しだ。

歌詞もおそらく最初にタイトルが決まっていたのだろうが、サビで見事にタイトルを嵌めている。
特にコーラスとの掛け合いで、極めてアクティブに仕上げているのはサスガ。
♪夏のヒロインに (チャンスチャンス) きっとなれる 〜 ラテンなリズムとの相乗効果で、完璧な出来映え。
全編に渡って、何のてらいも無く恋の喜びを全面肯定しているが、そこが派手なサウンドに負けない圧力になっているので、厭味な感じが全然しない。
ただ、2番の歌詞が今一つ、キャッチーさに欠けるのが、どうにも息切れぽくって難点だが。

奈保子の歌唱もノリノリで、リズム感に富んでいながら音程正しく、発音も丁寧なのはスゴイ!
「ラブレター」のようなグルーブ感には欠けるが、逆に安定した歌唱が楽しめる。
しかし、唯一の欠点が ♪チャンスチャンス〜 の部分。
どうしても♪チャースチャース と、おかしな発音をしてしまうのはしょうがないのか?
全体の歌唱が正確なだけに、その点が結構気になるのだが。

まぁアラを探せばいろいろと欠点は出てくるが、そうした瑣末な問題点なぞ一聴する分には不問にしてしまう、見事なサンバ歌謡に仕上がった。
聖子の二番煎じに陥ることなく、今回はオリジナリティに富んだ傑作だ。
彼女イメージにもフィットしており、最高傑作といえるだろう。

(1999.12.17)

 

けんかをやめて

作詞・作曲:竹内まりや 編曲:清水信之


 曲・歌詞の完成度に対し、安っぽいアレンジが泣き所

「脱アイドル」を模索してリリースされた第1弾シングル。
当時の「脱アイドル」としては王道である、ニューミュージック志向だ。
松田聖子のユーミン起用に対抗して、奈保子陣営は、堀ちえみ「待ちぼうけ」などでアイドルに楽曲提供をし始めた竹内まりやを起用。
これまでの奈保子には無かったスローテンポな楽曲で、彼女はこの作品で新境地にトライした。

まずは曲だが、60年代アメリカン・オールディーズを彷彿とさせる、まりや得意のメジャー調・3連ビートもの。
アン・ルイスに提供した「リンダ」などでもお馴染みだ。
しかし、随所にマイナー調を加味することで、哀愁を醸しだし、どこかムーディーで上品な仕上がりに。
アイドルがちょっと背伸びをして、大人をアピールするにはベストな曲作りだろう。
頭サビで始めるキャッチーな作りも、アイドル向けだし。

歌詞は「2人の男を同時に好きになってしまう」という、女の子の身勝手さをコケティッシュに表現している。
この「何様な身勝手ぶり」がリスナーの好悪を激しくさせる向きはあるのだが、極めて完成度の高い仕事ぶりであることには疑念の余地無し。
画期的なコンセプトでありながら、ありふれた言葉を用いて解りやすく表現し、しかもメロディにもきっちり嵌まっているという、竹内まりや全作品の中でもベストに位置する、オリジナリティに溢れた比類無き優れモノだ。
こうした「何様ぶり」「身勝手」「蠱惑的」といったコンセプトのアイドル作品は、他には山本リンダ「狙い撃ち」くらいしか思い付かない(アイドルじゃないか?)。

とまぁかように竹内まりやの曲・歌詞は見事なのだが、肝心のアレンジが安っぽくって、この作品は損をしている。
3連ビートのリズム感を強調する作りにはしているし、ピアノの伴奏・チェンバロの導入・カスタネットの響き・抑えた女性コーラスなど、フェミニンなムードを伝える音作りもしてはいるが、いかんせんスカスカ。
延々とサビを繰り返すだけのエンディングも芸が無いし。
必要最低限のシンプルなアレンジといえば聞こえはイイが、これじゃ余りにもシンプル過ぎ。
曲・歌詞の完成度に全然アレンジが追いつかない感じ。

一方、奈保子の歌唱は相変わらず冴えている。
低音域主体の楽曲なので、かなり抑えた歌唱だが、抑えながらも"泣き"を導入しているあたりは、「身勝手な振る舞いのツケを内省する」という主題にフィットし、見事な演出効果を上げている。
フェミニンで大人びた新境地への冒険も、難なくクリア。

アレンジだけが陳腐で失敗したが、それでも優れた作品世界・歌唱力は共に高く評価された。
この成功で彼女は実力派として認知され、しかも同性の支持を集め、この歌をフィーチャーしたアルバム『あるばむ』はオリコンbPを獲得。
「脱アイドル」への滑り出しは快調であった。

(1999.12.17)

 

Invitation

作詞・作曲:竹内まりや 編曲:大村雅朗


 「SWEET MEMORIES」にも通じる、フェミニン路線の佳作

前作「けんかをやめて」の成功を受けて、今回も竹内まりや作品で続投。
そのせいで、やや二番煎じの感は否めないが、この作品もまりやらしいフェミニンな魅力に富んでいる。
奈保子たっての希望で、シングルリリースされた作品でもある。

曲は「けんかを〜」同様、スローなメジャー調だが、3連ビートではなく、至ってオーソドックスな作り。
サビも弱いし、前作ほどのインパクトは無いが、比較的高音域で彼女のヴォーカルにフィットしたメロディだ。
実際、彼女も硬軟・メリハリを自在に使い分けて、実にイキイキと歌っている。
♪鍵を閉めないで お願いだから〜 のくだりで"泣き"を駆使しているあたり、格段に表現力がUPしているし。

歌詞は「初めて彼氏の部屋に招かれて、嬉しさと緊張が交錯する、少女の微妙な心理」がテーマ。
「けんかを〜」に比べると平凡だし、幼稚な主題ではあるのだが、しかし、そこは竹内まりや
嬉しさと緊張を「ルンルン」にも「シリアス」にも偏ることなく、少女らしい恥じらいを持たせて極めてデリケートに、しかもリアルに綴っているのはサスガ!
メロディに合わせて、至ってソフトで上品な印象だ。
それにしても、♪ペナントだらけのあなたの部屋に〜 とは、時代を感じるなぁ。
82年当時でも、こんな部屋は時代錯誤だったような記憶が・・・

