妖精 ル・ティスュ 奇跡のチョコレート 中編 登場人物 仕立て屋の主人、仕立て屋の奥さん 仕立て屋さんの弟子 レール、妖精 ルティスュ、 黒猫のロンロネ、すずめのブラン、 からすの子供 ドゥー そして・・・ カフェのミニョヌ カフェのミニョヌは綺麗なブロンドとビーだまのようなきらきら光る目の持ち主です。 それから、素敵な笑顔と洗い立てのシーツのような綺麗な心。 でも、そんな笑顔の持ち主のミニョヌには人には言えない秘密がありました。 それは、ミニョヌには妖精が見えてしまうことです。 みんなに見えないものが見える。これは病気なのかしら。それとも目が悪くなったのかしら。 悩んでいるうちに、ミニョヌは思い切って妖精に声をかけてみたのです。 「こんにちは、妖精さん」 妖精は少しだけ驚いたようですが、ミニョヌに挨拶を返しました。 「こんにちは、ミニョヌ」 「よかった・・・答えてくれなかったらどうしようかと思いました。妖精さんが見えるなんて、思ってもいなかったので、ずーっと、幻を見ているのかと思いました」 妖精は、赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスに散らかったパンくずを拾って一口食べてから、満足そうに答えました。 「妖精が見えてても声をかけてくれない人間は沢山いるから」 「たくさん?!」 「世の中なんてそんなもんだから」 ミニョヌは妖精は少し皮肉屋さんだと思いました。 「妖精さん、お名前は?」 「ルティスュ」 「布地・・・の妖精さんなのね」 「これでもね〜。そうそう・・・この町で声をかけてくれた人間は三人目。仕立て屋の居候のレールとミニョヌ、あとは・・・忘れちゃった」 「レール・・・もしかして、あなたは布地の精だから、仕立て屋さんに住んでいるのね」 ルティスュはうなずいてみせました。 「もしかして、ルティスュはレールのお友達なのね!」 レールと友達と言われてルティスュは嬉しく思いました。だって、友達なんてちょっと人間っぽいじゃないですか。 ミニョヌの秘密 ミニョヌにはもう一つ秘密がありました。 それは、レールのことです。毎日3時のお茶の時間にやってくる、ひょろっとした仕立て屋さんで働いているレールです。 ある日、ミニョヌがミルク入りのカフェをテーブルの上でひっくり返してしまい、お客様の洋服を汚してしまった時のことです。 「すみません。お洋服を汚してしまって」 ミニョヌが一生懸命、お客様の洋服をナプキンで拭き謝っても、お客様はゆるしてくれませんでした。 「だめだね。これは舶来で買ったそれは高い服だから弁償してもらわなければ」 聞けばその洋服は船で何週間も揺られて旅をしないといけない国で買ったというではありませんか。しかも、とてもミニョヌが買えるような値段ではありません。たとえ、このお店の全てを売っても手に入らないような金額です。 「あああ。どうしましょう」 他のお客様もこのやり取りでとても助けられるとは思えなかったので、誰もが遠巻きでそれを見ていました。 ところが、服を汚されたお客様の隣の席のひょろっとした男が口を開きました。 「差し出がましいとは思いますが」 ひょろっとした男は仕立て屋の弟子のレールでした。 「その洋服代は払えませんが、同じ生地で同じ形のものなら、ぼくがなんとかできると思います。ぼくは仕立て屋職人です。もし、あなたがその服の価値を取り戻したいならそれは、ぼくにでもできます。でも、あなたがその服のお金としての価値を取り戻したいなら・・・どうすることも出来ませんが」 服を汚されたお客様はレールを見ました。 「おまえは、あの有名な仕立て屋の弟子じゃないか・・・」 レールはうなずきました。 「はい、そうです」 「ふふふ。あの仕立て屋ならこの服の価値よりも価値のあるものを用意できるだろうよ」 お客様は上着のポケットからシルクのハンカチを出し、自分の汚れた服をごしごしと拭きました。 「それでは、1週間後にここで待っている」 「じゃあ・・・ミニョヌさんを許してくれるんですか?」 「それは、お前の腕次第だ」 ひょろっとしたレールはお客様の腕を掴んで叫びました。 「もちろんです!そしたら、お身体のサイズを測らせてください!」 お客様はにっこり笑った。 「もちろんだとも」 この時、ミニョヌはひょろっとした仕立て屋さんの弟子がどんなに強い騎士よりも、強い人間に見えました。 そして、お姫様が強い騎士のことが好きになるようにミニョヌも。 レールの腕前 こうして、レールは服を作ることになりましたが。確かにレールの腕前は舶来もの仕立てよりもすばらしい技術をもっていましたが、布地が問題でした。 レールは店で一番いいと思われる生地の切れ端を自分の部屋に並べため息をつきました。 「作ることは出来るけど、あの服のようないい布地はぼくには手に入らない・・・」 ため息をついたレールの前にひょっこりと姿を現したのが、いつからかレールの部屋に住み着いている妖精でした。 レールは、この妖精のためにいつも、おやつのクッキーや夕飯の残りのパンやミニトマトを窓際において置きました。 「やあ・・・妖精くん。こんばんは」 この時、レールははじめて妖精に声をかけたのです。 「やあ、レール。どうやら困っているみたいだね」 「どうして、わかるんだい?」 「そりゃあ。妖精だからね。昼間の事件・・・あれはかっこよかった」 「それはありがとう・・・」 元気の無いレールの視線の先には、練習用の布切れが散らばっています。 「でも、だめだよ・・・どんなに腕を磨いてもあんなにすばらしい布地はてに入らないんだから・・・もし、ぼくが服を作れなかったらミニョヌは困ってしまうんだ!」 妖精は小さな布切れの上に腰をおろして、小さな妖精よりも気の小さくなってしまっている大きな人間を見上げた。 「落ち込まないでよ、レール」 「妖精くん・・・なぐさめてくれるんだね・・・ところで君の名前は?」 名前を聞かれて、妖精は飛び上がって喜びました。 「ああ!ルティスュだよ!」 「ルティスュ・・・布地の妖精?」 「そうだよ!レール!レール!いつも美味しい御馳走のお礼にレールの願いを叶えてあげる!」 ルティスュはレールの肩に飛び乗って踊りました。 「あああ!よかった。名前を聞いて、呼んでもらえると妖精はその時だけ魔法を使えるんだよ!レールにはいつもお礼をしたいって思っていたの!」 布地の精のルティスュは沢山の布切れたちを集めて魔法をかけました。 すると、普通の布切れだった布切れは、あの舶来品の洋服の布地よりも着心地のいい素材の布地になったのです。 こうして、ルティスュとレールは友達になりました。そして、レールはミニョヌのために一生懸命、服を縫い上げ1週間後には、あのお客様を喜ばすことになったのです。 「気に入った。海を渡らなくてもこんなにいいものが手に入るなら・・・また、頼むよ。布地もすばらしいが、レールおまえは最高の仕立て屋になれるぞ」 それから、お客様はミニョヌのカフェとレールの働く仕立て屋さんの常連さんになりました。 ここだけの話ですが、レールの師匠である仕立て屋の主人が、レールの一生懸命の姿に気づき、レールが寝ている間にこっそり手伝ってくれていたんです。 つづく