Australia Sydneyー1972年

 1972年7月、AustraliaのSydneyに初めての海外出張を命じられました。 海外旅行はまだ高く、1968年の新婚旅行も国内で済ませており、海外に赴くのは初めてでした。最近では、国内出張と余り変わらない扱いですが、当時は、海外営業担当者が空港まで、見送りに来てくれました。Quantas航空のBoeing707に 夜、搭乗し、朝にはSydneyに到着。商社の担当者の出迎えを受け、勤め先のAustralia現地法人の事務所まで連れて行かれました。Cityの高層ビルでした。林立する高層ビル、綺麗な町並み 、初めて見る西欧の大都市を眠い目を開けて、見ていました。その当時は東京には高層ビルは 少なく、町並みもそれ程、整備をされておらず、Australia最大の都市をやや異世界に連れてこられたような感じで見ていたと思います。しかし、はるか下に、シドニー湾に面して、高架鉄道の駅があり、電車が出入りしているではありませんか!これは是非乗らねばと 思いましたが、その日は下打ち合わせ、翌日はSydneyから約150kmのNew Castleに出向き、客先と打ち合わせです。これは、鉄道に乗れると密かに期待しましたが、現地法人のAustralia人の運転する車でした。その当時から、既に鉄道はAustraliaでは斜陽だったのでしょう。2日程、New Castleに滞在して、ウィークエンドを迎え、又、来週、打ち合わせが続きますが、週末は自宅で過ごすAustralia人と、Sydneyに帰りました。土曜日はしめたとばかり、電車を求めて、Sydneyの町に出ました。なにはともあれ、Sydney Central駅に行きました。時計台のある立派な駅です。

Sydney Central 

長距離列車のホームは欧州の駅のように行き止まり式で、ホームも11番線までありましたが、居た列車は左程多くはありませんでした。その中で、1本クラシックな客車の編成がありました。夜行寝台列車のようです。

 ビュフェカー(左上)、寝台車(右上)と下はDiesel Electrical Instructional Car、多分 電源車でしょう。この車と寝台車は3軸ボギーです。往時の豪華列車だったのでしょう。

別のホームには多分、ブルーマウンテン線かもしてませんが、中距離電車と思われるステンレスカーがいました。左側のダブルデッカーは現在でも生き残っていると思います。

駅の列車の発車方向を見て左側には近距離電車の発着ホームがあります。Sydneyの近距離電車路線はシティで、小さなループになっており、Central駅で地上に出ます。

Sydneyの国電

 この若干無愛想な顔とした所謂Sydneyの国電(正確にはCityRail−現在)はかなりの路線を持っており、縦横に走っています。

荷物室を持ったもの、ダブルデッカーをつないだものなどもありました。驚いたことに、走行中もドアを開けたまま走っています。

中距離電車は急行線を快走します。2両のダブルデッカーをつないでいるものもありましたが、顔は皆同じ、無愛想と見るか、味のある面相と見るかは見る人によると思いますが、今はもうありません!

SydneyのシンボルはSydney湾を跨ぐハーバーブリッジです。この巨大吊り橋の上を電車が走ると聞いて、そのNorth SydneyよりのたもとにあるMilsons Point駅に降り立ちました。

左はハーバーブリッジに向かうSydney中心部に向かう電車、右はハーバーブリッジを渡り、North Sydney方面行電車です。

ハーバーブリッジのNorth Sydney側を行く電車、(左)Sydey中心部行(右)North Sydney方面行  

ハーバーブリッジを渡る電車。(左)Sydney中心部行(右)North Sydney方面

最後は、CityのSydney港に面した高架駅Circular Quay駅に進入の電車。この駅を最初にビルから見下ろして電車を発見したのです。

現在は既にこれらの電車は無く、ステンレスのダブルデッカーの独壇場です。

次の週には再び、New Castleで打ち合わせです。わがままを言い、小生だけ、鉄道で行きました。New Castleでも鉄道を少し撮ることが出来ました。これについては

をご覧ください。


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