ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……

     時間というものは常に移ろい行くものであり、今この時を除いて同じ時間というのは決して存在しえないわけで。

 ピピピッ、ピピピッ………カチッ

     つまり、何時如何なる時でも朝は訪れ、それはこの僕にとっても例外でなかったりする。

「ん……」

 微睡みの中、ベットの横に置いてある時計に手を伸ばして、時間を確認する。

 ……6じ45分。うん、ちょうどいい時間だ。

「ふわぁ〜……」

 大きく欠伸を一つ。眠たい目を擦りながらも身体を起こし、カーテンのところまで歩いていく。

 シャッ!

 なかなかに快い音と共に、眩しいくらいの光が僕に注ぐ。

 すがすがしいまでの快晴。軒先で鳴いているのは雀だろうか。

 とにもかくにも、静かな朝。

今日も今日とて、慌しい1日が始まる。

 

 

 

 

 

「ふぁ……」

 う〜ん、眠い、等と思いながら、僕は秋の紅葉の映える舗装道を歩いていた。

 季節はもう既に秋。僕が大学に入ってからもう半年も経つわけだ。

 世間では『読書の秋』やら『スポーツの秋』やらで煩いが、僕にとっては関係ない。敢えて言うなら『惰眠の秋』だと思う。

「ふぁ〜……」

 それにしても眠い。いつもはこうやって歩いてれば眠気なんぞ吹っ飛んでくれるものなんだが。いや、正確にいえば眠気は吹っ飛んでるんだが今日は何故だか欠伸が止まらない。欠伸というのは脳に足りない酸素を摂取する為に自然とでるものだと何かの本で読んだことがあるがそうすると、今の僕は脳に酸素が行き届いてないということなんだろうか。

 う〜む……。

 などと考えていると、不意に背中を肩を叩かれた。

「おっはよ〜、かぎり!」

「ん……おはよ」

 聞きなれた声にそう返しながら、声の主を見る。長いストレートの黒髪、人懐こそうな顔、大きな茶色の瞳。

 河峰天音。一応僕の彼女をしてくれている。ちょっと特殊な性質だったりもするが、それ以外は至ってまともで明るい女の子だ。……少なくとも『彼女』は。

「あはは、眠そうだね〜」

天音は僕の隣に来ると、にこりと笑いかけてきた。

「うん、かなりね……」

「さっきから声かけてたんだよ。何か考え事してたの?」

「……脳の酸素供給と欠伸の関係について」

「う〜、難しいよ、それ」

そんなとりとめのない会話をしながら僕たちは歩いていく。朝のちょっと幸せな風景。

「そういえばかぎりさ、今日は講義、午前中で終わり?」

 天音がそんなことを聞いてきたので、僕は少し思案する。

「う〜ん、何も起こらなければそうだけど……何?」

「あ、それじゃさ、今日大学終わったらどっか遊びに行かない?」

 天音が満面の笑顔を武器にして、迫ってくる。ううっ、この笑顔は卑怯だ……。僕に拒否権を与えてくれない。と言っても、別に断る理由なんて何処にもないんだけど。

「ん、別にいいよ」

 と、言うわけで当然こう答える僕。

「ホント?」

 天音は僕の答えを聞いて、本当に嬉しそうだ。

う〜ん、やっぱり断らなくて良かったな。断る理由ないけど。

「あ、じゃあ、講義終わったらどっかで待ち合わせようか?」

「う〜ん、そうだね」

 本当はある理由の為に僕が迎えに行きたいところなんだけど、僕らの通う岬ヶ丘大学は、学部がたくさんあるので、結構広い。その数文理あわせて約四十。

ちなみに僕と天音は二人とも文学部史学科だが、専攻が違い、僕は地理学、天音は西洋歴史学に属しているので、講義の時間も場所も全然違う。と、いうわけで待ち合わせをするのが一番、という訳だ。