とまぁ「けんかを〜」に比べると、インパクトに欠ける歌詞・曲ではあるが、今回はアレンジが冴えているのだ。
ストリングスの多用・柔らかなキーボードの旋律・さりげないコーラスなどなど、繊細でデリケートな女性心理を上手くサウンドで表現することに成功。
歌い出しではリズムをブレイクさせ、ボンゴのみというソフトなリズムセクションに仕立てたのも効果大。
アコギの優しい旋律も、「彼氏の部屋」というシチュエーションを表すのに意外と効果を発揮しているような気が(当時の"まりや的世界観"では、彼氏の部屋にはアコギとか置いてありそうだし)。
それにしても、大村雅朗と言えば、「スマイル・フォー・ミー」に象徴されるように、ハードで疾走感溢れるサウンドが十八番で、こうしたソフトなアレンジは珍しいと思う。
後に松田聖子「SWEET MEMORIES」を手掛けるが、今回の仕事が大きなヒントになった事は確実だろう。
ソフトなキーボード、静かなコーラス、といった音作りは共通しているし、イントロ・エンディングも似ている。

こうしたアレンジ面の頑張りで、作品が有する上品でフェミニンなムードは十二分に引き出されて、全体の完成度は「けんかを〜」を上回る出来映えとなった。
後に「微風のメロディー」や「ラベンダー・リップス」といった、同様のニューミュージック路線はリリースされるが、この手のシングルでは最高傑作であろう。
個人的にはもっと多作して欲しいジャンルだったのだが。

(1999.12.17)

 

ストロー・タッチの恋

作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:若草恵


 不明瞭なタイトルとリリース時期で損をした作品

今回は作家陣が竹内まりやから来生えつこ・たかお姉弟へとバトンタッチ。
これはこの年(1983年)の1月に発売されたアルバム『あるばむ』が、A面=竹内作品、B面=来生作品という異色の構成で高く評価された結果を受けての采配であろうが、確かに竹内作品とは全然違った作風に仕上がっている。

歌詞は前作同様、カップルの恋愛模様を題材にしているが、インドアだった前作の舞台とは打って変わって、今回は海を舞台にしたアウトドア。
春の渚で彼氏のオープンな愛情表現に喜びつつ、戸惑い照れる主人公、といった按配。
作品世界が松田聖子「渚のバルコニー」ぽい感じはするし、「渚ゲーム」だの「はにかみDAYDREAM」だの、妙な造語が出てくるのも気になるが、
 ♪熱い視線感じてると 砂に足がからみそう〜
など、前作ほどのデリケートさ・リアルさはないものの、微妙な心理描写はまぁまぁで、素朴な内容も奈保子の持ち味にフィットしていて、そんなに悪くない歌詞である。

曲はメジャー調のスローナンバーで、中音域から次第に高音にUPし、サビでは高らかに歌い上げるシンプルな構成。
海の開放感・大らかさも表現されているし、 随所にセブンスなどを加えることで、恥じらいみたいな雰囲気を上手くメロディに絡めているのがミソ。
歌い上げる構成なだけに、彼女特有のスタッカート部分で「ハネる」癖が懸念されるが、さすがにそれはなくなり非常に安定している。
これが1、2年前なら ♪きっせっつっのっでーいっどりーむっ〜(季節のDAYDREAM) みたいになってただろうけど。

大まかなアレンジは、ドラマティクなストリングス・ハープ・ギターのイントロ → 淡々としたピアノが印象的な歌い出し → 進行するにつれてコーラスが被さり → 次第にストリングスがフィーチャー といった構成で、すごく若草らしいサウンド作り。
曲に追従し、抑えるところではとことん抑えて、盛り上げる箇所では思いっきり盛り上げてるうえに、随所でリズムを変化させたりブレイクさせたりと、緩急自在で非常にメリハリを効かせているのが特徴。
こうしてシンプルなメロディを最大限に装飾しているものの、決して奈保子の歌唱を邪魔はせず、豪華にして無駄のない素晴らしいアレンジだと思う。
歌詞に「DAYDREAM」とあるだけに(?)、モンキーズ「デイドリーム・ビリーバー」的な雰囲気はあるけど。

歌詞・曲・歌唱・アレンジはをいずれも合格点で、奈保子の中でも傑作に位置すると思えるが、出来に反してこのシングルはあまり売れなかった。
売上枚数は14万枚、これは「ヤング・ボーイ」以降、最低セールスである。
不振に終わった原因を考えてみると、まずリリース時期が悪かったように思う。
3月1日発売だったのだが、シーサイド・ラブソングで春発売、ってのはいささか無理があるような。
実際、作品の印象も初夏っぽい陽気だし。
まぁ前作との対比で、外での開放感とかを爽やかに表現したいのもわかるんだけど。
あと、「ストロー・タッチの恋」というタイトルもイマイチだったと思う。
夏っぽさを隠蔽するためにも、「渚」「海」を直喩するタイトルは避けたのだろうが、それが仇となって、意味不明瞭でインパクトに欠けたきらいがある。
「ストロー = 麦わら」ってそんなに一般的ではないような気がするし。
当時、僕は小学6年生だったけど、これ聴いた時、「ストロー?ジュース??」とか考えたのをふと思いだした。
まぁそんな子どもの意見はどうでもいいか。
それから、メロディがシンプルだと書いたが、あまりにシンプルでオーソドックスあるがゆえに、凝った楽曲で連投した奈保子がこれを歌うことで、若干「後退」したようにも当時感じた。
「なぜここでこんな幼稚な曲を?」みたいな。
大らかな歌詞も、悪く言えばノーテンキといえるし。
そういう意味では、あと1〜2年早く、それも初夏にリリースされていればなぁ、とちょっと残念な作品である。

(2004.03.09)

 

