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議会・行政・社会・世界・他 |
何でも興味津々・甘口・中辛口・辛口 |
ご感想をおよせください。 メールアドレス asako.sueki@tbe.t-com.ne.jp |
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2005.1.31(月)日記を再開します 昨年の11月に書き込んだあと2ヶ月余が過ぎました。所属している訪問介護事業所の仕事が忙しくなり、新聞もおおまかにしか目を通せない状態が続いています。 私のそんな事情は個人的なものであり、世の中は常に動いていますし、地球も活動を怠りません。あいも変わらないのが政治の世界であり、経済界の利己主義ではないでしょうか。 再開のきっかけになったのは、浜岡原発が注目されてきたからです。1月19日(水)朝日新聞夕刊19面に原発震災防げ 東海地震起きたら「浜岡」は・・・、という記事に始まり1月29日(土)同朝刊1面には浜岡原発を耐震補強 中部電力 国の指針 先取り、2面に「原発と地震」議論必至納得できる指針を、と掲載されています。 計り知ることが出来ない天災、被害を未然に防ぐ為には浜岡原発を止めることが求められています。何十億円、何百億円の経費をかけた補強を考えるよりも一番危険な場所に立地している原発を動かさないように民意を結集しようではありませんか。 |
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2004.11.9(火)ファルージャ 昨日の朝日新聞の夕刊トップにイラク米軍ファルージャに突入という記事がありました。アメリカの大統領選挙が終わるのを待っての作戦だということは、誰の目にも明らかなことです。約1万人のアメリカ軍とイラク軍が「攻撃の最終準備完了」と発表しているそうです。 私は、しばらくの間、このホームページを更新しませんでした。その理由は、5月から日曜日以外はフルタイムで働いていること、あまりにも日本の政治・東京の政治に問題があり何をどのように取り組んでいったらよいか途方にくれていたことがあります。でも、次のコメントに触れたときにやはり行動しなくてはいられなくなりました。 アンマン滞在中の原文次郎さん(日本国際ボランティアセンター/イラク現地調整員)から、バグダッド市民の緊急メールが転送され 原 文次郎 訳 ────────────────────────────── 誰もが、全てのものがファルージャで囚われの身になっている。女 性、子ども、家族、歴史、人間性、そして平和が。そして世界は米 陸軍部隊が市民を殺す様子、どんな爆撃機が使われるのか、どんな 兵器がファルージャで試されるのかをただ見ているだけだ。世界は 死に体になっていて、いなかる感情も、反応も示さない。 あなたはファルージャが意味するものを知っていますか?それはこ の世界のどの都市にも当てはまることです。それはヒロシマであり、 カブールであり、ファルージャは人間性の漆黒の将来‐民主制と平 和の名のもとに行われる殺戮を意味します。ファルージャはファルー ジャの人々のもとにあるものを意味するだけではありません。ファ ルージャはこんにちの世界のシンボルなのです。大魚が小魚を食べ てしまうような世界の。 沈黙を保っていると、あなた方の街が、あなた方の歴史が次の番で す。いかにして最新の技術が容易に無実の子どもたちや脆弱な人々 を殺せるのかを見続けなさい。そして次はあなた方の番です。 誰でも、きょうの犯罪に否定的な立場を取る人々が、歴史と人間性 の前に照らして、(あすには)この犯罪に手を貸す者になるのです。 誰もが臆病さやおびえから免れられないのです。それが、シェイク スピアの言うところの「なすべきか、なさざるべきか」という問題 なのです。 ファルージャはわれわれの嘆きを期待していません。ファルージャ はすべての良心を呼び覚ますような強い叫びを必要としているので す。 |
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2004.9.22(水)前進座公演 銃口をみて 昨夜、多摩市のパルテノン多摩大ホールで三浦綾子原作の「銃口」を観ました。プレイベントで、脚色の一人である田島栄氏の話を聴き、主演の高橋佑一郎さんの俳優になったきっかけもおもしろかったので、職場から駆けつけました。 今回の上演にあたっては、東京都教職員組合の主任手当拠出金による補助が行われていることにも大きな意味があります。昭和の初めから、戦争が終わり新憲法が施行された直後までの2世代にわたる教師の葛藤が描かれています。 日本が、日本の教育が底知れぬ闇の力で教師が描いている理想の世界とかけ離れていく姿は、決して過去のことではないということが、観客の目にはっきりと焼きついたのではないでしょうか。人間は弱い存在で、失敗は何度もするでしょう。でも、生きていればやり直しがきくものです。失敗の上塗りを重ねるのではなく、勇気を出して初心をいぬこうとする主人公の姿に感銘を覚えたのは私だけではないでしょう。 パルテノンの大ホールが埋まったのを久しぶりに見ましたが、現場で苦労している先生方もたくさんおられました。舞台からの熱いエールと観客からの熱いエールを感じてくれましたか?子ども達のために強い信念を持って、組合の違いを超えて、今の重要な時期を乗り越えていただきたいと思います。 |
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2004.8.16(月)終戦記念日の翌日 アテネオリンピック開催中とあって、昨日の朝日新聞朝刊の一面は、柔道の谷選手と野村選手の金メダル獲得に紙面をさいていました。 8月15日って何の日?ときかれると、お盆と答える人と、終戦記念日と答える人と半々ですね、とテレビから聞こえてくる今日では、マスコミも取り上げ方が少ないのは仕様がないというところかもしれません。戦後生まれの人口が4分の3、戦中・戦前生まれが残りの4分の1という中で‘何を、どのように訴えるか’が問われています。政界も経済界も憲法9条をよそに、自衛隊を軍隊としようとしたり、堂々と武器の輸出を出来る国とすることを目論んでいる昨今です。 現在、求められていることは、自分で考えたり、想像力をふくらませたりする余裕を与えないような流れに逆らうことではないでしょうか。「汝自身を知れ」という言葉が私の脳裏に甦って来ました。小学生から中学生にかけての父の教えの一つです。「人間道場十問」という墨書が便所に張ってあり、否応なく暗記してしまいました。思い返せば、父の哲学する心が少なからず私に影響を及ぼしているのだなと懐かしくなります。自分を見つめなおすと、わがままであったり、負けず嫌いだったり、ウソをつくこともあったり、・・・・と、戦争を起こしてしまう要素は、誰にも潜んでいることが分かります。人間の罪深さ・弱さも、年齢を重ねたからこそ納得するのかもしれません。 日本の人口の4分の1にあたる私達が‘二度と戦争をしたくない、加担したくない、血の商人になりたくない’のだということをアピールしてこそ説得力があるのです。多摩市の平和事業でも毎年、戦争体験者が体験談を話してくれます。特に、広島の原爆で被災して逃げ惑う中での自分のしたことを59年たった今でも責め続けているMさんのお話は何度聴いても心が痛みます。想像を絶する体験をした一市民がこんなにも苦しんでいるのに、為政者や経済を牛耳っている人たちは何を考えているのだろうかと腹が立って仕方ありません。先の戦争がそうであったように、平和に暮らしたいと思う市民をよそに、あっという間に戦争をする国となってしまう気配が漂ってきています。若い世代の人達に働きかけて、考え、想像する機会をたくさん持ってもらい、日本の憲法9条を誇りとする市民を増やすことが、流れを変えることにつながると考えます。 一人ひとりの‘私’が、あきらめたら、どうなるか想像してください。 |
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2004.7.27(火)三浦綾子の「銃口」を観る会in南多摩実行委員会 昨夜、永山の公民館で標題の主催でプレイベントが行われました。9月21日(火)6時30分開演でパルテノン多摩大ホールにて「銃口」の前進座公演があります。プレイベントでは、脚色の田島栄さんから三浦綾子さんとの交流を通しての人と文学が熱く語られました。また、主演俳優の高橋祐一郎さんからは、どうして前進座に入ったか、俳優の道を選んだかなどの質問に現代っ子らしい答えをして会場を沸かせました。 実行委員長の小森陽一さんからは、教師の影響力が子どもたちに及ぼすものがいかに大きいか、銃口を向けられても、おかしいことをおかしいといえることが今、大切なことであるという内容が話されたように思います。 メモ魔といわれている私が昨夜はペンをとらずにそれぞれの方のお話に耳を傾けました。自らの命を削って書き上げた三浦綾子さんの「銃口」を、パルテノンで観ようと、今から予定に入れました。そして多くの人にも観てもらおうとチケットも預かってきました。 |
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2004.6.15(火)新任PTA会長、辞表 14日付朝日新聞夕刊18面に、「君が代強制おかしい」の式辞に非難 新任PTA会長、辞表 という記事が掲載されていました。 入学式の挨拶で、日の丸君が代問題に触れ、教育現場への押し付けはおかしい、と話したことが発端で、校長から「PTAや学校の総意と思われては困る。公の場でのあのような私見は控えてほしい」と苦言。ある区議は電話で「時と場をわきまえろ。反省しろ」とどなった、とあります。 翌日の役員会でも非難が噴出「PTAは思想的にも真っ白であるべきだ」「重大問題なのに私達役員に相談もなかった」辞意を表明。8日、本人抜きでの役員会で「一身上の都合で会長が辞任」と告知することをきめた。9日の役員会では、役員らから「辞めろとはいっていない」「信頼関係を取り戻してくれるなら」などの発言があり、辞意撤回を決意し、校長に報告した。が、校長は同意せず、地域の識者らで組織する学校評議員会議への出席を求めた。 評議員会議でも辞意の撤回は認められず、PTA役員からも「一緒にやっていけない」「勘弁してください」と口々に発言され、校長は「辞任します」と一筆書くよう要求。教頭がペンと紙を差し出した。「持ち帰って考えさしてほしい」という高橋さんに校長は「こういうことは早くすませたほうがいい」と促した。署名押印も求められた、ということです。 元会長は、「強要された辞任」と話すが、校長は、「本人の意思だ。辞めさせようとしたことはなく、本人と役員の間を仲介しただけ。ただ、会長が入学式で都教委の批判をすることなどは許されないことだ」という。 まずは、この記事を掲載した朝日新聞の「勇気」をたたえたいと思います。PTAという団体は何の為にあるのか、学校評議員会は何の為にあるのか、保護者・教師・市民・識者のうちでも、ものをいわずに、しゃんしゃんシャンができる人を集め、校長が任命権者である都教委の覚え目出度くあるためにあるとしか言いようがありません。 ひたひたと強権に対して抗えない風潮が押し寄せてきています。今こそ一人でも多くの市民が自分で考え、判断して、発言していかなくてはならないと思います。言葉と行動を通して、まずは東京の教育を偏った方向に行くことを阻止しようではありませんか。 |
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2004.6.12(土)東京都教育長人事について 5月から日曜日を除く毎日朝から夕方まで働いているので、夜はメールを読んだり新聞を読んだりしている間に瞼が下がってきてしまいます。昼間の活動は出来ないけれど、夜の集会には顔を出して今まで取り組んできたことを細々とつなげています。 東京都議会が始まっています。10日付朝日新聞35面(多摩版)による都の副知事4人体制に都議会可決の記事をどれだけの人が目にしたでしょうか?8件の人事案を賛成多数で可決した中に、横山洋吉教育長もあり、任期4年で再任されたのです。 事前の記事で6月定例会の人事案については、内容を知っていたので、都議会の中でどのようなやり取りがあるかに関心があったのですが、傍聴にいくことも出来ず、新聞を頼りにしていました。教育長人事に関しては、現在の都立高校、ひいては区市町村立小中学校の教育全般に影響を及ぼすような発言を続けているため、都民にとって無関心ではいられない部分です。ましてや、全会一致での可決ではないのですから、もう少し丁寧な報道を工夫してほしかったのです。 石原知事のイエスマンではなく、いまのこどもと、教師たちを、そして50年後の日本を思う、思い至らせる教育長が求められているのです。7月13日付で就任する横山洋吉氏に私達の思いをアピールしていきませんか!! |
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2004.5.21(金)学校を創るために 「学校が楽しい ドキュメント所沢高校」ふきのとう書房1998 |
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2004.5.18(火)私たちはイスラームを知っているか 一昨日の日曜日、多摩センターの銀行の前を通りかかった時に、目の前をカラスが横切ったのです。12時を回ったころで、家族ずれなど、人通りが多くありました。普段は、鳩は観てもカラスなんて来る場所ではないのでびっくりしました。カラスが来た方向を見ると、ツバメの巣が銀行の軒下にいくつかあり、離れたところで親鳥たちが騒いでいます。あらためてカラスをみると、口にくわえているのが羽も生えていない雛鳥だったのです。その一羽のカラスは、更に巣を襲おうとしていました。私は、思わず大声で‘コラー’と叫びました。周りにいた人たちも驚いたと思いますが、カラスは次の獲物は捕らずに逃げていきました。 昨年の今頃、乞田川沿いを歩いていた時に、高齢の女性とカルガモの雛が無事に育っているのかどうかという話をしたことを思い出しました。肉食のカラスに狙われたらひとたまりもないでしょう。弱肉強食の自然界の掟のもとでは、運がよい雛が成鳥になり巣立ちが出来、来年、カルガモは乞田川の葦の葉陰に、ツバメは多摩センターの銀行の軒下に営巣するのでしょう。 自然淘汰は世の常といっても、人間にもあてはまるのでしょうか。 可愛そうな雛を目撃したあと、多摩自由大学の第6回講座、「私たちはイスラームを知っているか?」という題で、中央大学文学部教授の松田俊道さんの講演を聞きました。ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も一神教であることは共通しているし、殆ど同根であると私には解釈できました。内心の自由が保障されているはずの民主主義の国々がイスラームを敵視するのは何故なのかという視点で話をききました。地図の上での現在のイスラム世界を見ると、イスラム諸国会議機構加盟国は56カ国及びPLO、ムスリム住民の存在が社会的に大きな意味を持つ地域、ムスリムの移住労働者などが社会的影響力を持つ地域をあわせると、ヨーロッパ、アフリカ南部、ロシア、中国、モンゴル、朝鮮半島、オーストラリア、アメリカ大陸以外に分布しています。その数は12億人から13億人で、世界の5人に一人はイスラム教徒なのです。 予想をはるかにこえていました。50年後には世界の人口の三分の一がイスラム人口になるといわれているそうです。これは、資本主義の列強大国にとっては脅威になるはずです。でも、英米の民主主義を信仰の砦のモスクを破壊するやり方で押し付けようとしたって、従うわけはありません。なんといっても、紀元前からの文化の発祥の地なのですから。 ‘人間は考える葦’それぞれの違いを認め合いながら、共存共栄していければよいのではないでしょうか。宇宙の彼方から考えれば、ほんの一瞬の生を、物欲のために弱いものいじめをするような為政者に加担はしたくないと思った、今日の講演でした。 |
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2004.5.11(火)はあ〜とふる もえぎ 新緑の5月、心豊かで、パワフルな福祉の事業所が立ち上がります。「はあ〜とふる もえぎ」のヘルパーステーションとケアサポートです。 ‘高齢になっても障害を持っても一人ひとりが、その人らしく生きていける街にしたい’とは、誰でも考えていることだと思います。でも、現実には難しい状況にあることを知らされます。 「はあ〜とふる もえぎ」の創業を志した人たちは、施設や病院で介護に携わってきた人です。一生懸命やればやるほど、今の医療制度・介護保険制度の中ではなし得ないことがあることを感じて、最後までその人らしく過ごせる「安心ハウス」を造ろうという目的を持っています。 この目的に向かってのスタート地点に今日たちました。冒頭にある二事業の申請書が東京都に受理されたのです。何度も都庁に足を運んでの今日の知らせを受けた時の喜びは、経験をした人以外は分からないかもしれません。私も、創業に携わってこの喜びを分かち合えて本当によかったと思っています。 しかし、これからが本番ですし、責任を全うしていかなくてはならないのですから、並大抵の努力では足らないことも覚悟しています。事業所に属する全員で切磋琢磨することは勿論、同業のかたたちからもたくさん学んで、この街になくてはならない存在になりたいと思っています。 5月1日付「広報東京都」では、‘グループホームの設置促進にご協力をお願いします’という見出しのもとに、痴呆性高齢者及び知的障害者のグループホームの必要性を訴えています。あくまでも特殊なグルーピングをし続ける方向性があります。 私達の「安心ハウス」は、高齢者も障害者もみんなひっくるめての家族として住まう家なのです。それぞれが、出来ることをして、支えあって生きていける家をめざしています。そんなに遠くない将来に、この住まい方を実践して、行政の方向性にも影響を与えていきたいと考えています。 |
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2004.4.28(水)人質事件に関する日本のメディア 今回の人質事件に関してのメディアの在り方に疑問を持っている私ですが、オーストラリアの放送局東京特派員が14日(人質解放前)に新聞社に送ったレポートを和訳したものがMLにありましたので以下に転載いたします。 人質事件に関する日本のメディアの自己検閲 2004年4月14日 18:24:11 マーク・シムキン マーク・コルビン: 日本政府はまだイラクで人質になっている3人の健康状態や状況に関する情報を得ていな いということです。2人の援助ワーカーと1人のジャーナリストが先週木曜日に拉致さ れ、日本が自衛隊を撤退しないなら生きたまま焼き殺すと脅迫されています。 日本のマスコミはこのことを大々的に取り上げていますが、その取り上げ方は、非常に選 択的です。人質が脅迫さている最も衝撃的な映像はどのテレビ局でも放映されず、また、 政府の政策に対する大規模なデモンストレーションは殆ど無視されています。 現在人質の家族は日本のマスコミにどうか真実を報道するようにと懇願しています。以 下、東京特派員のマーク・シムキンのレポートです。 マーク・シムキン: 人質事件は大きく取り上げられています。日本のマスコミはあらゆる角度からこの問題を 取り上げ検証しています。ただ、ひとつの角度だけは除かれています。 (抗議行動の音声) 人質が取られてから、ほぼ毎日のように抗議行動がおこなわれています。何百、時には何 千もの人びとが首相官邸前に集まり、自衛隊撤退と小泉純一郎首相の退陣を求めていま す。 これらの抗議行動は、国内の多くの人びとが憲法に違反すると彼らが考える自衛隊派兵に 反対していることを示しています。 これらの情景は、普段なら日本のマスコミが興味を示すような華やさと話題性を持ってい ます。しかしテレビの主要なニュース番組ではこれらはまったく取り上げられていないよ うです。 ガヴァン・マコーマック氏は東京の国際基督教大学教授です。 ガヴァン・マコーマック: これらは日本社会において広く議論になっている問題です。 その話題性が主要なメディアの報道に適切に反映されているとは言い難い状況です。 マーク・シムキン: 自己検閲の例は他にもあります。日本人の人質がナイフを首に当てられて恐れおののいて いる姿は世界中で報道されたにもかかわらず、日本では報道されませんでした。この映像 を放映した日本国内のテレビ局はありません。変わ りに、比較的楽な姿勢で座って誘拐者と話している映像のみが流されました。報道局はこ の決断に関していくつかの理由を挙げていますが、どれも筋が通っているとは言えませ ん。 この映像は悲惨すぎる、と言いますが、日本のテレビ局はこれよりももっと恐ろしい映像 を頻繁に放映しています。 映像が家族の神経を逆なでするかもしれない、と言いますが、家族は放映を要請している のです。 最近おこなわれた記者会見では、人質のひとりの父親が、上記の映像の写真を掲げて「な ぜこの映像がテレビで放映されないのか。私の息子がどんなひどい状況にいるか皆にわ かってもらいたいんだ」と叫びました。親戚のひとりも真実を報道するようメディアに要 請しました。もう一人は、報道が操作されていると非難しました。 自己検閲は、世論やこの件に関する議論に影響を与えました。驚くべき数の人びとが人質 に対して批判的で、彼らの動機を疑っています。国内最大手の新聞社説もこのムードを反 映しています。 社説からの抜粋: 彼らの無責任な行動は・・・政府や関係当局に多大なる負担を強いた。これは深刻な反省 を必要とする問題だ。 マーク・シムキン: 3人がイラクの市民を助けるためにイラクへ行ったこと、そして彼らが(誘拐グループ に)どのような扱いを受けていたかの映像を殆どの人が見ていないことから、彼らは誘拐 グループと共謀して政府に自衛隊撤退を迫っているのでは ないかという日本の人々まで出てきています。人質の家族は政府に自衛隊撤退を要請して いましたが、今では脅迫電話を受けています。 彼らは理解を求めて懇願することを強制されています。 (記者会見の音声) 「どうかお許し下さい」と誘拐された援助ワーカーの母親、高遠かよこさんは懇願してい ます。 ガヴァン・マコーマック氏によると、これは日本社会のいくつかの大きな動きを反映して いるということです。 ガヴァン・マコーマック: まず第一に、メディアが誘拐の最も衝撃的な映像を公開しないこと、そして第2に、彼ら が、自衛隊の派兵は、政府が始めに言っていたように、ジョージ・ブッシュが1000名 ほどの派兵を要請したから、そして日本の石油権益を得たいから、ではなく、人道援助と 復興支援のために行っているのだという現在の政府の路線に追随する報道をしていること は、驚きです。これらのこと(ジョージ・ブッシュが1000名ほどの派兵を要請したこ と、そして日本の石油権益を得るためという政府の始めの発表)は、現在ではまったく取 り上げられることはありません。 マーク・シムキン: なぜ日本のメディアはこのようなアプローチを採用しているのでしょうか。 ガヴァン・マコーマック: それに答えることは難しいですが、しかし、少なくともNHKに関しては日本により強い存 在感を持たせ発言権を得る、というナショナリスティックな方向性を国家的に作っていく 過程の一部に参加していると言えるでしょう。 つまり、それぞれの「家族」よりも「国家的家族」のほうがより重要だ、という考え方で す。 マーク・シムキン:東京から、マーク・シムキンでした。 .$(D"m 2004 Australian Broadcasting Corporation Copyright information: http://abc.net.au/common |
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2004.4.27(火)圏央道代執行停止認めず〜東京地裁 22日に東京地裁で事業認定取り消しの判決を藤山裁判長が出した4日後の26日、標記のような判決が出たことを、一体どのように受け止めればよいのでしょうか。 昨年10月、藤山雅行裁判長は本裁判の一審判決が出るまでの間、執行を停止する決定をだしました。同12月、東京高裁は、「金銭賠償により十分補填できる」などと覆し、本年3月、最高裁も追認して確定しました。 26日の判決は、執行停止の要件の一つである「回復困難な損害を受けるかどうか」について、「前回と異なっていない」と判断しました。「一審勝訴判決が出た以上、執行も停止されるべきだとする心情は理解できるが現行制度では申立を認容できない」とし、事実上、22日の判決を特段の事情の変更として認めない結論を出しました。 東京地裁の中で、今月、別の部に異動した藤山裁判長に代わって後任の鶴岡稔彦裁判長と、本訴の結論を出した2人の合議体で全く異なる判断をし、本訴判決の実効力を失わせる結果になったわけです。 三権分立のなかで、おかしいことが起こっていないかと不信感を持ったのは私一人でしょうか。あきる野の住民と運動にかかわった人々は、本当にガッカリしたと思います。 東京都、国土交通省の役人は勿論、藤山裁判長を「非常識な人間」などと批判した石原東京都知事は今回の判決を「当然」と、大喜びをしているに違いありません。 |
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2004.4.24(土)圏央道の認定取り消し 「圏央道の認定取り消し」という4月22日の東京地裁の判決は画期的なものでした。藤山雅行裁判長は、「騒音被害や大気汚染が予想され、交通渋滞の緩和も具体的な裏付けを欠く。事業の必要性は低く、事業によって得られる公共の利益の判断の過程には、社会通念上見逃せない過誤欠落があり、違法だ」ということで、事業認定は取り消され、収用裁決についても「事業認定の違法が継承される」として取り消しました。 この判決について、原科幸彦・東京工業大学教授(環境計画)の話では、「画期的な判決だ。事業の公益性を認定する際には意思決定プロセスが透明でなければ説明責任は果たせず、それが欠けていれば事業は出来ない。しかし、圏央道の事業は公益性の根拠が薄弱で、環境アセスメントにも不備があり、不適切だと明快に結論付けた。東京都の審議会で多くの問題点が指摘されながら、そのまま手続きが進められたことを考えれば、やむを得ない結論だ。(後略)」と述べています。 私は、高尾山の天狗裁判の原告でもあるので、圏央道についてはとりわけ関心があります。あきる野の人たちとも一緒に頑張ってきたので、この判決は嬉しいものです。圏央道の事業自体の公益性にふみこんでいることが、高尾山のほうにも、明るい予兆が感じられます。 |
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2004.4.18(日)中野のZEROホールの集会に駆けつけて 一昨日(16日)、中野のZEROホールの集会に駆けつけました。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(代表広河隆一さん)が開催したイラクでの人質事件を考える緊急集会、ということで、フリージャーナリストが生の声を発信してくることを受け止めたいと思ったからです。 駅を出て、逆方向に歩いてしまったロスもあって会場についたときはホールには入れない状況でした。ホール前では、多くの人が床に座ってテレビ画面での集会の様子に見入っていたので、私も後ろの方で2時間近く立って聞いていました。ホールに入れなかった人たちだけで200人ぐらいはいるので“スゴイ”、こんなに関心がある人たちがいるのだ、と嬉しくなりなりました。 今回の高遠さん、今井さん、郡山さんの拉致事件が分かった時点での政府の「自衛隊は撤退しない」発言は、誰が聞いても“ばかじゃないの”と思うものです。私は、もともと、自衛隊の即時撤退を訴えているのですが、そうは思っていない人でも、犯行声明で、3日間のうちに自衛隊の撤退を求め、だめなら人質を殺すと言っているのに、「交渉」のイロハも知らないのかとあきれたのではないのでしょうか。 集会でのジャーナリストの発言でも、何の為の、自衛隊派遣かが問われました。国民の税金を使って自衛隊を派遣しても、戦闘かでは動けないでいるので、お題目の「人道支援」も出来ないわけです。一方、アメリカに加担している日本政府への反発が、日に日に増える中で、今回の二つの拉致事件が起こっていると思われます。NGOやフリージャーナリストのイラク人を思う気持ち、弱い人たちのために尽くす気持ちだけだったら感謝・信頼を得ることはあっても、被害にあうことはなかったでしょう。一部のマスメディアでの被害者及び家族への個人攻撃も全くお門違いだと思うので、私もメール発信をしました。無事3人救出後の自民党、公明党の幹部の発言で、救出にかかった費用を公表するべきなど、そのまま国会議員にお返ししたいものです。イラクでの、多数の民間人殺戮を含んでの占領を共にしている自衛隊派遣にどれだけの税金が使われているのかキチンと公表するのが政府の使命だと思います。 撤退をするチャンスを逃した小泉内閣はとても指示できません。 ホールに入れなかった仲間は、報告者の発言に大きな拍手を何度も送りました。20代の若者も大勢参加していたことをみて、あきらめないで、次世代に平和の意味を伝える為に、今後も、出来ることをしていこうと思いました。 |
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2004.4.8(木)春たけなわ 春たけなわというところでしょうか。自宅のあるマンションの眼下の乞田川沿いのさくらは、殆どが盛りを過ぎました。今咲いているのは、枝が上に伸びる種類で、白っぽい花です。 毎年、入院している家人に桜を見せようとタイミングを見て外出届をだしていました。今年は、ヘルパーステーションオープンに向けての事業に参画しているので、なかなか実行できませんでした。4月4日の日曜日にと思っていたらつめたい雨となり夜中も振り続けていました。朝までやまないと思ったら、幸いにも止んで晴れ上がりました。急遽、病院に電話して昼食前に外出したい旨を伝え着替えの準備をしてでかけました。 今年は、新年も外出していないので半年近く外気に触れていない病人は、眩しくてなかなか目が開けられません。桜の花の陰で、声を掛けたら、やっと目を見開いて周りを確認しました。途中で落ち合った娘と二人の幼い孫としばしの散歩を楽しみました。病院では入浴日となっているのでとても忙しい中で外出の準備の手伝いをしていただいたことに感謝しています。健康と思っている私でも、来年、桜を見られるか分からない中、病人にとってはなお更なので、わがままをさせていただいた花見でした。 4月6日の火曜日は、プレイルームゆづり葉の家・子どもクラブのメンバーと「公園掃除」をしました。可燃、不燃ごみを拾いながら広い公園2箇所をきれいにしてきました。たんぽぽ、すみれ、つくし、などなどをみたり、小鳥のさえづりに耳を傾けたりしながらの作業は、メンバーにもスタッフにも心地よいものでした。 昨年の4月に、パソコンでメールが送れるようになって一年がたちました。今日は、メールが送れないトラブルで四苦八苦、原因が分からず困りました。毎日、デスクパソコンを担いで事務所で作業をしているので電源を抜いているためかと思い、確認しても繋がっています。けっきょくADSLの端子が繋がっていなかったのです。「基本の基」のわけですが、使いながら、あちこち操作しながらその都度、ヘルプで、あるいは、知人に教わりながら走ってきたので、今日のような初歩的なミスを犯したわけです。 かなりおっちょこちょいの私ですが、エクセルでの表作りも少し出来るようになったし、メールでの添付ファイルを送信できるようにもなったし、着実に進歩している今日この頃です。 |
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2004.3.29(月)多摩市議会最終日を傍聴して 桜がほぼ満開の今日、パーキンソン病の方とその家族の方々の、お花見にボランティアとして参加しました。総勢27名が多摩センター駅から乞田川沿いを車椅子・杖・徒歩でのんびりと歩きました。小鳥のさえずりに耳を傾けたり、川面の美しい鴨に見とれたり、何よりも美しい両岸の桜のしだれる姿を愛でながら、初めてお会いする方々とも楽しく過ごしました。 解散する時も、皆さんが本当に楽しかったと言ってくださり、ご一緒してよかったなと思いました。その後、夕方まで仕事があり、議会最終日の傍聴が殆ど出来なかったのですが、5時以降に議場に着き、今日の日程53中27から傍聴することが出来ました。 「ライオンステージ聖蹟桜ヶ丘建設に関する陳情」、「多摩市立多摩幼稚園に関する陳情」の傍聴者が多かった為か、50名以上の方が名簿に記入していました。 文教常任委員長の報告は、質疑の内容よりも答弁内容をより詳しく、そして、委員会としては挙手多数で採択になったにもかかわらず、趣旨採択の意見を長々と報告していたことには違和感を持ちました。さらに、報告後の意見討論で、趣旨採択の意見をながーく、しかも二つの議案に対してしたのには驚きでした。議長をして、議会運営委員長をしたベテラン議員のこの前例は踏襲されていくのでしょうか。 因みに、私が12月18日に提出した陳情「中央防災会議に浜岡原発震災専門委員会の設置を求める意見書に関する陳情」は、挙手多数で採択となりました。3月18日の総務委員会の審査結果は、可否同数で委員長が不採択としたので、今日の結果がとても心配でした。 世界的にも、日本の浜岡原発は注目されていて、停止を求める国が多いそうです。その中で、当の日本では国策ということで、真剣に議論がなされません。多摩市議会でも前回は、委員会で審査未了にされてしまい、本会議での審議がされなかった過程があります。静岡県のことだけではなく、東京にも関係あることなのにと臍をかむ思いでした。 今回も、休会中の審査が為されるものと思っていたのですが、とうとう、3月議会の一日のみのしんさとなってしまい、私の心境としては、“世界中の人々の命にかかわる問題なのに、こんなことでよいのだろうか”という状況でした。 多摩市議会は、全会一致の場合のみ意見書を出すという約束事になっているので、意見書提出にはいたりませんが、重要な案件に多数を取れたことは、本当によかったと思います。 署名にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。 |
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2004.3.26(金)平和憲法をなしくづしにしないで! 本日付の朝日新聞夕刊の2面に武器輸出3原則見直しを提言へ 自民小委が大筋合意という記事が掲載されていました。『集団的自衛権行使を容認し、自衛隊を軍隊として明確に位置づける。「海外への武器輸出を原則禁止する仕組みを見直すことが必要」として武器輸出を認めるよう求めることで固まった。』とあります。 厳然と憲法が戦争放棄を謳っているのに、こんなことがまかり通る日本にしてよいはずがありません。自民党の防衛政策検討小委員会の議員名を公表してもらい、キチンと説明責任を果たさせないと世界に名だたる「平和憲法」がなしくづしにされてしまいます。今の憲法下で、世界に貢献できることはいくらでもあると思います。そういう議論を国会でするべきだと考えます。 |
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2004.3.24(水)おかしいぞ?!教育委員会 東京都教育委員会の動きが“なんかヘン”だと思っています。そんな折に、ホームページから下記のような講座があるということが分かりましたので転載します。 ◆憲法よもやま講座のご案内 憲法フェスティバルでは、憲法との出会いを年一回に終わらせず、日常的に憲法と仲良 くしていきたいと考え、年間を通じて「憲法よもやま講座」を開いています。 「よもやま講座」は、実際に起きているいろいろな問題や事件に目を向け、そこから憲 法の意味を具体的に探ろうという企画です。また、参加者が普段やっていること、考えて いることなどを出し合って交流することも大事にしています。さらに、各地に出かけて いって自然と親しんだり、環境について考えたりする企画も行っています。 現在、次の企画を準備していますが、もちろんこれに限りません。あなた自身が知りた いこと、やってみたいこと、楽しい企画などを持ち込んで積極的にご参加下さい。 ◆2004年のよもやま講座 おかしいぞ?! 教育委員会みんなで考える性教育 東京都立七生(ななお)養護学校で,子どもたちのために学校ぐるみで取り組まれてき た性教育が、「過激な性教育」と攻撃され,石原都知事も一方的に非難する発言をしまし た。東京都教育委員会は、実際の授業を一度も見ることなく,116名もの校長・教頭・ 教職員などを「処分」しました。これに対して保護者たちは6000筆以上の署名を集 め,多数の市民・専門家・教職員とともに,「東京都の措置は子どもたちの性教育を受け る権利,親や教師の教育の自由を侵害するものだ」として,東京弁護士会に人権救済の申 立をしました。 今回の憲法よもやま講座は,ホットなこの問題を取り上げます。 考えてみれば,私たち「大人」の大多数は,性教育らしい性教育を受けた経験がありま せん。 今回は,事件の報告とともに,性器や性交を含めた性教育の模擬授業も企画し,人権救 済申立を行ったみなさんとのジョイント企画としました。 ○報告・「七生」から性教育バッシングを考える(弁護団) ○現場からの発言(保護者) ○性教育の模擬授業 日 時 3月27日(土) 午後2時から午後5時 場 所 食糧会館 地図はこちら>>>(→HPをご覧ください。) (東京都千代田区麹町 3-3-6 TEL: 03-3222-9621) 資料代 500円 地下鉄 有楽町線 「麹町駅」1番出口 半蔵門線 「半蔵門駅」3番出口 丸の内線 「四ッ谷駅」1番出口 南北線「四ッ谷駅」1番出口 JR 中央線 「四ッ谷駅」麹町口 徒歩10分 参加申し込み&お問合せ先:諏訪の森法律事務所:中川 TEL:03-5287-3750 FAX:03-5287-3780 mail: suwanomori@law.email.ne.jp 参加希望の方は事前にご連絡を!! 参考サイト http://www.ne.jp/asahi/law/suwanomori/sei.html |
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2004.3.17(水)入学式・卒業式の日の丸、君が代について 本日付SankeiWebに以下の記事が掲載されていました。 式典で国歌歌わぬクラス 教師、研修や処分も 都教委方針 都教育委員会は十六日、卒業式などで生徒の大多数が国歌を歌わなかったクラスの担当教師は「指導力がない」か「国歌を悪とする意図的な指導があった」として、研修命令を含めた処分の対象とすることを明らかにした。都議会予算特別委員会で、横山洋吉教育長が答えた。 都教委は昨年十月、卒業式などでの国歌斉唱の際には教師は起立することなどを求める通達を出しているが、土屋敬之都議(民主)が質問の中で「一部教職員は国旗・国歌に反対するために、『生徒には内心の自由がある』と主張している」などと指摘した。 横山教育長は「卒業式などでの国歌斉唱は教育指導上の課題であり、強制ではない。教員には職務として指導する義務がある」と答弁。その上で、「国歌を歌えない生徒が多数いるとは考えられず、その場合は教師の指導力が不足しているか、学習指導要領に基づかない恣意(しい)的な指導があったと考えざるを得ない」とした。 さらに、横山教育長は「学習指導要領に基づく教育が行われていなければ、職責を果たしていないことになり、処分の対象になるのではないか」との質問に、「研修命令を含めた処分の対象になる」と答えた。 また、石原慎太郎知事は「教員が児童・生徒に対して学習指導要領に反する偏った指導をすることは絶対に許されない。都教委の取り組みは学校教育の適正化をはかるものと理解している」とした。 -------------------------------------------------------------------------------- 憲法の下に教育基本法も学校教育法もあるわけで、公務員として、それを遵守することが義務だと考えます。この記事の中に憲法のけの字もないことはどいうことでしょうか。質問者・横山教育長・石原都知事の口からは出るはずはないでしょうが、産経が触れていないことは問題をはらみます。読者に一方的な情報を提供し、自らの考え方も明確にしないばかりか、比較考量する余地を与えない姿勢は国民を愚弄するものではないでしょうか。 |
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2004.3.15(月)旅立ちの春に思うこと 卒業式帰りの親子が晴れ着に身を包んで街中を歩いている今日この頃です。いま、都立の高校で卒業式での日の丸・君が代の扱い方、生徒への指導、先生への指導、来場者への誘導が厳しくなっていると聞いています。東京都教育委員会が市町村の教育委員会に通達を送り、校長等管理者を縛っていると思われます。何の為に「そのこと」にこれだけのエネルギーを注ぎ込むのでしょうか。高校の挙式会場に都から複数の職員が来て検閲をしているとのこと、それだけの予算があったら統合教育の為に使って欲しいと個人的には思っています。 生徒たちで実行委員会をつくり、どんな形式にしたらよいか何度も話し合って、一生に一度の卒業式を創りあげていくことこそ思い出の一ページとなると思います。18歳といえば世界中の殆どの国で成人としている年齢です。自分で考え判断することの最終仕上げと成るべきです。その意味からも、上からの通達などでその学校の特徴をなくしたり子どもたちの自主性を奪うなんてとんでもない考え違いです。社会に旅立つ日に相応しい内容にして欲しいものです。 |
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2004.3.7(日)多摩自由大学 第4回講座 「何が大変!お金がないというけれど?」という内容で、平成16年度 多摩市予算(案)概要をもとにして、”さがみはら都市みらい研究所副所長の樋口武さんの講演、東海大学・政治学科主任教授・多摩自由大学学長の山内和夫さんの講師兼コーディネーターで講座が進みました。 樋口さんは、相模原市で37年間、職員をなさって今春、定年退職をする方です。小異を棄てて大同につくということを射抜いてきたようです。 予算で、やまばと図書館(移動)を廃止、学童クラブの民間委託、市立幼稚園の廃止は理解できるとおっしゃり、会場からの異論もあり議論が出来ました。 結果は別として、市民との話し合いはもっと丁寧にするべきということでは、会場とも合致していたと思います。 補助金については、高額も、少額も一律何%カットにする方法が妥当である、根拠を言っていると前に進まない。だけれど、少額の一律カットは影響額が大きすぎるということも十分わかるということでした。 人件費では、職員も議員も聖域になっていて動かせない、市民からいろいろ提案や陳情で変えていくしかないというようなご意見でした。 樋口さんは、行政マンなので多摩市長、助役について悪いことは一切おっしゃらなかったです。 私としての今日の収穫は、山内さんのレジメで、‘税収を増やす為に税金を安くする’ということです。安くすれば納税しやすくなります。他市からも移動してきます。これは是非とも市長に考えてもらいたいことです。 |
