「神経系統、身体器官共に安定」
「精神状態は?」
「やや、興奮状態にあるようだけど問題なし」
男は、反り返って腕をくむ。
「……どう?似てた?」
若い男が、ディスプレイを見ていた眼鏡をかけた男に尋ねる。眼鏡をかけた男は、不機嫌そうに答える。
「あんまり似てない。室長はそんな軽い雰囲気を持ってないよ」
若い男のものまねがいまいちだったからだ。
「あ、そう」
若い男は、別に気にしないといった風にそっけなく答えた。
その隣では、眼鏡の男が半ばあきれ返ったように言った。
「で、室長とミエさんは?」
「室長は、親が倒れたから病院にいくらしい。ミエさんは、車が事故にあったから遅れてくるらしい」
「はぁ?何かそれって、この前の逆のパターンだな。もっといい言い訳を考えろって。平日なんだからほどほどにしておけよ。部下にしめしがつかないだろ!どうする?彼女はもう目覚めてしまうんだろ?」
「室長は、お前らに任せるって電話で言ってた」
「でた!あの適当さ」
「ファックスでやり方の書いた紙を送ってきたんだ。それどうりにやればいいってさ」
若い男は、めがねの男に手渡された紙の端から端まで目を通す。その紙にはチャート式で一連の作業についてのことが示してあった。しかし、途中でいくつか意味のわからない部分もある。
「大丈夫なのか?これどうりにやれば?」
「それどうりにやって上手くいかなかったら、室長の責任だろ。心配するなって」
「まじかよ。しかも、意味不明なことも書いてあるぜ。大丈夫か?」
「ほら、彼女がそろそろ目覚めるぞ。ほら行った」
「だって、やったこと一回もないんだぞ」
「いいから、このままにしておけないだろ」
「そういうなら、お前やれよ」
「ほーう。何?それは命令?」
眼鏡をかけた男は、目を細めて若い男を見る。
「はい、はい。わかりましたよ。今回はわたくしめがやらせていただきますよーだ。人の弱みにつけこみやがって」
「いや、弱みじゃないだろ。事実だ」
「わかった!もうわかった。金は返すから」
「ならいい」
「その代わり今日あれ付き合えよ」
「また?」
「しょうがないだろ?不条理な上司と心を持たない同僚を持つと何かと溜まるものがあるだろ?発散させないとおかしくなるって」
めがねの男は鼻で笑う。
「まぁ、いいけど。しかし、あんなもんで発散できるお前がうらやましい」
「いいの。俺は単純だから。それに安上がりだからいいだろ」
若い男は、眼鏡の男に何かつっこまれると思って素早く隣の部屋に入った。
そこには、アイマスクをしていすに縛られている人間がいる。
男は送られてきた紙をよく読んで手順を確認する。装置の確認は順調に終わった。次は、彼女と向かい合わなくてはならない。そして、彼女と話をしなければならない。これは、普通熟練した人間がする仕事である。慣れてない人間がやると、処理後の人格に影響を与えることがあるからである。処理後の人間の精神状態は非常にデリケートだからである。
人格矯正された人間と、最初に話す人間はその矯正された人間に未来を指し示してあげる者として、いつの頃からか天使と呼ばれていた。
人格矯正された人間と初めての面会は、天使の抱擁としてAngel embraceと呼ばれていた。
若い男は、ゆっくりとアイマスクをとってあげる。
大きな栗色の目が現れる。もう、目がさめているようだ。
次に男は、拘束具をゆっくりとはずした。女はされるがままに、身をじっと固める。
すべての拘束具が外れると、女はゆっくりと上半身を起こして若い男を見る。その大きな栗色の瞳に、男は胸が鼓動するのを感じた。
男はその鼓動を抑えながら、紙に書いてあるように挨拶をする。
「おはよう。気分はどう?」
女は最初は無表情で黙っていたが、少し間を置くとにっこりと微笑んで挨拶をする。
「あはよう……気分?……よくわからないな」
男はチャートの次の段階に進む。
「君は人格矯正処置を受けてこれから新しい人生を送ることになります。だけど、最初の内は安定するまで、昔の記憶が断片的に残ることがあるかもしれません。その時はすぐに相談してください。薬をだします」
「私は誰?」
男は紙を読み返す。
「え、えーっと、君の名前は……E,I」
「E,I?」
男は次に言うことを確認する。しかし、書いてあることがいまいち理解できなかった。だが、その通りに読み上げる。
「それと、君の友達からメッセージがあります」
「友達?」
「読書やおしゃべりの時間が、私にとっても最高の時間だったよ。また、会おうね。って、なんだこれ?」
女は少し下を向き考える。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
笑顔を浮かべて言う。
「がんばって生きてって意味だよ」
END