エスカレーション

作詞:売野雅勇 作曲:筒美京平 編曲:大村雅朗


 奈保子が歌う必然性は乏しいが、ターニングポイントとなる最重要作

竹内まりや・来生たかおと、ニューミュージック系アーティストによる楽曲提供が続いてきたが、今回は筒美京平&売野雅勇というバリバリの歌謡曲職人が起用された。
アレンジャーが大村雅朗なので、「ここに来て初期路線へと先祖がえり?」かと思いきや、従来の作品群とは全く異なる楽曲に仕上がっている。

歌詞は前作に引き続き、渚を舞台にした男女の恋愛模様がテーマであるが、今回は煮え切らないシャイな男に対して自ら迫るという内容。
これまでにも「愛をください」などで、激しい想いをぶつけるものはあったが、今作では
 ♪大胆すぎるビキニよ 選んだ意味がわかるかしら〜
 ♪あなたの飲んだコーラに そっと唇近づける〜
色気を武器に挑発しまくりで、これまでの奈保子シングルには見られなかった女性像である。
というか、前作では男の求愛に戸惑ったり恥らったりしていたというのに、いくらなんでも落差が激しすぎるが、
 ♪恋した女の子は淋しがり 優しく瞳の奥読み取って 口づけていいのよあなた 〜
主人公に可憐さを残し、願望もキス程度で留めているので、色情一辺倒には陥らず、
 ♪イマジネーション エスカレーション〜 ♪コミュニケーション エスカレーション〜
韻を踏んでリズム感を出すことで、シリアスさに少々息抜きを与えたりしながら、前作とのギャップを埋め合わせてどうにかバランスは取っている。
売野にしては単語のチョイスがひねっていないし、判りやすくていい歌詞だと思う。

サウンドはエイミー・スチュワート「ノック・オン・ウッド」風のアレンジに、何か別の曲を乗せたような按配。
というより、ほとんど前年(1982年)発売された、佐東由梨「どうして?!」の焼き直しであるが。
どちらも3連ビートのマイナー調ディスコポップで、曲構成もほぼ同じだし、コード進行とかも似通っているし。
「どうして?!」は不発に終わったものの、埋もれておくにはもったいない傑作で、今回「どうして?!」と同じ筒美&大村の顔合わせとなったため、せっかくだからリサイクルしたのかも。
しかし、今作は「どうして?!」とは全く違った歌詞内容なので、それに見合ったリフォームはきちんと施されている。
恋の駆け引きの緊張感を出すべく、3連ビートは若干軽めに処理したうえで、間奏ではリズムをブレイクさせたり、
 ♪まっすぐに 見れないの 案外内気なひとね〜
の部分では、狙った獲物を仕留めるような「パーン」というガンショット的なSEを加えたりと、要所要所でスパイスを利かせて、スリリングな歌詞を上手く装飾している。
コーラスの占める割合が高かった元歌のメロディも、奈保子向けにヴォーカルメインで再構築されているし。
とにかく、わざわざ廃物利用をしただけあって、非常にキャッチーな売れ線サウンドに仕上がった。

今回、担当ディレクターの話では、「ポップスの王道を制作したかった」との事。
そこで選んだ路線は、事務所の先輩である岩崎宏美のラインであろう。
流行の洋楽ディスコを女性アイドル歌謡として消化(それも歌の上手いアイドルで)、というコンセプトで。
それゆえの筒美起用だろうし、実際、岩崎以降途絶えていた系譜でもあり、80年代に入ってアイドル歌謡が復権した以上、それが再生するのも当然の流れではある。
そういう意味で、奈保子にその役割が振られるのは理解できるが、この曲に限って言えば、奈保子が歌う必然性はあまり感じないのだが。
元歌(ってカバーじゃないけど)がアルトな声質の佐東なだけに、メロディには高音部が少なく、奈保子のヴォーカル特性に必ずしもフィットしていると言いがたいうえに、売野の歌詞もベタな挑発描写で下品になりがちで、上品な奈保子の持ち味と決して相性イイとは言えないし。
ただ、全体のキーの低さが逆に抑えた印象となって、大人っぽい雰囲気に結びついているし、作品世界の緊張感ともマッチしており、パワフル歌唱の割には下品手前でブレーキが掛かって、得した面があるかもしれない。
売野起用という事は、王道ポップスの制作と同時に「20才を迎えるにあたって、オトナの女で新境地にトライ」みたいな狙いもあったはずだが、おかげで奈保子のクリーンさは保ちつつ、見事目的は達成されたわけで。
ビジュアル面でもショートに髪形を変えて、作品とともにイメチェンを大きく世間にアピールできたし。
かようなインパクトと楽曲のキャッチーさが相まって、奈保子のシングル中で最高セールスを記録(約35万枚)。
この大ヒットを受けて、以降、同系統の作品が多作される事となる。

(2004.03.10)

 

UNバランス

作詞:売野雅勇 作曲:筒美京平 編曲:大村雅朗


 文字通り「UNバランス」ギリギリで均衡が保たれた臨界点

前作の大ヒットを受けて、今回も全く同じ作家陣で続投。
しかし、他者への提供作を再構築した趣きのあった「エスカレーション」に対し、こちらは100%奈保子向けに楽曲制作がなされている。

歌詞は「抑えきれない恋愛感情に身悶えてバランスを失う女心」がテーマで、主人公はあの手この手で挑発しながら、想いのたけを相手にぶつける。
舞台も海辺だし、ほとんど前作と同じ主題であるが、ビキニ姿でうろついたり、コーラで間接キッスしたりと、その挑発方法が極めてベタというか映画的(居ねぇよそんなヤツ、みたいな)だった前作と比べれば、