「じゃあ……サッカー場のグラウンドの前は?」

「絶対駄目」

 返答時間0.09秒。我ながら記録的な瞬答だ。

「……早すぎだよ」

 天音が拗ねたような顔で言う。

あたりまえだ。そんな所にいてもしボールでもぶつかったら……ううっ、想像しただけでも怖い。

「ん〜、じゃ、時計台の前!」

「う〜ん……了承」

 ま、そこなら大丈夫だろう。

「うん、じゃあ終わったら時計台前で」

「オッケー、じゃ、僕こっちだから」

「うん」

 そう言って別れて、僕らはそれぞれの館の方に向かっていく。

 午後はデートという楽しみが増えたおかげで僕の足取りはなかなかに軽かった。

 

 

 

 

 

 で、お昼時。

 僕は天音との待ち合わせの場所である来宮講堂、通称『時計台』へと急いでいた。

 この時計台は岬大創立三十周年という節目の一環として建てられたものなので、他の建物と比べると割と新しく綺麗なので、待ち合わせ場所として使われることが多い。現に僕らもよくここで待ち合わせている。

 で、僕が何故急いでいるかというと、予定通り講議は午前中で終わったのだが、最後の講義が少し長引いてしまったのだ。不可抗力とはいえ、天音、怒ってるかなぁ……?

「かぎり〜」

 時計台まで行くと、案の上というか、天音は怒っていた。

「遅いよ」

「ごめんごめん、ちょっと講議が長びいてさ……」

 一応言い訳。う〜ん、我ながらちょっと男らしくないかな……。

「お詫びになんか奢るから」

「仕方ないなぁ……」

 口ではそうは言っているものの、顔は何気にほころんでいる。どうやら機嫌は直ったみたいだ。

「それじゃ、行こうか」

「うん!」

 僕が天音を促して、二人で連れ立って歩きはじめる。

「で、今日は何処に行くつもりなの?」

「う〜ん、どうしようか。とりあえずお昼食べながら決めようかなぁって思うんだけど」

「じゃあ、そうしようか」

 そう言って、今度は何処でご飯を食べるかを相談する僕ら。あーでもない、こーでもないと言い合って、なかなか決まらないが、こうやって話してる時間が実は結構楽しかったりする。

「じゃあ、今日は『れすぽんす』で決まり!」

「う〜ん、ま、いいか」

 結局は天音の鶴の一声で、昼は近くの喫茶店でとることに決まった。

 

 事件はこのとき起こった。

 

 ガンッ!

「あうっ!」

 突然、何かがぶつかった音がして、天音が短い悲鳴を上げてドサッと倒れた。

「?天音、おい!」

 急いで抱きかかえて揺すってみるが反応がない。

 ふと傍らを見ると、そこには野球のボール(硬球)。

「!しまったぁぁぁぁぁっ!!」

 何が起こったかを理解した瞬間、僕は思わず叫んでいた。多分、いや間違いなくこれが天音にぶつかったのだ。構内だということで油断してしまっていた。

 ああ、この迂闊さが恨めしい。

 しかし……。

「何でこんなのがここにあるんだよぉぉぉ!」

「お〜い、水渚、大丈夫か?」

 と、頭を抱えていた僕のところに野球部のユニフォームを着た見覚えのある顔が近づいてきた。同じ学科の西原だ。

「西原、お前どうしてこんなところにいるんだ?」

「どうしてって……大学構内だからに決まってるだろう?」

「そうじゃなくて、どうしてお前がユニフォーム着ながらこんなところにいるんだよ?」

「ああ、そのことか……」

 そう言ってほれ、と西原が親指で指した方向を見る。……たくさんのべぃすぼぅるぷれいや〜さん達がそこにいた。

「最近ウチの大学ってサッカーが大会勝ってるだろ?それで本来なら今日はウチの部がグラウンド使えるはずだったんだが、どうやらあっちが練習するとかで使えなくなってな」

「だからってこんなところで」

 ボール使って練習するな、と僕が抗議しようとした瞬間、周りの空気が僅かに変化するのに気付く。これは、まさか……。

「おい、どうしたんだ?水渚」

「西原……お前、早く逃げたほうがいい」 

「は?何言ってんだ、お前」

「いいから、早く!」

「……もう遅いよ」

 バチッ!

