奇跡のチョコレート　後編

登場人物　

仕立て屋の主人、仕立て屋の奥さん

仕立て屋さんの弟子　レール、カフェのミニョヌ、妖精　ルティスュ、

黒猫のロンロネ、すずめのブラン、　からすの子供　ドゥー

願い事

「そうだ、ミニョヌ。妖精は名前を呼んでもらったら、お礼に願い事を叶えなくちゃなんないんだけど、なんかある？」

ギンガムチェックのテーブルクロスに覆われたテーブルからルティスュは、ミニョヌの小さな方に飛び移りながら言いました。

「今はないわ。ありがとう、ルティスュ」

「遠慮しないで、なんでもいいよ」

ルティスュはちょっと驚きました。だって、けっこう長い間、人間の世界を見て来ましたが、“願い事”の無い人間は今までにいませんでしたから。しかも、お願いをされないと逆に妖精は、その人間に“奉仕”してあげなければなりません。そんな面倒くさいことはルティスュは絶対にしたくありませんでした。

「なんでもいいよ！！キャベツをキャロットに変えるとかでもいいよ」

ミニョヌも困りました。そんなに急に言われてもミニョヌには心当たりがありません。でも、少しだけ考えてミニョヌはとても大切なことを思い出したんです。

「ルティスュ、何でもいいのね？」

ルティスュは小さな頭をこくりこくりとたてに振りました。

「うん、うん」

「あ、あのね・・・」

そう言うと、ミニョヌの顔が桃のようなピンク色に変わりました。

「あ、あのね、レールの好きな物が知りたいの」

チクッ

ミニョヌの言葉にルティスュのハートはちっちゃなバラのとげが刺さったような痛みを感じました。

「レールの好きなもの？そんなこと知ってどうするの？」

ルティスュの口は勝手に“せんさく”をしていました。

“せんさく”というのはいろいろと知りたがることです。ルティスュには、それが、良い事か悪い事かは分かりませんでした。でも、なんだか、ルティスュは、そんなことを聞く自分がとても嫌に感じました。

「この間、レールがわたしを助けてくれたの。その、お礼がしたいの」

「おれい？」

「そうよ」

ルティスュに微笑むミニョヌ。ルティスュはそんな笑顔の素敵なミニョヌがなんだかとても腹が立ちます。

「そんな事、おやすいごようだよ！あ！ロンロネだ！」

ルティスュはカフェの前にある街灯の下でひげを掃除するロンロネを見つけると手を振りました。

「ロンロネ！ロンロネ！いいところに来たね！一緒に帰ろうよ！」

ロンロネはミニョヌの肩の上で飛び跳ねる、小さな妖精の姿に気がつくと、優雅な身体をくねられせてミニョヌの足元まで来ると、猫らしく鳴いてみせました。

「にゃ〜」

ミニョヌは屈むと黒猫の身体を撫でました。

「仕立て屋さんのところのロンロネね。まあ、ルティスュは猫ともお話が出来るのね」

黒い背中に飛び移るとルティスュはミニョヌに言いました。

「それじゃあ。また、あした」

人間と妖精

その夜、レールが持ってきた夕食を“おねだり”をして屋根裏部屋に入ってきたロンロネと一緒に食べながらルティスュは、ミニョヌの“願い事”を話そうか話すまいか迷っていました。

なぜだかわからないけど、とてもルティスュはミニョヌのことが腹立たしく思えたのです。

それにミニョヌはレールの名前を口に出す時、顔も耳もきれいなピンク色にしていたし。あれは、間違いなく“好き”のサインではないのでしょうか。

長い間、人間の“好き”を見てきましたが、今回ばかりはとても不愉快な“好き”でした。

「ルティスュ。ミニョヌの“願い事”を、いつ聞くつもり？」

ロンロネはレールが下に降りて行くと不機嫌そうなルティスュに聞きます。

「ふん。立ち聞きしてたんだね。不愉快だ」

「不機嫌そうだね、ルティスュ」

ロンロネの長いひげをルティスュは思いっきりひっぱりました。

「痛いよ！ルティスュ。それより、きみはどうして人間になりたいかまだ気付いてないようだね」

「何を言ってるのかわからないよ！ロンロネ！」

「わかってない、なんてうそだよ。その態度でわかった。ミニョヌがレールの事を“好き”だから機嫌が悪いんだ。そして、きみはレールが好きだから人間になりたいんだ！ブランもそう言ってた！」

