妖精 ル・ティスュ

      

奇跡のチョコレート 前編

 

仕立て屋さん

 

いしだたみの小さな細い路地に小さな仕立て屋さんがありました。仕立て屋さんには木の扉がありましたが、いつでも誰でも入ってこれるように扉はいつも開け放たれていました。

寒い冬でも、仕立て屋さんは扉を開けていました。だって、寒い冬こそ仕立てのいい上質の温かい洋服が必要ですから。

その扉から入ってくるのは、お客さんだけではありません。一番の常連はすずめのブランと黒猫のロンロネです。

なぜなら二人は仕立て屋さんがとても大好きだったから。

店主の仕立て屋さんは白い口ひげをたくわえたおじいさんです。おじいさんはとても腕のいい職人さんで、良質の生地をみわけることのできる目利きでしたので、お客さんにいつでも羽のように軽い生地で理想の服を簡単につくることができました。

それに、とても手ごろな値段だったのです。

だから、遠くの国の王様や、近所のやおやのおかみさんまでが洋服を注文してきます。

毎日、仕立て屋さんはとても大忙しです。

でも、仕立て屋さんには、雪だるまのように白くてふわふわした奥さんがいつも一緒に仕事をしていたので、大変だと思ったことはありませんでした。

それから、ひょろりと背の高い弟子のレールもいましたし、仕立て屋のおじいさんは温かいミルク入りのカフェを飲む時間も、あまった布切れで誰でも着れる服を作る時間もありました。

仕立て屋さんは、どんなに安くても洋服を買う余裕のない人たちのために、いつも布切れを大きな籐の籠に沢山ためていました。そして、それを使って服を作り、開けた扉の横に籐の籠を置き、入れておくのでした。

そして、籠には小さな木切れにルーレの字で書かれた文句が「寒い日は暖かいものを、暖かい日は通気のいいものを」

 

ブランとロンロネ

 

15時になると仕立て屋さんはミルクを温めて二人分のカフェを淹れます。一つは自分の分、一つは奥さんの分、そして、小さなお客様の分も。

そう、もちろんお客様とはブランとロンロネ。

花柄の少し深めのお皿に少し冷ましたミルクを入れ、路地に面したお店の出窓においておくと、どこからともなくやってきてブランとロンロネが一緒にミルクを飲むのです。

 

「やっぱり、ミルクのマクはおいしいなあ」

ロンロネがミルクのついた黒い口のまわりをぺろぺろ舐めながら、お気に入りのミルクのマクについて賛美すると、呆れ顔のブランが言いました。

「また、ミルクのマクについて語るの?よく飽きないね」

「クールなチビさんには、わからないんだな。ミルクのマクはじいさんの思いやりが固まってんだよ」

ブランはくさいロンロネの言葉に“ちゅん”と鳴いた。

「ミルクのマクを好きな理由としては悪くはないよ。ところで、最近、レールの奴がお茶の時間にいないみたいだけど」

「この間、レールとすれ違ったら、カフェの匂いじゃなくもっと甘い匂いがしていたけど、それと関係があるのかな?」

ロンロネはスパイ気取りで鼻をくんとさせて見せた。

「甘い匂いね・・・なんだろう?あ、噂をすればレールだ!」

ブランは仕立て屋夫婦に小首をかしげてお礼を言うと、路地を歩いているレールの肩の上にとまる。

「やあ、レール。どこへ行ってたの?」

「こんにちは、ブラン。ちょっとそこまでだよ」

「ちょっとそこまでか・・・」

ブランは、ちょんちょんとレールの肩からの胸元へ移動してくんくん匂いをかいでみると。

「な、なに?」

慌てるレールにブランはすずめらしく“ちゅん”と鳴くと、ちょうど仕立て屋さんから出てきたロンロネの方に飛んでいってしまいました。

 

「ミニョヌのお店のにおいがする」

ブランがロンロネの耳元で言う。

「あ〜あ、レールのやつ!!」

二人は声をそろえて叫んだ。

「ミニョヌが好きなんだ!」

「ルティスュが知ったら・・・」

ブランが悲しそうに羽を振るわせてみせました。

 

レールの部屋

 

仕立て屋さんの弟子レールは仕立て屋さんの屋根裏部屋で居候をしています。そこにあるものはとてもシンプルで、仕立て屋の奥さんが洗ってくれる清潔なシーツに覆われたベッドと、小さいけれどランプが置かれた机と椅子、タンス、それから小さな窓。足元にはいつも壊れてふたの閉まらないスーツケースから、レールが練習用に貰った布地の切れ端が溢れています。

その布切れと裁縫道具、ミニョヌのカフェで買ったサンドウィッチとミルクを持って、町外れのラ・リュヌの丘で休日のたびにレールは服をつくる練習をするのでした。

 

それから、レールには同居人がいました。

その同居人はとても小さな同居人なので、仕立て屋の主人や奥さんには見えないようでした。

でも、すずめのブランや黒猫のロンロネには見えるようです。

 

妖精ルティスュ

 

レールの同居人の名前はルティスュ。

くりくりとした目に短い散切り頭、レールの作った厚手のコットンで出来たパーカーとウールのパンツ姿のルティスュはいつものことでしたが、暇をもてあましていました。

町で一番高い教会のてっぺんで寝転び、青い空に浮ぶ雲に名前をつけて遊んでいましたがそれにも飽きてきた頃、親友のカラスのドゥーがやってきました。

「ルティスュ!また、遊んでいるね。こんなことしていたら立派な妖精になれないよ」

「こんな天気のいい日に、修行なんてするきがしないよドゥー。それに立派な妖精っていったいなんなの?」

ルティスュは大きな目を細めながら気だるそうに身体を起こしました。

「さっき、北に帰る白鳥に聞いたんだけど、北には修行を積んで人間になれる力を持った妖精が住んでいるってきいたんだ」

「人間になれる?」

大きなルティスュの目がさらに大きくなります。

「じゃあ。修行をすれば人間になれるって本当なの?」

ドゥーは首を大きくたてに振りました。

「その妖精は、沢山のイイコトをしたんだって」

「沢山の・・・イイコト?」

ルティスュは考えました。

“イイコト”のことを。

でも、それがなんだかまだ、ルティスュには解りませんでした。

 

 

つづく

 

妖精ルティスュ 前編 〜奇跡のチョコレート〜

妖精ルティスュ如何でしたか?って、言われても、まだ物語りは始まったばかいりです。掴みはオッケーどころか、掴んでもいないなんて言わないでくださいね!これから、ルティスュの人間になるための小さな冒険が始まります。

奇跡のチョコレートはそんな冒険の第一歩です。

ルティスュが人間になりたい理由・・・もう気づいて人もいるかもしれませんが・・・今は内緒です!

2003/02/11 hoshi a.zure

・・・ le tissuル・ティスュとはフランス語で布地といいます