「うわっ!」

 突然、天音の体から電気が放出されて、西原は思わず驚き飛び退いた。次いで、僕の腕の中にいた天音がゆっくりと起き上がる。

「か、河峰、もう大丈夫なのか?」

 引きつった顔の西原の問いには答えず、代わりに天音は傍らにあった野球のボール(硬球)を拾う。

「……これアタシに当てたの、アンタ?」

「あ、ああ。すまなかったな……」

「…………」

「あ、あの……河峰?」 

西原が恐る恐る声を掛けた瞬間、天音の手にあったボールが炎に包まれ、消し炭と化した。

「いっ!?」

「……殺す」

 天音は、驚きの余り顔が青ざめている西原に冷淡にもそう言い放った。同時に彼女の周りに炎が次々と出てくる。

「う、うわぁぁぁぁ!!」

「逃がすか……炎よ!」

 この超人的な現象に底知れない恐怖を感じて慌てて逃げ出す西原だったがもう遅い。火球は次々と西原へと向かって、飛んでいく。

「だから逃げろって言ったのに……」

 俺は逃げ回る西原を見ながら人知れず溜息を吐いた。

「この私の顔に傷をつけた罪、死んで償え!!」

 そんな俺には目も暮れず次々と火球を生み出し、撃ち続ける天音。その言動はまるで先程までの彼女は全然違う。

 当然である。彼女は天音であって天音でないのだから。

 解離性記憶障害。この俗に言う『多重人格』こそが天音の持つ特殊な『性質』だ。

 と、言っても普通のもののような病気ではないらしい。まぁ僕にとってはどう違うのかはよくわからないが。

 今の天音の人格の名前は『月夜』。切れ長の蒼い瞳が印象的な女の子だ。

 彼女はどうやら西洋魔術の熟練者らしく、そのために、

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」

……こういうこともできるらしい。

 それにしてもちとやりすぎだな。さすがに止めんと西原が本当に死んでしまう。

「月夜」

 僕は月夜の方に手をかけて、彼女に話し掛ける。

「そろそろ止めろ。西原が本当に死ぬ」

「あたり前でしょ!そういうふうにやってるんだから」

 いや、そういうふうにってアンタ……。

「人殺しは犯罪だってこの間教えたろうが」

「んなの知ったこっちゃないわよ!」

 ……駄目だ、聞く耳持たん。

「はぁ……ん?」

 呆れつつ、西原を見ていてふと気付く。逃げてる先には……時計台!

 やばい、もの凄くやばい。

 さっき言ったように、ここの時計台は創立三十周年で建てられた記念物だ。さすがに壊したりするともの凄くまずい。月夜は実際それだけの威力の火球を撃つこともできる。下手をすると、弁償とかいうことにもなりかねん。

「おい、月夜、今すぐ止めろ!」

 僕は今度は強い調子で、月夜に詰め寄る。

「絶対嫌!」

 即答だ。しかもさらに威力が増してきている。

 ドカン!ドカン!ドカン!

「だ、誰か助けてくれ〜!」

 ふと西原がそう叫びながらひたすら逃げるのが見える。未だに生きているとは……ある意味凄いと思う。

 ……ってそうじゃなかった!

「ええい、ちょこまかと!それならこれで……」

 月夜は一瞬火球を放つ手を止めたかと思うと今度は、頭上に掲げた両腕の上に巨大な火球を作り出す。それはどんどん大きさを増していく。

「月夜、いいから止めろって!」

「煩い!これはアタシが勝手にしていることだ。かぎり、アンタに口出しする権利はないよ!」

「そうじゃなくて、アレが見えないのか?」

 僕が西原のさらに先、時計台を指差す。

しばらくの間、月夜はそれを見ていたが、

「……ふっ」

「なんだぁぁぁぁっ、今の『ふっ』はぁぁぁぁっ!」

「かぎり、大事の前の小事なんて些細なことに過ぎないってよく言うでしょう。」

 ……ヲイ、その悟りきった表情は何だ?

「というわけで際時計台は諦めて(にっこり)」

「諦めてじゃなくてぇぇぇぇ!!」

 僕は思わず大声で叫んでしまう。

 とかそんなことをやっているうちに火球は半径3メートルほどの大玉に!