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2004.3.3(水)ジェンダーフリー 戦争と男らしさ、女らしさをここまで臆面も結びつける 上記は、他のメーリングリストへの送信内容から転載したものです。ホームページを開いて質問を聞きましたが、執拗に「ジェンダーフリー」という言葉が男女共同参画法と関係があるかを福田官房長官に質していました。長官は、命令は出来ないが・・・・、といっています。あたりまえです。自治体の条例は、法の範囲内でということは、法で禁じていないことは制定できるのです。長官といえども、ジェンダーフリーという言葉を自治体に使用させないようにすることなど出来ないはずです。 中山議員は、最後に「私どもは・・・考える」と発言したことが気になります。民主党の考え方なのでしょうか?民主党として説明責任があるのではないでしょうか。 |
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2004.2.29(日)立川自衛隊監視テント村 立川自衛隊監視テント村からのメッセージと抗議声明を以下に転載します。この事実を多くの人々に知ってもらいたいと思います。戦争への道を再び繰り返してはいけないという思いを結集させましょう 自衛隊イラク派兵に反対する全てのみなさんへ。 立川自衛隊監視テント村の森です。長文失礼します。転載大大 大歓迎です。パソコンが押収されてますので何かありましたら tachikawa227q@yahoo.co.jpまで連絡ください。 すでに幾つかの投稿がなされていますが、昨日27日、テント 村に対して逮捕者3名/家宅捜索6件という大きな弾圧があり ました。3名の仲間は立川署と警視庁多摩庁舎に留置されてい ます。1月以上前の自衛官/家族向けの官舎(これは普通の集 合住宅と一見何も変わらないところです)に対してのビラ入れ を「住居侵入」とした、令状をとっての弾圧です。あたりまえ の営みが「犯罪」とされていく銃後の社会を私たちは生きてい るのだと思います。そして今権力は何よりも、自衛官と反戦運 動の接触を恐れているのだと思います。 すでに反撃は開始されています。昨日の緊急抗議行動には、4 0名近い仲間が結集してくれました。一夜明けた今朝も、元気 にいつもどおりの自衛官に向けたマイクでの放送を立川基地前 で行いました。こんな不当な弾圧を、暴力を、大きな力で跳ね 返していきたいと考えています。 そこでみなさんへお願いです。 (1) 弾圧の事実を多くの人に知らせてください。テント村の弾 圧抗議声明を以下に載せておきます。転載等大歓迎です。 (2) 救援カンパを寄せてください。振込先は郵便振替で、 00190−2−560928「立川自衛隊監視テント村」 (3) 抗議の声を届けてください。 ・拘留延長の決定をする「東京地裁八王子支部」へ (0426-42-5195) ・「立川警察署」へ(042-527-0110代表) ・「警視庁多摩総合庁舎」へ(042-522-3161代表) (4) 何よりも反戦・反派兵、反弾圧の声をあげて下さい。テン ト村で当面予定している行動は以下の通りです。 ・2/29(日)立川駅頭情宣 11:00〜12:00 @JR立川駅北口コンコース上 ・3/1(月)C1ジェット飛来抗議デモ 14:30 @立川中央公民館集合(南口7分) なお、立川市議会議員の大沢豊さんのHPで今次の弾圧のことが 報告されています。ご参照を。 http://homepage2.nifty.com/osawa-yutaka/heiwa-iraku-dannatu1.htm 以下、テント村の抗議声明です。 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃ ※※弾圧抗議声明※※ ┃ ┃ イラク反戦行動への不当弾圧を糾弾する ┃ ┃ ―私たちは、自衛官に派兵反対のよびかけを続ける― ┃ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ 2月27日早朝、私たち立川自衛隊監視テント村は「イラク反 戦」を理由に全面的な弾圧を受けた。逮捕者3名、事務所・個 人住宅の家宅捜索6ヵ所。これは小さな反戦市民団体としては 大きな打撃である。令状には、1月17日に自衛隊官舎に反戦ビ ラを配ったことが住居侵入にあたる、とあった。団地のポスト にチラシ広告を投函する全ての行為がこの弾圧の対象になりう る。 かつてオウム真理教信者によるポスティングが同様の弾圧を 受けたことがあるが、日本という国が、民衆の反対の声を封殺 し、派兵国家としてその暴力性をあらわにしたのである。 問題の1月17日、私たちが自衛隊官舎に配ったビラは 「自衛官・ご家族の皆さんへ 自衛隊のイラク派兵反対!いっ しょに考え、反対の声をあげよう!」 と題するものである。大義なきイラク戦争、そしてこの泥沼化 の中で、 「計算機を片手に命令を下す者はいつでも安全で、命令を下さ れるものや、さらにその標的になるものは、いつでも身の危険 におびえ、激しいストレスにさらされ、時には金で横っ面をた たかれる」 と、自衛隊派兵の背景を批判している。そして自衛官とその 家族に「自分で考え、一緒に声をあげよう!」とよびかけてい る。 派遣隊員たちは「仕事だから」「国のためになるなら」「上 官の命令だから」・・・と自分の気持ちを整理するのに必死だ。 そして「この戦争は正しいのだろうか?」「イラクの人を殺し てしまったら、トラウマに一生苦しむのではないか」・・・と 悩んでもいる。 かつて日本はすべての反対の声を抹殺し、子どもたちを皇国 の神話で染め上げ、破滅的な侵略戦争へと突き進んでいった。 自衛官が自分がどう行動するべきか悩むことのできる社会こ そ健全な社会である。私たちが派兵反対の声をあげ、自衛官た ちと議論できる社会こそ、誤った政策からの復元力を持つ社会 である。人権も言論の自由もない「銃後」の社会づくりを私た ちは拒否する。 政府は、憲法も国際法も無視した派兵を詭弁によって糊塗し 、既成事実を積み上げて、「イラクに行った自衛隊を応援する しかない」と世論を誘導する。イラク反戦運動が直面している のは、こうした巨大な権力なのである。私たちは、詭弁を論破 し、歴史と現状から既成事実の誤りを一つ一つ訂正する闘いを 続ける必要がある。そのとき大切なのは、言葉の力であり、言 論の自由であり、自衛官とその家族との対話の回路である。 私たちテント村は、権力の予防弾圧をはねのけて逮捕された 仲間をとりもどし、全国・全世界の人々とともにイラク反戦を 闘いぬきたいと思う。私たちは自衛隊員とその家族へのよびか けを決して止めはしない。 抗議と奪還の闘いへの結集とともに、広範な救援カンパへの 協力をお願いする次第である。 2004年2月28日 立川自衛隊監視テント村 立川市富士見町2-12-10-504 電話/FAX 042-525-9036/524-9863 Eメール tachikawa227q@yahoo.co.jp カンパ送り先 郵便振替番号00190−2−560928 「立川自衛隊監視テント村」 |
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2004.2.28(土)立川自衛隊監視テント村への弾圧 昨日、下記のメールが入りました。私も、イラク派兵反対の運動を続けているものとして、このような弾圧は許せません。発信者の許可を取りましたので、皆さんにおしらせします。 イラク派兵反対を闘う全国の皆さんへ 派兵反対を闘う人々への弾圧を許すな 今朝2004年2月27日早朝、大沢も共同でイラク派兵反対を闘っている、 http://www4.ocn.ne.jp/%tentmura/tentoHP-top.htm「立川自衛隊監視テント村」が 立川警察による全面的な弾圧を受けました。家宅捜査6ヶ所、逮捕者3名も出すという 弾圧でした. 理由はこの1月に、自衛隊立川東駐屯地の東側にある官舎に「イラク派兵反対を呼 びかけるビラ」を配ったことが、「住居侵入」という、かなり無理のある根拠のよう です。あの住宅は国家公務員の住宅の区画にあり、誰もがチラシなどを入れているの です。ピザ屋さんも、お寿司屋さんも、住宅メーカーもチラシは入れます。特定の団 体だけ抜き出して、「住居侵入」とすることは、明らかに政治的な弾圧です。許すわ けには行きません。 日本が自衛隊を海外へ派兵していく、「軍隊」が戦争のために 海外に出て行くために、反対するものは弾圧するというその表れではないでしょう か。全国でも他にもこうした弾圧を受けている人々がいるのではないでしょうか? 次のことをお願いします. @このことを広く知らせてください。 A他にも、弾圧を受けた件があれば、情報を集めてください。 B反撃を!ひるまずに派兵反対の声をあげ続けましょう! C救援のカンパを 口座番号 00190-2-560928 口座名 立川自衛隊監視テント村 郵便振替で、「2.27弾圧・救援カンパ」と書いてお送りください。 テント村では、パソコンを持っていかれました。従ってメールを読めません。 ホームページの更新も出来ないそうです。 連絡は当面、電話かFAXでお願いします。 立川自衛隊監視テント村 TEL/FAX 042-525-9036 -- 大沢ゆたか osawa.yutaka@nifty.com http://homepage2.nifty.com/osawa-yutaka/ 大沢ゆたか事務所 電話 042-525-8637 ファクシミリ 042-525-8733 |
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2004.2.23(月)裏高尾の土地収用委員会の公開審理 10年以上前でしょうか、高尾山にトンネルを通すというので、それを阻止する為に予定地の立ち木を一本買うことにしました。あれから10年、時々中央道を通過する時に醜いコンクリートの建造物(橋脚)が見えてきます。私の立ち木トラストは、上り線に面している南斜面にあります。今日の、発言者の補償についての意見のなかで分かったことですが、何と、木の値段は一本あたり一円にしかつかないそうです。緑の保全、地球規模での温暖化防止に寄与する木々たちにとって、あまりにも馬鹿にした話ではありませんか。がけ崩れを防ぎ、鉄砲水を防ぎ、春夏秋冬に私たち人間に「いやし」を施して来た報いが、圏央道という時代に逆行した道路計画のために伐採されるということなのです。 請求側の発言者では、以前、高尾山の木々、草などについて、山行を共にしながら、とても丁寧に話をしてくださった吉山寛さんの話が、ユーモアも交えて、事業者側の瑕疵をキチンと指摘して、分かりやすいものでした。その他、文化遺産としての高尾山について、豆腐屋という業をしている家族を代表しての発言、大気の汚染問題、等々、の発言がありました。1時半から6時近くまでの長丁場なので、高齢の収用委員会の会長にはかなり体力的に無理があると感じられました。 一月中に公開審理は終えようと考えていたようですが、請求者側は次々と発言を求めているのでまだ当分は審理を延ばせそうです。後世の人たちに負の遺産を残さないためにも、自分の出来ることをしたいと思っています。 |
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2004.2.22(日)第22回三多摩自治体学校in多摩市 昨日21日、今日と2日間にわたって自治体学校が開催されました。 1日目は、多摩市財政を分析するということで、財政分析研究会のメンバーが、研究の成果を「中間報告」という形で発表しました。また、市立幼稚園の廃園問題、学童クラブの民営化、学校給食の委託化の方向性について保護者・現場職員から、どうして?という疑問とアピールが発表されました。 子育て・子育ちを支援する施策を重要としている渡辺市政の進め方に対して疑問は当然でしょう。市民が主役といいながら、丁寧な話し合いがなされていない結果だと思います。 また、多摩市の歳出の特徴である投資的経費、委託費、補助費が他市と比べて圧倒的に多いことも報告されましたが、どのくらい抑えれば、子どもたちの為に使えるのかというような質問も出されました。 今後、最終報告を作成していきますがメンバーも新たに募って、具体的な対案が出せるようにしたいと思いました。多摩市は、公団と東京都のニュータウン施策により基盤整備がされてきました。ここへ来て、その補完も半分になったわけですが、今までに、もっと計画的に基金を積んでおくべきだったと考えます。少子高齢化で税金の減収は目に見えていたはずですし、医療・福祉にかかる費用は当然かさむことも分かっていなくてはなりません。やはり議会のチェック機能が足りなかったと深く反省します。 2日目は、まちづくり、子育て教育、憲法、地方財政、地域産業についての問題提起と分科会がありました。私は、地域産業に参加して「多摩市の農業・商業」について農業者、商業者からの生の報告を聞きました。田畑がどんどん少なくなっていく多摩市のなかで、有機農業に取り組んでいる方の話は胸にずしんときました。初めて知った話ですが、米と麦は連作障害が出ないということを皆さんは知っていましたか?その米を主食にしている私たちは、もっと身近に米作を知る必要があるということです。特に、子どもたちに農作業を経験させたいという話もしていました。‘自然の恵みで作物が出来るわけで、自分は、そのお手伝いをしているに過ぎない’と、謙虚な言葉を聞きました。 多摩の地酒、原峰の泉と、地元の味噌と聖護院大根・にんじん・ブロッコリー、とれたてほうれん草のたくさん入った味噌汁を参加者一同、おいしくいただきました。 この二日間、新しい出会いがたくさんあり、すばらしい方たちにめぐり合え、感謝です。 |
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2004.2.19(木)第22回三多摩自治体学校in多摩市 迫る! いよいよ、今週末21日(土)、22日(日)の二日間多摩市で自治体学校が開校されます。21日は13時30分より、ベルブ永山で、検証「多摩市財政診断白書」は真実を語っているか。 第1部は、多摩市財政分析研究会のメンバーが、分析の中間報告をいたします。また、保護者や現場職員が、公的に子育てを保障する重要性を訴えます。 第2部は、講演「多摩市財政への提言」ということで、埼玉大学講師・自治体問題研究所副理事長の大和田一紘さんにお話をしていただきます。 特別講座「イラク・憲法・地方自治〜混迷する現在を読み解く」講師は東大教員・近代日本文学専攻の小森陽一さんで18時よりベルブホールで行われます。 22日の会場は聖蹟桜ヶ丘駅前のヴィータホールを中心に開催されます。10時より第1部、トーク・トーク、分科会の助言者紹介です。 第2部は分科会と講座で、第1分科会は子育て教育、助言者は荒井文昭氏、第2分科会はまちづくり、助言者は野口和雄氏、第3分科会は地方財政、助言者は大和田一紘氏、第4分科会は地域産業、助言者は八幡一秀氏、講座は憲法と地方自治、助言者は杉原泰雄氏です。 第3部は、記念講演「転換点に立つ地方自治制度」講師は自治体問題研究所主任研究員池上洋通氏にお願いしています。 昨年の夏から財政の講座を受け、その後、財政分析研究会を立ち上げ、私も積極的に参加してきました。視点を変えて分析すると多摩市の状況が良く伝わってくることのおもしろさも味わうことが出来ます。 まだまだ十分な発表は出来ませんが、財政の勘所のようなものをつかむのに、とてもよい機会になると信じます。たくさんの参加者をお待ちしています。 |
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2004.2.14(土)第4回多摩地区小規模作業所研修集会に参加して 昨年に引き続き、『トータルな生活支援と、「働く」をめぐって』ということで、午前中の全体会は”自立意識を持ち、地域に根づく作業所経営”という講演がありました。 権利擁護運動〜補助金の獲得と、作業所経営〜事業をする、ことは車の両輪で、両方とも必要である。経済が低成長で社会の流れが福祉予算を削る方向にあるなかでは、経済的に自立した作業所経営が必要である、という要旨の講演だったと思います。 午後は分科会で、第1は「障害者の自立生活と支援費制度、それぞれの立場から1年目を語る」第2は「精神障害とは何か?精神の障害を他障害と共に考える」第3は、「働くってなんだろう?パート2」第4は「障害者就労・生活支援センターの現状と課題、そして作業所に求めること」でした。 私は、第2分科会に参加しました。昨年もやはり精神障害の方たちがパネラーになった分科会に出席しました。当事者の方は、10代、20代で発症している方が多いことが分かり、入退院を繰り返しながら学校に、会社に復帰を試みながら、やはり退職を余儀なくされたようです。 そして、今は、安心できる場としての作業所で働き、障害を持ったからこそ関われる、病院の患者訪問、市の精神障害者社会復帰評価事業検討委員としての参画等で、自分を活かして、いきがいをもって生活しています。 午前午後と参加して感じたことは、自立できる道を探ることは大切かもしれませんが、当事者と共に働く人々の生活が保障されるようにするのは、行政の義務だと思います。これは、国の予算で、あるいは、市区町村への税源移譲で確保するべきです。 今日の講演で、多摩市の小規模作業所の「どんぐりパン」のことが紹介されました。パン作り、ケーキ作り、さおり織りの三本柱で事業をやっていますが、パン部門では何とサンリオピューロランドと契約して、レストランのお子様ランチの‘キティちゃんパン’と、売店に‘キティちゃんパンのチョコレートがけ’を出しているそうです。 また、さおり織りも、「障害者と若者のコラボレーション〜個性的な手織り製品づくりとファッションショー〜」というプロジェクトを立ち上げ、日野市豊田にある東京トフィファッション専門学校の学生にデザインを担当してもらいました。ファッションショーは4月4日10:00から12:00永山の公民館(ベルブ永山)で行い、午後から永山駅東側のNAS会館で展示即売会をするとのことです。夏に着られるさおり織りの服が出るそうなので私も楽しみです。 |
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2004.2.10(火)忙しかった一日 今日の夜までに財政分析の資料を仕上げなくてはならないので、朝から仕事に行く午後2時過ぎまでパソコンに向かって奮闘しました。調べたい資料を図書館で借りたくても「館内」となっているので借りられなかったので、私の資料も不完全なものでしたが、一応の形ができたので届けました。全館が7時半ぐらいまで開館していたらよいのにと、つくづく思いました。 高校の同窓会の幹事会があるので青山の方まで行く為になれないところなので余裕を持って多摩を出ました。案内のはがきを見たはずなのに、表参道に行くべきところを、参宮橋に行こうとして小田急線の改札口を入って電車に乗り込んでしましました。でもなんかヘンと思いもう一度はがきを確かめて間違っていることに気付き、電車を降りて地下鉄で表参道に行きました。 地名の由来などが頭に入っていると、このような間違いはしないのでしょうが、私の中ではこの二つの地名は、そんなに縁遠い話ではないのでした。ともあれ、駅で降りて、地図の通り歩いて行ったら、賑やかな通りから一歩はいると普通の住宅街になっているのにはびっくりしました。所々、歯の抜けたように空き地にもなっていました。 幹事会に使った場所は、レンタルスペースでした。一階が住まいで、二階がアパートだったところを改造したのではないでしょうか。なかなかのアイデアだなと感心しました。幹事会の前に何回か役員会を開いたらしいのですが、懸案事項がいくつかあり、拡大して幹事会を開いたとのことでした。事務局体制のこと、会費のこと、総会を開く場所のこと等、2時間かけて、話し合いました。仕事を現役でしている人にとっては、事務局を受け持つことが大変なことが、今までの担当者の経験から立証されているので、これが一番難関です。景気が悪いこと、年金生活者が多いこと、介護をしなくてはならない人を抱えていること等が、ごたぶんにもれず、同窓会の世界にも影響が出てくるのだとなと、改めて感じたものでした。 せっかく都心に出たのでゆっくりしたかったのですが、10時近いので多摩市までは遠いので空腹を抱えて還ってきました。家の近くの吉野家で牛丼を食べていたら、お客さんがひっきりなしに来るのです。私はお客さんを呼ぶ人なんだなと、またしても、おめでたいことを考えていたら、家のものに笑われてしまいました。今日が、牛丼最後の日だからでしょと・・・。 |
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2004.2.9(月)子育て支援 今日は、娘から頼まれていた一才児のお守りを朝からする日でした。緊張のせいか隣室で泣き声がする度に飛び起きてしまい、時計を確認すると真夜中なので、またふとんにもどりました。 二人になって食事をして、洗濯をしながら遊んでいたら眠そうなので寝かしつけました。朝が早かったせいかぐっすり寝てくれたので、洗濯物を干したり、掃除もでき、頼まれたことを済ませました。2時間ぐらいで起きたので、バギーに乗せてお散歩をしようと出かけました。知人が四国から帰京しているので、おしゃべりがてら一緒に一才児を見てもらおうと訪ねたところ、二歳児を持つ娘さんがヒョコッと連れて行ってくれ1時間ぐらい見てくれたのでとても助かりました。 その間、顔見知りのお客さんも交えて「教育談義」に花を咲かせました。帰宅した頃には眠くなっていたので寝かしつけながら私も昼寝を楽しみました。先に起きた私が「おやつ」のお芋をふかして、洗濯物をたたみ終わった頃に一才児は起き出したので「おやつ」を一緒に食べました。 娘が還ると言った時間が5時なので、あと1時間で解放されると思い、何とか怪我もさせないでよかったなとほっとしていました。ところが、10分、20分、30分1時間過ぎても還ってきません。車が混んでいるのかしらと思ったりしましたが、それにしても遅すぎるので、だんだん腹が立ってきました。友人の家を出る時に電話をしてくれれば大体の見当がつくのに、携帯電話も持っていない娘に連絡がつきません。一才児はだんだん母親が恋しくなってきてだましが効かなくなって来ました。 私が夜の7時からの会合に出るので、それまでに帰ってくればよいと思ったということで、6時45分に還ってきました。甘えん坊の二歳児が一緒なので途中から車を降りての連絡は無理なことはわかるので、やはり、先方を出る前に連絡をくれたらよかったのにと話をしました。 長いお守りは体力的にもかなりきついことを実感したと同時に、娘とのコミュニケーション不足を感じました。 |
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2004.2.8(日)パソコンが故障?! 昨夜、メールを返信しようと思い、いつものように「末木です」と始めたつもりが、s4・・・となって数字が出てきてしまい困りました。 また、ホームページを更新しようと思い、「2004」と始めたつもりが、2**4となってしまい原因がまったくわかりませんでした。 今朝、ワードの白紙でキーを順番に打ってみたけれど、やはり変です。あせりました。メールの代わりは電話で済むし、ホームページは更新しなくてもよいわけですが、財政研究会の資料作り中で、担当の資料を責任をもってしあげる必要があったからです。 今日の予定を全部やめて、電気屋さんにパソコンを持ち込んで、すぐ直らないのなら代替品を借りることまで考えました。 説明のしようがないので「ヘルプ」は使わないで、パソコン機能ガイドの最後のページからさいしょのページまでめくって、キーボードのところをみて、ニューメリックロックキーランプがついている意味が分かりました。私が操作した覚えのない「NumLock」が入っていたのです。 やっと元どうりになった喜びとともに、反省もしました。それは、昨夜、パソコンを作動させた時に、前面に点灯しているランプがいつもと違うような気がしていたのです。でも深く考えないで、次の行動をとり続けたこと、基本のキーボードをしっかり頭に入れないで、日々操作をしているいい加減さのことです。 一方で、寂しさも感じました。それは、昨夜から今朝にかけての私にとっては”一大事”を、誰にも告げずに、ひたすらいろいろ試みて、最終的には”ワーイ、よかったー、たすかったー”と声を上げたいのに黙っていなくてはならないことです。 操作の主は、口は遅いけれど手が早い孫だと推察しますが、それを確認しようと思えば娘を煩わすことになり、誰も故意にしたことではないので「藪の中」になっていくでしょう。私にできることは‘自衛手段’をとることだと思います。 |
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2004.2.4(水)立春 昨3日、節分の日に陸上自衛隊の本隊がイラクのサマワに向けて出発しました。イラクの復興支援、人道支援というけれど800メートル四方の要塞から、心が通じる支援ができるのでしょうか。イラクの復興を考えるのなら、火に油を注ぐようなことになりかねない「自衛隊の派兵」ではなく、NGOや民間の企業が赴ける状態を作るべきではないでしょうか。税金を使うなら、破壊の手伝いをするのではなく、建設の(物心ともに)手伝いをして欲しいのが、イラクの人々の願いだと思います。 立春の昼間の青空を4機の戦闘機が轟音をあげて北から南へ飛び去りました。梅の花の香りを楽しんだり、いぬふぐりの花を見つけたりとのどかな日本からイラクへ行かされた自衛隊の隊員を思うと胸が痛みます。 イラクから一日も早く自衛隊が撤退するように政府に働きかけましょう。 |
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2004.2.1(日)スーパー酵素の力ってすごい!! 今日の午後から、知人のはなしがあるので、「スペース空」に集まるようにといわれ、時間より少し前に行きました。珍しく始めてお会いする方たちの多い集まりでした。 実は、健康食品「スーパー酵素」についてのお話を聞き、試食する会だったのです。山梨の鳥沢にある(有)万成食品の営業部長さんが、酵素とは何かについて、わかりやすく話してくれました。私は、無知だったのですが、今、世間では酵素ばやりで、かなり高価でも購入している人も多いそうです。 今日も、リウマチで苦しんでいた方が2年半ぐらい酵素を食べた結果、殆ど治癒した話をしてくれました。その方は高価なものを買ってしまったのですが、酵素の効果は体験したのです。 私自身は、丈夫なので、健康食品は必要ないと思っていますが、身内に、体調がよくないものがいるので早速購入してペリカン便で送りました。 試食した効果が出たのか、財政分析研究会の宿題を一気に仕上げることができました。 |
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2004.1.31(土)この一週間の出来事 月曜日は、家人が入院している病院の院長さんと面談の日でした。かねてより、転院を促されていたのですが、出来れば本人にとっても、私にとっても今のままいたいという希望を持っていて、メディカルソーシャルワーカーと主治医にはお願いしていました。内心、わずかな期待を持って今日を迎えましたが、だめでした。 医療改革で、どんどん経営が圧迫されていること、昨年8月末で介護力強化病院の補助金が出なくなったことで、3ヶ月以上の方は転院をお願いしているということでした。 私は、もともと、この3ヶ月で医療報酬ががたっと落ちる制度がおかしいと思っていました。病人とその家族が何で3ヶ月ごとに次の入院先を探さなければならないのでしょうか。病状が変わって転院を余儀なくされる場合はしかたないけれど、患者も医療・介護のスタッフもやっと慣れた頃に移らなければならないような仕組みを‘いつから’、‘だれが’、‘なんのために’編み出したのでしょうか。抜本的な医療改革は、この部分、「よわいものいじめ」をつくらない事から取り組むべきです。 火曜日は、あと一ヶ月を切った「第22回三多摩自治体学校in多摩市」の実行委員会で、役割分担を決めました。私は、一日目の2月21日(土)永山公民館午後1:30〜4:30検証「多摩市財政診断白書」は真実を語っているか、第1部〜多摩市財政を分析する、第2部〜講演「多摩市財政への提言」講師:大和田一紘の総合司会をすることになりました。 木曜日は「多摩自由大学」の運営委員会をもち、今後の運営方法などを忌憚なく話し合いました。 金曜日は、「第22回三多摩自治体学校in多摩市」のポスターをカラーコピーで作り、市役所に持ち込み、各自治会の掲示板に貼ってくれるように依頼して来ました。 今日、土曜日は、NPO法人多摩サロンの定例会に出席してきました。私と多摩サロンの出会いは、一昨年、議会の4常任委員会の委員長が招かれて講和をすることになり、終わったあと、顧問の方から厳しいお言葉を頂いたのが始まりです。 今回は、「健康と医療のガイドブック」を発行するスケジュールに合わせての役割分担をしました。営利目的ではない、市民が使いやすいガイドブックを作ることが目的なので、足を使って医療機関にアンケートをお願いしに行くことから始めます。まずは、事務局の行き届いた資料をもとに一軒一軒やってみようと思います。 |
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2004.1.25(日)多摩自由大学 第3回講座 今日の午後1時から4時、多摩センター駅北側の「たまヴァンサン館」で第3回講座が開かれました。税金の目付け役 監査委員は何をするの?という内容で、奥津茂樹氏の講演と渡部基之氏からの問題提起がありました。 多摩市議会の議会人事は、代表者会議(非公式)で2年ごとに決まります。議長、副議長、はもとより市長により提案される監査委員も議会構成の力関係で決めていかれるわけです。 昨年の6月、改選後の議会で市長より同意を求められた議員監査委員については、12対11、退場1でかろうじて承認されました。監査委員として提案された議員と市長の関係についての質疑では、1年前の市長選挙において応援をしてもらい、そのお返しに今回の市議選では推薦したということが明確になりました。採決の前に議長が休憩を40分間も取らなくてはならなかった背景と市長答弁とは大いに関係があるはずです。 地方自治法第196条で「監査委員は、長が議会の同意を得て、人格高潔で識見を有する者及び議員のうちから選任する」とされています。また、監査委員制度の目的は、「市の行財政の適法性及び妥当性を監査することにより、行政の公正かつ効率的な執行の確保を図る。」ことにあります。 あくまでも、中立的な立場で行財政を監査するべき監査委員が、自らの選挙を応援しあった間柄で任務を遂行することができるのでしょうか。今までも、議会の場でこそ明らかにされたわけではありませんが、監査委員は、いわゆる市長与党から選任されていました。その結果が、今の財政逼迫をもたらしたと言っては‘いいすぎ’でしょうか? 今後、市長が議員選出監査委員を選任する時には、中立で、厳しくチェックできる議員を提案し、それこそが、財政再構築を進めるための必須条件と考えるべきです。 平成8年度調査研究費に関する住民監査請求についてという内容で渡部基之氏は問題提起されました。当時、議員1人当たり年間30万円の調査研究費が年度当初に交付されていて、新政クラブでは過去数年、その殆どを海外旅行で使っていたこと、委員会の視察も含め、冬は南国へ、夏は北国へという傾向がうかがわれ、その実態が疑問であったことが背景にあり請求をしたということです。以下に、本日のレジュメから要旨の抜粋を報告させていただきます。 1997年7月14日、監査委員による事情聴取が請求人(渡部基之)、議会事務局長、議会事務局次長に対して行われた。 1997年8月11日、請求の却下@請求には理由がない;事務処理は不適切であり、領収書自体に実体がない。監査期間中に補正が行われたため、調査に限界があった。A議長への要望;会派調査研究費実績報告書及び会派視察報告書の内部監査体制の充実。B市長への要望;「多摩市議会における各会派に対する調査研究費交付要綱」の見直し。(余剰金の返還等) 監査請求の経験から@情報公開制度なしにこうした請求を市政にタッチしていない者が請求することは困難である。A監査委員は与党系議員1名と市長の推薦する有識者1名ということでは、客観性は保証し得ない。B監査委員事務局もまた実態は首長部局であり、独自の調査能力は殆ど期待できない。C議会自身に自浄能力が乏しい。「触れられたくない世界」を共有しているという印象を持った。D市長交際費や調査研究費は個人でもある程度調査できるが、より大きな視点から具体的施策を俎上に上げてその問題点を指摘していくには、個人では時間的金銭的限界があり、専門性を持った人々が連携し徹底的に調査していくことが必要であろう。同様の理由で行政訴訟は断念した。 奥津氏の講演では、事務監査請求ができる独自の条例ができないか、地方自治法で禁じていない外部監査員制度は、屋上屋ともなるが、事案によっては必要である、ことが多摩市の自治を進める上で参考になりました。 渡部氏の問題提起は、議員経験者として重く受け止めました。議会としての自浄能力発揮していかなければならないと思います。 |
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2004.1.24(土)細井明美さんの緊急イラク報告 イラクへの自衛隊派兵反対の声が全国で上がっている中で、陸海空と本格的な派兵が進められています。 多摩市で、1・12に行われた『1.12「イラク派兵反対」集会実行委員会』は、次のような集会をして、マスコミが報道しない、イラクの人々の深刻な戦争被害の現実に触れたいと思っています。多くの皆様のご参加をお待ちしています。 細井明美さんの緊急イラク報告 2月8日(日)PM6時から「ベルブ永山」視聴覚室で 細井明美さん(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク) 昨年占領下のイラクを訪ねた細井さんは、イラクに必要なのは軍隊ではなく、民間の力でイラクの人々による産業・教育・生活の再建に協力していくことが重要だと報告しています。また、湾岸戦争時から大量に使用された「劣化ウラン弾」の被害、とくに子どもたへの深刻な影響と医療現場の実情を様々な機会をとらえてアピールし、自らも支援活動に積極的に取り組んでおられます。 *細井さんの報告の前に、ビデオ上映を予定しています。 「劣化ウランの恐怖ー湾岸戦争でアメリカは何をしたか」(約30分) |
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2004.1.23(金)テナーサックスの松本英彦さん 今日の夜7時から聖蹟桜ヶ丘のアウラホールで松本英彦さんを偲ぶコンサートがあり、そのチケットを前もって購入していました。めったにないことなので、すっかり忘れてしまって次々用事を足していて、ひょんなことから手帳を見たら予定に入っているではありませんか。2500円のチケットなので、もったいないので遅ればせながら会場に行きました。 奥様の司会でコンサートは進んでいました。昨年の暮れに本を出版したということで、その宣伝をなさっていました。「英彦、パパ愛している」出会いから別れまでを愛情込めて綴ったものですが、私も知らなかったのですが、医療過誤で2年余に渡って闘病した後に奥様に看取られてなくなったということでした。 私の高校生の頃はジャズ喫茶があり、何度かは、西銀座にジャズを聴きに行ったものでした。その頃に松本英彦さんも聴いたのだと思います。南里文夫とホットペッパーズとか、マウンティンボーイズ、マーサ三宅など等、を覚えています。私も、若かったのでエネルギーを大いに発散しました。会場と演奏者が一体となって盛り上げていく心地よさはジャズならではないでしょうか。 今日のメンバーは、英彦さんのお弟子さんたちばかりではなさそうでしたが、ピアニストを除くと皆さん若いようでした。お行儀がよい客席なので乗りまくるまでにはいかなかったなと思いました。 奥様の本の紹介で、気管に穴を開けた英彦さんに、生きていることがつらかったら一緒に死のうと思って、アイサインでたずねたら頑張るという答えが返ってきたというところを読まれました。私も病床の家人がどう思っているのかしらと、いつも迷っているので、休憩時間に「英彦、パパ愛している」を購入して、帰宅後、部屋に閉じこもり夜中の2時半までかけて一気に読みきってしまいました。全編を通して、まさか医療過誤で夫がサックスを二度とふけなくなるなんて思っていなかった残念無念の気持ちと、それまでは仕事のパートナーとして、病床にあってからは、共に過ごす時間をいとおしむパートナーとしての愛情あふれる気持ちが語られています。 桜ヶ丘に20年住んでいらしたご夫婦を私も一度だけお見かけしたことがありました。英彦さんは、派手なアロハシャツを着て、ジープ(?)でお買い物から帰っていらしたところでした。 多摩市を愛して、ここで最後を迎えたテナーサックスの英彦さんに、遅ればせながら哀悼の意を表したいと思います。奥様も素敵な、魅力的なヴォーカリストです。これからも私たちにその声を聞かせてください。 |
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2004.1.20(火),21(水)合宿に参加して 市民自治をめざす三多摩議員ネットワークの二日間の合宿に参加してきました。 一日目の午前中は、都庁第二庁舎の教育委員会での「東京都心身障害教育改善検討委員会の最終報告の概要」についての説明を聞き、質疑意見を述べました。 『今後、法改正を含めた国の制度改正が、「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」(平成15年3月)のように進められることを前提として、小・中学校の特別支援教育の場を特別支援教室、盲・ろう・養護学校を特別支援学校と表すこととする。』という内容を聞けば聞くほど名称の変更以上にどこまでノーマライゼーションの考え方を子ども・保護者・社会が共有できるようになるか疑問が残りました。 午後は、「地方財政計画をどう読むか」という題で、大和田一紘さんの講義でしたが、私は仕事があったので出席できませんでした。 二日目の午前中は、「国民年金・厚生年金保険のしくみ〜どうなる どうする”公的年金”」という題で、社会保険労務士の長谷川陽子さんのお話を聞きました。 国民年金法第1条 国民年金制度は、日本国憲法第25条第2項に規定する理念に基づき老齢、障害、または死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とする。 厚生年金保険法第1条 この法律は、労働者の老齢、障害又は死亡について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とし、あわせて厚生年金基金がその加入員に対して行う給付に関して必要な事項を定めるものとする。 年金について論議する時は、常に上記法律1条に立ち返って考えるとよいというお話は、とても説得力がありました。 午後は、公の施設と指定管理者制度についてで、昨年の6月より施行されている同制度を使っての、公立保育園についての報告が、中野区議の佐藤さんからありました。質疑意見もかなり突っ込んだものとなり、双方とも良かったのではないでしょうか。 多摩市でも、12月議会では指定管理者制度という言葉が出回っていましたので、私は興味深く聞かせていただきました。 |
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2004.1.19(月)外出をしなかった一日 朝のうちは雨だったのに、いつの間にかぼたぼたと雪に変わっていました。私の風邪は、完治しないで、いつまでも体内に滞っています。そんな状況なので、家人の入院先にも今日は行かずにいました。 明日から合宿なので、明日の夜に予定されている財政分析研究会の資料を作っておかなくてはと、一日中パソコンと向き合っていました。まだ、表からグラフを作ることができないことと、印刷機がうまく動いてくれないので、研究会のメンバーに託そうと考えています。 娘が食事を用意してくれるので、こんな風なこともできるのだと感謝しています。 |
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2004.1.17(土)、18(日)ロングローングピースウォーク 「NO!自衛隊のイラク派兵〜三多摩から官邸へ、全国から官邸へ」と、市民自治をめざす三多摩議員ネットワークが呼びかけをして、実行委員会を作り2日間歩きました。 17日は、9:30に立川駅近くの曙町1丁目公園に集合して10:00から歩き出しました。空模様もおかしく今にも雪が降りそうな中、国立駅では集会が終わっての合流者が多数あって元気になりました。私自身は、トイレに行っている間にみんなとはなれてしまい、道行く人に尋ねながら国立駅から府中の武蔵台を通り、国分寺市の泉町あたりまで一人で走ったりして、やっとおいつきました。 シンガーソングライターのJさんが反戦の歌をうたってくれて、みんなも声を合わせて雪の中を国分寺駅南口の公園まで行き休憩となりました。私は、午後から予定が入っていたので、失礼しました。その後、小金井市役所、吉祥寺、井の頭公園までに150名の参加があったということです。 18日は、井の頭自然文化園を9:30に出発し、水道横丁から代田橋駅に12:40頃ということで、私は丁度時間に行ったつもりが、既にだいぶ前に通過した様子でした。次の合流場所である代々木上原駅までの間に追いつけると思い歩き出したのですが不安になりタクシーに乗りました。駅で降りようとしたときに、運転手さんが前方にデモ隊を警護している警察の車を発見してくれたので、やっとそこで合流できました。予定より40分も早く通過していたのです。 出発点からかなり速いペースで歩いたようで、私も携帯電話を持っているのに自分の電話帳に記憶させていないので連絡がつかないと思い込んで世話人に電話をかけることもしませんでした。 渋谷駅で合流した方たちは、ちゃんと世話人の携帯に電話をしていたので、私みたいに徒労はしなかったのです。持てる情報をキチンと使い切らなかったことを反省している次第です。渋谷駅周辺はさすがに人が多いので、休憩中にチラシをくばり、100メートルでも500メートルでも一緒に歩きましょうと呼びかけました。そのご、歩き出してからも、車から声援を送ってくれる女性、ご近所で土地を持っているという高齢の女性も話をしっかり聞いてくれ、ねぎらいの言葉をかけてくださいました。 六本木あたりから歩道に男性が多くなりメモを取ったりしているので、始め新聞記者かしらと思ったのですが、私服警官だったことが分かりました。そのあたりでは、私は歩行者にチラシを渡していたのですが、よく受け取ってくれたのは、彼らだったということです。 三河台公園が解散場所で、後は三々五々首相官邸まで散歩のスタイルで歩きました。官邸を囲む擁護壁の大げさなことにあきれてしまいながら坂を上り、さらに坂を上ったところが内閣府です。首相官邸申し入れを代表3名ですることになっているので、官邸の敷地に入るのかと思っていたら、何と「守衛」が一人で道路上で受け取ったのです。大勢の警官は、通行人の邪魔にならないようにしてくださいと私達の行動を取り締まってきます。ならば、そんなところでの受け渡しを許可するなと、いいたい思いでした。 17日の新聞に、映像作家の森達也さんの、「最悪の事態〜普通に語れば避けられる」という表題の論文を載せていました。私達のロングローングピースウォークでも、そんな市民の疑問・意見を伝えながら穏やかに歩きました。小泉さんがやっていることがおかしいし、税金のそんな使い方をしてほしくないから、普通の国民の思いを申し入れにいったわけです。内閣官房も国民の声を真摯に受け止めるようにしていかないと、小泉総理を「裸の王様」にしてしまうのではないでしょうか。 イラク先遣隊は、今日現在、派遣先で殺しも、殺されてもいません。今なら後戻りできるのです。世界中の日本への期待は、イラクへ進駐することではないし、イラク人も軍隊を望んでいないことをしっかり考える時です。 2日目の参加者は、最高齢84歳の男性も入れて80名だったそうです。2日間ご一緒した2人の女性と帰路につき、またの再会を約束しました。 |
