「大都会」

光化学スモッグで、煙った高層ビル群。かんかんに照り付ける日差し。時折きらっと光る、ビルの窓。彼方から聞こえるクランクションの音。一定のリズムを刻む、ハンマーの音。汚れた海、灰色の大地。乱立するビルが、上空から見るとまるで人間の腸内の繊毛のようにみっしりとはえている。ヒートアイランド現象で起こる陽炎で、その繊毛はゆらりとうごめいて見える。幾何学的に削り取られた人口の湾の中から、黒い泡を破って出てくる、一本の巨大な腕。そして、もう一本。二本の腕は手を焼けたコンクリートに押し付け、ぐいと力を入れる。めり込み、アスファルトと癒着する腕。湾内から、巨大な頭が出てくる。陸に押し寄せた波は、コンクリの熱さで湯気を立てる。頭に続いて、胴体。そして足。湾内から出てきたのは、灰色をした巨大な胎児。その皮膚は、鉄筋コンクリートの張りぼて。その目はにごった白いサーチライト。しかし、光がともることはない。そのうっすら生えた髪の毛は、おびただしい数の配水管、パイプ。動くたびに汚水が垂れる。劣化した皮膚からは、さびた鉄筋。筋肉はひしめくワイヤー。流れる血は、コンクリに染み込んだ黒い雨水。

ハイハイをして、巨大な胎児は都市に向かって動き出す。地面についた手足はすぐに癒着し、一歩踏み込むたびにそれをアスファルトごと引っぺがし、転んではビルを引きちぎり、身体にガラスを食い込ませながらどんどん大きくなっていく。

都会を歩く会社員も、OLも、誰も異変に気付かない。いや気付いていても気にしない。なぜなら彼らは今仕事中だからだ。変なものに気を取られてへまをやれば、また上司に怒られる。

胎児は町と同化しながら、それでも歩く。腹には電波塔が突き刺さり、背中からは高層ビルが斜めに生えて、捨てられた瓦礫の山を足に引きずり、産毛に壊れた自転車を絡ませて、なおも巨大化しつづける。胎児に食い込んだビルの中で、上司は相変わらず部下を怒鳴り、会社員は汗をぬぐい、腕に癒着した道路の上では、こじきが寝つづけ、人々が手に荷物を持ち、酔った誰かの吐捨物が撒き散らされ、アスファルトからはじわりと、虹色の油を含んだ液体がにじみでている。

胎児はやがて都市の中心までたどり着く。そこはスモッグの煙で何も見えない。日の光が、動くたびに背中のビルにきらきら反射する。

もはやビルやコンクリートや鉄くずの塊になった胎児は、天を仰ぐ。

吐息はスモッグになって胎児と、その周りに溶けてくっついた都会のビル郡を包み込む。

そのまま胎児は固まった。顔だった部分を一番のてっぺんにして、それは巨大な塔になる。それは天にも届くバベルの塔。それは、木々がそのまま高層ビルになった万丈の山。この塔を崩し、人々に罰を与える神は、もうここにはいない。

この塔の中で、まだ気付かないふりをして働き蠢き続ける人々は、いつしかその塔の血となり肉となり、塔に刺さったビルの中を隅々まで満たす。この巨大な塔が日を受けてきらきら光るのは、そのうごめきがビルの窓から透けて見えるからだ。

この都会からは、もう色彩も、音楽も、香りも、暖かさもない。コントラストの強いモノクローム写真。最初からこの都市にそんなものは無かったのかもしれない。それを知っている人はもういない。大都会の塊でできた塔の中を泳ぎまわる人は、何も言わない。

日はますます強まり、塔を覆うコンクリは乾きひび割れ陥没し、そこから体液や人や油混ざって流れ出ていき、いつしか都会の塔は死ぬ。しかしその塔が今まで生きていたのか、知る者はいない。

今あるのは、崩れた都会の塔。巨大なその廃墟のみ・・・。