「ほほほほほ、正義の鉄槌を喰らえぇぇぇぇぃっ!!!」

「あああああああああああっ!!!!!!」

 僕は思わず頭を抱えて、蹲る。が、そんなことをしても何の解決にもなっていない。

「お、お母ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

 そんなことを涙声で叫ぶ西原の声。嗚呼、まさしく阿鼻叫喚。

「とりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 月夜の雄叫びを聞いて僕は思わず眼を閉じた。ああ、さよなら時計台。楽しかった僕の思い出……。

 …………………。

 ………………………………。

 ……………………………………………?おかしいな、音が聞こえない。

 僕が恐る恐る目を開けると……。

 ドサッ。

「うわっ!」

 当然、月夜が僕のところへと倒れ掛かってきた。なんとか受け止めて、とりあえず容態を確認する。……良かった。ただ気絶してるだけだ。

 ふと、時計台の方を見る。こちらも無事だ。何ともなってない。

「一体どうして……?」

 僕が訝しがっていると、へとへとになりながらも西原がこっちへやってきた。

「だ、大丈夫か、河峰……?」

「ああ、気絶してるだけだ。それより、どうなってるんだ?」

「お、俺にもわかんねえよ。あのでっかい火の玉が途中で消えたと思ったら、いきなり河峰が倒れて……」

「……そうか」

 なるほど、どうやらただ魔力の使いすぎで倒れただけらしい。

「な、なぁ……とりあえず俺助かったのか……?」

「ああ。でも一応逃げた方が良いぞ。次に目を覚ましたらどうなるか分かったもんじゃないからな」

「あ、ああ……」

 西原は訳がわからないながらも曖昧に頷き、走り去って行く。あの火球のことを聞かれないで済んだのは不幸中の幸いだろう。

「さてと……」

 そう言って僕も月夜を抱き上げる。さすがに人が集まってきたので、このままじゃ面倒なことになりそうだった。

 

 

 

 

「ふう、ここまで来れば大丈夫か」

 僕は近くのベンチに腰を下ろした。月夜、いや天音は未だに気を失ったままなので、頭を僕の膝に乗せて横に寝かせている。

 あの後必至に走って、何とか運動用のグラウンドのあるこのあたりまできたのだ。

「はぁ……」

 思わず溜息を吐く。

全く、月夜にも参ったものだ。出たら出てきたで思いっきり暴れて……一応19(と彼女はそう言ってる)なんだから、もう少し世間の常識を考えて動いて欲しい。

グラウンドにはたくさんのボールとそれを蹴る人達で、活気に溢れている。どうやら西原がさっき言ってたことは本当だったようだ。

「う、う……ん……」

 膝の上で天音が小さく呻き声を上げる。どうやら気がついたらしい。

 ゆっくりと目が開く。

「……お兄ちゃん?」

 蒼と茶の入り混じった瞳が僕を見つめる。天音でも月夜でもないこの子は……。

「あさひ?」

「うん」

 名前を呼ばれ、彼女は無垢な笑顔を僕に浮かべた。

 

 

 

 

 岬大最寄の駅から電車に三十分、それから5分ほど歩いた所に比較的大きな遊園地がある。

僕らは今そこにいた。

「わーい♪お兄ちゃーん」

 あさひがメリーゴーランドに乗りながら、こちらに手を振っている。本当に楽しそうだ。

 あの後、目を覚ましたあさひにせがまれてこの遊園地に来たが、ああやって喜ばれるのを見ているとまんざら悪い気もしない。

「ただいまー」

「おかえり、楽しかった?」

「うん!」

 にっこり笑うあさひ。それを見ていると思わず僕の顔も緩んでしまう。

「じゃ、次は何に乗る」

「んーとね……ゴーカート!」

「よし、じゃ、行くか」

 僕はあさひを促して歩き始める。

「それにしてもあさひは本当にこういうの好きだなー」

「うん、あたし遊園地大好き」

「あはは」

 あさひはまだ7歳なのだからあたり前なのだが、その外見とのギャップにおかしくて思わず僕は苦笑してしまった。

「あ……」

 と、突然あさひの足が止まる。

どうしたんだろう?