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2004.1.16(金)浜岡原子力発電所について 昨日の日記に、迫り来る大地震の記事について書きました。市町村が自立しなくてはいけないといっても、国策としてエネルギーを原子力発電へシフトしているのだから、危険な地域にある原子力発電所が被災したらどれだけの被害が出るか、被害をくいとめるにはどうしたらよいかを、中央防災会議はシミュレーションしなくてはいけないと思います。 多摩市議会に12月18日次のような陳情をしました。閉会中の審査ということで、3月議会までに1回は委員会で審査されるはずです。多くの皆さんに関心を持っていただきたいので、ご連絡いただければお話に伺いますのでよろしくお願いいたします。 中央防災会議に浜岡原発震災専門調査会の設置を求める意見書に関する陳情 陳情理由 東海地震震源域の真上にある浜岡町には原子力発電施設4基があり、1基が建設中です。本来は、過去に大地震があった場所には原子力施設は建設できない決まりが、原子力委員会・「原子炉立地審査指針」<昭和39年5月>にあるのに、国は指針に反して施設の建設を認可し、昭和46年に中部電力が着工したものです。 原子炉立地審査指針には、 原則的立地条件 (1)大きな事故の誘因となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが、将来においてもあるとは考えられないこと。 基本的目標 a 敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起きるかもしれないと考えられる重大な事故の発生を仮定しても、周辺の公衆に著しい放射線障害を与えないこと、(bは略) とあります。指針は、原発施設は最も恐ろしい放射能災害を避けるために絶対に壊してはいけないものとして、作られたものです。前記指針の「大きな事故の誘因となる事象」とは大地震であり、大津波であることは明らかで、駿河湾が過去に於いて巨大地震の記録を重ねてきており、浜岡町は原発施設が建設できない立地である事は明瞭だったはずです。 ところが、その一方で、国は東海地震の発生が100%予測されているとして、「国による直前予知対策や震災軽減対策」がとられ、中央防災会議では地震防災対策が行なわれているのです。当然、「阪神・淡路大震災」より数十倍の規模の地震である東海地震が起きれば、老朽化し亀裂が入っている浜岡原発は損傷します。これは大変な事態です。 中部電力はこれに対し、施設は「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」により検討して安全だと主張していますが、しかし、未知の大地震に対して「絶対に壊してはいけない原発施設が安全である」とは決して云うことが出来ないはずで、地震による安全性は確保できていません。 東海地震で浜岡原子力施設が損傷を受ければ、大混乱の中では補修することが出来ず、このことから、原子炉崩壊、放射能放出の極めて過酷な事態に陥ります。空中の放射能はその後、雲になって運ばれ、翌日から200km、300kmもの範囲の地域に放射能災害を発生させ、東京を含む各地が地獄となります。 中央防災会議には東海地震に関する専門調査会があって、東海地震の警戒宣言が発せられた際の対応措置が決められています。しかし、この中には浜岡原発損傷による検討は何一つなく、最も重大、深刻なことが抜け落ちています。 中央防災会議は、原発損傷後の補修方法、放射能放出、それによる周辺市町村や国への報告、国の対応、被災が予測される市町村の対応、被災者の救援、退避の誘導、原発施設の封鎖、それらのシミュレーションを行い、対策を立てなければなりません。これは国を挙げての対応となります。果たしてこれで、広い地域の放射能災害が防げるのか、救えるのか、それは分りません。しかし、浜岡原発が稼動しているのなら、中央防災会議で早急に検討を行なわなければならないはずで、これがなければ、市町村での防災を行なうことができません。 浜岡原発が崩壊すれば、東京はもとより国が失われます。私たちは背筋の凍る思いで生きています。 陳情項目 内閣総理大臣及び防災担当大臣に対して「中央防災会議に浜岡原発震災専門調査会の設置を求める」意見書を提出してください。 2003年12月18 日 多摩市議会議長 小林義治殿 |
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2004.1.15(木)迫る巨大地震 朝日新聞朝刊一面に13日から本日まで、標題の第1部として、上中下に分けて危険列島を取り上げています。 上では、津波の国〜「堤防」より「避難」重視。『南海地震が発生。堤防が崩れ、大阪湾から河川を逆流した津波は、約8キロ上流の中之島付近から都心部にあふれ出る。シミュレーションをした河田恵昭・京都大教授は「近代都市を始めて津波が襲う。過去にない被害が出る可能性がある。」と警鐘を鳴らす。』 『巨大地震が迫っている。「明日起きても不思議ではない」とされる「東海」地震と「東南海」「南海」が同時に起きれば、死者は最悪2万8千人と想定されている』 高知県須崎市では、巨大な津波防波堤の建設が進んでいるが、02年末、「東南海・南海」の津波は、この防波堤の性能を超えるという予測が出た、とあります。市では、「ハードに限界がある以上、一刻でも早く避難してもらうしかない」といっています。 中では、広域被災〜相互救援できぬ恐れ。3つの地震が同時におきたとき、被害が甚大な地域は、東京都から宮崎県にわたり地域人口は約4千万人に及び、応援を予定している相互の自治体が共に被災する可能性も大きい、としています。 『中央防災会議の「東南海、南海地震等に関する専門調査会」で座長を務める土岐憲三・立命館大教授は言う。「自分のまちは自分で守る。そういった自立した地域防災力が、行政にも住民にも求められている」』と結んでいます。 下では、首都の備え〜企業の対応に温度差。ある証券会社が2月中旬、85年間本社を置いた兜町を離れ、千代田区麹町に移転する話。 政府の試算では、東海、東南海、南海地震の同時発生での経済被害は約81兆円。首都圏の直下型地震については約300兆円という試算もある。 『地震防災が専門の東大社会情報研究所の広井脩教授が、警鐘を鳴らす。「企業も巨大地震への備えを怠れば、国の存亡にかかわる」』と結んでいます。 第1部の上中下はこのような内容になっています。専門調査会の座長がいっていることは、今の時点での感想ですが、もっともなようで非常に無責任だとおもいます。この連載の今後がどのように展開するかを見極めたいと思います。 |
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2004.1.14(水)「武器輸出三原則」見直し 武器輸出に関する政府の基本方針として、67年に佐藤首相が国会で@共産圏諸国A国連決議により武器等の輸出が禁止されている国B国際紛争の当事国又はその恐れのある国〜に対しては武器輸出を認めないと表明。76年には対象地域以外についても「武器の輸出を慎む」とする政府統一方針がまとめられた。だが、米国からの強い要請を受け、83年に米国に対しては武器の技術に限って供与できると方針を修正している。 以上は、本日付朝日新聞夕刊の一面、キ−ワード武器輸出三原則です。 標題は、武器共同開発「米以外とも」、輸出三原則見直しで防衛庁長官、ミサイル防衛に限らず、となっています。長官は、欧州の兵器開発、兵器生産すべてが共同開発だ。米国も入ってくる。ロシアも入ってくるということがあり得る。世界の中で、日本だけがそこから外れているということが起こる」と、兵器の共同開発・共同生産は時代の潮流との認識を強調、とあります。 戦争で殺すことも殺されることもしないと誓った国が、武器を製造し輸出していたなんて、あまりにも世間知らずかもしれませんが、最近の地雷製造廃止の記事を読むまで知りませんでした。 日本国民の年間の自殺者が表面化しているだけでも3万人を超えているというのに、税金を殺傷する為の武器・兵器開発に注ぎ込むなんて何を考えているのでしょうか。日本に軍需産業はいりません。儲ければ儲けるほどに、吸血鬼のように「血」に飢えるようになるのは目に見えています。納税者の私たちから、そんな潮流に乗るべきではないと声を挙げていきましょう。 |
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2004.1.13(火)2004米大統領選〜イラクの影 朝日新聞朝刊国際面に今日から標題のシリーズが始まりました。このところ、政治的判断というものに以前にもまして不信感をつのらせている私にとっては、‘やはりそうか’という内容になりそうです。 米国内のブッシュ大統領と対イラク政策への支持率(米ギャラップ社の世論調査による)という分かりやすい表によると、(%については私の目視読) 5月1日大規模な戦闘の終結を宣言 6月12,13日大統領支持率60%超 イラク政策支持率60%超 7月22日フセイン元大統領の長男と次男、米軍との銃撃戦で死亡により、両支持率とも下降 8月19日バグダットの国連現地本部で爆弾テロ、デメロ特別代表ら死亡9月8日大統領支持率50%超 10月16日国連安保理、多国籍軍派遣や復興支援に関する「決議1511」を採択 11月2日イラク中部で米軍大型輸送ヘリ撃墜、16人死亡により、イラク政策支持率45%(約) 11月27日ブッシュ大統領、バグダットを電撃訪問12月13日フセイン元大統領を拘束により、1月2日両支持率とも60%に回復 この表の結果からも、米国人の大統領への期待と強国のプライドがうかがいしれます。共和党のブッシュ再選の強力な応援団であるフラム氏(ブッシュ大統領の元スピーチライター)は、「国家が既に始めた戦争に反対する政治家に勝ち目はない。この先頭走者は忘却の彼方に消えるだろう」と豪語したり、共和党全国委員会の選挙戦略メモには「民主党は先制自衛(攻撃)の政策を否定する。だが、バグダットで戦わなければ、ボストンが戦場になる」とあり、テレビ広告で「大統領の先制自衛政策を支持しよう」と呼びかけたそうです。 日本が戦争する国になろうとしている今、アメリカのように自国の本土が戦場にならなければよいというエゴイズムと同種の動きが国内にはびこっている気がしてなりません。 駐留された経験があり、押し付けられた憲法だといって、平和憲法を改憲しようとしている、同じ人たちが、イラクに駐留するアメリカ軍に合流しようと準備をしている矛盾に何故気がつかないのでしょうか。 選挙のために、政権をとる為に人の生き死にが左右されることに反対します。 |
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2004.1.12(月)イラク派兵反対集会・デモ 成人式の会場のある多摩センター駅で9時半から1時間あまり「成人だね!!どう思ってる?イラク派兵にNOの声を!」というチラシを配りました。 初めての振袖姿で、友達を待っている人、両親と連れ立って歩いている人、携帯電話で撮影している人、みんな誇らしげできれいでした。内容をしっかり読んでくれるかは分からないけれど、自分たちにメッセージを送っていることが分かってくれればよいかなと思いました。 隣の永山での11時からの集会に間に合うように引き上げて電車で移動をして、合流しました。今回は、国会議員・都議会議員・市議会議員の挨拶はなくして、世代を超えてのスピーカーに話してもらい手づくりらしくなったと思います。会場でのカンパの呼びかけにも、皆さん快く応じてくださり、200名の方々から47500円集まりました。 ドライバーや沿道の人たちにチラシを配りながらのデモ行進のしんがりをつとめ、2〜3歳の子どもづれのヤングママと話しながら歩きました。丁度1時間の行程をシュプレヒコール、リレートーク、音楽を繰り返しながら、警察官に護られながら(?)、無事に終了しました。パルテノン大階段を利用しての解散集会もよかったのに、途中からパルテノンに派遣している市の職員からクレームがつき、移動をさせられひと悶着ありました。話し合いがついた後に、未成年のデモ参加者から成人に向けて発言があったり、そばにいる新成人と話ができたり、ごちゃごちゃしたよさがあったなあ、というのが感想です。 |
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2004.1.11(日)アクション111 市民自治をめざす三多摩議員ネットワークの国立市議からの呼びかけに応えて「アクション111」にでかけました。日比谷公会堂へ行くと一階席ではなく二階席にあがってくださいといわれ、予想を上回る集会になったことが分かりました。 開会宣言は、着物姿の歯切れのよい女性がやり、発起人挨拶は、佐高信さんと山口二郎さんで短い中でキチンと思いを伝えてくれました。 リレースピーチも斬新で、若い人を多く起用していました。みんな心に残る内容でしたが、高校生の、「イラクの子どもたちにサッカーボウルを送ったお返しの手紙〜軍隊は要らない、ボウルをありがとう〜を読んで、自分たちより小さな子どもに、こんなことを言わせて恥ずかしいと思った。」と言ったことに感動をすると同時に、大人である私たちが恥ずかしいと思いました。 次のプログラムは、ライブペインティング、画家・イラストレーターの黒田征太郎さんとパーカッション奏者の高田みどりさんの表現力はすばらしく、魂をゆさぶりました。奇跡の結果としか言いようのない、生まれた命を大切にしなくてはならないというメッセージが伝わってきました。 1月11日午後1時11分から1分間、「音」を出して自衛隊のイラク派遣に反対しようと言うことで、新聞に紹介されたことで集まった人たちも少なからずいたようで、1700名以上の参加者でした。思い思いの楽器、音の出るものを持ち寄っての参加でした。私は携帯用の箸と口紅ケースで音を立てました。会場は割れんばかりの大音響でした。 3時からのデモ行進は、たまたま、会場の隣の方が始めての参加だということなので、1時間「戦争反対」「イラク派兵反対」「殺すな」などと声を挙げて、日比谷公園から銀座どうり、東京駅までご一緒しました。 私達の声をどのように受け止めるか、岐路に立つ日本を、取り返しのつかない方向に行かせない為にももっともっとたくさんの人たちに声を挙げていただきたいと思います。 |
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2004.1.10(土)陸自先遣隊に派遣命令 昨夕、石破防衛庁長官はイラクで人道復興支援をする陸上自衛隊の先遣隊に派遣命令を出した、と朝刊の一面に報じられています。派遣命令を出した後、記者会見にのぞむ石破防衛庁長官の写真が大きく掲載されていますが、なんと厳しく孤独な表情をしているかと、見ている私の胸を打つものがあります。部下の隊員を安全とはいえない戦闘地に赴かせるのですから、心中を察するに余りあるものがあります。 イラクに自衛隊を送らんがための「特措法」では、外国での隊員の身分等がしっかりほしょうされているわけではないので、死亡或いは重度の障害を負わない限り1億円近い補償金は支払われないと思います。イラク人を殺してしまった場合、どういうことになるか、外国の軍隊では軍事法廷にかけられることにもなるそうです。多くのことを積み残したままでの「自衛隊員派遣」には問題が大きすぎることを知らせるべきです。 今日も、寒い中で「1.12イラク派兵反対集会」のビラまきを多摩センター駅でしてきました。小さな声を集めて、大きなうねりとして小泉首相に届けたいと思っています。 |
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2004.1.9(金)行財政再構築プランの素案についての市長説明会 昨年の12月20日号の広報に素案が発表され、市長説明会が25日から本日まで12回行われました。年末年始ということもあってか、延べ230名の出席者だったとのこと。これが多いと見るか少ないと見るか、立場の違いもありますが、一会場平均20名弱は、重要なプランの説明会としては少ないと思います。 今回、多摩市立幼稚園の廃止を一年はやめたことによる保護者の戸惑いが、各会場で市長にぶつけられていたようで、今日も2人の方から質問と意見が述べられました。幼稚園跡を「子ども家庭支援センター」にすることが何故必要なのか、幼稚園と併設でもできるのではないか、もっと保護者に対して責任ある説明をするべきではないか、等々ありました。 市長は、昨年の秋の募集でも定員を割ったので、不安定な状況をつづけることができないこと、私立の幼稚園が5園も廃止になったこと、保育園、学童クラブの需要が伸びていることなどを考えて、予定より一年早めて廃止の方向を決めたと説明をしました。 市役所内と議会では通用する説明が、当事者の市民にはもっと時間をかけなくては理解してもらえないことが説明者も分かったのではないでしょうか。 議会への全員協議会での説明はこれからです。12月議会でも、あくまでも「素案」だと言うことを強調していたことからも、市民説明会での意見を十分反映させたプランにしてもらいたいと思います。 市民との協働から「新しい公共」へと発展させる為には、時間が必要です。市長の政策(公約)を進めたいことはわかりますが、一人よがりにならないことを願うばかりです。 |
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2004.1.5(月)乾燥した日々 もうどのくらい雨らしい雨が降らないでしょうか。すっかり空気が乾燥しているので私も喉から洟へと風邪引きの症状が変化しても、一向にすっきりとしません。一歳の孫が昨夜から発熱し、母親が病院に連れて行きました。インフルエンザかもしれないというので予防注射をしたことを言うと、してもかかる可能性はあると医師がいったそうです。親としては大枚をはたいて予防したのにという残念な気がしていたようです。検査の結果、マイナスだったので、先ずはよかったと思います。 |
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2004.1.4(日)東海地震情報あすから3段階 本日付、朝日新聞朝刊第2社会面のこの記事は、浜岡原発について触れているので、私の目に飛び込んできました。何故なら、今までに東海地震と浜岡原発を関係付けた対応がどこからも発表されたことがなかったからです。以下に記事の一部を載せますのでご覧下さい。 「注意」段階で防災準備 東海地震情報あすから3段階 授業中止や閉店、前倒し 死者約1万人、倒壊家屋約46万棟の被害が想定される東海地震に関する国の情報発信が、5日正午から大きく変わる。地震発生の切迫度に合わせて「観測情報」「注意情報」「予知情報」の3段階で情報が出ることになり、住民らは「黄信号」にあたる「注意情報」の段階で、これまでより早く、防災準備に取りかかることになる。 3段階での情報発信は昨年7月の中央防災会議で決まった。大きな被害が予想される8都県の255市町村が法律で「強化地域」に指定されており、この地域内の自治体や交通機関などは「注意情報」の段階でどんな防災準備に入るか決めておく必要がある。だが、細かな対応はまだ定まっていないところも多い。 学校(略)食糧調達(略)交通・原発 東海道新幹線はこれまで、警戒宣言が出た段階で運転を止めることにしていたが、JR東海は「乗客の帰宅を進めるため」、名古屋ー新大阪間に限り運行を続けるよう昨年12月に変更した。名古屋ー東京間は従来通り、最寄りの安全な駅に停車させる。 中部電力が持つ浜岡原発(静岡県浜岡町)は「注意情報」で停止の準備に入る。場合によっては原子炉をすべて停止することも想定している。 浜岡原発が「注意情報」で、運転停止の準備開始、「警戒宣言」で電力需要を見ながら停止作業を始めるということも記事中の「東海地震に関する情報が出た場合の主な自治体や企業の対応」の表に記されています。 国の存亡に関わることが1面ではなく38面にこんな簡単に掲載されてよいのでしょうか。原発を停止すれば何事も起こらないかのように受け取られる表現にも問題があります。朝日新聞は、この記事を発端にして原発問題をキチンと取り上げて欲しいと思います。 |
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2004.1.3(土)実家を実感 兄夫婦の家に年賀の挨拶にいき、埼玉から泊りがけで来ている姉と、兄の長男と久しぶりに会い、3が日最後のお屠蘇を頂きました。何年か前に「めつきクワイ」をご馳走になり、そのおいしさに引かれて毎年でかけています。今年は二つも頂いたので、いろいろと芽が出てくると思います。夕方前に埼玉組みが一足先に帰った後、‘今日は家族にもゆっくりするといってきたのでよろしく’と、すっかり腰を下ろしてしまいました。兄と二人で、じっくりお酒を酌み交わすことも長らくなかったので気分良くなり、お互いに饒舌になりました。俳句の同人になった経緯を月刊誌に掲載されている兄の俳句と共に説明され、これからは兄の前でやたらなことはできないなと思いました。なぜならば、毎月5句は発表するのでその材料にされかねないからです。 兄は、ひとわたり自慢話をすると、朝からのお酒が効いてきたらしく横になり寝入ってしまいました。お義姉さんに浜岡町の原子力発電所の話をして、署名をお願いしました。静岡県は生まれ育ったところなので陳情の趣旨はすぐに分かってもらえました。そして、小さい時に経験した地震の話をしてくれました。兄が起きて、夕飯をいただいたあと帰ることになり、お義姉さんが駅まで送ってくれました。 私達の父は67歳、母は64歳で亡くなったので、私を除いた姉兄義姉は二人の年齢を超えています。このためなのかどうか分かりませんが、60歳過ぎた私が、‘実家にいるんだ’と実感したのです。 |
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2004.1.2(金)休日を楽しむ 洗濯日和だったので、家族が出かけた後、ずーっと洗濯をしていました。その間に掃除をしたり、花瓶のお花の水をかえたりと、普段、主婦がやることを久しぶりにやりました。 新聞も年賀状も来ないので夕食の支度に取り掛かるまでのんびり過ごしました。夜は、遊びに来た4歳の孫のクリスマス会の活躍が映っているビデオを見ながら団欒し、孫たちの成長を喜びました。 娘は、テレビを見たい一心で壊れていたテレビを、修繕してしまいました。そんなことができるんだと本人も家族も感心し、‘天才、天才’とはやしたてました。 |
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2004.1.1(木)今年も行動する人に・・・ 新年のお慶びを申し上げます。 天気予報がはずれたのか、晴れた元旦の朝となりました。テレビが壊れているので、音なしの、食事をすることができ喜んでいる私です。 帰宅していた息子は明日から仕事ということで、おせち料理と雑煮を食べて、愛知県へと向かい、家族も出かけ久しぶりに家事をこなしました。落ち着いたところで、郵便受けから年賀状を取り出し目を通すと、42通中2通以外は平和な内容でした。私は、書かなくてもよいのに、ついつい大上段に構えた文章を挿入して返信してしまいました。政治的なことを表現することがタブーになっていることへのある種の挑戦かもしれません。今年も行動する人でありたいと思っています。 ところで、1月11日に日比谷公園で次のようなイベントがありますので、ご案内いたします。 ■アクション111──戦争を回避せよ、イラク派兵は認めない。2004年1月11日 12:00〜14:00 日比谷公会堂 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「あれがきっかけだったよね」 十年後にそう言いたくない── ◇自衛隊のイラク派兵に 反対する意思表示を 1月11日午後1時11分、自分がいるその場所で1分間「音」をたてよう! イラク派兵は100%憲法違反です。9条改憲に反対する人はもちろん、反対し ていない人も、ぜひ参加してください。 アメリカ追随のイラク派兵は、エスカレートする「解釈改憲」の極み。主権 者(国民)無視、法手続き無視のこうしたやり口を阻むという一点で、この際 友達とも不仲な人ともスクラムを組みましょう。 ▼2004年の1月11日、午後1時11分(1.11-1.11)ちょうどに、札幌でも那 覇でも、その日、自分がいるその場所で、イラク派兵反対の意思表示として、 いっせいに何か「音」をたてましょう(1分間)。太鼓やカスタネットを使っ てもいいし、自分で声をあげるのもOK。住職や司祭、牧師らにお願いして、 お寺や教会の鐘を鳴らしてもらうというのもいいですね。 ▼例えば正午から集会を催し派兵反対を訴える。そして、1時11分にみんなで 派兵反対の意思表示として声をあげ「音」をたてた後、街頭デモに繰り出し ましょう。 ▼このアクションはイラク派兵に反対する人ならどなたでも参加自由。どの組 織、どのグループに属していようがかまいませんし、無所属・無党派の方々 の「個人参加」も、もちろん大歓迎。できれば、手作りの看板や横断幕を持 参してください。 ▼このメールあるいはFAXを、どんどん友人や仲間に転送してください。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― ◇呼びかけ人(第1次・50音順) 青池憲司(映画監督)、赤塚和俊(公認会計士)、朝岡晶子(全日本教職員組 合書記)、朝岡幸彦(東京農工大学助教授)、浅野健一(同志社大学教授)、 浅見靖仁(一橋大学助教授)、芦刈茂(「ピースアクションふくおか」メンバ ー)、安積遊歩(カウンセラー)、天野祐吉(コラムニスト)、有友正本(大 洲市議会議員)、安藤聡彦(埼玉大学教員)、五十嵐敬喜(法政大学教授・弁 護士)、石丸偉丈(フリースクール主宰)、伊豆利彦(横浜市立大学名誉教授) 今井一(ジャーナリスト)、今里佳奈子(熊本県立大学助教授)、今里滋(同 志社大学教授)、今村明子(福岡・デンマーク友好協会理事)、岩崎隆次郎 (元福岡県評議長・事務局長)、岩畑正行(「水と森と平和の声」代表)、上 原公子(東京都国立市長)、内田純一(社全協三多摩支部事務局長)、内田雅 敏(弁護士)、逢坂誠二(ニセコ町長)、岡田幹治(『週刊金曜日』編集長) 岡本厚(『世界』編集長)、小川有美(立教大学教授)、小河義伸(平和を実 現するキリスト者ネット事務局代表)、恩田怜(神戸市議会議員)、桂敬一 (立正大学教授)、加藤哲郎(一橋大学教員)、加藤登紀子(歌手)、加藤昌 広(第19回日韓学生会議正代表)、角田三佳(青木書店編集者)、兼松秀代 (「平和・人権・環境を守る岐阜県市民の声」メンバー)、鎌田慧(ルポライ ター)、鎌田實(諏訪中央病院管理者)、亀井明子(暴力防止情報スペース・ APIS代表)、亀井淳(ジャーナリスト)、神吉信之(ジャーナリスト)、 神田香織(講談師)、きくちゆみ(グローバルピースキャンペーン)、北見秀 司(津田塾大学教員)、木津川計(『上方芸能』代表・立命館大学教授)、喜 福武(元日本経済新聞編集局次長)、熊谷宏(「Say NO WAR! On the web」 主宰)、黒田征太郎(画家・イラストレーター)、高梨森香(第19回日韓学生 会議広報局長)、小島昌夫(元女子美術大学教授)、小林正弥(千葉大学教授) 小室等(ミュージシャン)、近藤ゆり子(「平和・人権・環境を守る岐阜県市 民の声」メンバー)、鷺坂英輝(桜野診療所理事長・院長)、佐高信(評論家) 佐藤学(東京大学教授)、佐藤好美(写真家)、重松朋宏(東京都国立市議会 議員)、柴田鉄治(元朝日新聞論説委員)、菅香保(自由の森学園教員)、菅 間正道(自由の森学園教員)、杉井静子(弁護士)、鈴木力(編集者)、平良 夏芽(牧師)、高田健(「許すな!憲法改悪・市民連絡会」事務局次長)、高 崎ゆき(高校生でっかい平和パレード実行委員会代表)、ダグラス・ラミス (作家・元津田塾大学教授)、田中裕徳(第19回日韓学生会議総務局長)、田 中保三(「まち・コミュニケーション」顧問)、知花昌一(沖縄県読谷村議会 議員)、土本典昭(映画監督)、筒井佳樹(高校生でっかい平和パレード実行 委員会代表)、坪谷令子(画家)、鶴見和子(上智大学名誉教授)、鶴見俊輔 (哲学者)、東條健司(週末ボランティア主宰)、戸田ひさよし(門真市議会 議員)、永瀬友貴(京阪神ジェンダーフォーラム)、中田作成(新しい神戸を つくる市民の会・世話人)、中村敦夫(参議院議員・「みどりの会議」代表委 員)、西川重則(止めよう戦争への道!百万人署名運動事務局長)、南宮湖 (第19回日韓学生会議委員長)、灰谷健次郎(作家)、畑山敏夫(佐賀大学教 授)、濱元朝雄(読谷村立美術館長)、林英夫(神戸市議会議員)、樋口恵子 (評論家)、広原盛明(元京都府立大学学長)、星野康(札幌教職員の会 西 区・手稲区代表)、前田哲男(東京国際大学教授)、増島高敬(自由の森学園 ・和光学園講師)、松谷清(静岡県議会議員)、三輪隆(埼玉大学教授)、本 橋成一(映画監督・写真家)、山内徳信(前読谷村長)、山口二郎(北海道大 学教授)、山下真(弁護士)、山中恒(作家)、蓮月(真宗大谷派僧侶・パン ク坊主)、和多田進(編集者)、渡辺治(一橋大学教授) ――――――――――――――――――――――――――――――――――― ◇首都圏での集会日程 ●とき:2004年1月11日12:30〜14:00 ●場所:日比谷公会堂 東京都千代田区日比谷公園1-3 ●tel:03-3591-6388 ●豪華ゲストあり。参加費500円(学生無料) ※京阪神など他地域での集会については追ってお知らせします。 「アクション111」実行委員会事務局 e-mail:iii@aqua.ocn.ne.jp FAX:06-6191-5313 |
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2003.12.31(水)大晦日 家のテレビが調子が悪いので、紅白歌合戦も、格闘技も観ることができないので、息子二人と人生のいろいろを話して過ごしています。娘夫婦は子ども二人を連れて彼の実家で年越しをしているので、本当に久しぶりに親子で思いのまま言い合っています。いいものですね。 では、来年もよろしくお願いいたします。 |
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2003.12.30(火)大掃除 昨日と今日は「暮れの仕事・大掃除」の一部である‘窓拭き’の仕事に出かけました。昔と違って今の建物はガラス窓をたくさん使っているので、それをきれいに保つのは大変です。暮れは人手を借りてでもきれいさっぱりしたいのが日本人らしいところです。4人、6人と派遣される人数も違ってきます。両日とも決められた時間内に仕事を終えることができました。 先輩のすることを良く見ていて、今後にも活かせる事がたくさんありました。 |
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2003.12.29(月)圏央道反対、絵本の中に 高尾山ろくに引っ越した1985年に高尾の山腹をトンネルが貫通する計画があることを知り、「高尾山の自然をまもる市民の会」にも入っている、イラストレーター・雪子F・グレイセングさんが「山はおくりもの」という詩入りの絵本を出したと、今日の朝日新聞朝刊にでていました。雪子さんは「私にとって95年に出した絵本『高尾山たかおさん』に次ぐ2作目の高尾シリーズ。山と自然のすばらしさに触れて欲しい。問題のトンネルはまだ掘られてはいない。今からでも止めることはできるのだから」と。 発行は「まもる会」内有志の「未来を夢見る仲間たち」。3千部作成。定価952円。収益は会の活動に充てる計画。問い合わせは同会(0426−62−8115)・けやき出版(042−525−9909)へ。 先日来、私のホームページでも圏央道についてはお知らせしていますが、収用委員会の公開審理も大詰めに来ています。私も、この絵本を購入して、一人でも多くの方々に高尾山のことを知ってもらえる材料にしたいと考えています。 次の公開審理は1月22日(木)午後1時から、東京都庁第二庁舎一階二庁ホールです。 |
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2003.12.28(日)1.12「イラク派兵反対」集会実行委員会 今日は、午後2時から聖蹟桜ヶ丘駅前で「1.12」の宣伝をする為に実行委員会のメンバーが集まり、順番にマイクを持ち通行中の人たちにアピールしながらチラシを配りました。なかなかうけとってくれないのですが、スピーカーを使っているので、どのような趣旨のチラシを配っているかがわかるので、いつもよりは受け取ってもらえました。 小泉首相は、27日から都内のホテルで休暇に入ったそうです。好きな映画を観たり、家族と食事を楽しんだり、お正月には歌舞伎も観に行く予定とか・・・。 自民党では「イラク派遣」の問答集を作成して、外交・国防関係の議員らに配布したとのこと。年末年始のあいさつ回りなどで、地元の支持者らから説明を求められる場合の「虎の巻」となるものですが、自衛隊派遣の必要性、目的、大量破壊兵器の有無等々、A4判12ページ19項目にわたるものです。 私たち市民が、自分の利害とは関係なく、休日を使って、費用を分担しながら「イラク派兵反対」を訴えている時に、派兵を決めた首相・国会議員は何を考えているのでしょうか。立法機関の私達の代表は、遵守しなくてはならないはずの憲法の精神をないがしろにして、国民に順法精神・行動を説けるわけがありません。今回の「イラク派遣」はマニュアルなしでは、さすがの国会議員も対応できないのでしょう。 実行委員会のメンバーの一人である学生は、‘私達の税金が人を殺す為に使われてよいのか’と、訴えていました。一人ひとりが自分の言葉で市民に呼びかけていることと比べ、自民党の皆さん、何ともみっともないと思いませんか? |
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2003.12.26(金)27(土)イラク派兵開始 空自先遣隊20人出発と26日付夕刊の一面にトップ記事として載っていました。昨25日朝刊では24日に行われた「イラク復興支援の航空自衛隊派遣に向けた編成完結式」での、小泉首相の激励の言葉‘みなさんは国民の代表としてイラクに派遣される。日本の発展と繁栄は、世界の平和と安定があってこそ。自国のことだけに専念してはならない。イラクは決して安全とは言えないが、みなさんは自ら決意し、使命感に燃えてイラクに赴こうとしている。いろんな困難に直面するだろうが、日頃の訓練で鍛えた平常心、勇気、自信をもって立派に任務を果たすと確信している’を、どのように隊員・家族は受け取って、出発・見送りをしたのでしょうか。 安全とはいえぬ場所に、日本の発展と繁栄のために、赴かせる為政者の言葉に、私は、とても無責任なものを感じます。と、同時に連立を組んでいる公明党党首の帰国後の言葉として、‘サマワは比較的安全’が、どういう結果をもたらすかを考えると、よくもそんな発言ができるものだとあきれてしまいます。 26日未明に起きたイラクの隣国、イランのパム市では家屋が7割倒壊し氷点下の中で救出が難航しているといいます。イラン地震の救援に派遣を切り替えることが直ちに求められると私は思います。 年末の美しい夕暮れに見入りながら、20名が戦闘行為をしないで済むように、今からでも今後の派兵をとどめられるように何とかしなくてはと、気を揉んでいます。 |
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2003.12.25(木)首都圏中央連絡自動車道 あきる野市の予定地の収用をめぐり、東京地裁が出した執行停止の決定を不服として国土交通省や都などが申し立てた即時抗告審で、東京高裁は本日、住民らに回復困難な損害があるとは認められないなどとして、執行停止を取り消しました。 地裁が「終のすみかとして住む者の利益は極めて重要。失うと容易に置き換えられない」と居住の自由を尊重したのとは対照的に「住めない不利益は金銭的補償で回復できる」という、国土交通省の主張に沿った判断となっています。 地裁の決定が出た時は、人権を尊重した判断に喜びを感じ、まだ日本の司法も捨てたものではないと思ったものでした。金銭的補償は最終的にされるものであり、そこに住み続けたいという想いには代えられるものではありません。過去に幾多の人々が、公共事業の名の下に、生まれ育った村・町から離れることを余儀なくされたでしょうか。結果、必ずしも‘公共の福祉’に繋がっていないとなったら、それこそ悔恨の念に悩むでしょう。 自然を破壊して、首都圏をこれ以上道路網で埋めないで欲しいと思っています。流通促進の為といっても観光資源などの地域の特性は活かされなくなりかねないし、温暖化は進むばかりです。 地球規模で考えられる土壌を「法曹界」は造っていくべきではないでしょうか。 |
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2003.12.24(水)子育て広場 東永山複合施設(旧東永山小学校跡地)の2階に、気軽に親子で過ごせる場、親同士の出会いの場にと、市内の4つの団体(シーズ、ぽれぽれ、たんぽぽ、そらいろのたね)が、月に一度の担当で、それぞれが工夫をして親子を迎え入れています。 南側の窓からは広い校庭と木々を観ることができ、遮るものもない空を見上げて子どもに話しかけたりしています。室内には畳がしかれ、各団体が持ち寄った絵本や可愛いおもちゃがいっぱいあります。そんな中で、各団体の‘子ども大好きスタッフ’は、助言が必要ならば押し付けがましくなくするなど、‘また、広場に来たいな’と思ってくれるように配慮しています。 12月13日(土)に、教育委員会教育総務課施設活用担当から施設利用者各位として、下記の通知が送付されてきました。 記 平成15年12月11日 東永山複合施設利用者 各位 多摩教育委員会 公印 教室の使用について(通知) 市は、子育て支援の核となる「(仮称)多摩市子ども家庭支援センター」を来年秋をめどにA棟2階に設置する予定で準備を進めています。 そのため、暫定使用として市民開放を行ってきましたA棟2階の教室の使用を来年3月をもって終了させていただく予定です。また、「相談事業」を先行して行うため使用する304・306教室についても改修工事が終わるまでの間、使用を中止させていただく予定です。 誠に申し訳ありませんが、どうぞご理解とご協力をお願いいたします。なお、暫定施設ではありますが他の学校跡地(西永山複合施設・南永山社会教育施設・落合複合施設)がございますので、ご利用ください。 問合せ先 教育総務課 施設活用担当 (Tel)042(338)6872 子育て広場の窓口は、多摩市社会福祉協議会地域福祉推進課地域福祉推進係であるのに、なんだろうと思うのは当然です。社協にも、同じ通知が来ているだけというから、驚きです。市長宛にメールを送った団体、子育て支援室に問い合わせた団体等々ですが、納得できないので、本日10:00に社協に集まって対策を考えることになりました。 その結果、来年度の予算が固まる前に、子育て広場をキチンと知ってもらう機会を設けてもらうように、4団体連名で要望することになりました。 今回の「通知」は、縦割り行政の最悪のパターンであり、協働、新しい公共という言葉が市役所の中でまだまだいきわたっていない、理解されていない現われだと思います。 |
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2003.12.23(火)イラク派遣日程案 1月からの陸上自衛隊派遣を想定した防衛庁の日程案によると、1月14日に出発する先遣隊は、サマワのオランダ軍宿営地を拠点に、同軍や自治体との調整や、宿営地用地の地主との契約などを進め、31日に出発する施設部隊は、800メートル四方の外周を鉄条網や、堀、土塁で囲んだ宿営地を整備する予定だそうである。さらに、その後、1ヶ月かけて拡張し、その状況にあわせて本隊の出発も3分割するとなっています。 以上は、本日付、朝日新聞一面の記事の抜粋要約したものですが、自衛隊が総務的なことをすることに疑問を持ちました。さらに、宿営地の形態も、敵の陣地のまっただ中に置くようなもので、これでは、イラク人との信頼関係などは到底、築けないのではないでしょうか? |
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2003.12.21(日)22(月)多摩市助役古藤氏通夜・告別式 12月16日、議場での答弁中に倒れ、7時間後に亡くなられた古藤純一さんの通夜と告別式に参列しました。前日までの夜は冷え込みが厳しかったのですが、通夜には気温も上がっていました。1000人以上の方々が弔問に訪れたのではないでしょうか。渡辺市長も泣き濡れながら葬儀委員長として答礼していました。 市役所の有志による古藤氏の略歴・思い出のアルバム・助役就任時の職員へ向けた挨拶を載せた「しおり」が、職員の深い思いを表していると感じました。 告別式の朝は晴れ渡り、雲ひとつない中で別れの儀式が進みました。斎場の屋根の鬼瓦、公孫樹の大木を見上げると、どこまでも続く青い空、最後の釘の音、霊柩車の出発の合図・・・。 公務員として、誠実にかけぬけ、職員から慕われた氏の告別式は、参列者の胸にいつまでも残るでしょう。 多摩市の再構築をという時に、助役をなくした市長と幹部職員の胸中はいかばかりかと察します。でも、プランの市民説明会も控えていますし、3月の予算編成に向けても時間は待ってくれません。何とか立ち直って冷静に仕事を進めていただきたいと思います。 |
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2003.12.19(金)20(土)1.12「イラク派兵反対」集会実行委員会 12月17日に第2回実行委員会をして、チラシについて議論した結果、とてもいいチラシができたので、早速19日は永山駅前で、20日は多摩センター駅前でスピーカーを使っての宣伝をしました。 多摩市議会では党派を超えての参加、労働組合、大学生、個人参加も含めてアピールして下記の内容のチラシを道行く人たちに手渡しながら1.12集会・デモの参加を呼びかけました。 12月28日(日)14:00から聖蹟桜ヶ丘駅前交番側でチラシ配布をして、その後ヴィータ(駅前オーパ7階)で、年内最後の実行委員会を開きますのでお集まりください。 記 死なないで!!殺さないで!!イラク派兵にNOの声を! 12月9日、政府はイラクへの自衛隊派兵の基本計画を決めました。今年3月に開始された米英のイラク侵略をひたすら支持してきた日本政府の姿勢を私たちは認めることができません。 イラクで今一番望まれていることは何でしょうか?自衛隊派兵が望まれてはいません。医薬品と医療設備、国連・NGO(非政府組織)、再建に貢献する民間団体というイラク市民の声があります。 憲法を踏みにじってまで強行する日本政府の自衛隊派兵に、反対の思いを、この多摩の地で行動にしていきましょう。 あなたは、どんな形でさんかできますか?