 ♪熱がある胸元よ シャツ越しに伝わるはず〜
 ♪「帰りたくない・・・」風につぶやく 聞こえないふりお願いやめて〜
今作は割合リアルで、現実にもあり得そうなシチュエーションだ。
  ♪あなたの背中思わず抱いた〜 ♪言葉の隅に息をひそめた〜
前作よりも2人の距離が密接してるうえに、言葉の行間を意識したりと心理的に訴える描写も多く、緊張感はさらにUPして、一段と成長した大人のオンナを表現している。
 ♪愛しさは淋しさの別の名前ね 「愛してる・・・」それだけじゃ何か足りない〜
というサビも上手いし、全体的に若干の難解さはあるものの、よく練られた歌詞だと思う。
これで3作連続シーサイド・ラブソングとなるわけだが、当時、海を題材にしたアイドル歌謡が多かったとはいえ、ここまでこだわるのも珍しい。
その点について考えてみると、奈保子の場合は生真面目キャラゆえに、色恋を題材にするのが本質的に不向きなため、海の開放感・高揚感を付加することで、「海に来たんだから、そりゃ大胆にもなるっしょ」的なコンセンサスを発生させて違和感をカバー、という思惑があったのでは?
特に「エスカレーション」「UNバランス」は新境地となる異性挑発モノだし、なにかしら非日常な状況設定を保険にしないと難しかったのかも。

サウンドも前作同様にマイナー調のディスコ物であるが、今回は3連ビートではなく、オーソドックスな8ビート。
シンセドラムをフィーチャーしたリズム隊に、ストリングス系やエレキギターを被せ、適宜シンセやブラスを加えたアレンジ。
というか、ドナ・サマー「情熱物語」と同じなんであるが。
イントロからしてモロパクだし、その後のアレンジも踏襲しているうえに、曲も「情熱〜」に準じた作りで、コード進行も似たような感じで展開されているし。
近い時期の筒美作品では、沖田浩之「半熟期」がアイリーン・キャラ「フェイム」とそっくりであったが、今回はそれ以上か。
こう書くと、オリジナリティや工夫に乏しい駄作のようだが、旋律そのものは「情熱物語」と全く違っていて、歌詞内容や奈保子のヴォーカル特性を強く意識したものに仕立てている。
大まかな構成は「A→A'→B→サビ」であるが、切ない想いを綴ったAA'メロでは中〜低音域にとどめ、奈保子も抑えながら緊張感漂う歌唱でこれに呼応し、挑発部分のBメロではリズムに変化を持たせてメリハリを与え、奈保子も力強く歌うことでこれに対応、といった具合に。
そして自制心を失って暴走するサビでは、曲も高音域で盛り上がり、奈保子も得意の歌い上げる唱法で見事に表現している。
さらに、流麗なハイトーンで始まるイントロ部のスキャットや、無声音チックに発音する事で一層恥じらいを強調している♪はずかしい〜 部分など、とにかくヴォーカルの聴かせどころが満載。
この頃になると、ロウキーにおいて抑制しつつも表情豊かに歌いこなす技術が身についてきてるし。

この作品、サウンド面でのパクリが気になるが、曲・アレンジどちらも作品世界やヴォーカル特性に追従していて、決して無意味な盗用に終わっていないのはサスガ。
ただ、今回は歌詞がシリアスで
リアリティもあるうえに、♪コミュニケーション エスカレーション〜 みたいな遊びもないため、奈保子のクリーンな持ち味と挑発的な内容とのギャップが前作以上に激しいが、♪唇で鎮めてあなた〜  と前作同様に欲求をキス止まりにしている点や、ラストのリフレイン前のスロー部分
 ♪おとなしい子じゃいられないほど あなたが好きよ〜
における、震えた声で「泣き」を駆使したいじらしい歌唱と可憐な乙女心の頑張り(?)によって、ギリギリの表面張力で均衡が保たれているような気がする。
そういう意味では、このスローパートって今作の「肝」かも。
あと、サウンドを軽めに処理した事も、ストッパーの役目を果たしているか。
と、まさしく「UNバランス」一歩手前で奈保子の資質が生かされた傑作であるが、前作ほどの大ヒットとはならなかった。
これは奈保子仕様に徹した「UNバランス」に対し、「エスカレーション」はヒット狙いのキャッチーさ、判りやすい大衆性に主眼を置いた感があるので、まぁ致し方ないかも。
それでも20万枚売り上げて、水準のセールスには達したのだから、成功作といえるだろう。
そう考えると、この2曲って岩崎宏美に例えれば、「ロマンス」と「センチメンタル」の関係に似てるかもしれない。

(2004.03.13)

 

疑問符

作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:大村雅朗

 物足りなさが逆に魅力へと結びつく、興味深い一作

2作続いたディスコ路線は一旦ここで中断して、今回はバラードが選択された。
それも、竹内まりや作品のような軽めのものではなく、来生姉弟の手によるマイナー調の直球バラード。
筒美ディスコに続いて、奈保子にとっては新境地(シングル曲において)に挑んだ作品といえる。

曲は「A→B→C→C'」で、CC'がサビメロという構成。
譜割りが大まかでキーは低めという、いかにも来生たかおらしいメロディであるが、いずれのパートも短いうえに調性は変化しないし、最後も主音で締めており、シンプルな曲構成も含めて、手堅いものの凡庸な印象ではある。
サビメロでは若干リズムが変化するものの、さほど高音域で盛り上がるわけでもないし。

アレンジはエレキギター・アコギ・ベース・ドラムスが主体のバンド的な楽器編成で、バラードらしくバスを効かせたスローなリズムセクションを軸に、適宜ストリングス・ピアノ・ハープが被さる按配。
イントロ・エンディングにおける、歌いだしのメロディに倣ったピアノの旋律、中森明菜「難破船」にも通じる「コーン」というSEなど、印象的な仕掛けも多少見受けられるし、サビでは様々な楽器が集って、それなりに厚みのあるサウンドも展開されるが、全体としては必要最低限に抑えた感じだ。
コーラスワークも至ってシンプルだし。

歌詞は自分を物語のヒロインに見立てて、恋心を自問自答するような内容。
具体的に何を悩んでいるのかは明らかにしておらず、感情も特に露にしないが、
 ♪恋 謎 いつも疑問符〜 ♪夜 窓 雨は降る降る〜
 ♪解きあかしたい恋の鍵 やるせなさどこから来るの〜
舞台設定や心理状態を、非常にありふれた言葉で、非常にわかりやすく綴っているため、まぁ趣意やイメージは伝わる。
ただ、♪恋 謎 とてもいじわる〜 ♪しあわせ色の月明かり 二人して浴びていたいわ〜
など、幼稚な表現も随所に見られ、前作と比べていささか子どもっぽいが、実はこの作品、「エスカレーション」以前に作られたものだそうで、こうした女性像の退化も、タイムラグによるものかもしれない。