「どうかしたのか?あさひ」

「……ゾウさん」

「え?」

「ゾウさんがいるの」

 そう言ってあさひはある方向を指差す。そちらを見ると、なるほど確かにゾウのぬいぐるみが風船を配っている。多分係員の人か何かなんだろうが、そんなことをあさひが知っているわけがない。

 隣を見るとあさひはじっとゾウに見とれている。

「あさひってゾウ、好きなのか」

「うん、大好き!」

 こちらを向いて目を輝かせながら、答えるあさひ。それから再びゾウをじっと見つめる。

 やれやれ……。

「近くに行って風船もらってくるか?」

「えっ、いいの?」

「ああ、ついでに写真も撮ってやるよ」

僕は入る前にあらかじめ買っておいたインスタントカメラを手で掲げながら、あさひに笑いかけた。

「やったぁ!ありがとう、お兄ちゃん」

「うわっ、とと……」

 あさひが急に抱きついてきたので僕は一瞬よろけるが、何とか持ち直す。

「ったく、危ないだろうが」

「えへへ〜、ごめんなさい」

 ペロッと舌を出して謝るあさひ。うっ、かわいい……。

「じゃ、早く行こう、お兄ちゃん」

 そう言って、僕の手を引っ張ってあさひが走り出す。

「うわっ、ちょっと待てって……」

「ほらほら早く〜」

 澄み渡る青空の下、楽しげなあさひの笑い声が遊園地の中に響いた。

 

 

 

 

「すう……すう……すう………」

 夜も半ば、あたりもすっかり暗くなった中を僕は一人歩いていた。

背中ではあさひが心地よさそうに寝息を立てている。まぁ無理もないか、あれだけ遊んだんだから。

「う〜ん、お兄ちゃん……」

「はいはい、ここにいますよ……」

 などと、寝言に答えながら、あさひの身体を抱えなおす。首のあたりに息がかかって少しむず痒い。

 肌に感じる秋の風は冷たく、それが一層暖かな天音の体温を感じさせてくれる。今はまだ涼しい程度のこの風も、これからどんどんと寒く冷たくなっていくのだろう。

 空では丸い月が僕らを見下ろしている。そういえば今日は満月だったけか。

「ん……う…んん………かぎり?」

 お、誰か起きたか。えっと、これは……。

「……天音?」

「うん……」

 眠たげな声で頷く天音。どうやら本当らしい。

「ごめんね、私、またやっちゃった……?」

「ん、まぁ、ちょっと……」

「そう……」

 本当は結構月夜とかが多大なことをしてたりもするのだが、心配させない為にこう答えておく。

「ごめんね、本当は一緒に遊びに行くはずだったのに……」

「いいよ、別に。それに実際あさひと一緒に遊んで楽しかったしな」

「あさひちゃん?」

「ああ、遊園地に行ってきた」

 天音は自分の中に別の人格がいることを知っているのでこうやって話しても理解できる。だからこうやって話しても大丈夫なはずだ。

「……そっか」

「……?」

……おかしい。声がやけに沈んでいる。

「どうかしたのか、天音?」

「うん……今日もかぎりと遊べなかったなぁって……」

「……何だ、そんなことか」

「何だは酷いよ」

 天音がプウッと頬を膨らませて怒る姿に、僕は思わず苦笑してしまう。

「大丈夫だよ、遊ぶのならいつだって、できるだろう」

「うん、でも……」

 うん?まだ何かあるのか?