関心おありのかた、ご連絡ください! 1.12「イラク派兵反対」集会実行委員会 連絡先:十倉(042-372-9769)原田(042-374-3034)山本(0426-74-5383)小山(070-6551-9414) 杉本(042-371-9147) |
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2003.12.17(水)18(木)多摩市助役古藤氏逝去 昨16日夜、9時過ぎに多摩市助役古藤純一氏が病院で逝去されました。昨日は、多摩市議会全員協議会で、行財政再構築プランについての説明と質疑が午前10時より行われ、午後の2時過ぎに答弁席での答弁中に突然倒れたとのことです。あいにく、至近の多摩消防署の救急車は全部ではらっていて救急車が来て病院に運ばれるまでに30分かかったそうです。 昨年の2月には前市長の汚職問題で、総務部長として議会の質疑に応じ、4月の渡辺市長誕生後の7月に助役になったという、その道では、異例のスピードで出世をした経歴をお持ちの方です。議会では、私もかなりきびしくつめよりました。しかし、ほとんど冷静に言葉を択んで誠実に答弁を返してきました。そのはぐらかさない態度には好感を持ったものです。 今年の7月には、行財政診断白書がだされ、同時に、市民委員会が発足し、委員会にも出席して委員からの質問には答える場面もありました。予算編成方針、再構築プランと矢継ぎ早にまとめなくてはならず、お体への負荷は想像を絶するものになっていたのではないでしょうか。 18日の新聞により、助役室で、記帳できるというので、弔慰を示したいと思っていたので、でかけました。議員、一般、職員と別れていたので一般に記帳したあと、職員の所の遺影に付されている文を読みました。それは、昨年の7月、助役に任命された時の職員へ向けてのあいさつ文でした。信頼される職員になることが求められていること、「市民との協働」がいかに難しいことか、というようなことが綴られていました。 朝日新聞の逝去を報じた記事によると、『渡辺市長は「あまりに悲しくつらい出来事。ご遺志を受け継ぎ、職員一丸となって街の自治を前へ進めてまいることを誓います」とのコメントを発表した。』とあります。 私は、この記事を読んでガッカリしました。市長は、市民の代表であり、職員の代表ではないと思います。市民があって街は成り立ち、その必要性から役所ができたのではないでしょうか。自治していこうとする市民の想いをまず大切にしなくてはならない時に、‘職員一丸となって’という、‘市民不在’の表現にとどめたことは残念です。市民との協働の難しさは、30年以上も職員として働いてきた市長の考え方の中にあるのではないかと思います。 |
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2003.12.15(月)16(火)イラクの問題 朝刊の休刊日だったので、15日夕刊にフセイン元大統領が拘束されたことが掲載されました。14日の夜に家族と12月の誕生会をしていた時に、髪はぼうぼう、髭は伸び放題の姿で、口腔検査を受けている写真が流されました。見ていた息子が、人権に配慮していないことを指摘していましたが、私も、こうしたメディアのあり方に気分が悪くなりました。 16日もテレビは見ませんでしたが、新聞は、多くの紙面を使って報道していました。アメリカでは、拘束した時には、どのように報道するのが効果的かということを、ずっと検討していたとのことです。その結果、かってのイラクの独裁者が、ねずみのように捕らえられた様を、世界中に流したわけです。 イラン・イラク戦争、湾岸戦争、そして今回の「大量破壊兵器」をめぐっての戦争、と、この20年間に3回の戦争には、何らかの形でアメリカが関わっています。徹底抗戦を国民に命じて、自らは自決もせずに醜態を晒す、いうにことかいて、米国と取引する用意があるとの発言をしたとの報道もされると、過去の取引がどのようなもので、独裁者は「生かされてきたのか」と考えてしまいます。 一握りの、権力とカネの亡者のために、地球より重いといわれる「命」を投げ出すことのないように、運動を続けたいと思います。 |
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2003.12.14(日)圏央道建設の為の土地強制収容に対して 10年以上前でしょうか、首都圏中央自動車道建設の為に高尾山にトンネルを通す計画があるということを聞いたのは。そして、計画地の梅林の木のトラストに参加したのです。反対運動があるにもかかわらず、工事が見る見るうちに進んでいるのを目の当りにして、いつも胸を痛めていました。 法律が改悪されて、強制収用がしやすくなったことを機に、東京都は一気にこの工事を進めようと必死です。公開審理も3回まで来ました。その委員会の運営の仕方がどう見ても不公平であるとして地権者から収用委員会に声を挙げることになりました。私は、下記をファクシミリで送付しました。高尾山を愛する方々からも、。東京都収用委員会 FAX:03−5388−1770電話:03−5320−7065に、ご意見をあげて下さい。 記 東京都収用委員会の皆様へ私は、現在審理中の「首都圏中央連絡自動車道建設に伴う東京都八王子市裏高尾地区の土地強制収容問題」の地権者です。 公開審理に出席したいのですが、いつも仕事と重なっていかれませんでした。全国での公共事業と自然を護ることに対し、どのような判断を下すか、いま、転換点だと思っています。人間の力では修復できない自然を破壊して、莫大な血税を投下して人間の貪欲の為に自動車道を作るための「土地強制収容」が必要なのかどうか十分審理していただきたいのです。 聞くところによれば(新聞報道でも)第3回では地権者の陳述が途中で打ち切りにされたというではありませんか。さらに再開後'事業認定の瑕疵についての審理を終了する。次回は補償内容について審理する'と、会長が一方的に宣言されたということです。 収用委員会は公正中立の立場で、当事者から意見を聞くのではないでしょうか。第2回の土地収用に賛成している地権者の陳述は途中で打ち切られることはなかったのに、何故、公開審理という誰もが傍聴にいき、すべてを見聞きできる場で、不公平と思われることをしたのですか。とても残念でなりません。 東京都収用委員会が、どのように審理を進めていくかは、全国的にも注目されていると考えます。東京に生まれ育ち、高尾山に数限りなく遊んだ私自身としても、また、地方から東京に移り住んで、身近なところに'こんなにすばらしい山〜高尾山があるんだ'と思っている方の為にも、今すぐにでも工事をストップして欲しいのです。 縷々、述べましたが、貴委員会が公正中立の立場を貫いてくださることを切にお願いいたします。 2003年12月14日 |
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2003.12.11(木)12(金)異議申立書 住民基本台帳に記載された住民票コード番号を削除して欲しいこと、コード番号をネットワークシステムで利用すること、ネットワークシステムを使用して送信することを中止して欲しいことを9月25日に多摩市長あてに提出していました。 10月16日、「削除」、「中止」とも、多摩市個人情報保護条例第23条第2項の規定により「不承諾」の決定通知書を受け取りました。欄外には、『(注)この決定に不服がある場合は、この決定があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に、多摩市長に対して異議申立てをすることができます。』と書いてありました。 12月12日、私も入れて6人で多摩市役所総務部文書法制課に異議申立書を提出してきました。今後の流れは、申立書・理由書が市民課に行き再検討し、決定を変えない場合は審査会宛に諮問されます。審査会から市民課宛に不承諾の理由書提出命令があり、提出された市民課の理由書は異議申立人に送付されます。申立人より意見書或いは、口頭意見申告がなされて、審査会が開催されます。この間、2ヶ月はかかるそうですが審査会は非公開となっています。 日本人は熱しやすく冷めやすいと言われていることを、為政者は上手に利用してきました。そのことによって幾多の命が失われたことを忘れたくありません。自衛隊のイラク派兵が実施されれば、次は、いつでも、どこへでも軍隊が出動できるような法律を成立させるでしょう。しかも、それは来年の参議院選挙の後にです。戦争放棄した国が再び戦争する国になろうとしている足音が聞こえてきます。実際に武器を造っている人々にとっては消費しないことには、もうからないわけです。アメリカの戦争することにより私腹を肥やす輩と同じ道を歩もうとしている、票とお金のことしか考えられない政治屋、経済界人がいるとしたら、私たち〜フツウの、何のしがらみもない市民が立ちはだからなくてはならないと思います。 自衛隊の隊員とその家族も、戦争に行くために入隊したとは思っていないはずです。昨今のように目的が変わってくると退職する隊員も当然出てくるし、出てきて欲しいと思っています。その場合、アメリカ追随の方針が変わらなければ、隊員補充のためにどんなことを考えてくるでしょうか。国は、国民の想いとは別に「面子」のために、体力のある、従順な若者を募って準備を進めるでしょう。 国民総背番号制とも言われる住民票コードは、私たちの為にあるのではなく、国の管理の為にあることは明白です。どんな付加価値があろうとも、それはほんの付け足しだといえます。 多摩市の個人情報保護条例は、人権に配慮した優れた条例です。分権の時代に、国を上回る精神を掲げた条例を大切にしていきたいという思いを込めて、次のような「異議申立理由書」を提出しました。皆さんも、多摩市のホームページから、条例も、各様式もダウンロードできますので、ご参考にしてください。 2003年12月12 日 2003年12月12 日 多摩市長 渡辺幸子殿 異議申立人 末木あさ子 異議申立理由書 15多総文第525号、個人情報に関する中止請求不承諾決定通知書について、住民基本台帳ネットワークシステムによる個人情報の利用は、多摩市個人情報保護条例第14条で規定する「個人情報に係る業務の目的の範囲を超えた個人情報の当該実施機関内又は実施相互間における利用」には該当せず、ということで、不承諾決定しているが、業務の目的の範囲が明らかにされず、今後、飛躍的に拡充される可能性もある。また、外部提供に当たるかどうかであるが、多摩市役所内で、個人情報が条例により遵守されても、ひとたびネットワーク上に送られれば、市の条例の及ぶ範囲ではなくなるため、市の縛りが効かなくなることは明らかである。一旦、目的外利用されたら、その影響は計り知れず、そのことを考えると恐怖ですらある。 オンラインによる外部提供の制限を規定している第15条「実施機関は、前条第2項の規定により外部提供ができる場合においても、通信回線による電子計算組織の結合による外部提供をしてはならない。」とあり、第2項は、あくまでも'できる規定'と考えれば、市長が公益上必要あると認めるか否かにかかっている。 多摩市個人情報保護条例において、目的を規定している第1条「この条例は、自己に関する個人情報の開示、訂正、削除等を請求する市民の権利を保障すると共に、個人情報の適正な取り扱いについて必要な事項を定めることにより、市民の基本的人権の擁護と信頼される市政の実現を図ることを目的とする。」とあり、実施機関の責務を規定している第3条「実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、市民の基本的人権を尊重し、個人情報の保護に関して必要な措置を講じなければならない。」とある。引用した条文からも、憲法13条で保障された人間の尊厳とプライバシーの権利に十分配慮した、他には見られない高邁な精神で人権を保障したものであるといえる。この条例の精神を'画に描いた餅'にしない為にも自己情報コントロール権を保障することを求めて異議申立をする。 以上 |
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2003.12.9(火)10(水)イラク自衛隊派遣基本計画 今日の昼、自公党首が会談し、危険度が高いとされる陸上自衛隊部隊の派遣について「首相は現地の治安状況を十分に見極め、改めて適切な指示を行う」ことや与党との緊密な協議などを盛り込んだ覚書に署名したそうです。政府は、夕方に安全保障会議、臨時閣議を相次いで開き、基本計画を決定します。 国会でも野党3党は派遣反対であり、世論も、8割は反対の意思を示しているといわれます。小泉総理は国民の代表としてその意思に反することを何故断行しようとしているのでしょう。日米同盟のためなら、日本の国是である「戦争をしない」ことを反故にしてよいと思っているとしか考えられません。その米国といっても、危ういブッシュ政権の期待に応えるためであり、良識ある人々は、日本が憲法に背いて軍隊をイラクに送ることを歓迎するはずがありません。アジアの人々も同じ想いでしょう。ましてや、現地でNGOとして頑張っている人々にとっては、制服を着た自衛隊員が来ることにより、今までの地道な支援が水泡に帰すかもしれないのです。 年内に基本計画を立てたことでアメリカ政府は一定の評価をしています。どこを見ているわが国の首相でしょうか。日本の国内で評価されないでブッシュの顔色ばかり見て評価を期待しているのなら日本にはいりません。 人命が掛かっていなければまだしも、自衛隊員の生命が危険にさらされ、残された家族も不安の中で過ごさなくてはならないのです。政府も、小泉首相に責任を取らせればよいと考えているようですが、辞職しても、何をしても代えようがないことになることを知るべきです。 与党の国会議員たちは、基本計画が来年の参議院選挙にどのように影響するかしか、考えていない向きもあることに怒りを禁じえません。 |
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2003.12.8(月)今日は何の日? 1941年12月8日は、日本がハワイのパールハーバーを奇襲し、日米開戦の日となりました。3年7ヶ月余に渡った無謀といえる戦争での世界中の犠牲者は、そして、家族をなくした人々の悲しみは、決して消えるものではありません。 今日の、朝日新聞の朝刊も夕刊もこの忌むべき日についてほとんど触れていないのはどうしてでしょうか。自衛隊のイラク派兵の為の基本計画が明日にも閣議決定され、紙面をそのことにさいているから?それとも、第二次世界大戦と同じようなことをやっていることを、国民に少しでも感じさせない為の手段なのか?と勘ぐりたくなります。 |
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2003.12.7(日)あしたや共働企画のNPO法人化に向けて あしたやだより、11月27日号での呼びかけに応じて、午後からの拡大企画会議に出席しました。2002年度から活動方針として総会で承認されているので、この間、検討が進められ、考え方・設立趣意書・定款・事業計画書などがまとまり、それに対しての意見を出し合い、反映させていくということです。 会議でも、丁寧な説明と質疑に対しても納得のいくまで分かりやすい言葉で応答してくれたので、これなら法人設立も来年度から可能だと感じました。 あしたや共働企画は、1997年7月25日に設立されました。その時の趣意書の精神は今も変わらず息づいているし、これからも変わらないと思います。私も一会員としてあらためて当時の趣意書を読みかえしました。以下に記しますので皆さんもお読みください。 あしたや共働企画 設立趣意書 〈共に働くことをめざして〉 ハンディをもつ子どもたちも、地域の中でともに学び、くらしていくことができるようにと、私たちは様々な活動をしてきました。 しかし、学校を卒業したあと、ハンディをもつ人たちが行くことのできる場、特に働く場は大変少ないのが現状です。 卒業後も、社会的に孤立することなく、地域でくらし、人とつながり、その人なりの手応えのある働き方ができるような場をつくりたい、という願いから、あしたや共働企画を設立します。 ハンディをもつ者も、もたない者も、人間として対等な関係のなかで、ひとりひとりが大切にされ、それぞれの持てる力が十分に発揮されるような働き方を、創り出していきたいと思います。 そのためには、効率中心の今の社会のあり方を問い直し、同時に、自分たち自身の価値観も見直していくことが必要だと考えます。 そして店という開かれた場での私たちの活動を通して、地域社会の中に、新たな出会いとつながりを創っていきたい、と思っています。 1997年7月25日 |
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2003.12.6(土)ヴァイオリン&ピアノのデュオコンサート 関西で活躍しているピアニスト、田尻洋一さんが多摩市の隣、八王子市で、しかも多摩センターの駅から一駅という至近でコンサートを開くというので、この機会を逃したくないので、都合をつけてでかけました。 会場は、保育園の二階にある講堂で、その名も「マーガレットホール」、こじんまりとしたホールでした。今回は、ヴァイオリンがメインらしく、お客様もほとんどがそちらの方だったようです。花村恵理香さんの美しい音色に、ピアノの伴奏が忠実に、目立たないようについていく、そのつむぎだす音楽は、私を至福の極みに持ち上げえくれました。 ティータイムのあと、ショパン:ノクターン遺作嬰ハ短調、ショパン:バラード第1番、ショパン:アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズは、演奏の前に音楽ノートのかわりに、解説をしてくれたので、ショパンの心情を想いながら聴きました。すばらしい演奏で堪能しました。保育園の講堂という、必ずしも音響効果がよいとはいえない状況の中で、机2台を配しての反響装置も工夫しているなと思いました。 多摩市にもホールはたくさんあるし、民間の幼稚園・保育園にもホールはあるので、小さな規模のコンサートをたくさんできる環境は整っているのだから、利用しないてはないなと、あらためて感じたしだいです。 みなさんにも、このすばらしいピアノの音色をぜひおきかせしたいです。 |
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2003.12.4(木)5(金)NPO子育て応援団そらいろのたね 私たち応援団の一大イベント「歌のお姉さんと歌って遊ぼう」が成功するようにと、前日、青空の下、多摩センターのツリーの周りで宣伝のチラシをまきました。家に帰る途中にも公園があるので、お昼時でお弁当を食べているグループ、帰るところで車に乗り込もうとしているグループも含めて11組の親子にチラシを受け取っていただきました。‘歌のお姉さん、スゴイ!’‘ありがとう’という政治的チラシまきでは考えられない反応を得ることができました。 5日の朝、ツリーの前に9時集合、椅子を並べ終わった頃にポツポツと降ってきたのです。決断を早くしないと室内への変更に差し障るので、実行委員が室外は無理と判断し、直ちに椅子の片づけをし、三越の7階に変更のお知らせを書いたものを用意しました。ホールの方と、ツリーの前の方と二手に分かれ準備を進め、道行く親子に変更を知らせつつ、案内しました。雪でも落ちてきそうに、しんしんと冷え込む中で頑張りました。その甲斐あってワンステージ目はそこそこ入っているとの情報が得られました。ツーステージ目が始まる頃に三越のエレベーター前の案内に変わったので、体が楽になりました。スタッフ全員が最後の方は観ることができたのでよかったと思います。「春口雅子お姉さん」の声は、とても澄んでいて、親子の胸に響いたと思います。どのような応援ができるのか、なにをみなさんが求めているのかは、なかなか難しいところですが、楽しいひと時を持ってもらうことも、私たち応援団の望んでいるところなので、親子合わせて350名ぐらいが会場に来てくれたことは、イベントとして大成功としてよいと思います。 新都市センターの事業で、見晴らしのよいホールでの事業は無料で参加できるということも、今回初めて知りました。もっと上手に宣伝すれば多摩センターの活性化に役立てられるようにできるのではないでしょうか。 |
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2003.12.3(水)1.12「自衛隊のイラク派兵反対」集会 みなさん、わたしたちは昨年から今年にかけ「有事法制」「イラク戦争」に反対して多摩市で行動してきた有志です。11月16日、24日と集まり、多摩市民の草の根から、イラクに自衛隊を派兵することに「反対」の意思表明の場をつくりたいと、来年1月12日「成人の日」に集会とデモ行進を行うことを決めました。みなさんの団体や個人がともに参加され、この集会とデモ行進が成功裡に実現されることを心より願うものです。 みなさんは、自衛隊がイラクに派兵されることは、誤りであり決して認めることのできないものとお考えだと思います。アメリカが、国連の警告も無視して行ったイラク戦争の後始末をどうして日本がやるのでしょう? 「戦争終結」宣言後も、イラクでは戦闘状態は継続しており、多くのイラクの民が犠牲となっています。派兵されれば自衛隊も占領・戦闘に加わることとなるでしょう。 戦後一貫して続いてきた憲法9条の精神は、イラク派兵によって名実ともに失われてしまうのではないでしょうか? わたしたち多摩市民はこれらのことを許すことはできません。多くの団体・個人をお待ちしております。 上記は、集会に向けた第1回の実行委員会(12月3日(水)午後7時から、会場はパルテノン多摩第2会議室)へのお誘いの「呼びかけ分文」です。73名(団体も含んで)宛に郵送したのですが、今日、集まった方は18名でした。切羽詰っている状況としては、少ないといわざるを得ません。一人でも多くの呼びかけ人をと、14日まで募っています。私のホームページをご覧になった方でご賛同いただける方は、私のメール宛にお名前を書き込んでください。 |
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2003.12.2(火)学校跡地の複合施設で・・・ 親と子のくつろぎのスペース「東永山子育てひろば」を子育て応援団そらいろのたねが担当する日でした。昨日までの雨がウソみたいに晴れ上がったので、親子はどんな過ごし方をするかしらと、想いながら旧東永山小学校へと、自転車を走らせました。団地のなかにあるので、永山駅の方に向かって人々は進んできます。多くは年配の人達で、子育て中の若い人にはあいませんでした。この複合施設は、一階は図書館の閉架書庫になっていて、二階・三階とも人の気配がほとんどありません。その二階の一番奥の部屋に「出会いと交流の場」、「子育てひろば」があるのです。 3人のスタッフで、親子を待ちましたが、一組も来ませんでした。今日は、近くにある保育園の園庭開放日だということで、そちらの方にいっているのでしょうか。折角、こういう場があっても、どれだけの人が知っているか、また、家の中で、四苦八苦して子育てをしている人の息抜きの場として使ってもらえるような広場にするにはどうしたら良いかなど、三人で話し合いました。 学校が学校として使われなくなった時に、どこでも、複合施設にすればよいというわけではありません。永山団地も高齢化が進んでいるので、特別養護老人ホームをという声もあります。しかし、市立で建てる時代ではないし、大きい施設に入るのを好まない傾向がある高齢者予備軍もいます。 静かな環境にある、東永山複合施設の庭には、誰一人いません。多摩市全体と、一定の地域と両面からのまちづくりを、市民も真剣に考えていかないと、思わぬ方向にいってしまうかもしれません。旧南永山小学校の跡地の問題に取り組んでいる人達のことも、他人事と考えず、全体化していくときではないでしょうか。 |
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2003.12.1(月)多摩市議会傍聴 今日から12月の定例会が始まり、行財政診断市民委員会報告書についての一般質問があるので朝から傍聴に行きました。たまたま、議長経験者の二人の議員が項目としては同じようなものになりました。二人とも、市民委員会の傍聴は一度もしない中での質問なので、どのような経過で今回の報告書ができたかについてはふれることはできません。 Y議員は、実施までのスケジュールと内容についての見解、議会や市民の意見がどのように活かされているか、再構築プランの行財政の適正規模について、また、その数値と達成年度について、「新しい公共」についての見解、「再構築プラン」における財源の確保についての見解、重点検討対象事業が大部分が福祉関係であり特に子育て支援事業であることに対しての見解について、という要旨の質問をしました。 再質問のなかで、市は、16年度予算を編成するのに再構築プランを先取りしながらという部分もあるという答弁がありました。それに対して「時間的問題もあり難しいとは思うが17、18年度があるのでよろしくお願いします」というに止めたのにはがっかりしました。市民、議会への再構築プランの説明もしないで・・・という怒りはないのでしょうか。そして「市民・議員でも何故今頃に財政診断白書を出すのかという声や責任論があるが、これは、後ろ向きの論理である。よく市民に説明すると、前向きに解決してもらいたいという声が聞こえてくる。ぜひ進めてもらいたい。」と、エールを送りました。それにしても、報告書をどこまで読み込んだのかと疑問が残るような質問も出ました。緊張感を持って臨んで欲しいと思ったのは私だけでしょうか。 K議員は、行財政診断市民委員会設置要綱ではなく、行財政改革推進条例制定についてどのように考えているか、「新しい公共」を確立することによって、行政の体質をどのように改革しなければならないと考えているか、多摩市文化振興財団の組織とパルテノン多摩の運営に「新しい公共」づくりとして大胆な改革が求められていると思うがその見解は、社会福祉法人多摩市社会福祉協議会のプロパー職員について、市民保養所「ふじみ」と、「八ヶ岳少年自然の家」の一体管理を富士見町の開発公社などを含めて全面的に委託する方法を検討することについて、という要旨の質問をしました。 たまたま、今朝方に見た私の夢の中で、現職の議長経験議員3人が、自分の歳費を減額する提案を議会にしていたので、どんな内容の一般質問になるか、かなり楽しみにしていたのですが、期待ははずれました。 |
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2003.11.30(日)NPO・ACT・多摩たすけあいワーカーズつむぎ 標題の団体の設立10周年のイベントがパルテノン多摩で開催され、プレイルームゆづり葉の家のスタッフとして参加しました。手話コーラスをして、後はハーモニカ演奏を聴き、共にうたい気分を盛り上げました。 3時から講演会があり、「心の風景 共に生き合う関係をつくるために」と題して、青梅あけぼの教会牧師 大谷唯信氏のお話を聴きました。人間は誰でも実像と虚像があり、社会生活の中では、どんどん虚像が作られていく。そうした中では、本物の人間関係は作れない。牧師としてより「ヒューマンライフ研究所」の経営者としての経験にもとづく成功例を通しての話は説得力はありました。 ただ、今日の参会者が支援者だけではなく、利用者、障害者、その家族、心の病を持った人、その家族等々なので、どこまで共感できたのだろうという疑問は残りました。 ともあれ、多摩市の中で、地道に助け合いの輪を広げてきた皆さんの継続の力に拍手を送りたいと思います。 |
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2003.11.29(土)定期演奏会 混声合唱団うたの森の第8回定期演奏会が府中の森芸術劇場ウィーンホールでありました。私の所属しているグリーンコーラスのもとメンバーからの招待で数名が行かせて頂きました。 私は、預かったチケットを有効に使いたいので、急遽、やはりもとメンバーの友人に電話をかけて落ち合わせて一緒に行くことができました。会場は、多摩市の合唱祭でお会いする人達でいっぱいでした。多摩市には、パルテノン多摩のほか公民館ホールが3箇所もあるのに予約ができなかったのでしょうか。もっとも、この時期は、映画フォーラムですべて埋まっているのかもしれません。文化の盛んなのはよいのですが、もう少し各団体が調整しあって、多摩の会場を使えないものかと考えます。終了後は、駅へ行く間に三々五々食事などに行くので、ああ、これが多摩市内だったらなあと思うのです。 演奏会は、Tアヴェマリア〜6人の作品を歌う〜グノーのメゾソプラノの独唱がすばらしかったです。U愛の歌〜J.Brahms Op.52〜すごい大作で、覚えるのが大変だったでしょうに、と思いましたが、原語で歌っているので内容が分かりませんでした。音楽ノートか、日本語訳で聴けたらと思いました。V美空ひばり名曲集〜中島良史編曲〜団員の皆さんが思い思いの服装でのびやかに、楽しく歌い上げてくれました。編曲者が指揮をしているので、とても力が入っていました。それにしても、これだけ多くの曲を仕上げるのは本当に大変だったと思います。 |
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2003.11.28(金)多摩よこやまの道を歩く 来年の2月に開催予定の「三多摩自治体学校in多摩」のプレイベントとして、よこやまの道を歩きながら多摩市の大規模施設を見る企画があります。今日は、実行委員会のメンバーと昼過ぎから実踏をしました。 永山駅からバスで諏訪4丁目まで行き、尾根幹線道路を渡ってよこやまの道の入り口で記念撮影、7,5キロメートルの始まりです。尾根の左、川崎市側の開発がどんどん進んでいて、右の多摩ニュータウンを一望すると、間もなく同じような眺めになってしまうのだろうなと、いささかがっかりしました。 ところどころに私有地が残っていて、畑があるとほっとします。曇り日だったので、大規模施設の総合福祉センターと清掃工場についたころは薄暗くなっていました。他市から参加したメンバーは、二つの施設の豪華さに目を瞠っていました。 唐木田駅までをよこやまの道に沿って歩き、後ろを振り返ると、清掃工場のなんと大きいこと、生活のあり方の見直しを真剣に考えることもせずに、税金をよくも投下したものだとあらためて怒りを感じました。 実踏の結果、自治体学校の目的を考えると、唐木田駅から出発して施設を見学して、一本杉公園で昼食をとって、後は自由行動でよこやまの道を歩く、ということにしたらよいのではないかと提案することになりました。 |
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2003.11.27(木)わがままな女は幸せになれる 標記の本、副題は「Let's自己表現 自己主張トレーニング」河村ふみ著 フェミックス発行を手に入れました。 今日の夜は、自由空間で「アサーティブ・トレーニング」を受けられるということで楽しみにしていたのですが、2〜3日前にメンバーの大半が、今日予定していた方とは違う講師から受けたので、少し間を置くことになりました。 期待していた人のために用意されていたのが、冒頭の本です。私もまだ読んでいませんが、おもしろそうなので目次の前のページを紹介します。 効能 本書は次のような方に効果があります。 ・言いたいことを言うのはわがままだと思っている。 ・自分がやりたいことをするのはわがままだと思っている。 ・人にものを頼むのはわがままだと思っている。 ・頼み事を断るのはわがままだと思っている。 ・怒るのは大人気ないと思っている。 ・波風を立てたくないと思っている。 ・人から批判されると落ち込んでしまう。 ・人が怒るのが怖い。 ・人間関係でトラブルことが多い。 ・なぜか人から嫌われてしまう。 ・傷つくのが怖い。 ・自分に自信が持てない。 ・友達ができない。 ・緊張や不安が強い。 用法 ・右記(上記)の項目がほとんど当てはまるという方は、本書を常に持ち歩いてください。 ・半分程度の項目が当てはまるという方は、一ヶ月に一度くらいの割合でお読みください。 ・二、三の項目が当てはまるという方は、半年〜一年に一度くらいの割合でお読みください。 *本書を読んで具合の悪くなった方は、速やかに医師やカウンセラーに相談してください。 早速、読んで、私が実験してみます。具合が悪くなったら、その時は・・・・ |
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2003.11.26(水)ヘルパー二級研修最終日 8月、9月の毎週水曜日に受講し、その後、5回の実習を経て、いよいよ今日が終了証をもらえる日でした。9時から講義が始まり、その内容は、利用者の苦情に対しての対応を、事業所がどのようにしているかということでは、ヘルパーの思い上がった言動、集中力の欠如に起因することで、夜中までお話を聞きに行くこともあるということでした。施設と違って、在宅介護は、殆どの場合、一人ではいるので、誰もその場でチェックをしないので、利用者が声を挙げない限り泣き寝入りをするしかないのです。常に自分の言動を自身でチェックしなくてはいけないと思いました。 次に、老老介護のお宅での家事援助を3時間する場合の仕事の割り振りをどのようにするかの練習をしました。これも、5グループ全体を合わせると、85点ぐらいだと、評価されました。利用者にとっては、ヘルパーが、新人かベテランかなんて関係なく利用料の一割を負担するわけですから、私たちも言い訳するわけにはいきません。 最後に、6回のスクーリングで習ったことの復習として25問のテストがありました。施設に就職する場合は、すぐにも、必要なことばかりでした。私は、半分しか正解を出せず、かなり落ち込みました。講師も、ここで落ち込んだ後、奮起して、できなかったことをできるようにすることが必要なんです、と、力を込めておっしゃいました。 夕方の5時に、出席簿順に修了証書が手渡されました。一人ひとりに、誰からともなく拍手が送られました。 私も、ひとつのことをやり遂げた満足感と、自分に足りないところを補って、この修了証書を生かすんだという決意を新たにしました。 |
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2003.11.25(火)子育て応援団そらいろのたね 12月5日に多摩センター中央広場クリスマスツリー前で、クリスマスコンサート〜歌のお姉さんとうたって遊ぼうというイベントがあります。これは、私たち「子育て応援団そらいろのたね」が多摩センターイルミネーション2003実行委員会と共催して開催するものです。 今日は、当日と前日にスタッフがかぶるサンタさん帽子を作る作業で、稲城のメンバー宅に行きました。裁断〜待ち針ツケ〜ミシンかけ〜アイロンかけ〜ボンボン付けの作業を、子育ての心配事などを話しながら、流れるようにこなしました。 ‘子育てを応援しよう’という一点で世代を超えて集まった仲間たちは、用事があるから先に帰る人も、もっと情報を交換したいな、という後ろ髪をひかれる想いでいたようです。 ともあれ、可愛い三角帽子が19枚、予定していた時間より早く出来上がり、後は当日の来場者を待つばかりです。一回目が11時30分から12時、二回目が12時30分から1時です。サンタさん帽子をかぶって会場でお待ちしています。 |
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2003.11.23(日)、24(月)福祉まつり ひろげよう ささえ愛 福祉まつり2003 社協法人化30周年記念として、標記の2日間、10時〜16時、10時〜15時、開催されました。 私は、所属しているNPOが参加するので、両日とも会場に足を運びました。初日は、午後からバザーの手伝いをしましたが、一般の方よりも、店を出している人同士で、買い物をし合っているという感じでした。場所の設定で、ホールを使ったので、人の流れに沿っていないせいだと感じました。でも、来場者は、「キティちゃんと握手」ができるので、子どもづれが多かった気がします。食べ物類も、早くから売り切れていたようです。二日目は、どんよりとした天気で、気温も低く、出足は今ひとつというところでした。プレイルームゆづり葉の家・子どもクラブの手話コーラスは、11時45分からの出演で、皆さんから大きな拍手をいただきました。午後の1時15分からの失語症友の会のトーンチャイムとコーラスは、しっとりした雰囲気が皆さんの心に響いたようでした。私も、この楽器の音色に接したのは、つい最近で、音別に楽器の長さが違っていることに気付いたのは演奏終了後に皆さんの楽器を集めた時でした。 失語症友の会では、また発表の場があったらいいなあと思っている方が少なからずいらっしゃるようです。ボランティアで指導してくださっている伊藤先生と伴奏者の方に感謝しながら、今後もよろしくお願いしたいと思います。 それにしても、来場者が限られているなと感じました。折角、展示コーナーに市内での様々な活動団体の紹介があるのに、当事者団体の人々以外にどれほどの人が、足を運んだのでしょうか? 実情を見て欲しい、聞いて欲しいと担当者が控えていても、市議会議員もみかけていません。 総合福祉センター、社会福祉協議会について、いろいろ意見を言うにつけても、事業に参加しなければ分からないのではないでしょうか。主催者側も参加の呼びかけの工夫がかなり必要だと思います。 まつりを通して、何を訴えたいかによりますが、財政逼迫の中で、必要な人々への予算を削らないでほしいということなら、なおさら、当事者とその家族の参加だけでは、目的を果たせないのです。それ以外の人々の理解と合意が得られないと予算はつかないのですから・・・。 ゆっくり、食事をすることができなかったので、おいしいシュウマイを買って、家に持ち帰り、ばっちりと食事をして、昼寝(夕寝)を1時間して、夜の集まりに出かけました。 |
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2003.11.22(土)子育て家庭支援者研修会 学びあおう 支えあいの子育て 第二回 子どもの発達を考える〜安全・安心・愛されていること〜 成長と発達:心と体は一緒になって発達する (1)発達の原理 順序性 連続性 分化と統合 (2)発達の独自性 発達のリズム(らせん状、ジグザグに、また停滞と領域差) 発達の個人差 (3)相互関連性 成熟と学習 環境と相互作用 発達の相互性 メアリー・ゴードンが考えたことで「赤ちゃんが学校にやってくる」という授業を、日本でもやってみたら、とても大変なクラスが、音楽の時間に‘しっとりとした’歌を唄うようになった。赤ちゃんが持っている力が子どもたちによい影響を与える例である。この余談をきいて、これは、ぜひとも、赤ちゃんがどのように成長するかを子どもたちにみてもらい、自分も同じようにそだち、育てられたのだということを通して、命の大切さを知って欲しいと思いました。 発達にとって大切なこと:子どもの発達と家族の発達 (1)からだの成長 栄養のある食べ物、休息、運動、安全な場 (2)こころの発達 @安全;誰も自分を傷つけない A安心;必要な時、世話をしてもらい、慰めてもらえる B愛されている;誰かにとって重要な存在(基本的信頼の獲得) 「子どもは、人が自分を見る目で、自分自身を見るようになる」ということを、学びました。 ファシリテーターとは:伴走者である リーダーではなくサポーター 参加者一人ひとりを輪の中へ招き入れる。 参加者全体の状況を把握し、交わされた重要な動きを見落とさない。 場の観察者、また参加者でもある。 前回とグループも入れ替わり、自己アピールをして、最後には、室内を‘歩く人’と‘伴走する人’の双方の経験を通して感じたことを話し合いました。殆ど、初めて会った人たちなのに、3時間、共に話し、学んだだけで、お互いに理解しあおうとしていることが分かりました。 |
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2003.11.21(金)調査活動 毎週金曜日の朝10時から11時までの1時間は、ゆづり葉の家で受託している室内清掃にピンチヒッターとして今月から行っています。知的障害者の青年たちの居場所になっているところなので、少しでも気持ちよく、危険のないようにと気を使いながら清掃をしてきました。 市役所にいき、用事を済ませた後は、財政分析研究会での役割分担の調査のために、関戸図書館に行き3時間近く充実した時間を過ごしました。このようなときを過ごすたびに、議員時代とは全く違った‘やりがいを’感じるのは何故でしょうか?誰の為でもなく、やらされているのでもなく、自らの意思で、一市民として、知りたいことを調査しているからだと思います。 それにしても、議員の時の時間の使い方はどうだったのでしょうか。所属の団体の会議、所属会派の会議等々、年間の議会に費やす時間よりはるかに多かったと思います。もちろん、議会の為の準備は多くの人達とのかかわりの中でもやってきました。延べの時間になおしたら、大変なものになったでしょう。しかし、財政問題に関しては、研究会に入っていたにも関わらず、自らの考えで調査をしていなかったのが実情でした。 私のなすべきことは、8年間に為しえなかったことで、今ならできることをすることだと考えています。地道な活動が、必要な人のためになり、ひいては多摩市の為になればと思っています。 |
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2003.11.20(木)産後支援のコーディネート 多摩市では、この8月から産後一ヶ月以内に、一日一回2時間から4時間まで、10回の支援をする制度が始まりました。 私の所属する「NPO子育て応援団そらいろのたね」も対象事業所として登録してあり、今回2件目の派遣依頼が市役所を通してありました。私とベテランメンバーでコーディネートに行くことになり、二人の日程調整をして、先方のご都合で本日、雨の中、訪問させていただきました。 1時間ぐらいの滞在で、十分に聴き取れたつもりで事務所に報告しました。かなり、ハードな内容ではないかとの指摘を受けました。4時間という纏まった時間の中でなら、3人の年子を育てた経験からできるだろうということで、二ーズ通りを、引き受けてきたわけです。しかし、自分ひとりで10回入るわけではないし、何が起こるか分からない仕事ですから、できる範囲でやらせていただく旨を、言い置いてくれば良かったなと、反省しています。 ともあれ、このような制度は、核家族では長いこと待ち望まれていたものなので、大いに利用をしていただきたいと思います。 |
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2003.11.19(水)グリーンコーラスの練習 娘の子育て支援をしたあと、一寸だけ昼寝をしようと横になったら、寝すぎてしまい3時から始まるコーラスに遅れてしまいました。練習場の多摩市立東愛宕中学校のクラブハウスからは、新しい曲が聞こえてきました。「星に願いを」アニメ映画「ピノキオ」から、で、とてもきれいな歌声です。先生からも‘初見でこれだけ唄えたらすばらしいわね’と、ほめられていました。 来年の合唱祭のために、9月から練習している「魅惑の宵」は、三部合唱ですが、アルト、メゾソプラノとも最初の音取りが難しいので、雰囲気に浸るのはまだまだ先のようです。「ゴッドファーザー愛のテーマ」は、三部合唱に編曲したものを、さらにユニゾン、二部と変えて唄うので‘頭の体操’が必要です。 この曲のイメージを膨らませる為に、それぞれの映画を観たいという声もでました。ビデオを借りてできる限り多くのメンバーと観ることで、音楽にも反映できるのではないかと思います。 曲のイメージを膨らませるというと、いつも思い出すのは「ねむの花」です。花のイメージが浮かばないメンバーのために、故人となったTさんが花のついている小枝を練習場に持ってきてくれたのです。その優しげなピンクの花と甘い香りを私たちの胸にとどめた結果、この歌の出来上がりはみんなの満足するものになりました。 グリーンコーラスでは、発表させていただく場として、南部地域病院、特別養護老人ホームを訪問しています。今後も、受け入れていただけるなら、フルメンバーでなくとも伺えたらよいという話も出ています。このホームページをご覧になった方からもご紹介いただけると嬉しいです。 |
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2003.11.18(火)味噌汁のおやつ プレイルームゆづり葉の家・子どもクラブのおやつ当番の日でした。何にしようかなと思っていたら、昨日、親戚から取れたての大根、小松菜、なめこをたくさんいただいたので、これを味噌汁にしようと考えました。ただ、好みがむずかしい子どももいるので食べてくれるか心配だったのですが、お替りしたり、残さず食べてくれたのには感激しました。あとは、食パンのチョコレートバタートーストで、口の周りをチョコだらけにして食べました。素朴な食べ物が喜ばれることを知った日でした。 |
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2003.11.17(月)原則と行動 本日付、朝日新聞夕刊16面、評論家の加藤周一さんの「夕日妄語」の冒頭に「原則は一般論である。行動は具体的個別的状況に対する判断にもとづく。平和はほとんど常に、誰にとっても、少なくともタテマエとしては、理想であり、原則である。」と述べています。今年の初めから世界中で起こったイラク征伐についての戦争反対運動と、多くの国の政府が米国の指導する戦争を指示したこと、この見解をめぐっての鋭い分裂は、「具体的な状況判断を中心としておこったのである。」としています。そして、2003年1月13日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が外交団に対する演説で『「戦争は運命ではなく、人類の敗北である・・・・戦争は国際紛争を解決するために択ぶ事のできる手段の一つではない」と言った。』を、引用しています。この演説に対して駐ヴァティカン米国大使がどう反応したか、が次に書かれています。「法王は戦争を望んでいないが、(絶対的な)平和主義者ではない」と言い、「米国の大統領も国民も戦争を望んでいない」と語った。つまり、法王の声明を国民の多数意見と同じように、特殊で個別的な状況判断のちがいにすぎないと主張したのである。(『創造』120号、発行2003・6・30) 加藤周一さんの文章を私なりに意訳した部分もあるので、分かりにくいと思います。まずは、『創造』120号を読むことをおすすめします。 人類の戦いが、いつの頃から死活問題からはなれて、「不知足」の精神、強欲の極みになったのでしょうか? 少なからず情報操作が為されている中で、私たちは、状況判断して行動するしかありません。多様な意見があるのは当然で、その発信が利害にもとづくものか、原則にもとづくものかを、距離を置いて俯瞰する必要があると思います。 |
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2003.11.16(日)お楽しみ&議論の一日 街の研究所通信の原稿を朝の4時半ぐらいまでかかって仕上げていたので、少々寝不足の一日でした。今日は、プレイルームゆづり葉の家・子どもクラブのメンバーとスタッフが、練習を重ねてきた手話コーラスを舞台で披露する日でした。2時からリハーサルがあるということで集合し、本番は、4時半ということで、それまでの時間を費やすのに大変でした。個性のある子どもたちどおしのトラブル解決や、お腹がすいて機嫌が悪くなっている子の対応など等、限られたスペース、舞台出演を控えている制約を理解してもらうことにも苦労しました。 夢まつり 2003・MAYA コンサートへの、出演をした感想は、子どもたちの家族も含めた会場の方たちと一緒に舞台を創りあげる演出もすばらしく、楽しい時を過ごさせていただいたなと思っています。残念なことは、素敵なコンサートに、子どもたちと共に、観客としても参加したかったなと今でも思っています。 *************** 夜7時からは、ベルブ永山で、「イラクへの自衛隊派兵に反対する多摩市民行動を考えていきませんか」という呼びかけに応じて9時まで議論してきました。 集まった17人は、行動を起こすことには異論がないのですが、憲法9条を護る事を前面に出すか出さないかで、意見がわかれました。 私自身は、今の日本では「憲法9条」を護るべきと考えているので、実行委員会名にもその表現を入れるべきだと思います。集まった多くの人は、今回の総選挙の結果からも、トレンドではないし、多様な市民と行動する為にもその表現は入れない方が良いということで、次回まで(11月24日18:30からベルブ永山)の宿題になりました。皆さんの参加をお待ちしています。 |
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2003.11.15(土)多摩センターイルミネーション2003 新聞折込チラシに標記のものがあり、内容は多摩センター駅北・乞田川親水公園にて稚魚放流、午後2時から3時、参加者先着お子様に素敵なサンリオグッズをプレゼントします。というものと、4時からイルミネーション点灯式があることです。 私の所属するNPO子育て応援団そらいろのたねが2003実行委員会と共催で12月5日にイベントをするので、そのチラシをひとりでも多くの方に見てもらいたいと思い、この両会場に出かけて配布しました。3人で100枚以上、短時間で受け取ってもらい、上機嫌で帰って来ました。政治に関する集会のチラシ配布ではとても味わうことができないはつたいけんをしました。 因みに、チラシの内容を転載しますので、読んだ方は「口コミ」で広めてください。
多摩センターイルミネーション2003 X’masコンサート 歌のおねえさんと うたって遊ぼう! 出演:はるぐちまさこおねえさん 12月5日(金) @11:30〜12:00 A12:30〜13:00 *多摩センター中央広場クリスマスツリー前 (雨天の場合、多摩センター百貨店ビル7階にて開催) *参加無料:直接会場へどうぞ |
