6巻のスネイプ先生

最初に6巻を手にした時、私にわかっていたのは、誰かまた重要な登場人物が死ぬということだけでした。プリンスが誰なのか、誰が死ぬのか、スネイプ先生は活躍するのか、そんな諸々の疑問と期待を込めて読み始めました。
その全てに関わってくるとは思いもしませんでした。スネイプ先生の活躍は期待していたものの、実際は今まで同様に登場場面は少ないだろうと半ば諦めていたのです。
蓋を開けてみると、登場場面も多く、今回は主役並に重要な人物でした。まさにタイトルにふさわしく。その活躍は私が期待したようなものとは違いましたが。

5巻で、騎士団の1人として命がけの任務に就いていることがわかりましたが、その時点でも実際はどちらの側にいるのかわかりませんでした。そのため、6巻で裏切りが発覚するかもしれないと恐れてはいました。そして、6巻2章で語られた二重スパイの事実。これで本当にどちら側なのかわからくなってしまったのでした。
ただ、私は6巻を読み始める前から、もし6巻で裏切らなければ7巻で裏切り、6巻で裏切れば7巻で戻ってくると勝手に予想していました。その方が物語りが面白くなるからという理由からだけで、実際そう単純なものでもないと思いますが。

ドラコが何をしているのか気になるところでしたが、私にとってはやはりスネイプ先生が何を考えているのかばかりが気になっていました。常に「どちら側なのか」ということを念頭において読んでいたように思います。
そして、27章。弱っているダンブルドアの前に立つスネイプ先生。
「どっちだ、どっちだ、どっちなんだあー」と私のテンションはどんどん上がっていきました。
スネイプ先生がダンブルドアに杖を向けた時、「そっちかあー!」とピークを迎えた気持ちは次の死の呪文に「えー!?」と一気に落ち込んでいきました。
それでもまだどんでん返しがあるかとの期待が、なんとか気力を保たせていたのですが、スネイプ先生が学校の敷地から出て行こうとするところでは、もう悲しくて読み続けられないと思いました。
ダンブルドアは逝き、スネイプ先生は去りました。その事実ばかりに圧倒されて、読了後は呆然としていました。

読み終わって1週間経った今、スネイプ先生をずっと信じ続けたダンブルドアが間違っていたとは思えなくなっています。根拠を示さずただ「信じておる」と言うダンブルドアが歯痒かったのですが、ローリングさんが根拠を言わせない理由はきっとあるはずだと思っています。

6巻終了時点で、スネイプ先生は闇の側にまわりました。
これはどういうことか、私の中で今は2つの異なる考えが拮抗しています。
1つは、今もこちらの側にいてダンブルドアの任務の遂行中ということ、もう一つは一貫してヴォルデモートに従っているということ。

ダンブルドアの任務を遂行中と考えたのは、19章でのスネイプ先生とダンブルドアの口論を根拠としています。
何かをやれと言われてスネイプ先生がこれ以上やりたくないと言った時、それはまさにダンブルドアがもしもの時には自分を殺すようにと言った時ではないかと考えています。そしてその言葉通り、ダンブルドアを殺してドラコ、ハリー、自分の命を救い、騎士団員や教職員には憎まれたまま最後にハリーの手助けとなる。
ただ、そうだとするとダンブルドアはあまりにも過酷な使命を与えたことになり、そこまで酷い人なのかという疑問も湧いてきます。ハリーとドラコの命とスネイプの立場を救うため、自分が犠牲になるだけならともかく、教え子1人を殺人者にし、茨の道の歩かせるようなことをするのでしょうか。過去の罪をそのような形で償わせるとしたら、ずいぶん酷い話で、ダンブルドアがそんなことをするだろうかとも思います。でも、ドラコを助けなければどのみちスネイプ先生の命もなかったのでダンブルドアは教え子3人の命を優先させた、とも考えられますが。

一貫してヴォルデモートに従っているというのは、cowardの言葉への異常な反応を根拠にしています。この反応は私としては「ダンブルドアの指示に従って非常に辛い選択をした自分をcoward(臆病者)などと呼ぶのは許さない」と解釈したいところですが、ダンブルドアに従ったのならもっと毅然としていていいように思うのです。
ダンブルドアの前に立った時、苦渋の選択を強いられて、結局恐れるヴォルデモートを選んでしまった自分を臆病だと思うからこそ、指摘されて激昂したのではないかと思います。
cowardの言葉にはその2頁前(UK版p.562)でも反応しています。
4人でいるときにしか攻撃してこなかったハリーの父親を持ち出しています。
「臆病」はグリフィンドール生の持つの「勇気」と相反する言葉です。学生時代から、勇気のない自分を責める気持ちがどこかにあったようにも思えます。
もしそうだとしたらスネイプ先生はこの状況を苦しんでいることになります。たとえ、今ヴォルデモートの側についたとしても最後には勇気を示してくれるのではないでしょうか。
ダンブルドアはスネイプ先生をひたすら信じていました。ここで裏切っても、最後には必ず戻ってくるとの確信があったのではないかと思います。私もそう信じています。
いずれにしても、ヴォルデモート側のまま終わることはないと思います。

とはいえ、私の気持ちは晴れません。
最後にヴォルデモートを裏切ればスネイプ先生の命があるとは思えません。
また、ダンブルドアの依頼があったとして、光の側として生き残ったとしても、ダンブルドアを殺した事実は残ります。誤解が解けたところでスネイプ先生の心は救われないでしょう。
ハリーやまわりの人がどう思うかということではなく、スネイプ先生自身が自分を許せないのではないでしょうか。
闘いで命を落とすか、重荷を背負ったまま生き続けるか、それを思うと本当に辛いです。
まだ1回読んだだけですから、今後新しい発見がきっとあるはず。これからは、スネイプ先生が心穏やかに過ごすという選択肢は残されていないか、探していきたいと思います。

2006.2.26

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