奈保子の歌唱は、バラードに合わせて切々と歌っているものの、特筆すべき美点は見当たらない。
というより、曲自体がハイキーで盛り上がる構成ではないし、歌詞においても、主人公はボーっと物思いにふけっているだけなので、朗々と歌い上げる高揚感や、複雑な感情を表現する歌唱テクは不要で、ヴォーカル面での見せ場は特にないのだ。

曲は凡庸で歌詞が平易、アレンジもさしたる特徴は無く、歌唱も平均点。
「UNバランス」という難易度の高い凝った楽曲に挑んで成功している直後に、この無難さ。
新境地とはいえ物足りなさを感じるし、構成要素を各々分析しても凡作としか思えないが、実際に聴いてみると、決して平凡に感じないのが不思議である。
先にヴォーカルの見せ場はないと言ったが、メロディの譜割りが大きいために、奈保子特有の歌い上げる唱法にはマッチしていて、聴いていて全く無理がなく、その余裕が心地よい安定感に繋がっているように思えるのだ。
またそれゆえに、曲が有する大らかさが冗長に陥ることなく、オーソドックスな魅力として開花しているようにも感じる。
特徴のないアレンジも、気負いがない分、かようなオーソドックスさを品良く引き立てているように思うし。
もし、これが若草恵だったら、それこそ「難破船」みたいに荘厳なオーケストレーションでドラマティックに盛り立てかねないが、そんな事したら、くどくなって邪魔になりそう。
ニューミュージック調で処理した大村の判断(かどうか知らんが)は賢明。
感情の起伏に乏しい歌詞も、穏やかな楽曲にはフィットしているわけで、その描写の判り易さと相まって、耳障りの良い印象をリスナーに与えているように思う。
この作品、全ての要素で我を剥き出しにせず、せいぜい腹八分(六分くらいか)に留めたことで、総合的には上品で落ち着いた雰囲気を醸し出すことに成功している。
一聴でのインパクトには欠けるが、その分、じっくり愛聴したくなる味わい深さがあると思うし、噛めば噛むほど味が出る、スルメのような作品に仕上がった。
物足りなさや個性の弱さが逆に魅力へと結びついた形だが、こういう作品って、尖がった楽曲の多いアイドルのシングルでは珍しいと思う。
狙ったのか偶然なのかは知らないが、こんな楽曲でも成功(売上19万枚)させるところが奈保子ならでは、かも。
様々なジャンルで実績を積んだ奈保子は、新たに「本格的バラード」もレパートリーに加え、ヴォーカリストとしての幅をさらに拡げていった。

(2004.03.14)

 

微風のメロディー

作詞・作曲:尾崎亜美 編曲:大村雅朗

 曲が弱くて詞は難解、タイトルと内容も微妙にズレてる失敗作

「エスカレーション」以降、新境地にトライし続け音楽性を拡げてきた奈保子であるが、ここでは久々に「Invitation」などに通じる、ソフトタッチのニューミュージック路線へと回帰した。
もちろん作家もニューミュージック系アーティストで、今回は尾崎亜美が初登用(シングルでは)された。
個人的には、奈保子に最もフィットした路線だと思うし、今作での回帰は嬉しいはずなのだが・・・
ちなみにタイトルは「そよかぜのメロディー」と読みます。 「びふう」にあらず。

歌詞は「彼氏と一緒に夜を迎えるその嬉しさ」を表しているように思える。
「思える」っていうのもなんだが、♪素敵な夜 迎えたいの 秘密〜 ♪月のテラスに座り 待っているのあなたを〜
とあるから「あぁ、そうなんだろうな」と、どうにか判断できる程度で、この歌詞、ストーリーの軸となる男女の相関関係や状況設定が曖昧な上に、描写も抽象的で、内容が判りにくいんである。
 ♪天使がうたた寝してたの 何も急ぐことはない〜
 ♪愛されること 愛することを 胸の中に感じるから For Me〜
とあるから、「相手がなかなか来なくて主人公は焦り気味だけど、どうにか相手を信じようとしているんだろうな」と思うし、
 ♪明日は生まれ変わった 私だけを見つめて〜
とあるから、「セックスして夜が明けたら、愛が深まる事を予測しているんだろうな」と、とりあえず判断はつくものの、
 ♪だから Happy Happy Lady 囁いて Happy Happy Lady〜
 ♪あなたから Happy Happy Lady お願いよ Happy Happy Lady My Secret Night〜
サビが意味不明でオチもないので、果たして自分の解釈で正しいかどうかは不明。
というか、ストーリーないじゃん、これじゃ。 なんなんだ、Happy Happy Lady って。
尾崎亜美の作品はこうした曖昧なラブソングが多く、それが個性でもあるのだが、「疑問符」みたいに相手不在で自問自答するならともかく、今作は相手の存在を明らかにして歌詞を形成している以上、具体的なストーリー性や状況説明がないと聴いていて辛いだろう。
なんとなくロマンティックなイメージが伝わればいい、とも言えるが、それならフレーズ単位でイメージを喚起させるべく、シンプルかつキャッチーな描写で埋める必要があろうに、今作はサビが訳判らないうえに、♪あなたの心 かくれんぼ好き〜 など、妙な表現も随所に見られ、イメージすらスムーズに伝わらないように思う。
また、ロマンティックというよりメルヘンチックな描写が多く、せっかく大人びた歌詞内容だと思えるのに、逆に印象が子どもっぽくなってしまったのも痛い。