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2003.11.13(木)、14(金)World Peace 2003 有事法制が国会を通過したということで、多摩市内での反戦運動が一時的に途切れてしまったことから、新たな動きを作ろうと女性が中心となって準備してきました。 8月15日に渋谷の方で若者が中心になった平和集会があり、映像とライブで盛り上がっていました。ヒントは、そこから仕入れて、多摩市在住のフォトジャーナリスト桃井和馬さん、自立ステーションつばさの「八丈太鼓」、沖縄からシンガーソングライターの知念良吉さんのライブと盛りだくさんのプログラムを用意しました。 前もって、チラシを知人に渡したりしていたのですが、前日の13日の夕方も聖蹟桜ヶ丘駅前で道行く人に手渡しました。 14日の当日は、14:30に会場に行きリハーサルなどに立ち会いました。音の調整、照明の決め方、映像の準備、ビデオテープの短縮などなど、新しい経験をさせてもらい本番を待ちました。18:30に開演でしたが280席の会場はがらがらでした。主催者側としては、今日も駅前でチラシを配ったので知らないお客さんが来てくれるだろうと期待していたのですが、殆ど顔見知りの観客でした。つばさ太鼓の皆さんは、ねじり鉢巻に半纏姿で力強くたたいてくれました。JVC(日本国際ボランティアセンター)蜂須賀真由美さんからは、アフガニスタン、イラク、パレスチナ、北朝鮮での支援活動を、パワーポイントで紹介してくれました。国際人権ネットワークの代表緒方由美子さんからは、カンボジアでの地雷の被害状況と支援活動の報告がされました。ワールドピースナウのビデオ上映のあと、桃井さんの写真を80枚スライドで流し、友人のクーペさんの「25年ぶりの手紙」が歌われました。 観客の少なさで出演者に申し訳ないなという思いでいっぱいだったのですが、途中から、気を取り直して、ライブを楽しむことにしたら、知念さんも若々しい声で一生懸命歌ってくれました。彼の誠実な、そして、平和への思いが会場いっぱいに響き渡りました。 主催者の女性は、憲法を護りたい、戦争反対というおもいで、それはそれは身を粉にして、今日の日のためにチラシ・プログラム・出演者との折衝と全部を一手に引き受けてくれました。誰の為でもない、平和のためにしてくれたのです。ただただ感謝!! |
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2003.11.12(水)従軍慰安婦 9月30日の私のホームページに載せた、朝日新聞夕刊の連載「8月の果て」柳 美里作が466回となりました。13歳でだまされて従軍慰安婦にされたナミコさんが1945年8月15日の日本の敗戦が知らされた日にただひとり、ひたすら地獄からとおくへ逃げ、プサン港を目前にして引き上げ船から海に飛び込んだことが書かれています。 初恋の人を想いながら、亡き父と、故郷に残した母と兄を想いながら、創氏改名する前の朝鮮名は汚されていないことを叫びながら、自分の名前を抱きしめながら身を投げたのでした。 この小説は、地獄を経験したナミコさんに代表してもらって、私たちに訴えかけているのだと思います。戦地の兵隊には「楽園」であっても、その相手をする女性にとっては「生き地獄」であることへの想像をしてほしいと・・・・。 男女共生社会において、人権教育として従軍慰安婦についての授業を続けている根津公子先生に感謝こそすれひなんなんてできるものではありません。まして、短い時間でやればいいんだなんて認識不足も甚だしいと思います。 |
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2003.11.11(火)総選挙後 自公保の与党3党が連立を組むことで政権が維持されるのを踏まえて、自衛隊と文民を年内にイラクへ派遣することを小泉首相は決断したと報道されています。基本計画は、ラムズフェルド米国防長官が来日する14日に閣議決定し、19日召集見通しの特別国会に報告する方向ということです。陸海空自衛隊・文民計1200人を、非戦闘地域のサマワだけではなく、バグダッドや、バスラの空港に物資を空輸するなど、に派遣する。 一方、外務省はイラクに派遣する省員が死亡又は重度障害を負った場合に支給する弔慰・見舞金にあたる「しょうじゅつ金」の最高限度額を現行の6千万円から9千万円に引き上げる方針を固めたと、報道されています。 外務省は、復興支援に伴いバグダッドの大使館の増員、自衛隊の派遣先に現地事務所の開設も検討していて、危険性は自衛隊員と変わらないと判断した結果ということです。 弔慰・見舞金が3千万円引き上げられるということが、何を意味するかといえば、危険が保証されているところへ赴くということです。自衛隊員、家族、外務省員、家族がどのように受け止めているかは、全く報道されていません。実際に陸海空自衛隊員が合計何名いるかもしりません。隊員が、省員が「しょうじゅつ金」の対象になった場合にどれだけの家族が影響するのかなど、メディアは調査報告するべきです。 安定多数を獲得したから、イラク派遣を‘大手をふって’やれるのでしょうか。有権者の大多数が自分と家族には関係のないことです。せめて、当事者になったつもりでの想像力を働かせるような材料が提供された中で、国民の判断を仰ぐべき事柄ではないでしょうか。 保守新党が解党し、自民党に合流することになり、公明党との連立のみになりました。小泉首相自らが声を掛けたとのことです。この調子で単独政権を確立しようとしているのではないかと、かんぐってしまいます。 |
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2003.11.9(日)・10(月)総選挙 ハッキリした天気ではないので選挙日和だと思っていました。同居している若い世帯は政治には関心がないので、開票経過はテレビで観ることができないと思っていたのですが、途中までは、みんなでみて、殆ど最後までは、私一人で観ることができました。 世の中の流れが、何か大きな力で、よからぬ方向に変わっているように思えてならないのは、私だけではないと考えます。憲法と教育基本法を一気に変えてしまうかもしれない体制が出来上がってしまいました。議論する余地をどこに見出していけばよいのか、皆目見当がつきません。 |
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2003.11.8(土)多摩市の行財政改革を考える連続講座(第2回) 多摩市の行財政改革の今後の行方!!「多摩市行財政診断市民委員会」を終わって〜市民参加の行財政改革にむけて!〜というチラシを見て、18:30から永山公民館視聴覚室にでかけました。 始めに、市民委員会の委員長である桧垣正巳氏より「多摩市行財政診断市民委員会」を終わって、という講演がありました。その要旨を以下に載せますのでご参考にしてください。 自分自身も危機感は持っていたが、多摩市のことを知らなかった。ほかの委員も同じだったと思う。これが、普通の市民である。勉強させてもらった。 すばらしい診断白書を土台にしながら議論をしてきた。市政全般なので論点の整理が難しいと予想をしていた。 留意した点 @診断という意味は、大きな捉え方と個別具体に関わったものもある。 A5年以内に経常収支比率を90%にするために歳出をカットしなければならない。 B多摩市の特性は、多摩ニュータウンであり、大量の集合住宅に同年代の同質の集団である。 当時としては、先行的、政策的なまちづくりをした。「テニスコートのある街」として都 心の街中からは羨ましがられた。 C維持管理、更新のために、今後、相当の費用を要する。 D集会施設を始めとする施設サービスが高い。(行政の守備範囲を超えてるものもある)使用 料も安い。 E不交付団体の東京都も行財政改革に取り組んでいる。多摩市も、平成12年3月行革プラン21 をだし、その後、改訂し取り組んできたと見る。 F収支の均衡を図るために支出を減らす、事業の大幅な見直し、ゼロベースの原則 G社会のあり方として、市がやるべきことは、信頼のネットワークのもとに、、子育て・子育 ちの支援、高齢者・障害者への支援、新しい公共づくりのためのしくみをつくる。 H新しい収入源を考えるために、外資系を含めての企業誘致、若い人達が住みたい街にする。 I今後の課題としては、提案などが実行されるようにすること、そのために、委員会を作るこ と。情報の共有が重要であること。 次に、副委員長の大杉 覚氏より「新しい公共」へのプレリュード、夢からの覚醒と新しいシナリオ・ライティングへと題して、パワーポイントを使ってのお話がありました。 健康である為には予防が必要である、ということが、財政診断の結果ということでしょうか。 多摩市の「含み資産」を活かせ 「新しい公共」の実験場として、多摩ニュータウンは、なぜ、相応しいのか。 ・「市民団体活動」高度成長時代の幕開け ・「仕事」から解放された新3高(信頼・品位・創意)を誇る「ニュー高等遊民」群の出現 自分が主役!のシナリオにチャレンジ! 市民が個々のライフ・スタイルに合わせたシナリオ・ライティングへ ・ステージ:多摩市 ・主演 :自分 ・共演 :他の「新しい公共」の担い手たち 行政をはじめとする他の「新しい公共」の担い手たちとのかかわりの再認識 多様な地域像の選択・創造と許容 最後に、市民委員会の傍聴を続けた元山 隆氏より、まちづくり研究会からも公募市民にトライしたがかなわなかったこと。市民サイドに立っていない報告書であることを述べられた。 ・行政も早い段階から方向性を出していた。 ・ニュータウンの成り立ち、国の施策として多摩村が受けた。 ・一挙に高齢化になる団塊の世代が入居した。 ・分権の時代としての発言が国・都に出されていれば、それが反映された白書になるべき。 ・「市民」が入った委員会として、こういう結論を出すのは納得がいかない。 パネラーの発言後に会場とのやりとりがありました。出席者は、18名ぐらいで、企画政策部からもその他に3名控えていました。 質問に対して、来年度の予算に反映させたいということだったので、時間が限られていた。議会費のこと、入札制度のことなどは話題にもでなかった。学識委員も市民公募委員も区別なくやれたし、短期間でよく調べてくれた。ここで終わるのは残念であると委員長は答えました。 全7回通して傍聴した私としては、委員の選出に配慮が必要だったと考えていたので、そのことを発言しました。 |
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2003.11.7(金)介護保険認定調査 長期入院している夫の転院先を探す為もあって、介護認定が切れているので、市役所に申請し、今日の午前中、私の立会いの下、調査が始まりました。午前中は、覚醒の度合いが悪いのか、いつもなら私が声を掛けると目を開けるのに、開けてくれない。調査員の方は、外見で分かることだけベッドサイドでチェックして、後は、別室で私からの聴き取りとなりました。さらに細かい医学的なことは、看護科長に聴いて確かめ私の承諾を得ました。 さすがに、24時間を通して患者と接している看護士さんは、的確に答えています。今日は、たまたま眠いのでしょうが、いつもは、イエス・ノーははっきりしているそうです。家族は悲観的に捉えがちなのかなと反省しました。 調査結果がコンピュータに入れられ判定が出て、医師の意見書と共に判定会議に出されるわけですが、在宅が可能ならともかく、不可能な要介護者の受け入れ先がないのが現状です。保険料を払っているのに介護なしということを経験している人がどのくらいいるか、しっかりと調査をするべきではないでしょうか。介護保険対応の療養型病床を多摩市の中に、或いは、近隣に、一日も早く整備しないと、老老介護の家族、生計を立てなくてはならない介護者は、途方にくれてしまいます。介護の社会化という言葉はどこへ行ったのでしょうか。 |
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2003.11.6(木)東京都人事委員会公開口頭審理 傍聴席29に対して10名ぐらい希望者がいたので、抽選になり、私ははずれたのですが、譲ってくれた人がいて、最初から傍聴することができました。 多摩市立多摩中学校に在席していらした根津先生の請求で、今回は、保護者のTさんが証人を引き受けてくださり、請求側と処分側それぞれ45分の尋問時間と発表されました。 請求者側の代理人からは、6月22日に開かれた全校緊急保護者会について、証言をもとめました。 細かい内容は書いていない緊急保護者会通知を子どもが持ち帰ったので、出席した。 体育館で舞台側に教師、向き合う形で保護者(120人ぐらい)が座り、教師群の真ん中に一人だけ前に出るように根津先生が座っていたとのこと。教頭が司会をして、校長が経過を話し、その中で保護者からの苦情が読み上げられた。自分の子ども(2年)とは違う学年の話ということはわかった。 ある保護者から、根津先生から話をしてほしいということで、先生が内容と、自分の思っていることを話した。 保護者の中から、従軍慰安婦のこと、言ってはいけないことで生徒を傷つけたこと、従軍慰安婦の授業をやって欲しくないことなどの意見が出た。「従軍慰安婦の授業を来年もやるんですか!」と、激しい口調だった。 話し合われていることが、保護者のなかで、よく分かっている人と、分かっていない人の差があると思った。1年の保護者は、何のことか分からないというつぶやきもあった。 どんどん激しくなり、意見が出ると拍手が出る。大多数が拍手していると思ったが、後から聞くと30人ぐらいだったということ。 こういったことは、当事者の学年で話せばよいのに、どうして緊急保護者会を開くのかという意見が出たが、取り上げることもなくまた、非難の意見が出た。 自分は、雰囲気で発言できなかった。同僚の先生の発言は全くなかった。校長、教頭は、治めるという状況ではなかった。自分は、校長は先生をかばう立場ではないかと思った。 PTA会長が決議文@多摩中の名前を使ったビラを配らないA生徒の名前・住所を外部に知らせないB外部の人を学校の中に入れない、を読んで、拍手で採択された。大多数に聞こえたが、後から聞くと30人ぐらいという。 自分は、従軍慰安婦の授業は取り上げて欲しいと思っていたので、それをいえない雰囲気はヘンダと思った。 ・・・・・・・・・・ 処分者側からの反対尋問では、根津先生と初めて会うことになったきっかけについて、4月25日に他の人と一緒に保護者として、何故、事情聴取を受けているのかを聞きにいったことについて、6月22日の保護者会での発言内容について、など等、訊いた後に証人の保護者会・授業参観への出席回数について、でやく20ぷんでした。 ・・・・・・・・・・ 請求者側から補足として、根津先生が弁明することはあったか、については、あったけれど保護者の発言が打ち消した。冷静に話し合う場だったか、については、そうではない。つるし上げのようか、については、そうです、座り方もおかしいと思った。 一保護者が証人として人事委員会で発言するのは、とても勇気のいることだと思い、応援の意味も込めて傍聴に駆けつけたわけですが、本人は、背筋をまっすぐにして、実に堂々と答えていました。処分者側のウラのある質問にも引っかかることなく、質問した代理人が、思わず、あなたと議論するつもりはないというほどにきちんとした考えの下に対処し、尾ひれもつけないで簡潔でした。 |
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2003.11.4(火)伝えることの教育効果は? 今日、一つのメールから、今後の教育界での波及が十分考えられる内容と思われるので、一人でも多くの方々に知って欲しいと思い転載します。 (転載可) 重複失礼します。 今日、大阪扇町公園で開催された「団結まつり」に行って きたのですが、そこでブチッブチッとくる情報を聞いてきたので、 緊急にお知らせし、抗議を募るしだいです。 昨日、11月1日、大阪市立柴島(くにじま)中学校において、 新校舎竣工式が行われたそうですが、生徒も出席していた その式で、来賓代表として挨拶した自民党の床田正勝市議 が教育勅語全文を暗唱し、その後、生徒たちに向かって「国旗・ 国歌」を大切にするようにと訓辞を垂れたそうです。 たまたまその式に出席していた「東淀川・教育と人権・平和・ 環境を考える会」の藤井さんという方が、柴島中学校長に対し、即日公開質問状 を出されたそうです。その公開質問状を入手 しましたので、転載します。 【以下転載】∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 公開質問状 大阪市立柴島中学校長 東井雅和さま 2003年11月1日(土) 東淀川「教育と人権・平和・環境」を考える会 連絡先:TEL/FAX 06-6328-1073(藤井方) (住所省略) 当会は東淀川区に在住・在勤・在学する老若男女からなり、 人権・平和・環境の視点から教育の問題を考えるグループです。 柴島中学校は「自立・誠実・共生」を校則にし、2003年度 教育指導方針(1)教育目標の「こんな生徒に…」の中でも、第 1に「人権感覚するどく、国際性を身につける生徒」をあげるなど、いつも子ど もたちの教育にご尽力下さり、ありがとうございます。 また、新校舎竣工おめでとうございます。 さて、本日11月1日に開かれた柴島中学校新校舎竣工式で、 来賓代表として、大阪市議会議員の床田正勝さんが来賓祝辞 の中で、、新校舎に魂を吹き込みたいといって、「朕惟フに我ガ 皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ…」と 「教育ニ関スル勅語(教育勅語)」(注)全文を暗唱したあと、生 徒に対し、日本の「国旗」「国歌」を大切にしろと話しました。 このことについて、学校の責任者である校長に見解をお聞き したく思います。11月7日(金)中に文書で、上記連絡先まで ファックス、または郵送でご回答をお願いします。なお、この質 問状は公開を前提としています。 (注)「教育勅語」…明治天皇の名で1890年発布した教育の 基本方針。儒教的道徳と忠君愛国を中心に国民道徳の大綱 を示したもので、学校教育を通じて国民に徹底され、天皇制の 精神的・道徳的支柱となった。1948年廃止。(「辞林21」三省 堂より) |
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2003.11.3(月)11・3憲法集会 文京区民センターで13:30からの集会に、文字通りかけつけました。会場は、既に満員で座ることができず、前半は立って参加していました。 門間幸枝とピース・シンガーズの柔らかな中にも凛としたメッセージを送る歌声は素敵でした。日本国際ボランティアセンター・イラク現地調整員の原文次郎さんは、戦後から10月半ばまで現地にいて、帰国後の救急車を使っての病院爆破には、大変ショックを受けている、日本に対して好感を持っているので、自衛隊派遣をしないで欲しいというお話でした。航空安全会議議長の大野則行さんは、有事法の施行令が10月3日に出され、従事命令は航空会社も指定し、会社は相当の理由がないと断れないこと、従業員は断ればリストラ対象になるであろうこと、入らないなど、憲法の前文をもう一度読み返して、改憲の流れをストップさせるよう、力強い呼びかけがされました。 シカゴ大学のノーマ・フィールドさんからは、「法律を慈しむとは」という講演がありました。米国では、市民が憲法集会をするなんてことはなく、現状に対する意識が希薄である。日本では「日本国憲法」があるから市民が集まり、論ずるのではないか。平和ボケというが、それは、平和の大切さに対するボケだと思う。 法律は、何かを起こさせる為に立法するということから、@抽象的な法律を具体的な行動に変えていくA抽象的な法律を想像力を発揮してしらないこと、知らないところへの具体性を持つ。 憲法9条が、非現実的だというなら、@本当に非現実的なのかAウソの度合いを測るBアジアの人々を犠牲にしたうえでできたことの確認Cアメリカの現状が、日本にもすぐそこまで来ていることの認識D一国でも平和主義の国があってよい。 日本は、今は「一国傀儡国」になっている。これをやめて、日本国憲法を自らのものとして実体化する、それが、アメリカ人をも動かすだろう。太平洋をはさんで、双方で平和憲法を守っていきましょう、とエールを送られました。 東京大学の小森陽一さんからは「9条の発信がアジアの願い」という講演でした。今回の総選挙の争点は、憲法改悪、教育基本法改悪であるはずが、二大政党の戦いのようになっている。マスコミもそれに乗じている。 国連で、ではなく、アメリカとイギリスの二国間同盟で世界の紛争を解決する動きがある。アメリカは日本もイギリスと同じようなくにになってもらいたいわけである。歴史を抹殺して、ウソがまかり通ろうとしている。文学研究者はウソの研究者であるから、その辺が見えてくるのである。お金で買われたマスメディアの繰り返しの宣伝で「考える力」を奪われている。 戦後史の出発はどこにあるか、沖縄を米国にさしだし、殆どの基地に思いやり予算を出している。(他国には例がない)これは、天皇をソ連、右翼、左翼から守る為であり、自衛隊はアメリカの基地を守る為にできたのである。 自衛隊を人を殺す組織に変える(法律が次々とできてくる)動きで、北海道では自衛隊員の子どもは自衛隊に就職しない。 総選挙後は、二大政党によって「改憲競争」が為されるだろう。これは、日本の誰一人にとっても利益にならない、国の破壊、亡国に向かっていくのか、憲法9条は、広島・長崎の「カゲ」となった人、「被爆」した人々によってなりたった。(ことを想起して欲しい) 松山大学の大内裕和さんから「教育基本法改悪について」特別発言がありました。 |
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2003.11.2(日)多摩ドーム建設準備? 昨日付け「多摩ニュータウンタイムズ」に、‘多摩ドーム建設準備報告会開く’という記事が載っていました。以下に内容を転載します。 「多摩にJリーグを呼ぶ会」が発足してから、今年で十年目を迎える。この会は「東京多摩ドーム建設準備室」と名称を改め、新たな稼動が始まろうとしている。代表の朝倉泰行氏(多摩市議会副議長)は、十月十日京王プラザホテル多摩を会場に数十社に及ぶ建設関連会社を招き、「東京多摩ドーム建設準備室」の報告会を開いた。席上朝倉氏は、多摩センター北側台地に東京都所有の広大な土地が未だ利用されることなく空き地となっている。この土地を都から借り受け、多目的ドームを作りたいと思っていると語った。さらに「この構想は多摩センターの活性化に繋がることから、所属する会派はもとより、議長そして、市長、助役、教育長などの同意を得ているとし、東京都に話を持ち込んだところ、今年になって、借地でもということなら考えてみると言ってくれ、手応えを感じている。京王、小田急、モノレールと交通アクセスは申し分ない。何とか実現させたい」と訴えた。 この記事を読んでいくつかの疑問があるので列挙したいと思います。@都有地を誰が借り受けるのかA誰がドームを作るのかB所属する会派・議長・市長・助役・教育長の同意を得たのはいつの時点かC今年になって考えてみるといったのは、何月何日・所管・氏名D建設関連会社数十社に何を期待しているのか。 多摩市の財政状況が緊急事態で総合計画の事業も危ぶまれている時に、こんなことがあっていいんだろうかと腹がたちました。記事を掲載するほうもどこまで調査がされているのでしょうか。 既成事実のようなかたちで、のっぴきならない状態にならないかと心配です。 |
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2003.11.1(土)こだまの会(失語症友の会) 毎月第一土曜日の定例会に、何回か休んでいたら、こだまの会のメンバーが新しい楽器に取り組んでいるのでびっくりしました。トーンチャイムといって、ハンドベルのように一つずつ音色が違うので、指揮者から合図があったら音を出していく、タイミングよく皆が楽器を振ると「清しこの夜」になるのです。ボランティアの斉唱と、全員の斉唱と練習を重ねましたが、先生は汗だくでした。11月24日の福祉祭りに出演するそうで、衣装も急遽きめました。 今日は、午前中は調理実習で、ひき肉をボールにしたものと、たまねぎとパプリカを合わせた酢豚・マツタケの吸い物・落花生入りのご飯・フルーツ入り寒天・即席漬け・サツマイモの黒糖煮でした。病気になる前は、調理師の方がいるので、味付けや調理法はお聴きしました。お米他提供してくれる方があったので感謝しながら頂きました。後片付けも皆さん手際よく、大体の方が左手ですが、いつも使っている方の指示に従ってすませました。 当事者の方、家族の方、ボランティア、先生が、以前にも増して、元気で明るくなったなと感じた一日でした。 |
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2003.10.31(金)子育て支援 IT講習の保育の仕事で9時に西永山複合施設に行きました。6人の子どもを3人のスタッフで看る事になっていたので、おぶい紐も用意してもらいました。ところが、熱が出たり、用事ができたりで3人の子どもしか来ませんでした。親が講習に出かけるときにも、誰も泣かなかったので助かりました。窓際では、秋には珍しく強い日差しなので、靴下を脱がせたりなどの配慮をしました。1、2、3才なので、ごっこ遊びもできたりして、楽しく過ごすことができました。 午後からは、我が家で、娘が外出をするので来月に1歳、2歳になる孫のおもりをしました。私が3人の子どもを育てた時には、疲れたなんて言っていられませんでしたが、一日ともなると(よる年波には勝てない・・・)疲れきってしまいました。 ものを習ったり、おしゃれをしたりする間、子育て支援をするのに、いくらの対価が適当かというアンケートがありましたが、利用者としたら安いほうがよいし、支援者としたら、高いほうがよいし、答えは難しいなと感じました。 |
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2003.10.30(木)日本の林業 先日、友人が、分譲共同住宅を「循環型社会形成の為の自然住宅」にリフォームし、設計者の説明つき見学会の案内をいただいたので、でかけました。 ドアを開けると、杉の香りがぷーんと漂ってきます。リビングの床は、うるしぬりで、キッチンの戸棚なども全部、漆塗りです。収納場所の中も、できる限りベニヤから木材にかえています。壁紙も布製で手触りがやさしいものでした。 自然住宅を建てるための四つのルールは、環境を守る為の活動からうまれました。@構造の原則(耐力性・耐久性・安全性・美観性・リユース性・経済性)A工法の原則(耐久性・環境保全性・資源循環性・省エネルギー性・快適性・経済性)B素材の原則(安全性・快適性・リサイクル性・環境循環性・文化性・経済性)C快適性の原則(快適性・デザイン性・文化性・順応性・安全性・経済性)。設計者の田久保美重子さんは、「自然住宅は、住まう人の健康を損なわず、解体される時においてさえ、材が利用可能な状態で分解でき、しかも有害なゴミにはならず、最終処理においても土に還れることが原則となります。さらに、自然共生・環境保全・資源循環の観点に立ったなら、一戸の住宅でエネルギーを作り、一戸の住宅よりゴミ・汚水も出さず、しかも住まい手が心地よく暮らせることが求められています。それは、一日も早く実現しなければならないことと言えるでしょう。それこそ、自然住宅は、母の強さとやさしさを持ち、母の胎内のような安心してすめるものでなければならないと思います。」と、語っています。 以前に聞いた話ですが、その家を建てる地域で育った木を使うのが一番望ましいと言うことです。その意味からも、安いからと言って、外国産の材木と、コンクリートと釘を使った家は、湿度の高い地域にはあわないはずです。昨年、桧原村で林業を営んでいる、田中惣次さんの話を聞きましたが、東京産の木を使った自然住宅がたくさん建てられるとよいなと思います。 |
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2003.10.29(水)日本一の宿場街 信州の紅葉を見に行こうと友人が誘ってくれて、日帰りの旅をしてきました。中山道の奈良井宿は、知る人ぞ知る宿場街で、文部省選定重要伝統的建造物群保存地区となっています。 どの宿も、細かい格子戸があり、昔ながらの屋号を残しています。漆塗りの産物を売る店も、喫茶店も教会も、会館も、全部が、この1000メートルに渡る保存地区のなかにあります。冬場はとても寒いので、お店をしめているところもあるとききました。ゆっくりと、浸る時間は無かったので、もう一度訪れたいと思うほど印象深い土地柄です。 次に、穂高駅のそばにある、わさび大王園をおとずれ、きれいな水の川幅いっぱいの、山葵田をみる事ができました。夕暮れ迫る冷たいだろう川で、養生をする人々が見えました。わさびソフトクリームを食べてお腹も満足しました。 夕焼けの北アルプスをみながら、山の中腹にある温泉にいき、露天風呂につかりながら、1時間ぐらい四方山話をしました。遠くには、松本の夜景、真上には火星、松の合い間からは月が輝き、丁度良い湯加減で気分も開放され、生まれて初めての長湯をしました。 7時をまわっているので、東京に帰るには、食事をしないほうが、緊張感を持って運転できるのでよいということで、名物の信州そばも食べないで帰ることにしていました。しかし、友人が信州に来た目的の一つは、共同農業をしている農家の収穫した新米と孫の七五三の御赤飯用のもち米をもちかえることです。午前中もお寄りしたのですが、100年以上たっている、立派な日本家屋に、88歳の母上と、60歳になった女性とで農業をして暮らしておられます。 玄関で失礼をしようとしたのですが、母上が新米をたいて、煮物を作って待っていてくださったと聴くと、固辞することができず、またもや、上がりこんでしまいました。大根も、人参も、さといもも、ささげも、みんな自家製です。 農家の「小昼」の話では、凍りもちの話が珍しくて楽しくききました。乳児がお腹をこわしたときに、熱湯を注いで食べさせるとよいというので、今度、ぜひともご馳走になりたいということになりました。信州の友人は、何人かいたのですが、「凍りもち」のことは、一度も聞いたことがありません。なぜかと言うと、内々の小昼にしか食べないかららしいのです。 ささげについても、赤飯の小豆とだけしか思っていなかったのですが、農家では、鞘を食すのが普通で、晩秋になり、鞘が硬くなると豆を取るようにしているということを初めて聴きました。 地産地消を地で行っている方の話はおもしろくて、帰るきっかけができません。9時過ぎに失礼をして帰途に着きました。3人のうち1人しか運転ができないので、大変な思いをさせてしまったのですが、とても楽しい、密度の濃い経験をさせていただきました。 |
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2003.10.28(火) 夜来の雨で乞田側沿いの遊歩道も濡れていました。ここ二、三日の冷え込みで桜の葉がすっかり紅葉し、上を見ても、下を見ても色とりどりで、一人で歩くのがもったいないぐらいでした。 ふと川面を見ると、カルガモが二羽泳いでいました。少し行くと、元気なもう一羽が、滑空して川下に飛んでいきました。さらに、葦の傍では、二羽が語らい、上流では、三羽が餌をあさりと、全部で十二羽を観測しました。春から、気にかけていたカルガモの子どもたちが、こんなにたくさんいたなんて本当に嬉しくなりました。 子育て支援の「そらいろのたね」のミーティングへいくまでの、20分ぐらいの道中で、とっても得した私の話です。 今日の朝日新聞の夕刊に「平和教育に尽力 石田明さん死去」と訃報がありました。広島の爆心地から約750メートルの路面電車の車内で被爆。その後、教師となり平和教育に力を注いできた方です。私は、昨年の8月に、縁あって、お会いして体験などをお聴きすることができました。その2週間前には皮膚がんと診断されていました。その後も、治療を受けながら、イラク戦争反対を訴える座り込みをするなどの活動を続けていたそうです。 心よりお悔やみ申し上げると共に、日本が戦争をしない国・加担しない国になるよう、草の根の運動をし続けることを誓いたいと思います。 |
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2003.10.27(月)イラク派遣 防衛庁は、イラクに派遣される自衛隊員の処遇を改善するため、衆院選後の基本計画策定を待って、同庁の「賞じゅつ金に関する訓令」を改正する、と言う内容の記事が目に入りました。 任務中に死亡又は重度障害になった場合に支給される、弔意、見舞金の最高限度額を6千万円から9千万円に引き上げる方針を決めたということです。派遣に伴う特別手当も1日当たり1万円引き上げ、3万円とする方向にもなっているそうです。 賞じゅつ金引き上げの背景には、「政府の政治的・外交的判断で、非戦闘地域とはいえ、危険な地域に派遣されるのだから、相応の処遇をすべきだ」(同庁幹部)との配慮がある。 この記事を読んでも、制服組が、政府に対して、どのようなスタンスで危険地域に派遣することを了承しているのか分かりません。3千万円も上乗せするほどの危険を冒すことを誰が望むでしょうか。政府の高官もその家族も、誰一人、不安な想いで任務終了を待たなくて良いのですから、アメリカとの同盟関係を重視した判断で、すべて動くわけです。かけがえのない命を失わせないためにも、私たちは、再び活動を始めようとしています。 |
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2003.10.26(日)多摩市の行財政改革を考える連続講座 公民館市民企画講座の第一回に参加してきました。広報での案内があったので、多くの参加があるかと思ったのですが、思いのほか、少なかったので、がっかりしました。「行財政改革」と言っただけで、なにやら難しそうね、と言われながら私も足を運びましたので、もっと分かりやすい言葉で表現しなければ、市民を主役とすることはできないのかもしれません。 今日の、講師は、多摩市企画政策部の部長と行政改革推進担当課長で、主に、白書作成の趣旨、今後のスケジュール、白書作成の作業をめぐって、白書に対するパブリックコメント、行財政市民委員会の状況について、話されました。 市民説明会をこなしてきたので、だいぶリラックスして臨んでいたように思います。私たちが、訊きたいと思っていたことも、ところどころで本音を聞くことができました。 それにしても、行財政改革といいながら、行政と財政の議論がきちんとできていたのかどうか、はなはだ疑問に感じました。また、各部門が財政をどこまで理解していたのか、逼迫していることの共有はできていたのか、についても同様です。これからは、警鐘を警鐘として、きちんと受け止め得る議論できる組織にして欲しいと考えます。 |
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2003.10.25(土)子育て家庭支援者研修会 学びあおう 支えあいの子育て 第一回 カナダの子育て家庭支援の理念〜カナダ諸施策の背景から〜 1.カナダ諸施策の背景と社会福祉の基本的な考え方 国土は広く人口が少ない国である。 移民を受け入れる国である。〜後から来た人が、大変な想いをしないように支えあう。仕事もシェアしていく。 人を大事にする。〜個が先にある。個にあわせてサービスがある。 @多文化主義 ・個人が築いてきた文化を前提にしながら共存していくという考え方(人権の尊重) ・国民所得が世界の10〜12位・人間開発指数1位(現在はノルウェイが1位) 人間開発指数は、次に掲げる国連開発計画の理念に基づき決まってくる。1)健康で長い人生を送る 2)聡明であること 3)最低限の生活を営むに必要なものを手にする手段を持つこと 4)地域社会に参加できること。 A地域主義 ・3つの政府 連邦、10州、2つの準州 ・州ごとに徹底した地域主義で、州政府が独自の法律を作り、ある意味では、州が一つの国で あると理解。市民運動による草の根的なものから、プログラムの策定が行われる。その結果 、地域で必要なものを作っていくことになり、少ない税金が人々のために使われているとい う実感につながる。 B民間と公との協働 ・コミュニティが先にあって、学校や病院が生まれていった経緯がある。 ・準民間という活動体(募金団体)がある。 ・ボランティアの働きに見る支えあい 2.カナダの子育てとその精神 子育てからの息抜きを。 あなたには、あなたの人生があるでしょう。 献身的な子育てをしないでいいのよ。 子ども自身に「良い自己像」を生まれさせる子育てを! 12歳までは、子どもを残して出かけるとネグレクトになる。13歳になると、訓練を受けて、子どもを見られる立場になる。 @育児・家庭支援の基本は予防的 A家庭と地域を中心とした統合的な子ども支援サービス B家庭支援プログラム(FRP〜ファミリーリソースプログラム) 3.カナダの子育て支援は〜子育てする家庭を支援する〜 ・人権に根ざした思想 ・親自身が親になれるようにサポート(Empowerment) ・子ども病院チャイルドライフ チャイルドライフスペシャリストが、どんなに重症でもベッドサイドにつく。親子ともを、 福祉的部分までサポートする。 ・図書館の子どもサービス ・親の学習グループ 子ども同士、親同士の出会いの場から活動の場へ発展させるお手伝いをする。 ・ファミリー・リソースセンター(オンタリオ)・ファミリープレイス(BC) ドロップイン、たまり場的なところで、バザーもやっている。 ・リスクを持つ子どもと家庭への支援 10代の妊娠も、よく考える期間があり、自己選択する。産むと決めたら、きちんとケアす る。 市民企画講座全5回の第一回目を受講してきました。ノーバディズ・パーフェクト・プログラムに学ぶということで、今を生きる親たちには、嬉しい応援のメッセージが伝えられると思います。私も「そらいろのたね」、「プレイルームゆづり葉の家・子どもクラブ」に所属して、子育て中の親子に接することも多くなってきました。学んだことを少しでも生かせればと考えています。 |
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2003.10.24(金)図書館の午後 午前中は、市役所で障害者団体の話し合いに立会い、市民間での情報の格差での行き違いが、ともすると、当事者の不利益にもつながる結果になりかねないことを実感しました。今回は、職員の冷静な対応と、第三者的な私の存在が、当事者の利益に結びつく結果になったので、良かったと思っています。 時間的な余裕があったので、図書館の行政資料コーナーに足を運びました。市民の目で、補助金が出されている団体について詳しく調べたいと思いましたが、親団体までしか分からないので、この先を調べるためには、アドバイスが無くては無理だなと思いました。市民が、市民の手で、調査活動をきちんとできるような整備がなされているかを、今後は、検証してみようと思います。かねてより、庁内の首脳部会議の実態を知りたいと思っていたので、その記録をひもどいたのですが、議論の経過などは全く記載がありません。今回は、行財政診断白書が市民に示されるまでの過程が知りたかったのですが、これもわかりません。首脳部会議で、共有されて初めて、市民に発信されないと、無責任な対応になってしまうと思います。 パブリックコメントを求めるなら、庁内、どこでも、白書について、答えられるように体制を整備するべきです。市民側からも、要求していくことが必要です。 |
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2003.10.23(木)政治家の引退 朝刊を見て、最初に目に入ったのが、小泉首相が中曽根元首相と、宮沢元首相を政界から引退してもらう様に、今日にでも話をしに行くという記事でした。自民党で、この二人を永久に比例簿の1,2位に置くと決めたから、73歳定年制をとっても、関係の無い状況でした。しかし、民主党が若返っているのに、古い体制を引きずっている印象が拭えないということから、猫の首に鈴をつけるのは小泉首相と言うことになったに違いありません。 昼間のニュースでは、宮沢さんは、引退することを表明したようですが、中曽根さんは、憲法など遣り残したことがあるからやめないといっているようです。政治家が‘独りよがり’になるとこういうことになるのです。はっきりいって、‘老害’だということを、誰かがいわなくてはだめかもしれません。そのだれかとは、有権者であり、私たちの汗の結晶の税金をそういう人たちに使って欲しくないとはっきり言うべきではないでしょうか。 |
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2003.10.22(水)久しぶりのコーラス 7月の多摩市合唱際のあと、私の所属している「グリーンコーラス」は、夏休みをして9がつからはじまっています。私は、ヘルパー研修などがあったので、ずっとお休みをしていました。 一ヵ月半の間に、新しい曲に取り組んでいるので、着いていくのが、かなり大変です。年齢的には、高齢の方が多いのですが、覚えも早く、素敵なハーモニーをかもし出すのに時間が掛からないようです。 「魅惑の宵」、ミュージカル映画「南太平洋」の中の代表的な曲です。高校生の時に友人と見に行ったことを思い出します。とてもきれいな情景で、すっかり魅了されたものでした。タイムスリップしてその時のときめきを思い起こしながら唄ってみました。 ゴッドファーザー愛のテーマ、映画「ゴッドファーザー」の主題歌です。イタリアのシンジケートの話と、この主題歌が余り結びつかないと思ったものでした。心に残るのは、マーロンブランドが扮する「ゴッドファーザー」で、なりきっていることに驚異を感じました。日本語訳をみても、どうもピンと来ません。どんな風に仕上がっていくのか楽しみです。 「霧と話した」鎌田忠良作詞、中田喜直作曲は、全く始めての曲でした。 私の頬は濡れやすい 私の頬が寒い時 あの日、あなたが書いたのは、 何の文字だか知らないが そこは今でも痛むまま そこは今でも痛むまま 霧で濡れた小さい頬 そこは少し冷たいが 二人はいつも霧の中 霧と一緒に恋をした 霧と一緒に恋をした 見えないあなたに抱かれてた だけどそれらが乾いた時 あなたは あなたなんかじゃない わたしはやっぱり 泣きました 唄うことは、ある意味では、演劇と同じで、自分をその詩の中に置いて、想像を膨らまして、なりきることができます。また、長い人生のひとコマひとコマと重ね合わせても唄います。気持ちを素直に表すことができるので若返る気もします。できるだけ、こういった「陽」の趣味は続けようと思っています。 |
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2003.10.21(火)行財政診断市民委員会(最終回) 昨夜、7時から、予定より一回延ばした最終回の傍聴をしました。最終報告書の確認ということのはずが、市民委員と団体推薦の委員からいろいろな修正意見が出されました。会長自身も、報告書の組織の部分での新しい発想を覆すような、中身に関わるような発言をするなど、最後まで、委員会の運営に疑問をもちました。 結局、今日は、市長への報告書提出の儀式は行われず、別途、会長から手直ししたものを提出することになりました。ともあれ、最終回なので、会長から、‘将来から逆算しての提言を盛り込んだ「新しいタイプの報告書」になると思う。市に対して、というより市民が考えるべきことがたくさんある。痛みを分かち合わなくてはならない。その為にも、市民が関わる機会を増やしてもらいたい。’という趣旨の挨拶があり、市長から、‘どこまで、ご審議いただけるか不安だった。将来のことを思って、深く深く、ご審議いただいた。新しい方向性が多く出された。これを、具体的に改革していくことが負わされているが、重い責任を感じている。責任を持って実現していきたい。’という趣旨の答礼をしました。 各委員の感想では、@最後になっていろいろ分かった。やりながら市のことをいろいろ勉強した。A娘たちの世代にツケを回さないつもりで取り組んだ。危機感の大きさ如何で対処していけると思う。B私などで、お役に立つのかと思った。街の様子だけは分かっているつもりだった。白書を通して資料を読んで、とても、お勉強させられた。今後、よりどころとして、白書を深く読んでいきたい。C被害の少ない方法で、処方箋どおり、薬を飲ませて欲しい。等他が述べられました。 7回通して傍聴して来ましたが、最後の、会長、市長、委員の挨拶・感想を聞いて、がっかりしました。そもそも、白書の内容を評価しての出発であり、骨太の方針(?)を、求めている市長なので、傍聴者としては、とても、深く審議しているとは思えなくても、満足しているのかもしれません。さらに、委員に7回を通して勉強してもらうための委員会だったのかということです。公募の意味を、応募する側も、人選する側も考える必要があります。特に、今回、市長は、市民委員会のお墨付きとして、市民サービスを、バッサリと斬っていこうとしているのですから・・・。かねてより、市政に関心を持ち、議会、委員会、審議会、協議会等々を傍聴をして、提言をしている市民が市長の目には入らないのでしょうか。苦言を呈することのできる人物をこそ、この厳しい状況下ではあらゆる部門で登用するべきだと思います。 |
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2003.10.19(日),20(月)新使徒教会の献堂式に参列して 愛媛県北条市小川甲110−17に「日本新使徒松山教会」ができて、19日10:30から献堂記念祝賀礼拝がありました。私の所属する同、多摩教会に次ぐ2番目の教会ということで、何はさておいても参列したく駆けつけました。私は、30年余前に亡き母と四国を訪れ、今回は2度目です。陸路と海路を使っての旅と違い、時間的な制約もあった関係で、今回は空路なので、飛行時間は1時間10分と、隔世の感がありました。北条は、農業と漁業の街らしく、高いビルも無い、とても空が広い、のどかなところの印象を受けました。 多摩の教会の半分ぐらいの会堂ですが、祭壇を含む大部分が2階相当の吹き抜けになっているので、荘厳さもあります。皆さんからのお花が祭壇を囲み、会衆の座る木のベンチには、手づくりの座布団が敷いてあり、聖歌隊の歌集も手づくりと、温かさが伝わってきました。 聖歌隊席に座り、次々と讃美していて気がつかなかったのですが、開会の祈りが始まったときには、会場がいっぱいになっていました。 今日の司会者は、ウルス・リーダラ教区長老(スイス国籍)で、子どもの時の経験から、感謝の心を相手に伝えることが、どんな結果を生むかを話してくださいました。また、‘幸運’と‘祝福’の違いも分かりやすく例を挙げながら、説明してくれました。 参列した、他の教役者の奉仕と紹介が終わり、‘主の祈り’に続く「聖餐式」です。キリストの体と血に喩えたウエハースに三滴のぶどう酒をたらしたものを、洗礼を受けていない方でも、魂の赴くままにいただけることがアナウンスされました。信者に続き、数名の高齢の女性が進み出ました。私は、このときに、何ともいえない喜びに包まれ感涙を流しました。大勢の会衆の前で、しかも、地方のしがらみの中で、高齢者の方々が、ご自分の意思をはっきりさせることは、とても、勇気がいることだと思ったからです。 この教会堂が建つまでには、様々なドラマがあったようです。四国は、巡礼の地として知られているように、信仰心が厚いところでもあると思います。松山・北条市にもキリスト教の信者さんが、宗派は違いますがたくさんおられます。その方々の中に入って、新使徒教会を布教することはどんなに困難なことだったことでしょう。ご自分の信じるところは曲げられないけれども、今日のよき日を共に祝おうと駆けつけてくださったこと、本当に感謝します。 快晴の朝のフライトでは、生まれて初めて、富士山を真上から見ることができました。形の整った‘フジツボ’が、手に取れるようで、感激しました。 |
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2003.10.18(土)議会軽視の市長発言 お気に入りに入れてある市議会議員のホームページを久しぶりに開いて全部読みました。決算委員会の様子が毎日、手に取るように載っていました。こんかい、私は、仕事と重なっていたりで、一寸顔を出したぐらいなのですが、昨年までと、さして変わらないのかと思います。ただ、国政選挙があることで、市議会議員も街頭宣伝をするのに、決算委員会で獲得したことを自分の実績としたいらしく、時間の無駄遣いをしているなと感じました。来年度の予算に生かすべく決算委員会が早くなったので、全議員で取り組めるように早くするべきと考えます。 市長が、前後の質疑と関係ないところで、答弁に立ち、しかも、今までの部課長の答弁に不足があるような表現をしたということですが、議長は、直ちに議会運営委員会を開くべきだったと思います。市長の発言どおりだったとしたら、最初からやり直すべきは、当然です。そのままにしてしまうから、議会が、軽んじられてしまうのです。 |
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2003.10.17(金)医療保険制度と介護保険制度 社会的入院を解消して医療費全体を下げていこうと創設されたのが介護保険でした。多摩市でも介護保険が始まった年だけは、国民健康保険の医療費負担は前年度より下がりましたが、以降は、増え続けています。介護保険の施設、特に療養型病床群が増えないこと、老人保健施設の医療スタッフ数の基準が低いことで、保険料を支払っていても制度を利用できないで、高い自己負担をしながら医療施設を渡り歩かせられているのが現状です。 介護の社会化とは、絵に描いた餅で、在宅で重度障害者を介護するためには、余りにも積算費用が少なすぎます。たとえ1割負担でも、働いて、その費用を捻出しなくてはならない人のほうが多いはずです。安心して働けるように充実したサービスを望んでいる人がどれだけいるか、きちんと実態調査をして必要な人に必要なだけ介護保険の中で賄えるようにするべきです。蓄えの切れ目が命の切れ目とならないように社会保障を設計してもらいたいと思います。 つらい思いをしている人に、さらに追い討ちをかけるような、今の医療報酬のあり方を是非とも見直しすることを、切に願います。 |