ルティスュはロンロネのひげを手放しました。

「妖精は人間を好きなっちゃいけないの・・・？」

「そんなことないよ・・・でも、妖精のルールは守らなくちゃ」

妖精のルール。それは、名前を呼んでもらったら願い事を叶えてあげなくてはいけないということ。

でも、それは本当は奇跡を呼ぶ不思議な出会いから始まるのです。

同じ生き物でありながら、猫や鳥そして犬には、当たり前のように見える妖精たち。それなのに人間の心には“不純”なものが住み着いているせいか妖精が見えないのです。

妖精が見える人間はとても“純粋”な心の持ち主です。もちろん“欲”という“不純”なものを持ち合わさない人間。

たくさんの人間の中から妖精が見える人間に出会うのはとても大変です。でも、人間になりたいと願う妖精は、そういった人々を探さなくてはなりません。

人間になりたい妖精と、妖精の見える人間との出会いはまさに奇跡にちかいのです。

そして、妖精はさらなる試練として、人間に自分の名前を呼んでもらい、そのお礼として“願い事”を叶えなくてはいけないのです。

“願い事”を叶えるということは“いいこと”なのです。

でも、“願い事”が必ずしも“いいこと”とは限らないのも本当のことです。たとえ、“純粋”な人間でも「どんな願いも叶える」と言われ、突然、“欲”深くなることもあるのです。それを見きわめるのも、とても難しいんですよ。

「そうだよ・・・ルールは守るよ。でも、レールが好きなのに、レールのために人間になりたいのに・・・」

ルティスュは黒猫の毛の中に顔を埋めました。

「レールが、ミニョヌのために一生懸命に洋服が作っていた理由だって気付いていたよ・・・でも、でも！」

ロンロネもとても悲しくなりました。

人間になるために“いいこと”をするということは、時には自分も犠牲にしなくてはいけないのでしょうか、ロンロネはルティスュと一緒に泣きました。

贈り物

ミニョヌはその日、朝からチョコレート作りに精を出していました。口に入れたとたん雪のように溶ける甘いチョコレート。その中にはレールへの感謝の気持ちともう一つ特別な気持ちが込めてありました。

これも、あの妖精ルティスュのおかげです。

今日は、そのルティスュへの感謝の気持ちが入っているチョコレートも用意してあります。

だって、ルティスュはミニョヌに勇気もくれたのですから。

「ミニョヌ。レールはあの洋服を作るのに寝る間も惜しんでいたよ。それは、きっと“かっこつけ”だけじゃできないことだよね」

ルティスュのいたずらっぽい目がきらきら輝いていました。とても、きれいな心を持った妖精。

ミニョヌはこんな妖精と友達になれたことをとても嬉しく思いました。

そんなことを考えているうちに、鳩時計は３時を知らせています。ミニョヌの店の近くで働いている人たちでにぎわい始めました。忙しなく働いていると、レールがやって来ました。

ミニョヌの心臓は爆発しそうです。

レールがいつもの席に着くと、ミニョヌもいつものように注文を聞きに行きます。

「いらっしゃいませ。何にしますか・・・」

「ミルクの入ったカフェを」

「あ、あの・・・」

ミニョヌはチェックのエプロンのポケットから小さな箱を取り出しました。

「これを・・・。この間は、助けて下さって本当にありがとうございます。これは、あの時の気持ちです」

「でも、感謝の気持ちなら、この間、沢山もらったよ」

「いいえ・・・あれだけではわたしの気持ちは伝わりません」

ミニョヌはそう言うとレールの前に箱を置きました。

「いいや、伝わったよ！」

レールは立ち上がりミニョヌの両手を自分の両手で包み込みました。

「本当だよ！伝わっているから・・・その、ぼくも君に・・・」

レールはジャケットのポケットから小さな妖精を出してミニョヌに見せたのです。

「まあ・・・ルティスュ！」

「ぼくの友達のルティスュが・・・ぼくに勇気をくれたんだ」

ミニョヌの広げた手のひらにレールがルティスュをのせました。

「ミニョヌ・・・好きだよ」

「あぁ。ルティスュはわたしにも勇気をくれたんです。わたしもです。レール」

今はまだ、ルティスュは妖精で、レールとミニョヌにしか見えません。

でも、たぶん、人間になれる日は遠くはないかもしれませんね。

おわり

あとがき

はじめて“童話”を書きました。

自分でも何がいけないかってわかるぐらい“童話”というには１０００年早いできばえです。

対象年齢も考えずに書き出したものですから、漢字は多い、言葉遣いや言い回しがきっと子供向けではないかと思います。

でも、ストーリーは書きたいものが書けた！という、自己満足感だけは残りました。

ちゃんと読まなきゃ〜、童話や児童文学。反省がいっぱいです。

この物語ですが、つづきます。まだまだ。不定期で更新しますが、一応、１話完結で書いていくつもりです。

なぜなら、ルティスュがまだ人間になっていないんですから！

２００３年２月２３日　青樹　星