曲はミディアムテンポのメジャー調で、春めいた印象が3月発売という季節にはピッタリ。
ただ、歌いだしからずっと中低音域でシフトし、サビ前の♪For Me〜 でキーが上って、ここから高音域で一気に盛り上がるのかと思いきや、予想に反してキーは下がって、思わず肩透かしを喰らう。
しかも、♪だから Happy Happy Lady〜 と譜割りが細かく、メロディ自体も陳腐なので、サビが妙に忙しないばかりで今イチである。
尾崎作曲術の特徴として、「キャッチーなサビメロで曲を盛り上げない」というのがあるように思うが、今作でもその特徴が表出してしまった。
それでも尾崎作品に佳作が多いのは、印象的な旋律が全編で綴られるからであるが、今作は♪誘い風のメロディ〜 という独特な3連符を有するAメロ以外、さほど惹きつけられるものがないため、「全体的にフェミニンな感じで悪くはないけど、かといって印象にも残らない」といったレベルで、到底サビの弱さをカバーしきれていない。
最後のサビリフ前の♪For Me〜 も唐突な感じだし。

奈保子の歌唱は、前作同様、特に見せ場はない。
それでも前作はメロディーの譜割りが大きく、その点が奈保子の資質にマッチしていて、作品を魅力的なものにしていたが、今作はAメロ・サビで譜割りが細かいうえに全編中低音域なので、資質にすらマッチしていない。
恋の歓びがテーマの割には、さほど感情表現しているようにも思えないし。
まぁあんなワケワカな歌詞では、感情を込めようにも土台無理であろうが。

詞曲に対し、アレンジはなかなか健闘している。
大村らしく、エレキギター・ベース・ドラムスというバンド的楽器編成が主体で、その点は「疑問符」と同様であるが、今回はシンセ・エレピ・ストリングス系などオカズの種類が豊富で、しかも、全編でそれらを被せているために、必要最低限だった前作と異なり、割合厚みのあるサウンドを聴かせてくれる。
それでいて過剰な印象は無く、曲が有するフェミニンなムードを上品に装飾しているし、デジタル系のリズム隊や「ヒュー」というSEも、微風の爽やかさを上手く表現していると思う。

この作品、アレンジの頑張りによって、どうにか聴ける代物には仕上がっているが、ヒットを狙うには曲が弱いし、歌詞も難解で意味不明という、明らかに失敗作であろう。
尾崎亜美は当時、松本伊代「時に愛は」を手掛けてヒットさせた直後で、アイドル系の作家としてようやく台頭し始めた時期だから、決してスランプだったわけではないし、尾崎の作品世界と奈保子の持ち味も合っているとは思う。
逆に今作の失敗が不思議でならないが、
そもそも「微風のメロディー」というタイトルで舞台が夜、っていうのが無理なのでは?
普通、微風といったら、日中の爽やかな屋外を連想すると思うが。
冒頭で ♪誘い風の甘いメロディ伝えてね〜 とはあるし(このフレーズも意味不明)、実際には夜でも微風は吹くけれど、まぁ一般的なイメージとしては。
それなのに、歌詞は夜のムーディーな雰囲気に重点を置いているという(こっちのほうが「ムーンライト・キッス」的かも)。
こうした「タイトル VS 歌詞」の不協和音によって、曲・アレンジ・歌唱がどっちつかずに終始した感もあり、おかげで作品全体が醸し出すイメージに統一感や一貫性が希薄で、今作のインパクトを一層弱めた面もあるような気がする。
今作は14万枚と、大きく売上を落としてしまったが、まぁこの程度の完成度じゃこんなもんかも。
というか、これ以降、「ラベンダー・リップス」までこの路線の登板はないのだが、それが今作の失敗によって「奈保子はディスコやバラードのほうがいいね」と判断されての戦力外通告だとしたら、尾崎の罪は結構でかいかもしれない。

(2004.03.21)

 

コントロール

作詞:売野雅勇 作曲:八神純子 編曲:鷺巣詩郎

 八神純子の健闘空しい、「UNバランス」の縮小再生版

前作ではソフトタッチのニューミュージック路線へと回帰したが、今回は「エスカレーション」「UNバランス」に通じるマイナー調の挑発路線へと、これまた回帰している。
次々と新境地に挑んで裾野を拡げた83年に対し、この84年は前年に開拓したフィールドを地固めしている感じであるが、今作では挑発路線の功労者である売野雅勇に「八神純子&鷺巣詩郎」という新顔を組ませ、地盤をキープしつつも更なる冒険に挑む意欲は伺える。
それにしても、八神純子の起用にはビックリしたが。
「みずいろの雨」「パープル・タウン」などヒット連発していた70年代末〜80年代初頭ならともかく、84年になると、既に「あの人は今」的なアーティストだったし、これまで他者に楽曲提供してヒットさせた実績もないわけで。
言葉は悪いが、落ち目なアーティストをA級アイドルのシングルで起用するとは、僕の目にはかなりの暴挙に映った。
前作で尾崎亜美の起用がタイムリーに思えただけに、余計そう感じた。
しかし、高音がよく伸びる声質、カンツォーネ的に歌い上げる歌唱が得手と、八神と奈保子はヴォーカル特性に共通する部分が多いので、「八神作品なら奈保子にもジャストフィットだろう」という狙いは正しい。
そう考えると、妥当な人選ではあるか。

そんな八神の曲は全編マイナー調で、「A→A'→B→サビ→C→サビ」という構成。
中低音域で始まりサビは高音で盛り上げるという、ニューミュージックというより、歌謡曲の王道的な作りであるが、思いっきり歌い上げるエモーショナルなサビメロや、全編譜割りが大き目な所に八神らしさが出ていると同時に、奈保子にもフィットした曲に仕上がっている。
サビが2回出てくるので若干くどく思えるが、間に♪「嘘・・・」とあなたひどいひとだわ〜 というリズムの異なるCメロを挿入してアクセントを付けているので、気になるほどではない。
どのパートもコンパクトで無駄がないうえに、覚え易くてキャッチー、しかも、各パート間の繋ぎも違和感がなくスムーズと、曲は凄くいいと思う。
当時のアーティストパワーからすれば、予想以上の出来栄えと言える。
ただ、ラストでサビを3回リピートするのは、さすがに食傷するけど。