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2003.10.16(木)放課後の子どもの居場所 週5日制になって1年半たちました。おとなでもそんな長い拘束時間は厳しいのに子どもたちは、文句も、暴動も起こさずに、けなげに学校に通い続けています。 帰りはかなり遅くなりましたが、それでも、働いている親御さんの帰りを子どもだけで過ごさせるには、不安があるのが知的障害児たちではないでしょうか。 度々私のホームページで触れていますが、公的学童クラブは障害児受け入れ枠があるので、待機児童が出てしまいます。多摩市の中では、NPOでその子ども達の受け入れをしている団体があるものの、支えている人達は高齢化しています。夏休みなどは、学生がボランティアに入ってくれますが、通常は心身ともに疲れきっているように見えます。 学校から開放されて、楽しいひと時を過ごせる場が学童クラブのはずが、ともすると、タイトな場になっているような気がするのです。ああしなくては、こうしなくてはと、熱心さの余り、子どもや親の望んでいる以上の企画が、スタッフにも子ども達にも‘ゆとり’を感じさせなくしてはいないか、振り返る必要があると思うこの頃です。 心豊かな楽しい時を過ごせるようにすることが私たち、子どもを預かるものの役目だと思いを新たにしたいと思っています。 |
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2003.10.13,14,15集会のご案内 研究所通信の原稿の締め切りに間に合わせようと必死になっていて、メールを開かなかったら14通も届いていました。集会が目白押しですが、ご都合をつけてお出かけいただきたいと思います。 「在日」上映会
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2003.10.12(日)バットホームだより 先週の日曜日は、私の所属する新使徒教会の収穫感謝祭でした。信者が持ち寄った様々な収穫物が祭壇に飾られました。礼拝の後の交わりで、お茶と一緒に果物などをいただきます。とても食べきれるものではないので、前もって、牧師から、残りの収穫物を町田にある孤児たちの入所施設・バットホームにもっていくのでご了承いただきたい、というアナウンスがありました。 今日は、その報告があり、家庭での養育が困難になった子どもたちが、寮母さんと一緒に10人で一組の家族をつくり、家庭舎で寝食を共にして過ごすホームです。バットには、4家族があり、その他にも、子どものショートステイ、トワイライトステイ施設の「マルガリータ」を2002年度から開設して、こちらも、一日平均2名の利用があるそうです。 バットホームだよりで石田周介園長は、『私たちは子どもについて「何もかも知る」つもりで努力をするし、しなければならない。しかし、それはあくまでもアセスメントのためである。子どもにとって何が課題なのか、どのように関わっていけばよいのかを判断することが目的である。アセスメントの結果が差別や排除につながるようなことがあってはならない。アセスメントで困難な過去が見えてきても、不問に付すのであって、拒否はしない。施設にやってくる子どもに、もしとわなければならないことがあるとすればそれは、過去ではない。今からここで新しい生活、健やかに育つ生活をしたいと望んでいるかである。私たちは施設にやってくる子どもを受け止め、愛するのである。』と述べています。 国の内外を問わず、子どもたちのおかれている状態は決してよい状況とはいえません。この多摩市から20〜30分で行かれるところに「児童養護施設」があり、18歳まで、家庭舎ですごし、自立していくのです。私たちにできることは、社会に出た子どもたちを分け隔てなく迎え入れることではないでしょうか。 |
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2003.10.11(土)衆議院解散 昨日、衆議院が解散され、28日告示、11月9日投票日となります。世間の実情を知ったり、国民の声を聴くには短すぎはしませんか?せめて一年くらい浪人生活をして見たらいいと思いませんか。改選後は自衛隊員がイラクに派遣されるわけですから、隊員・家族の本音がどこにあるかを聞いたり、教育の現場に立ったり、障害者と一緒に暮らしたり、高齢者の介護をすることで、もう少し、国民の気持ちが汲めるようになるのではないでしょうか。立法機関で仕事をしようとおもったら、新聞の写真に載っているように、まずは地元に戻ってあいさつ回り、駅頭で、幼稚園でと遊説ばかりではなく、じっくり課題に取り組んで欲しいと思います。 いつも、選挙のこと、票のことばかり考えているから、官僚に仕事を任せるしか仕様がなくなるのだと思います。今回は、久しぶりに選挙からは一歩引いて、市の財政問題などに取り組もうと考えています。 |
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2003.10.10(金)宇井 純が語る 今日の18:30から新宿の朝日生命ホールで宇井 純が語る 環境と市民自治「公害原論」 から30年・・・環境の時代は来るのかに出かけてきました。 私も会員であるNPO法人ごみ・環境ビジョン21の主催で開かれたのですが、今年の2月に亡くなられた同法人の理事の遺志を引き継ぎ、形としてあらわそうと、ご家族のご協力により、企画したものです。「ごみ」が水や空気や大地を脅かしている。ごみをつくらない社会・暮らし・しくみを目指して さあ、いっしょにアクションを!という考え方で、故人は地道な活動を続けて、中でも‘ごみっと・SUN等の郵送にはリサイクル封筒を使うことを提案し、今でも続いているそうです。 宇井さんは、21年間東大助手として働き、1986年に沖縄大学教授に就任し、70歳を迎え今年退職されました。沖縄が、赤土の流失で溶けて無くなってしまうことをほっとけないという想いで、各方面の人たちと渡り合ってきたようです。 沖縄の本土復帰後に、90〜95%のサンゴが死んだと発表されています。何故、そんな状況になったか、土地改良事業をして、赤土を流しながら公共事業を進めたからです。その赤土は強酸性のアルミニュウムイオンで、赤土の通った後はサンゴが死ぬことが分かりました。これは、中央の官僚が内地と同じ工事設計をしたために亜熱帯にあわなかった結果だそうです。 米軍基地があるために、問題が絶えませんが、その都度、多額の税金が投下され、失業対策のためもあって、公共工事をひたすらしてきたわけです。そのような中で役人は勉強しないし、敵と味方という考えに立ち、ことの良し悪しを判断するということをしないできて、新しい公害論なんて分からない状態でした。 また、サンゴの死滅の危機の原因は、沖縄の人口120万人に対して、30万頭の豚がいて、人間に換算すると300数十万人分の糞尿が垂れ流され、その栄養でプランクトンが育ち、オニヒトデを養殖しているような結果になるということです。 日本の基地の70パーセントが沖縄にあるわけですから、産業も限られてきます。中でも、養豚事業は重要産業なので規制もゆるくしているということです。根本を解決するために、沖縄環境ネットワークをたちあげ、畜産排水については、業に携わっていたことのあるボクシング選手が研究費を集めてくれ目途がついたそうです。 内地の「基地反対闘争」の結果、基地の沖縄になったということを、私たちは銘記し、宇井さんのように沖縄の人々と共に考え、行動しなくてはならないと感じました。 お話の中でも、@中央の方針についていったり、外部の資本を当てにしたところはだめになっている。A街並み保存をしたところは、そこそこ食えている。B運動を続けたところは、みんな元気である。力をどれだけ蓄えてきたか・つけてきたかが問われている。C運動は泥臭いものである。決してスマートなものではない。D政治は「手間・ヒマ」を惜しんではいけない。 日本の教育についても、高度成長のためのブヒンとしての教育はしてきたが、自分のカンガエをいうことのできる教育はしてこなかった。そして、政治教育してこなかった。 私も、政治については関心を持たないで、ひたすら働き、税金を払ってきました。その使いみちについては発言もせずに国民・都民・市民をしてきました。 15年前に小学校のPTA会長を経験した時から、少しずつ市民としての権利・責任・義務を考えるようになりました。生協に入り、生活と政治が密着していることをあらためて認識をし、生活者の代理人として議会で発言する役割を与えられました。 8年間の経験を活かして、錆びてしまっているかもしれない「市民感覚」を取り戻しながら、様々な現場からの声を、政治する場に届けたいと思っています。 権力・権威のある座に長く止まらなかった「宇井さん」からのメッセージを、しっかりと受け止めて、信念のもとに・・・。 |
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2003.10.9(木)ヘルパー研修・デイケアサービス実習 長かったヘルパー研修も、今日の実習でほぼ終わりとなりました。デイサービスの実習はあっても、ケアを経験できたことはとても有意義だったと思います。オリエンテーションで訪問しているのでとても親しみやすい思いも手伝ったのが幸いしました。移動のバスの運転手さんもヘルパーの資格を持っているので、ミーティングには参加します。初めて参加した方から苦情らしきものが届いていたことも、私たちの目の前で発表していました。20人のケアということで、送迎バスにも席が無いので、皆さんが到着するまで責任者の方からいろいろお話を伺っていました。 明るい色の服装をしてくるようにいわれていたので、私は、熟した柿色のTシャツを着ていきました。なるほど、スタッフの皆さん思い思いにとても派手な服装をしています。声も20%高くと、前もって言われていたので、それも実行しました。 何よりも、‘ひとりでも多くの利用者さんとお話をしていって下さい。スタッフが動き回っていても気にしないで、すべてのテーブルを回ってください’と、いわれたことが、今日の収穫につながりました。席順も、いつも同じにするのではなく、利用者が、いろいろな人と付き合っていかれるようになさっているそうです。80代から90代の利用者がいつ欠けるか分からない中で、いつも同じ人同士が並んでいると、弊害があるようです。 戦争を体験した方、実家が上野の方、杉並の方、私の兄に似ている方、知人と同姓同名の方、失語症の方、戦後、多摩市の東寺方にきたことがある方、等々話は尽きません。 リハビリ運動の指導者がまた明るく楽しい方で、1時間がアットいうまに過ぎてしまいました。体の機能を目覚めさせる運動は、疲れて寝ている方もいましたが、殆どの方が楽しく柔らかく、大きな声を出してなさっていました。 水分補給も、無理を言わないでもお替りするほどに、知らず知らずに体が欲求しているのです。 垣間見るだけでは分からないことを体験できたことで、今までは、‘誰もが同じことをするなんていやよねえ’と、元気な人たちで話していましたが、明るく楽しく参加できて、体を動かすことができるなら、そして、次に来るのが、まちどおしい位の思いにさせてくれるなら、目的にかなっているのではないかと思いました。 |
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2003.10.8(水)原発大事故を未然に防ぐために 私のホームページで、しばしば取り上げている原発のことですが、今回、三鷹在住もと外交官・村田光平さんの広範にわたる発信記事がインターネットを通じて入手できたので、以下に転載します。 衆議院選挙を間じかに控えていますが、原発依存の政策変更について触れている政党は無い状況です。無私無欲の、これからの子どもたちのことを考えての村田光平さんからの、心からの訴えに耳を傾けてください。 「国際核融合実験装置」(ITER)の日本への誘致を見直すようにとの嘆願書。小柴昌俊(ノーベル物理学賞受賞者)、長谷川晃(元米国別離学会プラズマ部会長)二氏の意向を受け、小泉総理ほかに提出。 ●各書店、組合宛の啓発文書● 拝啓 初めてお手紙を差し上げる失礼をお許し願います。 今年六月に『原子力と日本病』という書籍を朝日新聞社から出版いたしました。日本では、原子力に関してタブーが存在することはご承知の通りですが、これを打破しなければ処理不能の原発大事故の発生という難局の到来は必至との確信から、世に問うた本です。 その後、原子力関係の不祥事が続々と明るみに出て私の懸念はすべて的中しております。しかしながら関係者は政策転換の構えを見せておりません。タブーは徐々に地方からほころびだした感があります。この際、世論の喚起を図り、政策転換の環境作りを行うことが切望されます。 つきましては、もし私の本がこれに貢献することができると判断される場合、是非店頭に置いて頂ければと存じます。本はおかげさまですでに二刷りに入っており、市民社会の人々の関心の高まりを実感しております。 大変失礼とは存じますが、事の重大性を鑑み、直接ご検討をお願い申し上げる次第です。 敬具 ●経済界などへの意見書● 原子力のタブーを打破しよう 平成15年9月 今、日本国民は、不況や北朝鮮問題などに目を奪われ、はるかに悲惨な“日本の破滅”が現実に迫りつつあることを知らずにいます。それはいったん起こってしまえば鎮圧不可能で、何百何千万人に被害を及ぼし、しかも何万年にも及ぶ大災害となりうるもの、つまり『原発大事故』の発生です。しかし、タブーの存在により、国民はそれを知ることを妨げられております。 私は1年ほど前に、1973年に欧米で大問題になった製法による原発が、日本では10基余りもそのまま運転されている可能性があるとの情報を得ました。 この製法によれば、原発の核心部分である圧力容器に毛状の亀裂が多数生ずるとのことです。何人かの報道関係者がこれを記事にすることを試みましたが、取材活動は中断されました。タブーの故なのでしょう。しかし、今年8月8日発売の雑誌「週刊金曜日」は遂にスクープ記事としてこれを報ずるに至りました。政府は徹底的な解明を行う義務があります。 わが国の原子力政策は、次の通り国民の生命の安全を脅かすものとなっており、転換が求められます。 ●マグニチュード8クラスの大地震の発生が予測されている東海地方のど真ん中に4基の浜岡原発が存在する。 今年7月、札幌で開催された国際会議で、わが国の地震学の権威である茂木清夫・元東海地震予知連会長、及び石橋克彦・神戸大学教授は、原発震災による未曾有の破局の可能性に言及しつつ、警告を発しております。これは昨年5月、私も参加し、下河辺淳・元国土庁事務次官ほか6名の連名で『浜岡原発の運転停止を求める声明』を発出したことに続くものです ●最悪の場合、世界の人口の半分近くもの犠牲者を生む可能性のある六ヶ所村の再処理工場で、最近300ヶ所あまりの不正溶接が発見された。 ●六ヶ所村は、ノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊氏、及びマックスウェル賞受賞者の長谷川晃氏が、その危険性から「絶対反対」の立場をとる、国際熱核融合実験装置の誘致を決めている。 * * 私は今年8月、以上の趣旨を盛り込んだ書簡を各方面に発出したところ、心強い反響を得ています。9月10日には静岡県庁で記者会見を求められましたが、翌11日付の中日新聞は会見の写真入りで「原発震災」に備えた防災訓練をすべきであるとの私の訴えを大きく報じました。この記者会見の模様は、朝日、静岡新聞などでも同日に報じられ、タブー破りの成果はあがっています。 私は今後とも原子力の危険性に関する「恐るべき沈黙と無関心」を揺さぶり続ける所存です。 何卒、日本のため、未来の世代のため、そして人類のために、お力添えをお願い申し上げます。 月刊「プレジデント」誌による報道 |
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2003.10.7(火)秋を歩く 朝の唐木田を歩くチャンスに恵まれていたのに、逃してしまいました。唐木田駅から西にしばらく行くと住宅街の中に公園があります。金木犀の香りに誘われて中へ入っていくと何本もかたまってありました。公園の先に「唐木田の道」となっていて、山道のようになっている様子です。「バードサンクチュアリ」という看板もあり、折りしも高い梢で‘チチチチチ’と囀っています。とても小さなとりで、名前も分かりません。用事があったので、すぐに引き返さなくてはならないのがとても残念でした。 昨日、友人が、この夏から始まった介護研修が一段落したら、紅葉を見に連れて行ってくれるといってくれたので楽しみにしています。朝から晩まで、一日何コマも目いっぱい予定が入り、それをこなすのに必死な半年だった気がします。心身ともにリフレッシュしないと、いつエンストを起こすか分かりません。自分の心身力を過信しないようにしなくてはと思ったしだいです。 |
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2003.10.6(月)プレイルームゆづり葉の家 子どもクラブ ゆづり葉の家では、月初めに定例会を開き、スタッフが集まります。今日は、今後の予定ということで、毎週、何らかのイベントに参加することが具体的になりました。 11月16日(日)14:30〜17:00関戸公民館(聖蹟桜ヶ丘駅前)ホール 夢まつりに手話コーラスで参加 入場料1000円 11月23日(日) 総合福祉センター(唐木田駅より5分) 福祉まつりにバザーで参加 11月24日(月) 福祉まつりにバザー、手話コーラスで参加 11月30日(日)13:00〜 パルテノン多摩4階第1会議室 たすけあいワーカーズつむぎ設立10周年に手話コーラ スで参加 とても素敵な「ゆづり葉」のロゴ入りのTシャツを着て、赤いバンダナを首に巻いて、手話コーラスを披露しますので、皆さんお出かけください。 |
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2003.10.5(日)多摩自由大学開学 私のホームページでもご案内した「多摩自由大学」が本日、開学されました。「女と男が共に生きるフェスティバル」の多彩なイベントがある日と重なっているので、受講者がどの程度集まってくださるか心配していたのですが、会場のたまヴァンサン館の会議室の椅子を何度も補充しなくてはならないぐらいの状況でした。 学長に東海大学の山内和夫先生に就いていただき、開学宣言に続き基調講演「これからの市議会と議員のあり方」では、アメリカにおける市民による自己決定権の流れを例にとって、良いシステムをつくること、また、システムチェンジも容易にできることの必要性を話された。 問題提起者の大津山寿久さんからは、多摩市市民自治基本条例をつくる会の代表として、今後、市の素案に対してどのように意見をまとめ、ワークショップで話し合われてきた、「分かる言葉」でつくる趣旨がいかされるかで、行政と同じテーブルで話し合っていること。パートナーシップ協定が結ばれていることを最大限生かしていきたいので皆さんのご協力をよろしくお願いしたい旨のお話でした。 同じく、吉田千佳子さんからは、前市議会議員として、議員同士で仲間意識のもとに何かことがあってもかばい合ってしまう体質があること。議員全員が対象の議員研修においても視察費用とは別の日当(2500えん)を使って夜の宴会をしている、つまり、特別料理もカラオケも個人もちということになっている。日当のうち、1500円使いあまった1000円は個人に戻している。 議長会には、全国・関東・東京都があり、各市から分担金を払っているが、毎年、永年勤続表彰・記念品授与がある。これは、議員が名誉職であったときの名残であり、現在のように一定の歳費を受けている中で、仲間内で税金を使っての表彰などはおかしいという発言でした。 先例集という冊子によって、議会運営が行われているが、なかなか新しい発想が浮かばない。この部分は新人に期待したい。 今回、教育長の任期が満了ということで、市長から教育委員を新たに任命したいということで人事案件が提出されたが、議員の質問に対して、教育長として迎えると答弁している。これは、教育委員会への介入でありおかしい。 議会が、おかしいことを、おかしいときちんと言っていけないのは何故か、@市長の権限が強大であること。A議会内ポストを獲得するための会派によるしばりB多様な選挙を控えての思惑(選挙に勝たなくてはならない)などがあると思います。 私自身も、2期8年間のなかで、問題意識が足りなかったことを、ひしひしと感じております。在任中の3月に議長宛に申し入れ書の提出をして、議会として改善をして欲しい内容を挙げました。 市民として「主役」の立場を本物にするためにも、行政・議会の感覚と仕組みを変えなくてはならないと痛感しています。 |
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2003.10.4(土)ヘルパー研修・実習 ヘルパー研修も大詰めに来て同行実習の第一日目でした。施設、病院などでの介護と違い、それぞれのお宅へ伺っての介護は、環境をのみ込み、道具などの工夫をしながら、介護をするので、大変といえば大変です。 介護を受ける側を考えると、住み慣れた家で、思い出の品々に囲まれながら、家族の声を聞いて、安心感の中で過ごせるので何よりではないでしょうか。 先日も、有料老人ホームでは、家具などもいくつか持ち込めるだけのスペースがありましたが、特別養護老人ホームには、そのスペースは無く備え付の簡単な箪笥があるだけでした。 終の棲家と考えるならば、特別養護老人ホームも、グループホームも個室にして、他人に気を使わないで過ごしたいものです。家族が訪れる場合も、遠慮をしないでコミュニケーションが取れることが望まれます。 老老介護(パソコンでは出てこない用語)が多くなる中で、家庭へ赴いてのヘルプは益々需要があることでしょう。若いヘルパーには無いものもあることをアピールして仕事をしていきたいと思っています。 |
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2003.10.3(金)圏央道の土地収用停止 本日付、朝日新聞夕刊のトップ記事です。あきる野インターチェンジ付近の土地明け渡しを拒む住民らが、国土交通省や都などに強制収用の手続きを進めないよう求めた申し立てについて、東京地裁(藤山雅行裁判長)は3日、土地収用裁決に基づく都知事の代執行を停止する決定をした。決定は、収容の根拠となった事業認定の適法性を主張・立証しない都側の姿勢を批判し、本訴の裁決取り消し訴訟でもこのままでは都側が敗訴する可能性が高いと示唆した。 私は、「高尾山の自然を守る会」に所属して、高尾山にトンネルをほらせない運動をしています。自然は一度破壊されたら気の遠くなるような年月を費やさないと回復しません。ましてや、自然の生態系の宝庫であり、都心からでも容易に日帰りで登山・行楽ができる高尾山に、これ以上人工的な手を入れないで欲しいと考えています。 10月9日(木)13:30から八王子市民会館ホール(八王子市上野町32−1)で東京都収用委員会第二回公開審理があります。権利者側からの発言から始まりますので、多くの方に傍聴をしていただきたいと思います。 今回の東京地裁決定は、執行された場合に住民が受ける損害について「終のすみかとして居住する者の利益は極めて重要で、いったん失うと容易に置き換えられない」と指摘。回復することが困難な損害を受けることから、手続きを停止する緊急の必要性があると認定した。 この画期的な決定をふいにしないためにも、自然を、人権を守る運動をさらに進めていこうではありませんか。 |
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2003.10.2(木)多摩市自治基本条例(素案)説明会 9月20日付け多摩市広報に多摩市自治基本条例(素案)が掲載され、同日19:00から多摩センター地区市民ホール、24日19:00からヴィータ、10月1日19:00からベルブで説明会がかいさいされる案内がありました。 私は、初日は出席できなかったのですが、11名、2日目が8名、3日目が27名の参加でした。 企画政策部長の挨拶では、市民案を出した「つくる会」にも行政案を検討してもらっていること、10月半ばに決定し、12月議会に提案したいということでした。 企画政策部次長の説明の後、会場からの質問・意見を聞くという運びとなり、その主な内容の要旨を載せます。Q 第4次総合計画では「市民が主役」となっているのに、この素案からは感じられない。「市民自治推進委員会」も市長に建議するだけではないか A 主権は市民にあるが「まちづくり」の主体者は、議会・行政もはいる。 Q 初めて比較して読んだが、市民案は「市民が主役」となっている。市の案は、〜しなければならない、が多い。A 市民自治を充実させるためには団体自治の充実がなくてはならない。 Q 行政はパブリックサーバントであるから、市民自治が良いと思う。 Q 分かりやすい文章にしてほしい。 A 心がけているが条例は法律なので正確性が大切。 Q これまでの住民説明会と同じ様なやり方では、自治条例の主旨に反するのではないか。1ヶ月でまとめられるとは思えない。スケジュールは横において「市民」がはずされたことだけでも、もっと議論が必要と考える。A これが決定ということではない。12月を目標にすすめていく。(今の段階ではそのようにお答えするしかない) Q 自分たちの意見がどう扱われたか、どう議論されたかを説明する場(キャッチボウルする場)が欲しい。 Q 第4条〜条例の位置づけ、第24条〜評価への参画、第28条〜自治推進委員会、について議会がどうコメントしてくるか分からないが、(市民が主役となっていないので)おかしい。 本日の説明会は多くの(?)市民が参加して、多様な意見が出てよかったと思います。私も、「つくるかい」と共同で説明会を開いてもらいたい、市民からの意見がどのように扱われて議会への提案になっていくのか経過も知らせるべきだということを2つの会場で発言しました。 市長の出席はないし、議員も初日は分かりませんが後2日は2名ずつでした。それぞれが主体者というなら「ナマノ市民の声」を聴くべきではないでしょうか。 |
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2003.10.1(水)多摩中人事委員会公開口頭審理 今日の14:00から東京都庁北39階で第4回多摩中人事委員会公開口頭審理があり、傍聴するには1:45までに行かないと抽選することができないので、余裕を持って出かけました。多摩市の中学校で起こったことなのに教育委員会と当時の校長、教頭以外の多摩市民は私ともう一人でした。29人しか傍聴席は無いのですが47人が抽選に間に合い、くじを引きました。私は受付も1番にして、くじも1番に引き、見事あたりました。いつもですと、多摩市の教育委員会の人たちが平然と座っている窓際に座り、外の景色も時々眺めながら傍聴をしました。 今日の証人は、元多摩市教育委員会の指導主事のNさんで、処分者代理人から75分、請求者代理人から75分それぞれ尋問がされました。 処分者側の尋問内容は、Q 平成13年(2001年)3月15日の授業観察について、主事としてどのように判断したか? A 問題があると判断した。@授業の計画性〜課題を書くのに、板書を訂正しながらだった。A授業に関する意識〜トランプをしている子に注意しなかった。B授業の指導力〜‘終わった人はどうするの’と聞かれて‘自由でよい’と言った。 Q 生徒はどうだったか? A 説明中にも他の教科のことをしていたりだった。 その他、平成12年度(2000年度)年間指導計画について、平成13年度(2001年度)年間指導計画について、平成13年(2001年)7月10日、7月12日の指導観察について、9月4日、5日、6日の指導観察について、平成14年(2002年)3月22日東京都教育委員会に提出した「指導力不足等申請」について等でした。尋問内容は、いかに根津教諭が「指導力不足」かを人事委員会に印象付けようとしているかがありありとしている答えを引き出していたことは言うまでもありません。 ただ、最後にN主事は、男女共同参画社会の実現の授業は、良いことだと思う。ただし、学習指導要領は全国でやるものだから、それはやってもらいたかった。〜という趣旨のことを述べました。 後半は、請求者側の尋問であり、萱野代理人が新たな書証をもとにして始めました。多摩中の家庭科教諭根津さんに対しての授業観察はQ ‘2001年2月最後の家庭科の授業に対する保護者の苦情が発端でしたね’ A 授業内容が問題だと言っていない、新学習指導要領に向けて男女共同参画社会を取り上げることは良いことであると考えている。3学期の授業は見ていないので分からない。 Q 授業を受けていた子どもたちはどう思っていたか、3月15日の授業が子どもたちの目から見てどうなのか、2000年度の3年生の根津教諭の授業の感想を聞いて、見て、どう思うか? A 内容的には悪いと思わない、よく書けていると思う、中3の最後の授業としてはこういう感想が出てくると思う、等々。Q 2年生の授業に対する感想を聞いて、見て、どう思うか? A 良く書けていると思う、教師をすいてくれる子がいることは良いことだと思う、子どもの率直な気持ちがわかる、等々。 Q 1年生の授業に対する感想を聞いて、見て、どう思うか? A きちんと書けている、ここでも合成洗剤の事が出ているなと思った、また合成洗剤がでてきたなとおもった、着色料・添加物を学べたことは良かったなと思う、等々。 Q 2001年2月の授業に対して保護者から苦情が出た。3月に卒業した子どもたちの自宅に個別に訪問したということをしましたね。 A 事実無根である。 Q 2001年6月1日、7日の多摩市議会の議事録の教育委員会の答弁については? A 多摩中の当時の子ども、ニュージーランドへ一緒に行った2人(友人である12年度の2年生)から、根津先生のことは聞いた。 残りの時間を宮里代理人に変わり尋問を続けました。Q 授業の中だけを見たのか? A 授業の中だけしか見ていない。 Q 子どもと教師はもっと広いつながりだとおもうが。 A その通り。 Q 週案について A 時間数、内容、評価、を管理するため。 Q 管理の主体は自己である。 A その通り。 M校長は前半は天井を向いていたが、後半は目を瞑りうでをくんでいました。H教頭は終始、耳を傾けていました。H多摩市教育委員会指導室長はさかんに汗を拭いていました。 人事委員会の審査員の一人は、中立であるべきなのにともすると請求者側に圧力とも取れる発言をしていました。 今日、傍聴してあらためて思ったことは、誰のための教育か、子どもたちのためであるのに、教育者、教育委員会がどこを向いているのかということです。特に管理職になると上ばかりを向くのではないでしょうか。子どもたちを中心に考えた教育をしてもらいたいと思います。 |
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2003.9.30(火)従軍慰安婦 朝日新聞夕刊の連載小説、柳美里さんの「8月の果て」は、432回を迎えています。朝鮮半島での日本の侵略の様子が淡々と語られています。国民学校のこと、創氏改名のこと、そして、従軍慰安婦にされた子どものこと。20歳そこそこの慰安所に来る兵隊の胸のうちのこと。余りにも赤裸々の表現で、これは「事実」に基づいている小説だなと思って毎日、欠かさず読んでいます。きちんと読まなくては、情報を提供してくれた方々に申し訳ないという気持ちです。 戦争という異常な事態に巻き込まれなければ、大好きな人に思いを寄せる利発な少女だった「ナミコサン」これからどんな運命をたどっていくのか、どんな結末であれ私たち日本人が朝鮮半島でしたことは消えることはありません。小説という手法で投げる直球を私たちがどう受け止めることができるか、柳さんはじっと見ているに違いありません。 まだ読んでいらっしゃらなかったら、ぜひ読んでください。 |
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2003.9.29(月)行財政診断市民委員会 本日、19:00から市役所特別会議室で第5回行財政診断市民委員会が開催されました。 私はヘルパー実習が南町田で18:30まであったので、うまく乗り継いできたけれど40分ぐらい遅れて傍聴席につきました。 ふとみると、今日は市長が出席しておらず、助役がいました。議題は進み、前回の続きで‘公共施設のあり方と今後の改善方向’のうち‘計画中の建設事業についての考え方’及び‘公共施設の維持管理コスト削減のためのアイディア’の議論は終わっていました。 人事・組織(行政体制の再整備)について、は‘人事・組織のあり方’‘人件費の抑制対策’‘組織の活性化’‘職員の意識改革’を本年9月1日現在の組織表と職員数調べをもとに議論しました。 H15.9.1現在、職員数調べ
人件費の抑制対策について Q 市の定数削減は? A 3年間新規採用なしで60名減らす。平成13年度に今後10年間で110名減らす計画をだした。現在35名減らしている。今秋に、200名減という数字を発表する。 Q 200名減らしてサービスは低下しないで、仕事がきちんとできるのか? それぞrA 再任用制度(定年退職者)で働くもの、正規職員ではなくて良い職場は、嘱託、臨時職員がやっている。 Q 再任用、再雇用の数の予測は?現実に‘人件費’はいくらとなるのか?自治体の仕事の役割は何なのか? A 例えば、戸籍に関するものは、正規職員でなくてはならない。 Q 外注すればよければ市長と助役だけでとなる。組織体としてはどうなのか。若い血は必要である。 Q それぞれの部門で役割を果たしているのかをも、この際、チェックするべきである。組織の事業計画をつくり、実際がどうかのチェックをするプロジェクトマネが必要。組織上、役職上で埋もれている知恵を表に出す(アイディアを出す)、市民からアイディアを募り、そこが事業に携わる(ある程度の支援は必要であるが) Q 公共サービスがニーズにあっているかのチェックするシステムが必要。需要と供給側が切磋琢磨する必要がある。360度評価(同僚・上司・部下・第三者)があって、公共サービスの質的アップができる。 外郭団体について Q パルテノン多摩のホールを改修して、もっと集客できるようにと考えたことはあるのか? Q 財団の組織運営をきちんとチェックする必要がある。 Q 財務諸表が公表されているのか? Q パルテノンの補助金が増えている内容、社会福祉協議会の委託金が増えている内容は? Q パルテノンは必要だと考えていたが、これだけ負担が多いことを知って、売却もありかなと思う。 Q 何が市のため、市民のためになるかを考えなくてはならない。 Q パルテノンで20代、30代対象に「起業について」のコンテストをやるなど、活用に知恵を絞ることが必要である。 歳入確保について Q ごみの有料化は十分検討するべき。体育館の使用料が余りにも安い。メールなどで使用料についてのアンケートをとったらどうか? Q この市民委員会で、全部を決めるのではなくて、システムの提案が必要である。例えば、歳入についてのフォーラムをすることについての提案でも良い。 事務局で用意した資料からの質問でも、内容が細部にわたると答えられないことがしばしば見受けられました。特命担当の役割はいつまであるのか分かりませんが、提出した資料のことについては‘ウラ’もきちんと把握できるようにして欲しいと思いました。 委員の質問・意見では、直近の市の状況をも調査していないなと感じました。いよいよ、次回は、今日の議論が不十分だった「歳入確保について」と、報告書の内容に入るとおもいます。悔いなく議論をして、これ以上に無い「報告書」をつくって欲しいと考えます。 |
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2003.9.28(日)多摩自由大学 開学を一週間後に控えて、運営委員会を開催したところ16人が集まりました。広報活動に関しては、手配はしていますが、一番は、口コミで開学の趣旨をきちんと話していくことが有効だということになりました。いろいろな意味で市民力をアップさせる必要があるわけですが、当面は、議会を活性化させること、市から突きつけられた財政の緊急事態宣言のこと、市民自治基本条例(案)とは余りにも違う「自治基本条例(案)」のこと、に取り組んで関心を持つ人を増やしていくことが必要であると合意されました。財政的には殆どが受講料で賄おうとしているので、かなり脆弱です。今日は、その点も強い指摘がありました。 私も運営委員の一人として「多摩自由大学」を発展させるために微力ではありますが、力を尽くしたいと思います。 |
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2003.9.27(土)市民パワー NPO街の研究所通信第8号の印刷と製本が終わったので、早速今日の会合に持っていき一部100円で分けました。殆どのページを編集責任者のSさんに担当していただいているので、私たち理事も、もう少しがんばらないといけないと感じています。長年に渡って収集した資料の裏づけによる記事の説得力は誰にもまねはできないものです。 10月5日に予定されている多摩自由大学開学に向けてもSさんの並々ならぬ情熱が若い私たちを突き動かしました。行政主導ではなく市民自らの想いで立ち上げたいという、まさに、市民自治を地でいく道を歩んでいるのです。 16:00からは、男女平等推進条例をつくる会に出席して、今後のスケジュールを検討しました。大学で女性学を専攻している学生、女性センターの運営委員をしている女性、も含めて多摩市の中で(市長が代われば計画も変わる)市長が代わっても変わることが無い条例をつくろうとしているのです。世代を超えた議論をしながら、先進市などからも学びながら、じっくりと取り組んでいきたいと考えています。 18:00からは、11月14日に予定しているWORLD PEACE 2003の実行委員会に出席し、具体的なことを検討しました。多摩市の反戦運動を継続するには、若い人たちを惹きつけるイベントをしたいということで、1部は、イラク、アフガニスタン、カンボジアでのNGOかつどうをしている若者たちからの映像ライブ、多摩市在住のフォトジャーナリストの桃井和馬さんのお話、2部は沖縄からシンガーソングライターの知念良吉さんを招いてのライブと盛りだくさんのプログラムを予定しています。衆議院の選挙が終わった後に何が待ち受けているか、とても不安を感じています。いずれにしても、私たちは、息ながく、様々な手法で、NO WAR!を訴えていこうと思っています。 今日だけでも3つの会合がありました。多摩市では、たくさんの団体が公民館・コミュニティセンター等を使って活動しています。参加者がかちあうような事を少なくして、それぞれの企画が生きるような連携が必要だと感じています。意外とそんなことができていない電子社会です。 市民パワーを全開させて市民主体の街をつくっていくためには、まだまだ工夫が必要ですね! |
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2003.9.26(金)保育の仕事 昨日、「NPO子育て応援団 そらいろのたね」のメンバーから依頼され、IT講習会の保育の仕事に行くことになりました。心待ちにしていたお仕事なので、着いたらすぐに働けるようにエプロンをつけて、自転車を駆って永山のゆるくて長ーい登りの坂道を、いつもより張り切って目的地まで進みました。東永山の複合施設には、誰も着いていません。時間を間違えたのかなと思い事務所に電話をかけたら、大変!西永山の複合施設が目的地だったのでした。東から西へと移ればよいので、とりあえず西に向かっていたら、運良く知人に会い、はっきりとした場所を教わることができました。15分も遅れてしまいました。 保育室での先輩と、一組の親子が接しているところで、その様子を見ていると、次の一組が来ました。母親が隣の部屋へ移ろうとした瞬間から二人の子どもは大泣きで、しばらく分担して抱っこしてあやしていました。ひとりが泣き止み、大好きな乗り物の絵本を読んでもらったり、ブロックで遊んだりしだしたので、抱いていた泣いている子どもを先輩に代わってもらい、2歳前の男の子とずっと遊びました。 おやつを食べて12:30の予定より少し遅れて親たちが迎えに来るまでは、とても順調に2人とも機嫌よくしていました。 子どもは、眠いか、おなかがすいているかで機嫌が悪くなるのでそのどちらかだったのでしょう。案の定、泣き寝入りした後の女の子は、元気になり1歳半にもなっていないのに豊富な言葉がどんどん飛び出してくるのに驚かされました。 初めての保育の仕事を無事に終えたので、また、やってみたいなと思えた3時間でした。 |
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2003.9.25(木)住民基本台帳ネットワーク 今朝、多摩市役所総務部文書法制課に10人で出かけ、多摩市個人情報保護条例第22条の規定に基づき個人情報に関する削除、中止の請求書を提出してきました。 昨年来、住民票コードの付番に反対し、そのまま返却したり、異議申し立てをしたりしてきましたが、市は、法律に従って淡々とことを進めているというばかりです。自分の情報の保護は自分でするしかありません。できることは、何でもやっていこうと考えている私たちです。 削除の内容は、住民基本台帳ネットワーク上の住民票コードを削除すること。理由は、住民票コードの付番は住民基本台帳記載の情報として承知していない。統一番号である住民票コードは不必要なものであり、自己の意に反して個人情報が収集、蓄積されるものである。 中止の内容は、@住民基本台帳情報の住民基本台帳ネットワークでの利用を中止すること。 A住民基本台帳情報の住民基本台帳ネットワークへ送信を中止すること。理由は、@住民基本台帳情報の収集時には住民基本台帳ネットワークは想定されていない。A住民基本台帳ネットワークへの送信、利用でプライバシーが侵害される危険があること。B住民基本台帳ネットワークには、セキュリティー上の不安があること。 多摩市の公式ホームページから、この請求書の様式をコピーすることができます。 この機会に、個人情報保護条例を通読することをお勧めします。 |
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2003.9.24(水)多摩市手をつなぐ親の会 多摩市手をつなぐ親の会で、昨年に続き「市議会議員との懇談会」を開催する通知を頂いていたので総合福祉センターまで足を運びました。昨年と違って、私の立場は「議員」ではなく「賛助会員」としての出席ですので発言は控えました。 14人の議員、18人の正会員、1人の賛助会員の出席で、昨年より大規模な会となりました。私が遅れて行ったので、既に議員の挨拶は終わっていて、親の会の会員の挨拶が始まっていました。挨拶の中で、或いは意見要望の中で、議員・行政の対応、取組の不足を指摘されました。特に支援費制度が義務教育を受けている子どもたちには適用されないことが問題になり、学区外の障害児学級及び学童クラブに行かざるを得ない環境整備の中で、親の負担のみを強いることは何とかしていかなくてはならないと思いました。 また、家庭介護人派遣制度について、制度の持つ矛盾を指摘する会員も、時代に即した制度にかえることで税金の無駄遣いにもならないと提案しました。 子どもたちの卒後に在宅をつくらないということで出来た親の会ですが、会員も若返り、いろいろな意味で情報の共有も進み、子どもも親も参ってしまわないようにと、皆さんで考えているようです。今日は、高等部の会員は行事のために出席できないようでしたが、つくし作業所の「法内化」の話がたち消える中、市内の働く場所も受け入れ枠がない状態で不安を抱えている様子が副会長から訴えられました。 何かというと、財源がないという行政に対して、自分たちで出来ることはやっていくから、必要な援助はしてほしいということです。 障害児を持つ親は、全体から見れば少数かもしれません。知的障害、肢体不自由の状況は一人ひとり全く違うといっても過言ではないと思います。それぞれの状況にあった援助が必要なのです。支援費制度の上限を設けないはずなのに、行政のほうでコントロールすることはおかしいと思います。実態を把握するためにニーズをきちんと積み上げて予算の獲得をするべきだと考えます。 |
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2003.9.23(火)多摩自由大学開学のご案内 ***新しい流れをつくる*** 市民が主役の 市民による 市民のための 多摩自由大学開学 住みよい、明るい、まちづくりは市民の手で・・・ 市民はもっと市政や市議会、市の財政、市民の文化に関心を寄せたい 行政の立ち遅れ、昔に戻っていく組織システム、税金のムダ使いにも目を光らせ 多摩市の将来像に民意を反映させていかねばなりません そんな思いの皆さんのご参加をお待ちしています 第1回講座 日時 2003年10月5日(日) 13時〜16時 場所 たまヴァンサン館(多摩センター・パルテノン前) TEL 042−339−0025 プログラム 13時30分 多摩自由大学開学宣言 基 調 講 演 これからの市議会と議員のあり方 山内和夫 東海大学政治経済学部政治学科主任教授 問 題 提 起 大津山寿久 大いに吠える(多摩市市民自治基本条例をつくる会代表) 吉田千佳子(元多摩市議会議員) 質問・討論 コーディネーター 白石省吾(元読売新聞編集委員) 13時00分〜13時25分 時事落語 六弦亭弦六(寝床の会) <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< 建学のスローガン 有権者の市政への参加意識を高める 市民自治の精神で地方から政治を変えていく 市政や政治をもっと身近に、分かり易いものにする 市議会の機能を活性化させ、新しい市政の流れをつくる 地域に根ざした新しい市民文化を創造し発信していく 多くの市民団体や意欲ある行動人のネットワークづくりを 参加方法 当日会場へ 定員40名 資料代 500円 連絡先 多摩市和田1261-16-202(作道)TEL&FAX042-371-9092 |
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2003.9.22(月)特別な日 今日も朝からヘルパー研修実習で三鷹の有料老人ホームに行きました。スタッフが皆さんとても温かく、きちんと実習項目を心得てくれました。ゆったりと時間が流れ、若いスタッフは淡々と利用者さんに接し、こびる事もせずに信頼を得ているようです。ミーティングの内容がきちんとしていて、フロアに帰ってからの情報共有も行われていることはさすがと思いました。 この2日間は羽田澄子監督の何本かあった高齢者のドキュメンタリー映画を観ているようでした。全室が個室なので皆さんの思い出の家具、趣味のもの、家族のお写真なども飾ってあって、リビングで過ごすよりご自分の居室のほうが居心地が良いようです。 私も自分の親と重ね合わせ、皆さんとの会話も弾みました。母と一つ違いの女性は(93さい)プロ野球がお好きでヤクルトファン、古田捕手がお気に入りとか、88歳の女性は葉山育ちで鎌倉女学校に通ってらしたとか、俳句を読まれる方、編み物がお得意の方、看護婦さんだった方、荒城の月を朗々と聞かせてくださった方など等。 今日は、入院している夫の68歳の誕生日、在京の息子と、娘と孫二人で「おめでとう」を言いに行きました。おっとのラッキーカラーの黄色いバラがなかったので、優しげなピンクのバラをプレゼントしました。久しぶりに会う息子が父親の手を握っていましたが、手と手は何を語りあっていたのでしょうか。何か、男同士の特別な想いを交感したようにみえました。 |
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2003.9.20(土)21(日)NPO街の研究所通信 NPO街の研究所では、月間で毎月15日に通信を発行し、8月15日の7号まできました。この夏は、多摩市で7月の末に「多摩市行財政診断白書」を発表したり、市民説明会、議会の全員協議会、9月定例会の中での全員協議会、一般質問でのやり取りをつぶさに聞くために傍聴したりで、研究所の書き手も忙しい毎日を送っていた結果、9月号が遅れています。私は、7月に続き「財政講座」を担当することになっていましたが、旬な「財政診断白書」を全体として取りあげるので、それに関わる「行財政診断市民委員会」の記事を書くことになりました。 必要な資料を取り寄せ、朝から作業を始めるムードにしていました。今回は編集者にワープロのフロッピーを届けようと考え、約1年ぶりにワープロに向かいました。タッチは軽くないのですが、いかにもキーを叩いてる感触が好きである程度進めました。ちょっとした操作をした時に、「このままでは、文章が消去されます」と警告らしきものが出たのであわててキャンセルしました。その後、ひたすら打ち続け、午前2時ごろにやっと終わり、念のために印刷しておこうと思い印刷の操作をしました。ところが、ずっと使っていなかったせいか「プリンタを点検してください」と出るばかりで、一向に印刷できません。あきらめて、もう一度内容に目を通そうとよびだしたら、消えていたのです。A4、6枚分の文章のうち4枚半分が消えてしまったのでした。 前にワープロを使っていた時には、かなり用心深く「保存」をしながら作業をしていたのですが、パソコンを使い出してから、まめに警告が出るので慎重さに欠けてしまっていたのでしょう。内心真っ青になり、どうしよう、どうしようと思いましたが、20日中に原稿を完成しますからといった以上、約束を果たしたいので、一息入れて(黒糖棒と多胡麻せんべいを食べて)再び作業を続けて、夜が明けて、一番電車が走る頃に先が見えてきました。 21日の朝8時45分までに三鷹市のヘルパー研修実習先に行かなくてはならない中で、時間的に間に合うのかどうかの瀬戸際です。結果は、滑り込みセーフ!一睡もしない徹夜は何年振りでしょうか。若くないのだし、脳梗塞にでもなったらどうするの、と友人にたしなめられました。 確かに、自分の体力は落ちているはずなので、過信してはいけないし、原稿を間に合わせても、万が一のことがあったら元も子もないわけですから、もう、馬鹿なことはしないようにします。 |