「かぎりを他の女の子に盗られちゃいそうで……なんだか嫌なんだもん」

………………………………………。

「………………ぷっ、あははははははは……」

「あーっ、笑わないでよ」

「だって、だって……くくくっ……」

 僕は笑いをかみ殺すのに必至だった。下手をするとまた笑いがこみ上げてきそうだ。

天音のヤツ……よりにもよって、あさひに嫉妬していたとは。

「あはははははははは!!」

「うーっ……」

「あはは……痛っ、痛いって」

 余りの僕の所業に見かねたのか、天音が後ろから叩いてきた。どうやらさすがに笑いすぎたようだ。

「い、痛い、止めろって、天音」

「やだもーんだ」

 そう言って、叩く手を休めない。いや、むしろ強くなってる気さえする。

「わ、わかった。ごめん、もう笑わない、笑わないから……」

 何とか僕がそれだけ言うと、天音はすぐに止めた。

「全く……近所迷惑も甚だしいぞ」

「それを言うなら、かぎりの笑い声の方がよっぽど近所迷惑だよ」

「う……確かに」

「くすっ」

 天音が後ろで小さく笑う。良かった、いつもの天音に戻ったみたいだ。

 僕はとりあえず胸を撫で下ろし、それにしても、と再び苦笑する。

 全く、コイツは……。

「心配しなくていいよ」

「えっ?」

「僕は天音の事しか見てないから。そりゃ、月夜やあさひも天音には違いないけど、僕の彼女は天音だけだからね」

「かぎり……」

 呆けたような天音の声。次いで、前に回された腕にギュッと力がこもる。

「……ありがと」

「……うん」

 暖かな天音の言葉にそれだけ返す。

短い返事。だけどそれだけで全て伝わるような気がしたから。

普段じゃ、とても照れくさくて言えない事。だけどとても大事なこと。

「かぎり」

「ん?」

「明日も晴れるといいね」

「そうだな」

風が穏やかに、僕らの頬を撫でていく。

街灯の明かりの中、ゆっくりと歩く僕らを、月だけが静かに見守っていた。

 

 

Fin 

 

 

…………………………………………じゃないよ、まだ♪

 

 

ガチャ………

「ふ〜っ、ようやく着いた……おい、着いたぞ天音」

「すう……すう……」

「全く、また寝たのか。仕方ないな……」

 僕は靴を脱いで、ついでに眠っている天音の靴も脱がして家の中に入る。

 勝手知ったるなんとやら。ここには何度も来たことがあるので何処に何があるかなんてことは大体分かる。とは言っても天音の家は1LDKのアパートなのでそれほど広くもないのだが。

 パチッ

 スイッチを押して電気をつけると、すぐに部屋の脇に布団が畳んであるのが見える。

「よっと……」

「う、う〜ん……」

 布団を敷いて、天音を寝かせて……よし、任務完了!

 さて、後は家に帰るだけだな。

「じゃ、おやすみ、天音」

 天音にそっと挨拶して僕は早々に部屋から立ち去ろうとする。

 が!

「う〜ん、かぎりぃ〜」

 ガッ!

「うわっ!?」

急に腕を引っ張られて、僕はバランスを崩してしまう。

 ドン!

「イテテテ……」 

「う〜ん…………?」

「あっ……」

 急に天音が目を覚ましたので僕は思わず声を出してしまった。どうやら倒れた弾みで起きてしまったらしい。

 しかし、そんなことはどうでもいい。僕が声を上げたのには別の理由がある。

 目の前に天音の顔があるのだ。それも数センチ鼻先数センチの距離で。

 しかもこの体制、どう見ても僕が天音を押し倒してるとしか思えない。

 まずい、非常にまずい。

 昼間も月夜のせいでかなりやばいと思ったが、今回のはそれの三倍はまずい。

 ほら、そうして間にも天音の顔が青くなってきてる。

「あ、あの、天音、これはだなぁ……」

 とりあえず弁明を試みようとする僕。が、その前に、

 バキッ!

「ぐほっ!」

 みぞおちに容赦のない一撃がはいって、僕は悶絶した。

 し、しまった……。目の色が茶色かったんですっかり天音だと思っていたが、こいつは……。

「バカかぎ!てめー何気色悪ぃことしてやがる!?おかげで鳥肌が立っちまったじゃねえか!」

「や、やっぱり真昼かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 真昼。天音の中にいる最後の人格である。

 精神年齢十二歳、ちなみに性別は………男。

「オレにはな、そんな趣味ねえんだよ!」 

「ま、待て、話せば分かる、話せば」

「うるせぇ!」

 真昼は言うが早いか僕に襲い掛かってくる。

「うわっ、や、止めろって、真昼!」

「ふざけんな!誰が変態の言うことなんか聞くか!」

「だ、だから違……ぐはぁっ」

 真昼の容赦ない攻撃が僕に襲い掛かる。僕は全く為す術もない。

「くらえっ、電撃パーンチ!!」

「や、やめてくれぇぇぇぇっ!!!」

 夜のアパートに僕の悲痛な叫びがこだまする。

 こうして、1日が終わっていく。

 

 なお、次の日近所から天音の部屋に苦情がきたのは言うまでもない。

 

 

                                おしまい♪