歌詞は先に述べたように挑発路線であるが、今回は自分が挑発するのではなく、相手に挑発されるのが新機軸。
その気もないサヨナラを言った後に、優しい声で肩を抱いたりする男に対し、♪コントロールやめて私を試さないで〜 という内容。
「エスカレーション」「UNバランス」とは正反対のシチュエーションだが、奈保子のキャラからすれば、挑発するよりもされるほうが柄には合っている。
ただ、舞台が海辺である点や(またかよ)、相手に対する想いが高じて自制心を失うくだりは「UNバランス」そっくり。
♪海の風が蒼い切なさ〜 ってのも、♪うなじに触れた西風(あき)の切なさ〜 の焼き直しだし。
そういう意味では二番煎じで新味に欠けるし、また、挑発ぶりをリアルに描いている1番に対し、2番は車中で寄り添っている様子を無難に綴っているだけなので、進行につれて息切れしていく感じも。
加えて、♪コントロールされて心はセンチメンタル〜 というサビも安易な表現に思える。
内容は判りやすいが、表現・描写・ストーリー展開、いずれも「UNバランス」に比べて質が低下している印象。

アレンジはシンセドラム主体のデジタルサウンドで、これにエレキギター・シンセ・激しい女性コーラスが絡み、適宜ショッキングなSEも被さって、ロック調のヘヴィ目な音作りをしている。
間奏のギターソロが印象的だし、Bメロ・Cメロではリズムをブレイクさせたり、ストリングス系のオカズを加えたりして、随所に仕掛けを施してはいるが、各パートで使用する楽器は少なく、全体的には必要最低限で無駄を省いたタイトなサウンドである。
ただ、ラストのサビリフ前に至る繋ぎやエンディングは、あまりに素っ気無く、もうちょっと丁寧に装飾して欲しい気も。
逆にオープニングはごちゃごちゃしていて、スッキリと整理して欲しいのだが。

奈保子の歌唱は、曲がヴォーカル特性にフィットしているだけあって、当然冴えている。
高音部でパワフルに歌い上げるのはもちろん、ロウキーでもシリアスな歌詞に追従して、切なくも丁寧に歌っているし、♪胸の奥に誘い込む〜 ではハッとするような鋭さもあって。
しかし、スキャット・無声音・いじらしさ・激しさ・切なさと、あらゆる歌唱テクを駆使して多色刷りで彩った「UNバランス」に対し、今作は切なさと激しさの2色刷りで、やや一本調子な印象も。
シリアスな大人っぽさを醸し出そうとしてか、張り上げる部分では所々力みすぎてる向きもあり、多少苦しげな感じもするし。
特にサビで♪とっくに愛してるわ〜〜〜〜っ と変にドスを効かせて延々伸ばすのは違和感ありあり。
歌詞内容の表現や歌唱力の誇示を狙って、「ここは気合一発」っていうのも判るが、綺麗なハイトーンで流麗に歌い上げる事こそ奈保子の真骨頂だし、そういうのは無理しないで中森明菜に任せたほうが・・・
というか、ここで凄んだ事で、「UNバランス」では上手く隠蔽されてた、奈保子キャラと挑発歌詞とのギャップが大きく露呈した気もするし。

この作品、歌詞もさることながら、マイナー調のメロディにデジタルチックなサウンドと、「UNバランス」との共通項が多い。
まぁ最初から続編、もしくは姉妹編みたいなコンセプトで制作されてるんだろうけど。
しかし、歌詞がレベルダウンしているうえに、アレンジも変化に乏しく、歌唱もやや単調と、ヘヴィな割には小さくまとまってしまった感じで、姉妹編というより縮小再生版になってしまった。
何かが過剰で何かが不足していて、いびつで均整も取れていないし。
だいたい「UNバランス」の完成度は相当高く、それと似た路線で再度挑んでも、元歌を超える(もしくは匹敵する)作品はそうそう作れないだろうし、今作は曲自体が凝ったものではないから、付随する要素が変化に乏しくなるのも致し方ない。
こう書くと、作曲の八神が悪いように聞こえるが、この曲で挑発路線というのが、そもそもミスマッチだと思う。
「UNバランス」ほどの緊張感が無い上に、骨太で譜割りが大きく、オーソドックスな作りをしているため、挑発だの駆け引きだの、細かい描写を要するチマチマした歌詞よりは、ストレートで大らかな歌詞のほうがマッチするだろうから。
またアレンジも、こういうエモーショナルな曲には、タイトなデジタルロックより、ストリングスやブラスを多用したオーケストレーションのほうがハマるだろうし、歌唱も変に気合を入れずに、得意のハイトーンで伸びやかにこなしたほうが、曲の良さを一層引き出せたと思う。
具体的には、「愛をください」みたいな
歌詞・アレンジ・歌唱のほうがフィットする曲かと思うのだが。
もし、「挑発路線のメロディで」「『UNバランス』に近い楽曲で」との発注でこれを提示したのであれば、八神に職業作家としての能力・意識が欠如していたとも言えるが、これほど優れたメロディで、しかも奈保子にマッチした曲ってのも、そう出会えないだろうし、その機会を十二分に生かせなかったのは残念である。
そして、個人的には、この辺りから「だんだんおかしな方向へと進んでやいないか?」という危惧を抱き始めた。

(2004.03.26)

 

唇のプライバシー

作詞:売野雅勇 作曲:筒美京平 編曲:鷺巣詩郎

 どう評価するかで、聞き手の「奈保子観」が問われるリトマス試験紙

前作に引き続き、今回も挑発路線で連投。
作曲には筒美京平が起用され、「エスカレーション」「UNバランス」で路線を築いた「売野&筒美」の黄金コンビが1年ぶりに復活した。

曲は全編マイナー調で、大まかな構成は「A→A'→B→C」。
中低音域で始まり、高音のサビメロで盛り上げるキャッチーな作りで、各パートの連携も違和感無いし、どのパートも覚えやすく、ヒット狙いのシングルとしては申し分ないメロディである。
ただ、AA'メロでは音程のアップダウンが激しい上に、Bメロでは細かい譜割りをレガート的に繋いだり、Cメロでもリズムをブレイクさせたりと、随所で小技が効いていて、歌いこなすには結構難易度が高い。
アレンジは前作同様、鷺巣詩郎が担当しており、今回もシンセドラム主体のデジタルロックで構築しているが、テンポは速いし、全編でブラスも被さり、疾走感に激しさを伴ったサウンド作りで、前作とはテイストが大きく異なる。
シンセドラムの多用や、一段と熱っぽい女声コーラスなど、ボニー・タイラー「ヒーロー」を意識した趣きも。
間奏で「ギャン」とショッキングなシンセを鳴らしたり、Cメロではギターのカッティングやタム系のオカズで目いっぱい盛り上げた挙句、リズムをブレイクさせたりと、非常にメリハリを利かせている。
ちなみに、同時期の筒美作品では、松本伊代「ビリーヴ」が同様の「ヒーロー」的楽曲で、今作と「ビリーヴ」は姉妹作と言えるかも。