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2003.9.19(金)ヘルパー研修・実習 町田市にある「みぎわホーム」の特別養護老人ホームでの実習は午前9時から始まりました。福祉専門の高校からの実習生は、利用者の方々と上手にコミュニケーションをとっていました。介護福祉士の資格を取るために16日目の実習だそうで、なるほどとうなづくと共に若い世代への期待が膨らみました。 一方、受け入れ先側からすれば、40代から50代の実習生は扱いも大変で迷惑だろうなと思います。人手が少ない中で「柱となっているスタッフ」が実習生に付きっ切りとなって(付きまとわれて)いるので、他の部門からの応援が必要になるわけですから・・・・。 利用者の多くは80代以上の方と思いますが圧倒的に女性が多く、私の母親が生きていたら心身ともにこのような状態かなと想像しました。家族が訪問する頻度はどうしても少なくなっているようで、お話し相手が欲しい様子でした。実習生がそのお相手をしているわけにもいかず、ボランティアの方々がその部分を担っていただけると良いのではないかと思いました。 人生の先輩を敬う気持ちがどのように育っていくのか、スローペースが見直されている昨今ですが実習学生の目に映った「超高齢者」の現実を認識して福祉の現場を将来の職場として選択する時の志望動機の根底に何があるかが問われると思います。どんなに忙しくても、ひとりの人間としての尊厳を大切にする理念の下に学校も実習受け入れ先も実習生を指導していただきたいと考えます。 今日は、女性コーラスの歌を聴く会がホールであり、特養・デイ・ショートステイの殆ど全員がホールに集まりました。賛美歌、唱歌、童謡と懐かしい歌の数々を聞かせていただき、最後には会場も加わって大合唱となりました。利用者さんのお一人は、こんなに大きな声で唄ったのは久しぶりで気持ちが良かった、ということでした。 私が皆さんと楽しんでいる間に、実習生担当のスタッフの方は、夕方までの記録を記入し、次の方に引き継ぐ準備をしていました。いくらでも仕事がありそうです。夕食の会場に車椅子の方たちをご案内して、私の今日の実習はおわりました。 利用者の安全と安心を守るためにスタッフの皆さんは、この時間、ひと時も気を緩めないで働いておられるのだなと思いながら実習報告を書き上げて提出し、ホームを後にしました。 |
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2003.9.18(木)プレイルームゆづり葉の家「子どもクラブ」 今日の子どもクラブは2時半に、南大沢養護学校小学部の子どものお迎えから始まります。次々に移送サービス・自家用で学校から、作業所から子どもたちが帰ってきたところで「おやつ」の時間です。ふかし芋とパンとお茶のおやつがおわったところに、音楽の先生が到着です。季節の食べ物を順番に聞いていき、それを発声練習に取り入れます。天性の絶対音感を持つ高校生がいて、先生の発声した音と同じ音で繰り返して聞かせます。 思い思いの楽器演奏に先生がソロで歌う練習、手話入りで歌う歌は、何とも可愛らしい手話をいつも見せてくれる中学生にひっぱらっれるかたちで練習が進み、みんな、とても上手になったと褒められました。 今日は、20歳前後のお兄さん、お姉さんがいたので子どもたちも歌の練習の後は公園に行って思い切り遊んできて、晴れ晴れした顔で帰っていきました。 |
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2003.9.17(水)ヘルパー研修 私は、ワケアッテ今年の夏は2箇所で2級のヘルパー研修を受けていました。8月から毎週水曜日受講を続けたコースが実質的には今日で終わりました。開始一時間前からベッドメイキング、体位交換の練習に講師が付き合ってくれたり、必要な全部の実技を全員がやれるような時間配分をしたりとさすがに「教え方」のプロの会社だと思いました。 受講生同士も目的が一つなので朝から夕方まで暇さえあれば実技のレベルアップのために練習しました。いよいよ、有料老人ホーム・特別養護老人ホーム・老人保健施設・デイケアセンター・デイサービスセンター・在宅の同行訪問の実習が始まります。全員が無事に実習を終えて11月26日の終了式に参加できることを誓って別れました。 |
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2003.9.16(火)財政分析研究会 この7月の毎週火曜日夜、財政講座が開かれて、続けて勉強したいということで9月2日より隔週で財政分析研究会が発足しました。折りしも、多摩市行財政診断白書も公開され、説明会に続いてパブリックコメントも求められたこともあり、市民・職員・議員で、行政とは違う視点で分析しようと回を重ねています。 今日は、とりあえず何を調査するかを決めました。@多摩市の財政の略史A物件費・補助費等の推移B多摩市行財政診断白書の重点検討対象事業11事業の検証、として3グループに分かれ今後の作業の進め方を話し合いました。 遅ればせながらも、市民の中にこのような動きが出てきたことは「多摩市行財政診断白書」なるものが世に出されたからで、市民自治を推進するためには好材料が提供されたといえます。 |
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2003.9.14(日)・15(月)敬老の日 14日は家人が入院している病院で「敬老会」が開催されました。昨年までは、希望する人は、おしゃれをして家族と記念写真をとり、職員のお手製の額縁に納めてプレゼントしてくださいました。今年は、患者の思い出の写真・家族の集合写真などを前もって届けるか、職員からのメッセージを写真立てに入れてくださるということなので、桜の頃に写した私たち夫婦の写真を届けました。 お昼前から家族との会食(特別メニュー)がホールではじまり、お食事が終わる頃には経管栄養等の患者も集まり職員の出し物を鑑賞しました。日頃みなれた白衣・看護衣・介護衣ではなく、役になりきって唄ったり、演じたりして大いに笑わせてくれました。忙しい中での「敬老会」の準備は大変だったと思います。 15日は「ヘルパー研修」の実習で町田市鶴間の「みぎわホーム」に早朝より出かけました。デイサービスのフロアは新築でとても明るく広々として気分もゆったりとするところでした。指導者から今日一日のスケジュールを聞いて、利用者の到着を待ちました。ボランティアの方とコーヒーを入れて差し上げたりしているうちにバイタルチェックが始まり次々と入浴しだしました。 お風呂から出てきた方の髪の毛をドライヤーで乾かす役目をいだただきました。自分の髪の毛しかいじったことが無いので戸惑いましたが、鏡を見ながら座っている利用者さんに声を掛けながら20人以上の方の調髪をさせていただき「にわか美容師」になった気分でした。 昼食は敬老の日の特別メニューでとてもおいしそうでした。もう一人の実習生と交代でお昼を取ることになり、私は後番にしたので、皆さんの様子を見守ることができました。水分チェック・トイレへの誘導などきちんと為されていることを感じました。 食後は、お昼寝をしたり、カラオケをしたり、歌集で歌を唄ったりと思い思いに過ごしておられました。おやつの後は、職員3人出演の紙芝居で臨場感あふれる名演技に思わず‘こわい、こわい’と声が出てしまう利用者さんもいました。 3分の2ぐらいの方たちは4時に送迎バスに乗るために帰り支度をして残りの方は「しりとり」をしているところで私たち実習生の二人は報告書を書くために職員の皆様にお礼を言って失礼しました。 初めて社会に出た頃を思い出しながら、新鮮で緊張感のある一日となりました。 |
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2003.9.13(土)浜岡原発震災を未然に防ぐことに関する陳情 8月27日付、私のホームページに以下の陳情を提出したことを掲載しました。昨日、多摩市議会総務常任委員会において審査されましたのでご報告いたします。 浜岡原発震災を未然に防ぐことに関する陳情 質疑の主な内容は(Q)静岡県としてどのような対策をしているか、発電における原子力への依存度について(A)県防災局は原子力安全対策室を設置し地域防災計画に原子力対策編を記し安全に関する協定を中部電力と結んでいる。34%を原子力に依存している。 (Q)どの程度の事故を予測した計画になっているか、ヨウ素などについては考えられていないのではないか、M8の地震が起きたらどうなると思うかについて(A)仮定、想定については答えられない。 意見討論の主な内容は(不採択)無所属・保守系会派からの委員〜国民は関心を持っている、静岡県の防災計画に原子力対策編を作っている、県知事を中心に万難を排して取り組んでいる、中部電力と県と5町が安全確保に関する協定を結んでいる、日本のエネルギー政策はどうあるべきかを考えた時、原子力に依存している、もし全基停止したら日本のエネルギーの状況がどうなるか、不安を解消するにはどうすればよいのか、行政は真正面から取り組まねばならない。多摩市議会として不安を助長するような意見書をだすことはいかがなものか。むつ市でも再処理施設を受け入れている。 (採択)共産党会派からの委員〜東海地震はM8クラスの地震となるといわれている、安全神話の中の防災計画は如何なものか。 (採択)社民党・革新系会派からの委員〜エネルギー政策ではヨーロッパにおいて次々と原発をなくしている、世界的課題として考えるべき。とりあえずは、最も危ないという浜岡原発から停止させることが必要である。 (採択)生活者ネット・革新系会派からの委員〜生活のあり方を見直す時である、原発事故は一旦起こると被害が大きい、浜岡から引っ越しても影響が無いとはいえない。 (趣旨採択)公明党会派からの委員〜安全性が確立されているとはいえない、が、CO2排出削減・エネルギー対策のこともある。私自身は原子力発電そのものを減らしていくという考え方を持っている。 (趣旨採択)無所属・保守系会派からの委員〜関係市町村が一生懸命対処している、一刻も早くの停止は難しい。 以上、不採択1、採択3、趣旨採択2で全員が意見討論し、いずれも過半数に達しなかったので、審査未了になり本会議の審議対象になりませんでした。 署名にご協力いただきありがとうございました。 陳情者の私としては、あえてエネルギー政策に持っていかないで、浜岡原発の位置するところから考えて、国民の安心安全のために政府に意見書を提出して欲しいという願意でした。 東京都議会では、同じ願意の陳情が委員会付託しないという判断が議長によりなされたようです。その後、陳情者とのやりとりで東海地震の被害予想が東京都島嶼部に及ぶことが判明し、これは、他県のこととして片付けられないことが認識され、10月の始めまでに再び陳情がだせることがアドバイスされたとのことです。 多摩市では8月28日に続き10月17日、18日にパルテノン多摩でドキュメンタリー映画特集、核への挑戦として「ヒバクシャ」を上映します。多くの市民を始め、特に他人事に考えている行政・議員に観る事を薦めたいと考えています。 |
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2003.9.12(金)多摩市議会・総務委員会 第68号議案 多摩市手数料条例の一部を改正する条例の制定についてを審査する時から傍聴してきました。これは、6月議会で否決されたものを手数料額を全く変えないで再提案してきたものです。市民部長からは、500円にした理由を5項目に沿って説明があり、企画制作部長からは、多摩市の講じている安全対策について話されました。アクセスログについては、日野市と共同開発を進めており12月中には使えるようになる旨、報告がありました。 延々と質疑が続き、その後、一委員からの修正案、(500円を1500円にする)が出され、それに対する質疑の後、休憩をして委員間の意見交換をすることになりました。と、言っても安藤委員長が私見を述べたかったらしく、なんと住民基本台帳ネットワークのメリット・デメリットを語るのに、車を走らせることで助かる人もいる一方で、年間1万人の交通事故死亡者がいるということと対比させるに及んでは、傍聴席でもあきれ返っていました。そして、住民基本台帳ネットワークに反対なら請願なり陳情なりを出せばよいといわれました。挙句に、委員長としては、市側の判断を尊重しても良いのではないか、とまで言ったのでした。質疑の中で明らかに賛成と反対に分かれているのに、討論の前に結果をどちらかに導くような発言はするべきではないと思いました。採決では、修正案は挙手少数で否決、原案は可否同数で委員長採決となり、委員長は可決し、住民基本台帳ネットワークカードは500円で本会議に送られます。 |
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2003.9.11(木)公民館の予約 公民館の利用カードを作りたいと思ってベルブ永山の窓口に行きました。プレイルームゆづり葉の家主催でおやつ教室を計画しているので調理室を予約したかったのです。実は、2日前にも、この趣旨で窓口を訪れたのですが、機械を操作して調理室のアキ具合だけ確認するに止まりました。公民館のカードはすぐにできると思っていたのに何でこんなに手間取るのだろうと不思議でした。今日は、その訳が分かりました。もともと公民館は社会教育施設です。ですから、社会教育団体がカードを作ることができるわけです。プレイルームゆづり葉の家は福祉団体であり、NPO法人です。公民館の方でもNPOをどのように扱うかを検討しているそうです。 消費者センターの担当の方は、とても穏やかに説明をしてくださったのでよく分かりました。とりあえず調理室の予約は取ることができましたが、待望のカードはお預けとなりました。 今ある施設・道具・器具をフルに使ったほうが良いに決まっていますが、非営利と言いつつ、実は営利目的に使用することもあるでしょうから、その辺のルールはきちんとするべきなので、私は公民館側の整理を待つことにしました。 |
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2003.9.10(水)雑感 暑い一日が終わり、次の場所に行く前に私が立ち寄るところができました。ニュータウン通りから一本北側に入った道に面している喫茶店「木の香」です。静かにクラシック音楽が流れていて、窓外にはたくさんの種類の木々があり、ゆったりとくつろげます。この頃、注文するのはハムとチーズの焼きサンドセットです。和風味のドレッシングのかかった大根サラダ、量的に丁度良いサンドイッチ、ホットコーヒー、おいしいお水をたくさんいただいて、少しの間ボオーッとして家人の待っている病院を訪れます。 病院では、丁度、夕食時間で患者の殆どは車椅子でホールに集まり、自分で食べたり、介助つきで食べたりしています。皆さんも過っては友人と食事を楽しんだり、ひとり静かに気に入った店でワインを飲んだりしていたことでしょう。それぞれの方が、様々な人生をたどって今日あることを思う時に、どなたに対しても畏敬の念を抱かざるを得ません。 6万年ぶりに地球に大接近した「火星」のこと、南アルプスの御池山の4万年前の隕石によるクレーターのことなど、宇宙サイズで考えたら、ほんの偶然で生まれた私と、生きている間に出会う人々との関係は大切にしたいと思う、秋の夜長でした。 |
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2003.9.9(火)多摩市議会 一般質問の最終日で、10時から知的障害者のグループホームについて取り上げられるので傍聴席に急いでいきました。今年度かぎりの東京都の補助金がつくので組まれた予算の使途は、予め運営団体は決まっていたようです。ところが、改修についての縛りがあること、当初予定していた面積よりひろくなること、などの内容で市との認識のずれがあり、前に進んでいなかったようです。東京都が16年度、17年度と補助金を継続することになり、市と運営主体との話し合いをゆっくりと持つことができるようになりました。 多摩市の第一号のグループホーム、豊ヶ丘の「フレンズ」ができた時には、入所の気持ちがあっても、いざとなると、親子ともども離れがたい状況もありました。しかし、今では、入所者もそれぞれ生活を楽しみ順調に運営されている様子です。 公的な支援と適切なサポートがあれば、親元や、施設から離れて、一人ひとりが、その人らしく暮らせることを先輩たちが示してくれています。また、私的財産をなげうってグループホームを運営している市民もいます。当事者の選択ができるぐらいのグループホームが多摩市の中にできることを期待しています。 多摩第一小学校の建て替え、唐木田のコミセン、和田のコミセンなど市民参加で計画を練っている事業の行く末が危ぶまれるような一般質問がありました。これは、かなり論議を呼ぶことになると思います。なにしろ、この3つの計画は財政状況が悪化してから出てきたのですから、どのように説明責任を果たすのでしょうか。 市長答弁も多くなったとはいえ、まだまだ不公平だなと思います。そんな中で、市長に答弁を「おねだり」するベテラン議員がいました。ご自分が議長の時に、質問者が市長答弁を求めていても市長に答弁を促すこともしなかったのに・・・。 そうかと思えば、まだ4時45分なのに机上を片付けて車のキーをチャンチャン鳴らせているベテラン議員もいます。議長に何かあった時は、即、交代しなくてはならない立場であることを忘れているのでしょうか。 |
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2003.9.8(月)多摩市議会 一般質問4日目、今日はどちらかといえば個別の地域問題ではなく、多摩市の政策、事業についてを正面から質す質問者の日となりました。 遠藤めい子さんの質問・理事者側の答弁の一部の要旨を紹介します。 Q住民基本台帳カードの現在までの発行枚数及び市長等理事者は取得したか? A9月5日までに182件発行している。理事者などは申請していない、手数料条例等が可決してからと考えている。Q6月議会後、今までに何故、条例提案しなかったか? A市としての対応を慎重に考えていて9月議会に提案することになった。Q自立した自治体というが、これ一つとっても感じられない、議会の半数を抑えればよいということではないと思う、条例を通したいという思いが足りなかったのではないか? Aその間、議会というものが無かったので事務担当から説明したり、9月議会開催前の市長から議員への説明の中で真剣に取り組んだ。 岩永ひさかさんの質問・理事者側の答弁の一部の要旨を紹介します。 Q市民自治基本条例の「前文」には、思いが入っている、市民自治の原点なのである。何故修正したか? A男女の問題他、営々ときずいてきたもので欠かせないものが前文に無かったので加筆した。Q市民自治という言葉が「素案」に見つからない、市民をサポートするのが行政である、その逆ではない。A市民・行政・議会が三位一体となって国や都から独立することである。Qバイブルである基本構想の中に住民自治を強固にすることが必要であるとなっている。「市民主権」という言葉を入れるべきである。A主権者は市民である、市民案を最大限に尊重したものである。補完しあっているので「市民自治・・」という名称にしなかった。市民の権利を確立することは必要だと考えている。 市長が替わったことをハッキリとさせたい気持ちが2年目にはいって前面に出てきています。行政の補完を市民にさせるという発想が、そもそも役人を30年もしてきた人のもので、個人が集まって社会を創るのではなくて、役所が先にあって、あとから住民が集まってきたとでも思っているのでしょうか。 今日は、二人のフレッシュな感覚の質問と旧態依然とした答弁を比較してみました。 |
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2003.9.7(日)ヘルパー研修 昨日、今日で八王子技術専門校での研修が終わりました。身体の清潔@入浴A清拭B足浴C排泄を二日間で学びました。寝たきりでの洗髪・清拭は少ないお湯で利用者を気分良くすることのできることを開発してきた先輩たちに頭が下がり感謝の気持ちでいっぱいです。と、同時に日本では、限りあるはずの資源(この場合は水とエネルギー)を無駄遣いしていることに気がつきました。石鹸類で泡を立てることは必要でも、すすぐ前にその泡を拭き取ればすすぎのお湯は少なくてすみます。足浴は寝られない利用者・患者の入眠に効果があるそうです。 排泄について、その介助はとても大変だと思いがちで、ともすると、避けたい気もしますが、生き物の生命と健康を守ることにつながり、身体状況を知る貴重な情報源となっています。腸の働きが部位別になっていて、水分、半がゆ状、かゆ状、貯蔵庫的な部位がS字結腸であり、飲食物がはいると総蠕動を起こすことから一日3回のチャンスがあります。これを逃すことは無いという考え方の基に大便だけでもコンチネンスしましょうという考え方があるそうです。 つまり、尊厳も羞恥心もなくしていかないと人任せにはできない排泄後の処理、その結果、オムツ性の失禁・痴呆がでるともいわれています。このことを防ぐために「コンチネンス」という考え方が生まれ、人間の権利の復権につなげようということだと思います。 コンチネンスするには利用者の住環境を点検して、ベッドから便所まで(ポータブルトイレまで)の移動が楽にできるようにすることが必要です。扉を引き戸にする、手前に開く扉にする、いっそカーテンにしてしまう、など等の工夫をすることが改善につながります。 オムツのことですが、ポリマーを使うことで丸一日でも取り替えないで済むものもある一方、ごみの増加は膨大なものになっています。アメリカでは、ドビー折のオムツとオムツカバーを使おうとする流れがでてきたそうです。日本でも「ごみ問題」は深刻で、オムツ使用者の多い医療・介護の現場からのオムツを含めた廃棄物処理料の負担も限度があると思います。 ヘルパー研修を受講したものとして、排泄介助がもたらす心理的負担を少しでも軽減できるように利用者・患者に接遇したいと思います。 東京都立の専門校を使っての研修を終えて感じたことですが、民間に開放する際にも、必要な器具・備品はすべて貸し出すべきだと思います。社会的入院を減らすことが第一目的で創設された「介護保険制度」、その行方はどうなるかの不安はあるものの、習得したものを、家庭や現場で活かしていこうとしている受講生、ひいては、講師を全面的に支える姿勢が行政には求められます。ある資源を100%といわないまでも80%は有効活用することが、投下してきた税金を真に活かすことになると考えます。 7月から2ヶ月間、土曜日・日曜日を使ったヘルパー研修が終了して、いよいよ実習に入ります。26人が切磋琢磨しながらここまできました。講師の方々も惜しみなく今日まで指導してくださったことに本当に感謝です。皆さんありがとうございました。 |
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2003.9.6(土)久しぶりのリフレッシュ 八王子でのヘルパー研修が終わってから、楽しみにしていた「ピアノリサイタル」を聴きに千葉県の柏まで行ってきました。 演奏者は田尻洋一さんで、「アミュゼ柏クリスタルホール」での演奏は久しぶりでした。外見で聴かせるのではなく、内面から湧き出る情熱と、たゆまぬ練習による成果があいまって、私たちを至福のひと時へと誘ってくれるのです。 今日のプログラムは、モーツァルトのピアノソナタ ヘ長調K.V.280、チャイコフスキーの舟歌(四季より)op.37a-6、ムソルグスキーの展覧会の絵、アルベニスの入り江のざわめき、タンゴ、トゥリアーナ(組曲「イベリア」より)、ショパンの華麗なる大円舞曲op.18、ノクターン 嬰ハ短調(遺作)、バラード第1番op.23、リストのハンガリー狂詩曲 第2番でした。 初めて聴くモーツァルトのピアノソナタハ新鮮でした。「展覧会の絵」を通して聴いたことは無かったので、そのボリュームに圧倒されました。 大曲は、聴くたびに、見るたびに人間業とは思えない指の動きの鮮やかさに感心するのですが、私としては、田尻さんの「音を大切に置いていくピアノ」が好きなので、今日でいえば、アルベニスにうっとりしました。 毎日、忙しく過ごしていたので、今日は自分への「ごほうび」をあげたつもりで、楽しい思いをしてきました。 |
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2003.9.5(金)多摩市議会 一般質問3日目の午後から傍聴をしました。今回の通告者は25名なので議長を除き全員が市長と政策論争をするわけです。20名を超えた場合の一人の質問時間が30分ということで長年多数決でまかり通っていたのですが、今回の議会運営委員会で合意がとれず、本会議でも今までのように行かないことが予想されたので、議長のほうから35分とすることが提案され異議なしとなったようです。 質問の内容が、特定の施設の備品関係に限定されて、他の施設との比較で不公平であるとの主張があったが、これは、行政と委託されている運営協議会との話し合いにするべきないようではないのかなと感じました。 また、生きがいデイサービスセンターの質問で、途中から介護保険の認定を受けた人も引き続きつうしょできるようにするべきである、まして、利用料をかかる費用の1割負担の400円にするなら、デイサービスと同じなのだから当然である、ということに行政は、何の反論も無く、検討することを約束したのは納得できませんでした。 東京都の補助金は、あくまでも介護予防のための「生きがいデイサービス」に支出されたものであり、その他の用途に供することはできないはずなのです。東京都のほうで変更を認めたなら、条例を改定しなくてはなりません。補助金を取るために地域の分断を招いたり、大切な公園をつぶしたりしたのですから、なし崩しにしないで、説明責任を果たせるようにしてもらいたいと思いました。 35分という時間をもてあましているかに見える質問もあり、むりに消化しなくて良いと思います。ただ、傍聴者としては、質問者がただひたすら発言を続けていて、急に質問に切り替えるので、何を聞こうとしているのか理解に苦しむ面も多々ありました。もう少しくふうをしてほしいと思います。 |
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2003.9.4(木)多摩市行財政診断白書 広報で周知された意見募集の期限が今日までなので、23:56に下記の内容で送信しました。 意見募集期間の延長を次の理由により要望します。 1.8月5日の多摩広報で意見募集していることが掲載され、その時点では、白書の部 数は少なく、その場で熟読できる状態ではなかったこと。 2.8月20日の広報で初めて市内全域宛に白書の概要版が配布され、直後の23日、24 日の土曜日・日曜日に3回の説明会を開催したこと。 3.議会の全員協議会が9月1日、2日に開催されたこと。 4.9月議会での一般質問に行財政診断白書について通告されていること。 1〜4を考えただけでも、財政のことを殆ど考えてこなかった市民にとって、熟読・ 熟考・調査・研究をする環境整備がされていないことはお分かりだと思います。 長年、行政に携わってこられた理事者の方々にしても、今までは、各所管ごとの歳出 を何パーセント削ればよいかを考えればよかったのではないでしょうか。 企画政策部門の資料を全庁的に開示して研究検討して来たなら、ここへきて「財政危 機にストップを!」なんていうことにはならなかったはずです。 行政のプロですらそうなんですから、朝から晩まで働いて、血のにじむような想い で、何はさておいても納税の義務を果たしてきた市民が、そんな簡単に現状を理解で きるはずはありません。まして、パブリックコメントなんていわれても、どこから手 をつけてよいかも分からないのではないでしょうか。 私も、議会への説明会、市民への説明会と全部で3回出席しました。白書に書いてい ないことで分からないことがたくさんあります。その部分を聞きたい市民もいると思 います。 その意味で、説明会よりステップアップして、市民との意見交換会を企画していただ きたいと思います。 各所管ごとの説明会をする予定とも伺っていますが、全容をよく理解したうえでの個 別に入っていかないと、方向性を誤りかねないと考えます。 来年度の予算に反映させたいということで、急を要しているのでしたら、重点検討対 象事業に関してだけの意見募集をすればよいのではないでしょうか。もっとも、この 中でも2〜3の事業は市民の意見を聞くまでも無いと思うものもありますが・・・。 いずれにしても、折角、市民にこれだけの情報を流したのですから、市民自治を醸成 するためにも、議論をする時間を持つべきです。いま、急ぐと、渡辺市政を評価して いる市民も落胆すると思います。 |
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2003.9.3(水)ヘルパー研修 今日、最初のメニューは、屋外での車椅子体験、視覚障害者体験、杖歩行体験でした。車椅子は介助・利用とも多少の経験があるので、コツもつかめました。アイマスクをつけての階段の上り下りは介助していても怖いものです。まして、今日はエスカレーターの昇りの介助をしたのですが、踏み出すタイミングと、降りる時のタイミングの‘へるぷ’難しさを実感しました。杖歩行は、3本の足があると思ってうまくまわしていけば良いのですが、足の不自由さがないので、なかなかうまくいきませんでした。 このメニュー終了に際して講師がいわれたことは、‘障害者にとってやさしくないまちだということがわかったでしょう’‘タイル張りになっていると、体に響くのでアスファルトなら良いのにね’でした。 次のメニューは、排泄介助です。紙オムツをつけての体験レポートは前もって提出しています。ポータブルトイレ使用、オムツの交換の体験実習の後、陰部の洗浄についてはデモンストレーションで講義を受けました。 講師が言われるには、100回経験すれば、101回目からは介助が苦にならなくなるので、‘凛として’お世話してください、ということでした。 今日ほど、まちづくりってハードじゃなくて、ソフトだよなと実感した日は無かったかもしれません。ニュータウンの中心である多摩センター駅周辺の、障害を持った時の体験の研修・自分でしたくてもできなくなった時の排泄ケアの研修を通していえることは、邪魔なタイルを張るために税金を使うなら、人間としての尊厳を大切にできるような医療・介護に、特に人手に税金を使ってほしいと思いました。 |
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2003.9.2(火)ゆずり葉の家・子どもクラブ 夏休みが終わっても給食は無いので子どもたちの昼食の用意をしました。カレー味の手づくりコロッケをたくさんつくり、味噌汁と生野菜と一緒に食べました。午後は町田の「リス園」に行きましたが「本日閉園」の札がかかっていたので、きびすを返して薬師池公園に行き園内を散策してからおやつを食べ、池の亀や大きな鯉に歓声を挙げて車に戻りました。 子どもたちが自由に遊べる場ということで、「野津田公園」に移動しました。小さな子どもから大人でも楽しめるアスレチックがあり、2時間、目いっぱい遊んでもあきませんでした。 私は小さい時から怖がりだったので、いわゆる‘おてんばさん’ではありませんでした。ところが、子どもクラブに入ったら、子どもが遊びを教えてくれるし、仲間意識を持ってくれるので、知らず知らず何にでも挑戦してしまい、この頃は、すっかり‘おてんばばあさん’になっています。子どもたちと私自身の可能性を発見した、とても楽しい一日でした。 |
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2003.9.1(月)多摩市議会全員協議会 午前10時より第3回定例市議会が始まりました。市長の行政報告の後、議長が閉会宣言をしたので傍聴者はびっくりしていました。休憩をとった後に全員協議会が始まると聞いて、納得していました。午前中の傍聴席はほぼ満席で、常連ではない方々がたくさんいました。 今日と明日の二日間で、「多摩市行財政診断白書」について、一人当たりの質疑時間片道12分・会派プール制ということが議会運営委員会で決まったとのことです。 総論〜これまでの20年を検証し、これからの財政運営を考える〜については、Q特別会計について何故比較していないのか A比較が難しいので比較していない Qこの早急さの理由は? A’02年9月補正予算時に財政の厳しさは話している。Q今後の財政運営の法則は? A他市に比べて事業量、施設が多いこと、高齢者と子どもの人口が逆転したこと、そのような中でも、夢の持てる街にするため、削るものは削っていく。Q経常収支比率が高くなり財政が硬直化しているというが、自由に使える税金をどこに使おうとしているのか? Aこれからのまちづくりに相応しいお金の使い方をしていきたい。Q職員の新規採用ストップ、退職者の手当等、シミュレーションするべきと思うが? A人件費のシミュレーションはプランの中でする。Qこんな短い時間で市民の理解が得られると思っているのか? A早急に対応しなくてはならないものもある。Q行政の危機意識についてだが、庁内での情報の共有化と危機意識はどうなのか? A8月12日、26日にやまばとホールで説明会をした。庁内ポータルで白書全部を公開した。フォーラムで記名式で意見具申できるようにした、等。Q個人市民税で女性・外国人の就業者増についてはどのようにみているか? A納税義務者総体で見ているのでわからない。Q悪化要因・時期・責任の明確化を聞きたい A平成7年1月に緊急対策をしているのが一番初めである。市長A それ以前も1円たりとも無駄にしない気持ちでやってきている。Q聖域無きは変わらないのか?市長A その通り 私は、行財政診断市民委員会、市民説明会、議員全員協議会の傍聴・参加をしてきましたが、市長の答弁を聞いていると、相手によって「市の財政状況の説明」、特に逼迫度について、ブレがあるように思います。こんなことでは、今後、各所管が関係する団体に説明したり、企画政策部が自治会連合会などの組織に説明する時に困るのではないでしょうか。‘今ならできる’ことを具体的に示すべきだし、実際に、逼迫しているのだったら、終始一貫して、どこの場でも、誰に対しても同じように訴えるべきでしょう。その上で、市民と一緒に考えあうことが今求められていると思います。 前市長の事件後の全員協議会と同じく、行政側は何の落ち度も無く事務を執行してきたと言っている限り(その意識が変わらない限り)真の改革はできないと考えます。 勿論、今まで長年にわたって、多少の苦言を呈しても、市長提案の予算を通してきた議会の責任は大であることはいうまでもありません。 ぜひとも、市民自治・市民との協働を進めるためにも、再構築プラン案を策定するに当たっては十分な時間をかけていただきたいと思います。 |
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2003.8.31(日)東京都立八王子技術専門校 ヘルパー研修で基本介護技術を学ぶために昨日から京王線の山田駅から徒歩10分にある専門校に通っています。 校舎は広くて多種の専門課程があるようです。広い教室にベッドが8台もあり、普段6班で行動しているのですが分かれて効率的に練習をしました。前もって実習に必要なものを班毎に分担して持ち寄り指導を受けています。シーツ、パジャマ、和式寝巻き、タオルケット、枕、等をリュックサックに詰め込んで運びました。 シーツ、マットレスパッド、枕等は洗濯代が都の予算でつかないから借りられないということでした。ベッドの柵もはずせるタイプのものではないので、ベッドメイキングに不便でした。 高齢化が進み、その一割から二割の高齢者が介護保険サービスの利用者になるわけです。ヘルパー研修参加者は、その目的として@事業所に所属してヘルパーの仕事にしたいA両親などが高齢なので必要な時にお世話できるようにしたい、等があげられます。介護保険制度があっても利用者も家族もAの考えを持っている人々も多いのが現状です。その意味では、先行投資としてベッドは施設・病院で使われているものに、メイキングに必要なもののクリーニング代は予算化するぐらいの姿勢が必要です。もしくは、使用者から多少でも使用料を徴収するようにすればよいとおもいました。施設を有効に使うための工夫がもっともっと求められています。ともすると、東京のはずれにあるこのような施設からの発言は、かき消されてしまうのでしょうか。 あと、二日間通いますが、講師も受講者も暑い中で真剣に取り組んでいます。社会資源のための投資を東京都は削るべきではないと声をあげていかなくてはなりません。 |
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2003.8.30(土)詩人・金時鐘さんとの夕べ 8月15日でもなく9月1日でもない今日を選んで、この「夕べ」は企画されました。セッションの詩の朗読:金時鐘 ピアノ:港大壽を受付の横のモニターテレビで聴きましたが、心に響くものがありました。会場で聴いたらどんなにすばらしかったかと思いました。 発言の私のいま居る場所での若い世代の在日朝鮮人、日本人の構成は当たったと思います。若い人たちがどのように「在日」について考えているかを知る端緒になったのではないでしょうか。 私が関わった企画で、関戸公民館ヴィータホールが今回のように、ほぼ満席になるなんてことは経験していません。時宜にかなった内容に若い方も含めて多くの方々が来場してくださったのだと感じました。 終了後も、会場前で旧交を温めている人、感激している人などなどがあふれかえって、潮が引くようにとはなりませんでした。 後片付けがすんだあと、今日の出演者を囲んで近くの居酒屋で懇親会を持ちました。私は友人と共に、在日の若い女性と、男性と千葉から見えた日本人男性とテーブルを囲み話し込みました。 日朝の教育の中で、日本の社会科と朝鮮学校の社会科の教科書を比較しながら教えている教師は殆どいないと思います。8月15日が日本では終戦の日であり、朝鮮では日本から解放された日〜光復節となっていることすら知っている日本の子どもは少ないのではないでしょうか。 朝鮮学校の教育のあり方に対して、社会に出てから若者は疑問を持つようになったといいます。日本の教育も大して違いはないかもしれません。メディアもかなり操作されていますから、何かあっても真実に近いことを知らされるのはずうーっと後だったりしているわけですから・・・。 「根っこから繋がりあうアジアを」との願いを込めての今日の集会を起点に、互いに理解をより深められるような機会をまた持ちたいと思いました。 |
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2003.8.29(金)自立ステーションつばさ 11月14日に予定しているイベントに「つばさ太鼓」の出演をお願いしようと、久しぶりに事務所を訪ねました。途中で迷ってしまった時に、電動車椅子に乗った女性が通ったので尋ねたら「一緒に行きましょう」といってくださり、案内していただきました。 「つばさ太鼓」は、もともと八丈島からきたもので、障害者と健常者が一緒に叩いて楽しむもので曲にあわせてとかいうものではないそうです。これまでは、お祭りなどに呼ばれて演奏してきたので、私たちの「反戦」集会的なものは初めてで、多少、面食らったようでした。 造りたての「しそじゅーす」を頂きながら打ち合わせをしましたが、10年前とは代表が代わったりスタッフも代わったりで私自身を認知していただくまでに時間がかかったようです。最初から訪問してお願いするべきだったなと反省しました。結果は短い時間にも関わらず引き受けていただいたので安心しました。 つばさの趣旨は、「どんなに重い障害を持っていてもその人らしい自立生活を実現する」ということです。今回、自分史集「今日ですべてが終わる 今日ですべてが始まるさ」を発刊したというので、みんなに知ってもらうために一冊求めてきました。 政府も、脱施設を唱えていますが、実行していくためには支援が必要です。予算化するためには、市民・議会に理解を深めてもらわなくてはなりません。その一助になれたらよいなと思い、話を進めています。 |
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2003.8.28(木)ヒバクシャ〜世界の終わりに 今年の、イラク戦争開始前にできた映画「ヒバクシャ」をみてきました。湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾による被害は子どもたちに白血病・甲状腺機能障害として現れていることは、ずいぶんと知られてきました。美しい14歳の少女・ラシャさんも、9歳のムスタフ君もアメリカの経済封鎖の影響で抗生物質も輸血も受けられないで、死んだり、衰弱したりしている姿には、いきどおりを禁じえません。使ってはいけない武器を製造し、アメリカの為政者から見ると「悪の枢軸国」で消費していく、軍需産業を反映させるために、世界中の弱者(若者)を犠牲にすることに疑問を感じない米国民を作っていく、そのような実態を垣間見ることができました。 米国・ワシントン州のスタンフォード市は良質の土壌で穀倉地帯といわれているのに、実は、原子力発電所の風下では核の影響と思われるがん患者が多く、次々となくなっているということで、農業者が疑問を抱き情報公開を求め、少しずつ事実が明るみに出てきました。トムさんというその人は、「愛国心がない人」というレッテルを貼られて村八分のようにもなったということです。一方、弟は、大規模農場を営み家畜の飼料を日本に輸出したり、フライドポテトに適した馬鈴薯を輸出しています。兄は兄であり、その言動も「自由の国」であるから気にしていない、政治に関しては全く関心がないという態度でした。 日本の長崎のヒバクシャでは12歳の時に兄弟をなくし、病身の両親を抱え大変苦労した69歳の方が出てきました。定年まではただひたすら働いた様子です。今は、原爆のこと、戦争のことを語り継ごうと思っているようでした。 この映画の監督は「鎌仲ひとみ」さん、製作は「グループ現代」、今夜の上映後に広報担当の宮原理恵さんという若い方が挨拶されましたが、世界も、日本も、悲観的にならざるを得ない状況の中、一筋の光を見た感じでした。映画の中で広島の医師である肥田舜太郎氏・85歳が精力的に「低量被爆」の影響を立証しようとアメリカへ飛んだり、厚生労働省で資料を調べたりしている事を見ると、今に生きる私たちの為すべきことが自ずから示されてきます。 このすばらしいドキュメンタリー映画を日本中で、世界中で観て貰いたいと思いました。 |
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2003.8.27(水)浜岡原発震災を未然に防ぐことに関する陳情 私のホームページでも、浜岡原発については何度も取り上げています。いつ起こるか分からない東海地震における震災を防ぐためにも全国から声を挙げていかなくてはという想いで、次のような陳情を多摩市議会に提出しました。明日の議会運営委員会で付託先と委員会開催日が決まります。署名にご協力いただける方はご連絡いただければ、署名用紙をお届けいたします。 浜岡原発震災を未然に防ぐことに関する陳情 陳情趣旨 静岡県を中心に8都県1200万人を超える人々を襲う東海地震は、M8クラスの地震と想定されています。エネルギーで比べると、阪神大震災の15倍から30倍に及ぶ巨大な地震です。 政府は発生が切迫している東海地震の直前予知や震災軽減対策に力を注いでいますが、驚くべきことに、その最も揺れの激しいとされる「震源域」の真ん中に浜岡原発五基を許可したのです。 「浜岡原発は東海地震で壊れないように設計している。地震防災対策は必要ない」と政府は説明しています。いかに最新のコンピューターを駆使しても、「地震のことは起きてみないと分からない」というのは地震学の真理です。 東海地震が襲ってきたとき、政府の計算どおりに浜岡原発が無事ですむのか、あるいは、思いもかけないことが起きて浜岡原発全基がめちゃめちゃに壊れ、チェルノブイリ事故を上回る大惨事となるのか、誰にも分かりません。 東海地震と浜岡原発には、日本という国そのものの存亡がかかっています。存続か、滅亡か。生か、死か。そのような愚かともいえる賭け事に子どもたちを巻き込むわけにはいきません。 責任ある大人として、浜岡原発震災を未然に防いで、子どもたちを放射能災害から守るために陳情します。 陳情項目 一、原発震災を未然に防ぐために、経済産業大臣に対して、「浜岡原発全基を一刻も早く停止するよう中部電力に対して勧告せよ」という意見書を提出してください。 2003年8月26日 多摩市議会議長 小林義治殿 住所 多摩市乞田1156−1−501 氏名 末木あさ子 電話 042−374−8765 |
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2003.8.26(火)多摩動物公園 プレイルームゆづり葉の家・子どもクラブで、スタッフ・子ども合わせて22名、多摩動物公園にでかけました。私自身は、自分の子どもたちといって以来なので20年ぶりかもしれません。シャトルバスが走っていることに気がつき、頂上までは乗ることにしました。 歩き出して最初に見たのが、レッサパンダで茶色の毛並みと白黒の縞模様の尻尾がとてもきれいでした。豹の一種の赤ちゃんを見て、みんなで可愛い!と歓声をあげました。 Aさんのトイレに付き合っている間に他のみんなとはぐれてしまい、アフリカ園に行けば必ず会えると信じて進みました。シマウマもキリンも絵のようにきれいで、ダチョウも二種類いました。ところどころにいるボランティアさんに、お揃いのロゴ入りのTシャツを見せて、団体を見かけなかったか聞きましたが、みなさん‘みなかったね’というので、何とも心細くなりました。 とうとう、アフリカゾウのところまで来てしまいました。丁度、大きなオスが「おしっこ」をしているところで、消防団の放水演習をみているようで、楽しくなってしまい、ここで待っていればみんなに会えるように、そこであったボランティアさんに伝えました。象のメスのオッパイが大きいのもはじめて見ましたが、じかに赤ちゃん象を観るのも初めてで感激しました。 そうこうしているうちに、携帯電話がなってみんなの居る所、昆虫館まで急ぎました。最近できたばかりのようで、いろいろ工夫が凝らされていました。 雨が上がったので、ぜひ子どもたちに象を見せたいのでアフリカ園に誘ったつもりが、全員で「ライオンバス」に乗りました。元気なライオンは2〜3頭で、バスの窓の鍵をかじるので、一寸怖い思いをしました。 正門近くでボランティアさん達に会って「よかったね、みんなに会えて」といわれ、心にかけてくれていたんだなと嬉しくなりました。地方でも名所にいくと、リタイアした人たちがまちおこしのために、旅行者に親切にしてくれます。私たちの街も、こんなふうなあたたかい街にしたいなと思って帰ってきました。 |
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2003.8.25(月)行財政診断市民委員会 19:00から第3回行財政診断市民委員会が開催されたので傍聴にいきました。昨日の市民説明会での「ご案内」があったので、10人以上の傍聴者があるのかなと思ったのですが、5人だけでした。 事務局としては、今日は「市民サービス再構築の方向性」を議論してもらいたいということで、前もって、行財政診断白書での重点検討事業を材料に、サービス再構築の具体的な方向性について、どうあるべきか、また、個別の見直しの際に留意すべき事項について議論する・・・ということで第一回に各委員にしらされています。 前回の議事要旨の確認で、本来なら前もって調整しているはずなのに、当日になって異論を申し出る委員がいて時間がさかれました。回数が少ない中での各委員の会議に臨む姿勢が問われます。白書での提案に対する読み込み方も不十分で、重点検討事業についても現状を知らなさ過ぎます。このまま進むとどんな結果になるか目に見えるようです。曖昧な議論を整理する事務局は、ほとほと困るでしょうし、次回も議事要旨で、ああでもない、こうでもないということで貴重な時間は消費されるかもしれません。 事務局も、3回の説明会での意見、今日までのパブリックコメントの内容ぐらいまとめて委員会に提示するべきではないでしょうか。本来は、市民委員会のメンバーが説明会に参加して、市民の意見を自分の耳で聴くべきだとは思いますが・・・。 |