売野の歌詞は、その挑発ぶりが一層エスカレートしている。
これまでのように♪愛しすぎたら嫌われそうよ〜 と、激しい想いに身を焦がす場面も無いわけではないが、
 ♪私なら多分例外だって 信じてるはずだわね あなたも〜
 ♪好きじゃないひとを 愛したことも あるけれどただ口が硬いだけ〜
 ♪あぁ あなたの知らない 私を愛せるかしら〜
主軸となるのは、ウブを装いつつ本性はプレイガールという計算高いカマトトぶりで、従来の女性像とは全く異なる。
ただ、主人公の成長(堕落か)に合わせて描写は一層大人びているし、スピーディーなサウンドに追従して、「針」「棘」など鋭さを象徴する小道具を効果的に散りばめたりと、4度目の挑発路線でありながらマンネリズムは上手く避けている。

奈保子の歌唱は、難易度の高いメロディなだけに、若干音程は乱れ気味。
特に音符が激しく上下するAA'メロでのズレが目立つが、上下するがゆえに歌唱にメリハリが出てるし、♪窓の外 気まずさを逃がしたの〜 部分では切迫感も漂い、音程の危うさを十分に補っている。
その他のパートでも、♪初めてだけど初めてじゃない〜 における「泣き」や、♪唇のプライバシー〜 での無声音と切なさの併せ技など、あらゆるテクが炸裂していて歌唱は充実している。
 ♪届かない 届かない 届かない〜 では、それぞれ微妙にカラーを変えて「届かない」を表現しているのもなかなか。

「UNバランス」のいびつなダウンサイジングだった前作に対し、今作は曲・アレンジ・歌詞・歌唱、いずれも過不足無い合格ラインで、路線を継承しながら適度に新味もあるという、会心の出来栄え。
それにしても、同系統のコンセプトでありながら、作曲が筒美に変わっただけで、売野・鷺巣の仕事振りが前作と比べて格段にレベルアップしているのには驚く。
楽曲制作の流れは知らないが、その事実から鑑みて、「筒美が作曲 → 鷺巣にアレンジを指示 → 出来のいいサウンド → 高品質サウンドを聴いて売野が作詞 → 作詞しやすい(^_^)」という工程であろうか。
そうであれば納得いくが。 改めて筒美の力量を認識。

かように優れた作品ではあるが、個人的には素直に評価できない部分もある。
やっぱり今回の挑発過剰な内容って、奈保子本来のキャラとは全然違うと思うのだ。
これまではどうにか違和感が隠蔽出来てたものの(「コントロール」でキナ臭さは漂い始めていたが)、ここまで来るとさすがに一線越えてる感じで。
しかも、今作は「コントロール」と違って、歌詞・曲・アレンジの相性が抜群なうえに、曲も奈保子のヴォーカルにフィットしているもんだから、奈保子が一生懸命歌えば歌うほど、上手に歌えば歌うほど、内容はより増幅してリスナーに伝わってしまい、同時に違和感もUPするという悪循環。
 ♪あるけれどただ口が硬いだけぇぇぇ〜〜っ! (うわー)
 
♪自信ないわ抱かれたとき あ〜あ〜〜っ! (ひーっ )
特にTVで見た時はかなり引いた(歌詞・曲・アレンジ・歌唱のアンサンブルで内容が的確に伝わるって事は、それだけ秀作なのだが)。
う〜ん・・・
なんでこういう楽曲を奈保子にあてがうかなぁ?
僕も奈保子にソフトなフェミニズムばかりは求めないし、マイナー調のアップテンポなサウンドも、初期からトライし続けそれなりの評価もしているわけで、それを発展させたディスコ系やデジタルロックに挑んでもらっても構わないが、だからといって「プレイガール」や「危険なオンナ」に仕立てる必然性が一体どこにあるというのだ。
聖女でなければダメ!とは言わないが、どっちかと言えば、駆け引きやSEXを拒絶しそうなイメージだし。
個性を明確に打ち出せないB級アイドルならともかく、奈保子はあれだけキャラクターにはっきりした個性があって、しかも、それが支持されてスターに伸し上がったわけだから、そういう美点を生かしながら大人の歌手へとシフトしていくのが普通の方法論だと思うが。
あと、売野の挑発歌詞って、中森明菜で確立された「ツッパリ路線」が礎だから、奈保子は明菜をなぞっているようにも見えるわけで、80年代アイドルシーンを築き上げた第一人者である奈保子に、後輩の下風に立つような真似はしてほしくない、ってのもあった。

とまぁ、いろいろ思うところあって、素直に評価できないわけだが、上述のマイナス面って、あくまでも僕個人の嗜好に過ぎない話で、善悪の問題ではない。
僕が抱いた違和感も、「今風のツッパリな感じでかっこいいじゃん」として受け止めたリスナーも居れば、「やっと奈保子が大人のオンナになって嬉しい」と目頭を熱くしたファンも居ただろうし、「ボインのナオナオに挑発されたら、もうたまんねぇッス」と胸や股間を熱くした御仁も居ただろうから(居たのか?)。
そういう意味では、この作品って、聞き手によって評価が割れる作品かもしれない。
ただ、これほどの完成度にも関わらず、売上が12万枚にまで落ち込んだ事を考えれば、僕同様に引いたクチが多かったのでは?とは思うが。
もっとも、84年はアイドルブームのピーク時で、飽和状態の過当競争ゆえに、購買層が分散した背景もあっただろうけど。

(2004.04.02)

 

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