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2003.8.23(土)24(日)行財政状況についての説明会 8月20日付の多摩市広報に「多摩市の未来を決定する主体は多摩市民の皆さんです。『改革』の基本は、『情報の共有』であるとの認識に立ち、『行財政診断白書』をもとに、多摩市の行財政状況に関する説明会を下表の通り開催します。また、白書に対する皆さんのご意見をお寄せください。白書は、市内コミュニティセンター、図書館、公民館、多摩センター駅出張所で閲覧でき、また市役所売店で販売もしています。(1冊400円)。 *意見募集期限 9月4日(木)*提出方法 各施設に設置するご意見箱への投かん、郵送、ファクシミリ、Eメールで*提出先 郵便番号206−8666、企画課(Eメールアドレス=kikakuka@city.tama.tokyo.jp) 日時 場所 8月23日(土)18:30 多摩センター地区市民ホール第1会議室 8月24日(日)13:30 関戸公民館第1・第2会議室(ヴィータ8階) 8月24日(日)18:30 永山公民館視聴覚室(ベルブ4階) *当日直接会場へ」 と、掲載されていました。両日ともヘルパー研修できつい中ではありましたが夜の説明会に出てきました。出席者は、それぞれ30名ぐらいでそこには市役所の管理職、議員も入っています。 市長の挨拶の要旨は、税財源を確保するために住宅政策を持って若い人を呼び込んだり、SOHOなどへの支援をして法人税につなげたり、国の三位一体改革の財源移譲を求めたりしていくこと。多摩ニュータウンは国と都合わせて1兆5千億円投下しているともいわれている中で、維持のためにはそれなりの財源がいること。少子高齢社会を前向きに捉え80歳の方々が8割は元気であることから、今の60代から70代の方々で支えあう仕組みを作ってもらい、10年、20年後も心豊かに暮らせる多摩市にしていきたい。年明けには再構築プランを示す。改革には痛みが伴う。市長及び三役の報酬をこの10月から2年半引き下げることを9月議会に提案する。その結果、1億円が捻出される。また、職員を60名削減し、当分新規採用はしない。このように内部努力をしていき、議会とも協働していく。 パワーポイントを使っての説明は20日付の広報に組み込まれた白書の概要、説明会の受付で配布される「財政緊急事態!今、なぜ、見直しが必要か?〜多摩市の新たな未来を切り拓くために〜」の瓦版、白書本編の中からの抜粋資料に基づいてでした。 私が8月13日のホームページでも指摘しているように、3回の説明会と9月4日までのパブリックコメント、行財政診断市民検討委員会の答申を持って再構築プランを策定するのは拙速であると考えます。市民の要望が毎年の世論調査では一位だったから「温水プール」を作ったという答えがありましたが、議会でも、民間を脅かす事業はするべきではないという議論があったにもかかわらず、建てるからには立派なものという視点で税金を投下しています。「身の丈にあった」ということを忘れてしまった施策を各所管ごとにしてきた「ツケ」が、今の財政逼迫を生み出しているのです。バブルがはじけてからの10年間に為すべき手を打ってこなかったわけですから、広がったものを4ヶ月やそこいらで市民の理解の下に縮小できるはずがありません。 行政マンも、議会も内部ではある程度時間をかけたので、議論は十分したと思いがちです。市民は8月5日号の広報で「行財政診断白書」の存在を知り、閲覧場所も不十分な中で閲覧したり、20日号の折込にやっと目を通し説明会に臨んだのではないでしょうか。パブリックコメントを出すのも市民の目で、さまざまな角度から調査研究した上で出したいと思うのが『自治する市民』の姿だと思います。あせればあせるほど空回りすると思います。市民の力を信じて、再構築プランを作るのは先延ばしにするべきと考えます。 ただ、各種イベントや、誰が考えても首長の人気取り的政策は来年度の予算編成できっぱりときればよいと考えます。市民に示す内容が整理されない状態で出てきていると思います。 私が出席した2回の説明会での質問・意見では@情報の共有といいながら配布資料のない説明をしているのはおかしい。Aシミュレーションの設定はいく通りもあるべきである。B国策でのニュータウン政策なので返還する分をおまけして貰うべきではないか。C16年度予算編成方針で一律20%カットとなっているが、社会保障費行政の責任でやるべきで公共施設などと同じ土俵で考えるのはおかしい。D保育園の市立・私立の格差は正職員対応をしていることなので、子どもの豊かな発達を考えると、私立でもそれだけの対応ができるようにするべきである。E高齢者施策も上乗せ横だしは維持するべきである。F建物の維持管理費は計画段階で分かっているはずである。決算の内容を見るとまだまだ削れるものはある。市民サービスについての内容なので、市民レベルに時間をかけてほしい。G減るだけの話で増やす話がどこにもない。その辺を研究してほしい。H小学校単位ぐらいで説明会をしてほしい。I見直しを考えている現場ごとの説明会をしてほしい。Jお金がないのになぜ住基カードを無料で出すのか。K15年3月の数値と15年度の予算を基に説明をするべきである。L概要版に出ている事に対しての付加的説明を聞きたいと思ってきたのに期待はずれである。M楽観値と悲観値の両建てでシミュレートするべきで、もっと悪くなることを前提に考えるべきである・・・・などの要旨でした。 |
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2003.8.21(木)・22(金)万全の注意 プレイルーム子どもクラブで、急遽、八王子市の『夕焼けのさと』にでかけることにしました。きょうは、八王子市の広さを目の当りにしました。市立なので障害者も同伴者も無料で入場できました。牛にむしったくさをあげる子ども、食堂に急ぐ子ども、それぞれです。腰のある手打ちそばを食べて、大人の女性は地元産の野菜が安くておいしそうなので買い求めていました。 時間が十分あるので峠越えをして相模湖に下りることにしました。高尾山に登った時は、城山から相模湖へと下ったものです。いろは坂のように急カーブをどんどん上り詰めていく時の車内の歓声、相模湖が見えたときの喜びはみんな同じです。トイレ休憩をかねて相模湖畔でひと時を過ごしました。駐車場などのせいびはされていますが、賑わいが余りありません。どこへ行っても不景気の影響が感じ取れます。 私は、今日は男の子たちと車に乗りそれぞれに目を配っていました。スキンシップを求める子、夕方には家に帰れるかの心配をしている子、じゃんけんで負けて手を叩いてほしい子、車酔いする暇もなく緊張していたつもりです。そんな時に補助椅子に座っていた子の脇のドアが開いたのです。咄嗟に後ろから力いっぱい閉めたので事なきを得ました。同乗の指導者に、その子どもがうんとしかられました。私は、反省しました。子どもの興味や行動に「常識」など通じないことをもっと理解する必要があったのです。峠の上り下りでの「事件」ではなかったことを「不幸中の幸い」として、今後は、万全の注意を払います。 今は、子どもたちへの禁止事項が多くて、年がら年中、叱られていると、ことの軽重がわからなくなる恐れもあります。命に関わるようなことをした時に、徹底して叱る必要があると私は考えています。その時の大人の気分によって叱ったり、見逃したりするようなことはあってはなりません。たいした問題ではないときまで叱ると、子どもの判断力を損なう恐れもあります。障害児でも健常児でも(私はこの表現は好みませんがあえて使います)自分を大切にしてもらいたい気持ちは変わりありません。子どもクラブが子どもたちにとって今後も『憩いの場』になるように、微力を尽くしたいと思います。 |
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2003.8.20(水)ホ−ムヘルパー研修 朝9時から講義は始まるのですが、その約一時間前に前回の復習をする為に実習室は開放されています。早い方は8時頃には練習を始めていたようです。私も、早く行く予定でしたが何かと手間取って開始10分前に着きました。 講義室に戻り、早速、振り返り学習ということでペーパーが配布され、3分間で回答を書くように指示がありました。その後、正答が配布され、自己採点をして、講師に質問があればして実技に移りました。 今日は、最初に、利用者がベッドに寝ている状態でのシーツ交換をしました。次に、寝ている姿勢から車椅子に移動する介助、逆に車椅子からベッドに寝かせる介助の練習をしました。 この介助は、意外と簡単にできたので、私たち受講生は、こんなに簡単でよかったかしら?と、思うほどでした。 パジャマの着替え、トレーナーの着替えと進み、難関は「ゆかた」から「ゆかた」の着替えです。ゆかたの着替えは、寝かせたままするので、利用者役はもとよりヘルパー役が一挙手ごとに、気恥ずかしさを感じながら練習を続けました。 実際に利用者の介助をする時は、ヘルパーが戸惑いを見せるわけにはいかないので、利用者の気持ちを察しながら、余程手際よくやらないといけないなと感じました。 私の場合は、家人が入院している病院でへるぱーさんの動きを見ているので、もう少し自分は要領よくできるとおもっていましたが、とんでもない、とっても大変でした。患者さんや利用者さんが、最初から心を開いてくれるとは限らないので、精神面と体力面と両方ともタフにならないとやっていけない、かなりハードな職業だなと見直しました。 ‘習うより慣れろ’とはよく言ったもので、何度も何度も、人一倍練習を重ねて、コツを掴んでいかなくてはならないと、疲れたからだで思いました。 クラシック音楽が流れる喫茶店で温かいコーヒーとホットサンドイッチを食べて、リフレッシュしました。 |
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2003.8.19(火)ゆづり葉の家・子どもクラブ サマーキャンプが終わってから一週間、子どもクラブは休みでした。早くに来る子どももいますが、大体は10時ごろから来て思い思いのことをしてすごしています。早お昼は、ジャガイモのたくさん入ったカレーライスでした。みんなで頂くと、食事が進みます。 午後からは、車に分乗して日野市の七生福祉園の広い教室(?)へ向かいました。いくら走り回っても誰からも迷惑がられないので、おおいに楽しめます。ギターに合わせて歌を唄うグループ、カルタをするグループ、バレーボールをするグループ、その他ジョギングをしたり、ウルトラマンごっこをしたり、鬼ごっこをしたりと、思い切りからだを動かしました。 カルタでは、漢字は苦手だけどひらがなは読める、絵を頭に入れるのが得意、お話が不得意でも字札をいっしょうけんめい読んだりと、一人ひとりの持っているものが違うことを、今日も学びました。木曜日にみんなと会うのが楽しみになりました。 |
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2003.8.18(月)葬儀に参列して 昨春、多摩市役所を定年退職したばかりの方が8月15日に亡くなり、昨日の通夜と今日の告別式に参列してお焼香をしてきました。私が議員だった折の議会事務局長だったこともあり、弔意を表したかったのです。元市長、元助役、前助役等々、後輩に当たる方の、余りにも早い逝去には言葉を失っていました。 部長職をいくつか経た方なので、議会でも質問に答える姿を度々見ていたわけですが、一年に4回の定例議会、予算・決算の特別委員会と合わせても、私にとっては8年間で48回余しか、正式には知らないのです。 与えられた職務をどのように果たしてきたか、部下にはどのように接してきたか、上司には苦言も厭わなかったのか、また、地域では子どもたちとどんな過ごし方をしてこられたか、議会にいただけでは知らないことばかりです。昨日、今日と集まった方々からのお話から62歳までに本当に充実した人生を過ごされたことが察しられました。 遺された奥様とお父様、故人が愛してやまなかった三人のお嬢様に、たくさんの思い出を差し上げた故人のご冥福を心よりお祈りいたします。 |
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2003.8.17(日)8月に想うこと 58年前、第二次世界大戦〜太平洋戦争で日本が敗戦を認めた年、4歳だった私の目に、母が袖口で涙を拭っていた姿が焼きついた8月です。 39年前、父が亡くなった年、23歳の私にとっては、その大半を共にすごしていなかったので、永遠の別れの悲しみは姉や兄とは違うものでした。母の背負っていた十字架が軽くなった日であり、私の故郷である西武池袋線椎名町から一家で引っ越すことを決めた8月です。 36年前、初めての甥が生まれた年、陣痛が始まった義姉と母が女子医大に行くのを国立駅に見送った8月でした。 30年前、母がなくなった年、多摩市の団地に越してきて7ヶ月、その朝も私の出勤より一足先に府中の兄の子どもたちを看るために出かけていきました。‘髪の毛を洗って枕が湿っているのでしまわないで置いてね’それが私にとって母の最後の言葉になるなんて‘ツユ’とも思いませんでした。夕方、職場の友人たちと出かけることにしたことを伝えようと兄の家に電話をしたのですが話中でつながりません。間をおいて何回かダイヤルを回したのですがやはりつながりませんでした。ここで、私が母の性格・常態からして長電話をするかどうかを判断していたら、これは異常だと思わなくてはいけなかったのです。楽しい時間を過ごすことばかりに思いが先走り確か11時過ぎに帰宅しました。鍵を開けてドアを入ると母の気配がなく、ただ月明かりだけが部屋を照らしていました。すぐに、兄の家に電話をして義姉から稲城市立病院に入院しているから寝巻きなどを持っていくようにいわれ、タクシーを呼び、来るまでに風呂敷を広げ泣きながら必要なものをまとめました。広い部屋の中央のベッドに、昏睡状態の母がいて、兄が付き添っていました。脳溢血と聞き、私は、母の体が不自由になっても死なないでと語り掛けました。簡単に死ぬとは考えられなかったのです。ところが朝の4時ごろ急変しました。看護婦が人工呼吸器を運んできましたが故障していて作動しません。やむなく体の大きい看護婦が‘35キログラム’の母の胸を押し出しました。不便なところに住んでいた姉が着く7時までその作業が続けられました。真夏の日差しが眩しく、たくさんの鳩が窓外に飛んでいたことを思い出します。 私は、悲しむまもなく、南武線の南多摩駅まで歩いて乗り継ぎながら愛宕の団地に帰り、母の大好きな着物を死に衣装に選び、府中に持っていきました。兄が泣いていました。お葬式は母が長年住んだ府中の団地の集会所であげることになりました。私の友人も上司もたくさん参列してくださいました。 私は、大好きな母から最大の贈り物を貰っています。それは、形ある資産ではなく、生きていくうえでの柱になるものです。‘あさ子は幸せになれるよ’この言葉は何にも勝るリングです。 母の亡くなった翌年、結婚をして3人の子宝にめぐまれました。3人目の娘の誕生日が8月8日、私たちの初孫の誕生日が8月15日と、まだまだ八月という月に縁がありそうです。 ‘幸せ’は、私が感じるかどうかで、他人から押し付けられるものではありませんが、親として子どもが幸せになってくれますようにとの願いからの予言はありがたいものです。 今日、教会の礼拝で聖歌隊の指揮をいつもと違いドイツ人がしました。彼自身のテノールも美しかったのですが、少ない隊員のそれぞれのパートを見事に引き出して会衆を魅了しました。後から聞いたのですが、彼は音楽学校でピアノと指揮を主に学んだそうです。何を学んだかは問題ではなく、彼の信仰心がそれから続くせっきょうへ私たちを誘ってくれたのだと思いました。隊員も歌い終わって感涙を拭っていました。私は、常に世の中のことに疑問を持つことも必要かもしれませんが、素直に、美しいもの・かけがえのないものを大切にし、感じる心こそ世界を平和にしていくのだと思いました。 第二次世界大戦の終結となった八月、世界中に犠牲者と遺族をうんだ八月。日本の教育で現代史をなおざりにした結果からか、国会議員でも非常識な発言をする人が後をたちませんが、今を生きる私たちが為すべきことは何か、それは、事実はそのままに子どもたちに伝えること。今、自分たちは何を為すべきか、将来をどのようにしたいか、を、子どもたちに考えてもらうことではないでしょうか。アジアの人々との歴史認識の共有はとても大切なことだと思います。 |
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2003.8.16(土)北米の大停電 米国北東部とカナダで起きた大停電でニューヨーク市では29時間ぶりに完全復旧したと夕刊に報道されています。市民の主要な足である地下鉄はまだ全面運休だが中心街では一部の商店や、レストランが店を開け始めていること、ブロードウェーの劇場や大リーグ試合も通常通りとなり、市長が「普段の生活に戻りつつある」と強調したとあります。 電源いらずの旧型の電話機が完売したり、ラジオ、ローソクが売れたりと金物屋・雑貨屋に思わぬ収入があった一方で、スーパーなどの生鮮品は破棄せざるを得ないなど大損害が出ています。 多摩市でも10年ぐらい前に中停電(?)があり、イベントの最中でしたが途中でやめて解散しました。私も、夫の運転する車で何人かをそれぞれの家まで送りましたが、何しろ夕暮れ時で信号が機能しない幹線道路を走行するので、とても怖かったことを覚えています。最低限必要な物は信号だ!と、思ったものです。 今、考えてみると、車を置いて、みんなで歩いて帰ることも選択できたのだと思います。電源を必要としているのは、患者の命を左右する機器を設置している病院です。自家発電装置への切り替えはできてもどのくらいの時間が保障されるのか、各職員が患者に安心して貰えるようにきちんと説明できるのかなどの方が重要なことです。ニューヨーク市当局によると、市内の総合病院はすべて自前の発電設備があり混乱は起きていないということですが、それ以外がどうだったのでしょうか。 阪神淡路の大震災から8年以上が過ぎた今、そろそろ私たちに気を引き締めなさいと警鐘を鳴らしているような、海の向こうの大停電でした。それにしても、私の心配は不必要なことなのでしょうか? |
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2003.8.15(金)58回目の終戦記念日 昨日も元海軍士官が「人間魚雷」の時代について、「日本にもあった『自爆』部隊」と題して今日の終戦記念日に体験を語る、という記事が載っていました。また1943年の6月の「学徒出陣」について及びその戦死者についてきちんと残したいという、現在は大学の名誉教授になっているかつての学徒の方の思いについてもありました。皆さん80歳を過ぎて、今、自分たちが若い者たちに、命が無駄にされたのではと思う戦争について伝えたいという共通の想いがあります。日本の今の動きに黙っていられなくなったのではないでしょうか。 今日は、Dear World 2003というイわたベントに夕方から参加してきました。イラク、アフガニスタン、カンボジア、北朝鮮で活動するNGOの声と最新映像とをライブ形式で伝えようとしたものです。現地で活動してきた若者たちが実行委員会をつくり、日本アムウェイ株式会社本社の協力を得て会場を確保しました。支援してきた子どもたちの口から、今度は支援する側になるのだという言葉を聴くことができて本当に嬉しかったという実行委員長の純粋さに心打たれました。 押し付けられた活動ではなく、自分で考え、行動して得た経験を元に一人でも多くの人々に伝えようとする若者の姿に感動を覚えるとともに、私も諦めないぞ!と自分に言い聞かせました。 |
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2003.8.14(木)寒い一日に思ったこと 未明から降り出したのか、寒いのと雨音で目が覚めて、家人が干した洗濯物を内側に干し変えたりして、もう一度、横になったら寝過ごしてしまい、燃えるごみを出しそこなってしまいました。おまけに、縁側を開けて寝ていたために風邪をひいたらしく喉と耳下腺がいたくて、一日中とても憂鬱でした。 夏だというのに、今日は10月の初め頃の気温だったそうです。日本の四季もどんどん変化していってしまうのでしょうか。一つ一つの現象を他人事と考えないで地球規模で考えられるようにしていきたいものです。個人の家の冷房装置の室外機は小さいですがビルが林立するところでは屋上からものすごい熱風を送り出す室外機があります。北半球の文明のエゴが地球全体の気候を異常なものにしています。京都議定書の約束事もちゃんと守れるのかどうか、熱しやすく冷めやすいわが国民性では心もとない気がします。東京電力からお願いされなくても、人の体の機能を保つために冷房をするなら28度にするなど、我が家では家人に文句を言われながら調整しています。原子力にたよらない生活ができるように身の回りを見直していきましょう。 |
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2003.8.13(水)多摩市行財政診断白書について 議員の勉強会に参加してきました。なぜ、この時期に財政緊急事態!というアピールをするのだろうか、行政の説明によれば、この白書は手持ちのデータを積み上げたものということであり、出そうと思えば昨年市長就任後にも出せたのではないかと思います。 市民との協働を本気で考えているのであれば、この白書のように具体的な提案、かなり市民の生活に影響を及ぼすものは、少なくも一年ぐらいの議論が必要だと考えます。説明会の開催を今月末に3箇所でするということですが、中学校ごとぐらいの範囲で設定していかなくてはとても多くの市民の参加は望めません。 介護保険の説明会、ごみの収集方式の変更の説明会とは違って、財政問題は一朝一夕には理解できません。先日の、議員全員協議会の説明は2時間でしたが、とても時間的には足りないと思いました。市長は、来年度の予算に反映させようとしているようですが、あまりにも議会と市民を軽視していると思います。 市民から「行財政の再構築プラン」に積極的に参加する意志を伝えていきましょう。そのためには、まず、説明会の開催をあちこちで要求すること、大勢で参加すること、パブリックコメントをたくさん寄せること、そのような市民の動きが、一方的であり、拙速な再構築に歯止めをかけることができると考えます。 |
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2003.8.12(火)日航機墜落から18年 わすれられない飛行機の墜落事故でした。その日は、家族旅行で箱根湖畔のホテルへ行き、夕食前にテレビを見ていました。7時少し前に画面にテロップが流れ「日航機の墜落」を知りました。夕食後はずっとテレビ報道を見続けていました。坂本九さんも乗客だったこともわかり、乗客乗員全員死亡確実の報を悲痛な思いで聞きました。時間の経過で確か、4人が生存していることが分かり本当に良かったと思いました。それぞれ家族を失った悲しみも同時にあるので手放しでは喜べない状況にもあり複雑な思いでした。 ダッチロールしながら燃料を消費させて二次災害を起こさないように考えたのか、民家のある場所ではなく群馬県上野村の御巣鷹山に墜落させた機長の心中はいかばかりだったでしょうか。機内で家族宛に遺書を書き記した人たちも多く、後に報道され読むたびに涙が出ました。長患いをしていた後の死を迎えるのとは違い、あまりにも突然のことで機内はパニックになったことでしょうに、なくなった方の事を思うと18年たっても、どうぞ安らかに眠っていてください、と祈らずにいられません。 つい最近の報道で、あの墜落した機の「隔壁」の修理した時の写真が発表され、不備があったということです。飛行機の事故の確率はとても低いということですが、それは当然のことで、ひとたび事故があれば大惨事は免れないわけで、整備に問題などあってはなりません。 この機会に、他の分野でも「対岸の火事」ではないことを真剣に論じて安心・安全の確保に努めてもらいたいと思います。特に原子力発電所については、微塵の不安も許されません。 |
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2003.8.11(月)多摩市議会全員協議会を傍聴して 今日の10時から「多摩市行財政診断白書」〜多摩市の新たな未来を切り拓くために〜についての全員協議会を開催すると聞いたので傍聴に出かけました。議場ではなく会議室を使っての意味は‘多数の傍聴者に来てもらいたいから’かなと思っていたら、全くそんなことではありませんでした。 市長の挨拶が終わり、すぐに企画政策部長の説明がはじまりました。傍聴席には10人ほどいましたが一様に、資料が何も配布されないことに不信感をもちざわざわしだしました。その前に事務局に資料がほしいことを申し出ると、部数がなくて事務局もない状態だという答えでした。部長の説明は「瓦版」に沿ってしているのです。近々に市民全員にでも配られる性質のものです。これすら傍聴者に配布しない神経は信じられません。私は、企画課にいって「瓦版」を直ちに配布するよう要求しました。所管でOKが出た後、議会事務局のOKが必要で、その後配布されましたが開会後30分も経過していました。怒って帰って行った人も二人いました。 午後から議会運営委員会が開かれ今後の「多摩市行財政診断白書」の取り扱い方が議論されました。まずは、市長の基本的考え方などを質疑する場、全員協議会を早急に持とうということに一致しました。一委員から‘資料が傍聴者に配布されなかったのはなぜか’の疑問が菊池委員長に向けられ、委員長は、定例会・常任委員会は傍聴用資料について規定しているが、協議会については規定していなかったためで、行政側に言っても仕方のないことと答えました。小林議長からは、前回の議会運営委員会で傍聴者の資料については考えなかった、できる限り資料を出すように要請するという弁がありました。 議会も行政も「市民との協働」「市民とともに・・・」は、口先だけなのかと疑いたくなるような一日でした。ベテラン議員・少数精鋭議員である小林議長、朝倉副議長、菊池議会運営委員長が連座している場で、委員側から意見が出なくても必要なことは発言するべきであり、全く市民のことは眼中になかったとしか思えません。猛省を!!! |
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2003.8.10(日)多摩川関戸橋花火大会 8月5日、第18回花火大会が雷雨の中で始まりました。私自身は所属する事業所のミーティングがあったので会場にはいっていません。6時からのミーティングに遅れてきた人が、花火やってるよ、この雨の中で、というので耳をすませたら雷の音と花火の音と両方聞こえました。この雨だったら当然中止をしているだろうと思うのが大方の見かただったと思います。 その夜、10時近くに家に帰ると家人がテレビで多摩市の花火のことをやっているというので見たら花火師の34人が打ち上げをしていた中州に取り残されたというニュースをやっていたのです。びっくりしましたが、ヘリコプターで全員救助されたと聞き安心しました。 この花火大会の主催者は「多摩商工会議所」、後援:多摩市、協力:国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所・多摩交通安全協会・多摩市消防団、協賛:京王電鉄株式会社・多摩市内各事業所であると、新聞折込のチラシに記載されています。同チラシには、午後7時〜8時40分(雨天決行)ただし、荒天の場合は8/6(水)に順延、開催当日は、FM多摩GーWIND《77,6MHz》において、実施又は中止の発表をいたします。(午前10時から放送。以後、午後4時まで毎時50分、午後5時以降は随時放送) 後援している多摩市は多摩商工会議所補助事業として29,893千円予算化し、この花火大会のためと理解しています。市民の安全を第一に考えるべき立場にある市長を始め市の職員、議員も桟敷席にいる中での事故をどのように捉えているのか、全くコメントがなく、7日付の報道では商工会議所の専務理事が「とにかく見通しに甘さがあった」と平謝り。「雨が降り始めてから、中止も視野に入れて検討を重ねた。開始予定時間の7時を過ぎた頃、雨は小降りになり、水かさを見たところ、増水していなかった。花火師が打ち上げ可能と判断したこともあり、実施できると判断した。」と話している。この日、多摩川関戸橋花火大会を楽しんだ観客は3万1500人。昨年より15万人も少なかった。(朝日新聞8月7日付朝刊多摩版) 犠牲者が出なかったことは、不幸中の幸いで観客数が昨年の六分の一を考えただけでもこの事業の目的を果たせたとはいえません。まして、消防庁の決死の救助作業を考えた時に、中止の判断をする勇気が必要だったと考えます。税金を投下している多摩市は発言権を行使するべきだったのではないでしょうか。 |
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2003.8.9(土)長崎原爆の日 58回目の「原爆の日」を迎えた長崎の平和公園で開かれた式典では、伊藤一長市長が平和宣言で「専守防衛」の理念を守ることを初めて政府に求めました。それを受けて、小泉首相は平和憲法の順守や非核三原則の堅持に触れ「今後ともこの立場を変えることなく、国際社会の先頭に立ち、核兵器の廃絶に全力で取り組む」とあいさつした。(朝日新聞夕刊1面) 小泉首相は式典出席後の記者団の質問‘市長の平和宣言での米英両国によるイラク攻撃を非難したことなどについて’に対して、「人々にはいろんな意見がある。せれはそれで結構だと思う。政府としては日本の平和と独立、世界の平和の構築に努力していきたい」と語ったとのこと。 この記事を見てやはり小泉首相は物事を深く考える人ではないと思いました。被爆市の市長がどんな思いで宣言をしているか、その後ろには犠牲者を始め市民の声なき声があることを想像できないのか不思議でなりません。 宣言では、非核三原則の法制化を求めています。首相がいくら挨拶の中で「平和憲法の順守」「非核三原則の堅持」といっても、想像力のかけらもない国会議員のいる中で、今後どのような事態になるか不安でならない私たちにとっては、当然の要求です。戦争をしていく国にするための法律を次々制定する前に立法府である国会はすることがあるはずです。 式典での被爆者代表の山崎栄子さん(76歳)の真剣に訴える姿は、若い世代の胸に焼きついたことと思います。私も戦争体験者としてまだまだやることはあると思いを新たにした一日でした。 |
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2003.8.7(木)〜8(金)サマーキャンプ NPO法人プレイルームゆづり葉の家の一泊二日のサマーキャンプに参加しました。法人格をとる前、10年ぐらい前から参加してきましたので、私の夏の行事になっています。小学校中学年だった子どもも高校生に、高校を卒業してともに働く場の一員となっている青年は、28歳になっています。初めて会ったときから考えると、その成長ぶりはめざましいものがあります。家族や身近な人々にはなかなか認められないかもしれませんが、一寸離れてみるとよくわかるのです。 知的障害を持った子どもを育てるのは、その障害が多様なのでわが子でも理解するには時間がかかるので並大抵のものではないと考えます。さらに、乳幼児期、学齢期、思春期、青年期と成長する過程で精神的・身体的な成長の度合いも違うので、あわせて大変だと思います。 その大変さの一翼を担えたらという想いで、この夏の行事が続けられ、私も共感して参加し続けています。スタッフも子どもたちに病気や怪我などをさせてはならない、その成長過程にあったしつけもしなくてはならないと必死です。 今回は、富士吉田市にある「さかな公園」と川口湖畔にある「お猿さん劇場」で遊びました。それぞれにとてものびのびと楽しく過ごしている姿を見ると、ついてきてよかったなと思いました。多摩市について、お迎えの家族に子どもたちをお渡しするまでは、殆ど気を抜けない状態が続くこともたしかで、幼稚園から中学校までのお泊りの引率の先生方のご苦労がよくわかります。 経験したことを伝える言葉をもたないこどもも、多くを語る子どもも、今日の夢が楽しいものでありますようにと祈らずにいられません。ご家族も、ご自分たちだけで苦労を背負わないで地域の中に分けてください。そのことが、子どもの幸せにつながってくると思います。 |
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2003.8.6(水)広島58回目の原爆記念日 秋葉市長の挨拶はいつも心にしみます。小泉首相が目を瞑っている映像が印象的です。為政者が何を一番大切に考えるかが問われている時です。ワタクシハ、二の次、さんのつぎにして国民の安全安心のために働いてほしいと思います。 |
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2003.8.5(火)広報たま8/5号を読んで 今号は8ページ以外に「8月25日(月)開始 住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)第2次稼動によるサービス内容についてお知らせします@住民基本台帳カード(住基カード)の交付A住民票の写しの広域交付B転入転出手続きの特例、住基ネットQ&Aを別に両面印刷してはさみこんでいます。 7月27日の私のホームページにも載せましたが、このカードが何故無料なのか何処にも記されていません。6月25日の市議会においてカードの手数料条例が否決され、その後市議会に対して何の働きかけもせずに今日まで来たから無料なのです。市議会で無料にするべきという多数の意見があっての否決ではありません。あまりにも議会を軽視しすぎではないでしょうか。無料の身分証明書なら申請しようという市民がどのくらいいるかは分かりません。少なくも500円より、今回のほうが申請者は増えるに違いありません。 総務省の思い通りにすることで、誰が利益を得るのでしょうか。財政の逼迫を市民に訴える記事が広報の8面に「行財政ひとくちメモ」として載っています。特に伸びの著しい社会保障費ということで構成されています。「見直しがしにくいといわれてきたこれらの経費についても、見直し、工夫を行っていきます。」と結んでいます。 市民の幸せが保障されるか不安がある住基カードを無料にして、人の命に関わることへの税金の使い方を見直し、工夫するということは、自治体の責務を果たそうとしていると思えません。 |
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2003.8.4(月)浜岡4号機のこと 中部電力の予定通りなら今日から4号機の調整運転が始まっているはずです。4号機は、昨年9月から定期点検中、シュラウド(炉心隔壁)や再循環系配管などにひびわれがみつかり、追加点検や配管の取替えなどを進めていたのです。この工事がどうなったのか新聞にも書いていないので、どのような経緯で運転を始めることになったか分かりません。 今日、「浜岡原発を止める会」から、‘浜岡原発停止の陳情または請願を出してください’という緊急のお願いが封書で届きました。もとより、9月議会に向けて多摩市議会に出そうと考えていたのですぐにも行動を起こします。皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。 |
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2003.8.3(日)ヘルパー研修〜介護概論 「人類の誕生から、苦痛を和らげる行為はあったでしょう。祈りもあったでしょう。それは、今も同じです。」看護師、助産師として誕生前から106歳までの命の営みを看てきた大久保愛子氏の講義はこんな言葉から始まりました。 そして、介護士として利用者の身の回りの世話をする時に、私たちが今までの人生でため込んだ宝物を出してほしい、頭、目、手、足、ハートを使って。そのことは、利用者の周りの人への介護にもつながるということを学びました。 また、介護士は、(特に病院などでは)看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士と連携し、協力し合って、患者の残存能力を引き出さなければならないということで、本当に責任ある仕事です。大久保講師は看護学生を教える時の教科書に載っている「看護の構成要素」を私たちにしめしてくださいました。 バージニア・ヘンダーソン(1926〜1996)は自己の看護経験から病院で患者は自分の欲求どおりに食べることはできないことに着目し、人間の基本的欲求に関わる発見をした。患者が「基本的欲求どおりに毎日を過ごすにはその生活に焦点を合わせ働きかける援助が必要」と述べ、基本的欲求に関わる項目を「看護の構成要素」として以下の14項目を作成した。 @正常に呼吸するA適切に飲食するBあらゆる排泄経路から排泄するC身体の位置を動かしまた良い姿勢を保持する(歩く、座る、寝る、これらのうちあるものを他のものに変える)D睡眠と休息をとるE適切な衣類を選び着脱するF衣類の調節と環境の調節により体温を生理的範囲内に維持するG身体を清潔に保ち身だしなみを整え、皮膚を保護するH環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにするI自分の感情、欲求、恐怖あるいは”気分”を表現して他者とコミュニケーションを持つJ自分の信仰に従って礼拝するK達成感をもたらすような仕事をするL遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加するM”正常”な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させる また、廃用症候群という医学用語についても、次のように分かりやすい解説を示して下さった。 廃用症候群とは安静などの低い活動性、あるいは身体の一部を固定するなどによって生じる機能の低下をいいます。最新の治療でギブス固定した後に、関節の拘縮や筋肉の萎縮がおこるのは廃用症候群の代表例ですが、高齢者の場合にはこうした局所的なものよりも、安静などによる全身の機能低下が問題となります。”使わないものは衰える”と理解してよいでしょう。 安静や家の中という狭い活動空間だけでの生活では廃用症候群は必発で、図に示すようにすべての心身機能の低下がおこります。代表的なものに、頭では精神機能(知的活動)、目や耳などの感覚機能、上半身では心肺機能、胃腸などの内蔵機能、上肢では筋肉の萎縮・筋力低下、膝では関節の拘縮、下肢では骨の萎縮につながります。 医療における患者も、介護保険の利用者も誰でも廃用症候群になることを望んでいません。できることなら残存機能をフルに生かして人間らしく過ごしたいし、死にたいと考えていると思います。医療のあり方、報酬のあり方については、以前も意見を述べていますが、人間の欲求を満たした入院生活ができるように、例えば嚥下に時間がかかる患者(利用者)の食事介助に手厚い報酬を支払うなど改善するべきです。 現状は、やりたくても効率が悪いし点数につながらないので、口からの摂取が良いことは分かりながらできない状況だと聞きます。 健康保険・介護保険の世話になっているのですから、生きている実感をもてる生活ができるようにしたいものです。 |
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2003.8.2(土)レクリエーション体験学習 介護保険ヘルパー研修も7日目になりました。レクリエーションとは、「仕事や勉強の疲れを、休養や娯楽によって精神的・肉体的に回復すること。」と、広辞苑に書いてあるそうです。今日は、「福祉レクリエーション」について学びました。障害者も高齢者も、生活を楽しみ、健康を求めて、明るく快い生活を送るために、精一杯行動することで、歌やゲームだけではなく、好みの服装をしたり、それで写真を撮ったりすること、お風呂に気持ちよく入ること、オムツをはずしてゆっくりトイレで用を足すことなども含まれると聞き、ウンウンなるほどと妙に納得しました。 施設や病院でレクリエーションをしているのを良く観ますが、事前の綿密な計画や、リーダーの役割の重さまでは、さほど考えませんでした。 利用者さんの得意なこと、不得意なこと、をいつも把握していて、二度とレクリエ−ションに参加しないなんてことにならないように配慮しなくてはならない、と学びました。 今日は、ゴルフ好きの障害当事者の方が編み出した‘パターゴルフ’を5チームに分かれて楽しみました。和気藹々の中にも、だんだん熱がこもってきて勝ちたいという気持ちが強くなるものです。働けなくなったことですべての事への意欲が減退する苦しい期間を通り過ぎた方たちに、何処まで楽しんでいただけるレクリエーションが運営できるか、これはリーダーを支えるスタッフ全員の協力にかかっていると思います。 障害者の家族としても、楽しく参加している姿をスタッフに示していくことが相乗効果をうむのだということがわかりました。 |
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2003.8.1(金)子どもの遊び 昨日のプレイルームゆずり葉の家の子どもクラブのことをご紹介します。夏休みなので朝8:30分から参加する子どももいます。私は、10時から参加していますが、たまたま天気が良かったのですぐに公園にでかけました。砂場に落とし穴作りを始めるTくん、とっても上手に作るのであると分かっていてもその深さに驚いてしまいます。ぶらんこを高く高くこぐことが大好きなAさん、とても楽しそうです。外で木の枝や葉っぱを集め広告紙をセットにして肌身離さず持ち歩くのが好きなSくん、人のしていることを静かに見ていて、時々ニコニコしているKさん、大人たちはそれぞれの子どもたちを視界に入れて見守ります。 お昼より少し前に公園を引き上げ、子どもクラブに戻ると昼食が出来上がっています。栄養たっぷりの変わり親子どんぶり、味噌汁、野菜サラダ、すいか、と子どもたちはお替りもします。 午後からは、車に分乗して七生福祉園に行きました。広い敷地内に学校や作業所やグループホームがあるようです。ここのホールを借りることができるので大勢の大きくなった子どもたちが遊ぶのにはありがたいことです。 ハンカチ落とし、かくれんぼ、その後のT君が考えだした‘すごろく遊び’がとてもユニークで みんなで、大いに楽しみました。順番にT君から出された足し算の答え分だけ歩いて進み、そこで何か‘芸’をして、‘あがり’をめざします。休みをなんかいもさせられた高校生ボランティア君、縄跳び50回を出された私も汗だくでしたが、発想の豊かさに感心しつつ共に遊びました。遊びに加わらなくても面白そうに眺めていたり、笑いこけたりしている子どもたちの姿を見て、これでいいんだよなと一人で納得しました。連絡帳には、その子その子の一番輝いていたことを書くようにしています。折角、楽しんできても家に帰って親からお説教されたくないですから・・・・・。 |
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2003.7.31(木)8月7日共同行動の呼びかけ 石原都知事の靖国神社参拝の中止を求める8・7共同行動に参加を!石原慎太郎東京都知事は、2000年8月15日に国内外の反対の声を押し切って靖国神社参拝を強行して以来、毎年、都知事として参拝を繰り返し、今年も4度目の参拝をしようとしています。都知事としての靖国神社参拝は、「国およびその機関」(自治体を含む)の宗教的活動を禁じた憲法20条の政教分離規定に明らかに違反するものです。しかも靖国神社は、日本のアジア侵略戦争に国民を動員する精神的支柱の役割を果たしたばかりか、今なお、侵略戦争で「天皇や国のために」死んだ日本人兵士や皇軍の指導者らを「英霊」(祭神)として祀(まつ)り、そのように死ぬことを誉め称(たた)えている「戦争神社」です。そのような神社に、人口1200万人を抱える日本の首都、国際都市・東京を代表する都知事が8月15日に参拝することは、先の戦争と戦死を美化し、かつ日本の侵略で被害を受けた人々を深く傷つけるものであり、アジアの平和と共生に逆行する暴挙にほかなりません。 すでに、首相・閣僚等の靖国神社公式参拝については、岩手靖国訴訟高裁判決(1991年仙台高裁)、大阪靖国訴訟高裁判決(1992年大阪高裁)などで、「違憲」「違憲の疑い」との判断が示されています。ましてや、参拝を毎年繰り返すことは靖国神社と東京都との特別の結びつきを明白に内外に示すことであり、その違憲性は明らかです。しかし、石原都知事は今年春の都議会で、議員から靖国神社参拝の違憲性を追及されたのに対して、「(憲法)99条(憲法尊重擁護義務)違反で結構でございます。私はあの憲法を認めません」などと居直り、今年も靖国神社参拝強行の姿勢を変えていません。このような石原都知事に対して、靖国神社参拝の違憲性を問う訴訟も起こされています。 「憲法に違反し、アジアの平和と共生に逆行する靖国神社参拝を中止せよ」の声を石原都知事に届けるために、8・7共同行動に参加をお願いします。 ●日時=8月7日(木)正午〜午後1時。新宿西口の東京都庁内「都民ひろば」にてリレートークなどでアピール行動(15分前に集合を)。 ●アピール行動終了後、午後1時半から石原都知事へ参拝中止の共同申し入れ(中止要請文・抗議文を提出。約30分を予定) ●申し入れ終了後、2時過ぎから都庁記者クラブで共同記者会見 ●記者会見終了後、都議会各派に申し入れ(午後4時には終了予定) ▼参加する方は、意思表示の布やのぼり、プラカードをご持参下さい。 ▼共同の申し入れ文は呼びかけ団体が作成し、賛同団体を募集しています。呼びかけ団体と賛同団体の連名の文書にします。賛同申し込みは、下記の連絡先(西川)まで、団体名・電話・FAX・担当者名と当日参加の有無をお知らせ下さい。 ▼賛同金は1口=千円です。当日、アピール行動終了後に集めますので、ご持参下さい。 ▼各団体・グループ独自の抗議・要請文の持参を歓迎します。 ●呼びかけ団体=平和遺族会全国連絡会、日本キリスト教協議会(NCC)靖国神社問題委員会、政教分離の侵害を監視する全国会議、靖国参拝違憲訴訟の会・東京 <問い合わせ先>平和遺族会全国連絡会(電話・FAX042・574・9210 西川重則)、NCC靖国神社問題委員会(電話・FAX03・3494・8557 木邨健三) |
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2003.7.30(水)せみの声 今日の午後1:39、今夏初めて‘みんみんぜみ’が鳴いているのを耳にしました。ヒグラシが鳴いているのは2〜3日前に聴いたのですが、やはり夏の象徴ではないのでピンとはきませんでした。夕方、知人と歩いていると、私たちの前を着物姿の女性が歩いていて、そのお太鼓が、せみの柄行でした。大きい声を出すわけにも行かず、一人で楽しんでしまいました。 例年よりかなり涼しい夏ですが、後のせみはいつごろ出てくるのでしょうか。去年の今頃は広島行きの準備に追われていました。その中でも、せみに関する本を借りて、原爆が落とされた後の被爆地では、せみがいつごろから地上に出てきたか調べたのですが、何処にも出ていませんでした。 今年は広島には行きませんが‘原子力発電所’に強い関心があり、私のホームページでも何度も取り上げています。本日付朝日新聞29面第3社会に「浜岡原発4号機 来月初旬運転再開」中部電力の川口文夫社長は29日の記者会見で、運転中止中の浜岡原子力発電所(静岡県浜岡町)4号機について「来週早々(8月初旬)にも運転に入りたい」と述べた。川口社長は1日、静岡県庁と浜岡町役場を訪れて状況をせつめいする。浜岡原発4号機は02年9月から定期点検に入ったが、炉心隔壁(シュラウド)や再循環系配管にひび割れが見つかり、補修や点検を進めてきた。 宮城県の地震は他人事ではありません。村田光平氏を始め地震学者の指摘があるように東海地震の予想範囲に位置する「浜岡原発」の再開はするべきではないと考えます。危険がないということを誰も言い切れないならば、チェルノブイリを引き合いに出すまでもなく、広島・長崎を経験した日本で人間ばかりでなくあらゆる生物の生命を脅かす恐れのあることはただちに中止するべきです。せみ捕り・トンボ捕り、猫じゃらし(エノコロ草)、ひまわり、ひゃくにちそう、矢車草の夏を二度と味わえなかった20万人余の犠牲者に想いを寄せつつ記しました。 |
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2003.7.29(火)市民による市民のための予算編成の可能性 財政市民講座第5回(最終回)を受講してきた。宿題もきちんと終えないで受講することは失礼と承知していても、内容が聞き逃したくない物なのであえて出席し続けた。 1.バブル経済型の財政とこれからの財政運営 〜「失われた10年」と21世紀の転換とは〜 (1)土木型・投資的経費型財政から、環境・福祉・教育型財政へ @目的別歳出における土木費の増大と性質別歳出における投資型経費の増加 多摩市1995年度土木費5,417,679千円(15%)第4位 2001年度土木費3,209,221千円(9,4%)第6位 1995年度投資的経費9,166,784千円(18,4%) 2001年度投資的経費4,009,694千円(8,9%) 多摩市1995年度衛生費3,825,464千円(10,6%)第5位 2001年度衛生費3,904,097千円(11,5%)第4位 多摩市1995年度民生費6,206,948千円(17,2%)第3位 2001年度民生費7,676,199千円(22,7%)第1位 多摩市1995年度教育費7,054,241千円(19,6%)第2位 2001年度教育費7,379,579千円(21,9%)第2位 A経常収支比率悪化に見られる義務的経費と物件費 多摩市1995年度義務的経費17,403,610千円(35,0%) 2001年度義務的経費19,735,822千円(44,1%) 多摩市1995年度物件費7,936,919千円(16,0%) 2001年度物件費10,088,793千円(22,5%) 経常的経費は三多摩の中でも多い市であるが、義務的経費は平均より低い。しかし、物 件費のしめる割合は一番高い。 B地方債の累積債務(普通会計、特別会計)の増加と、一部事務組合、公社会計や債務保 証の出資団体の債務 多摩市1995年度地方債現在高30,280,966千円 債務負担行為の翌年度以降支出予定額27,281,198千円 積立金現在高16,865,270千円 (うち財政調整基金2,526,987千円) 実質借金残高40,696,894千円 多摩市2001年度地方債現在高36,064,156千円 債務負担行為の翌年度以降支出予定額23,170,962千円 積立金現在高10,053,459千円 (うち財政調整基金2,080,947千円) 実質借金残高49,181,659千円 決算カードからは、普通会計の債務残高以外の情報は得られない。財政再建の為にはす べての情報を得られやすいようにして見直す必要がある。 (2)必需的サービスから選択的サービスの時代 1970年代から80年代はナショナルミニマムやシビルミニマム達成ということで、 投資的経費中心となり上下水道、舗装道路、学校、保育園などのハードな都市施設に税 金を投入した。 1990年代以降は都市が成熟期に入り経常的経費中心となり維持管理、人的サービス 通常経費に、また、環境、社会教育、公園、地域福祉などのソフトウエアの時代に入っ た。 (3)財政における情報公開の徹底と説明責任、積極的な情報提供 (4)財源委譲のイメージ(2006年4月を想定) @国庫支出金、都支出金=>普通地方交付税並みの一般財源化 多摩市2001年度国庫支出金2,753,423千円(6,0%) 都 支出金5,236,568千円(11,4%) A普通交付税=>自主財源化 B地方債=>許可制から協議制、監査のあり方〜議会、住民のかかわりが大きい。 多摩市2001年度地方債発行高1,441,000千円(3,1%) C法定外普通税・目的税の新設=>実質的財源よりもプロセスが大切 D退職手当債発行の危惧〜団塊世代の大量退職者を迎え、地方財政再建促進特別措置法の 統制か。 大和田一紘 講師のレジュメに沿って、多摩市の決算カードから数字を拾い対比させた。続きは後日載せることにする。 最終回とあって、他市からも新人議員が講義を受けに来ていたようである。行政からの一方的な情報ではなく、角度を変えた見方がいかに大切か学んだ連続学習会だった。 |
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2003.7.28(月)多摩市行財政診断市民委員会 表題の委員会の第一回が夜7時から開かれたので傍聴に行ってきた。もっと多くの人が来るかなと思っていたが私を含めて2人の傍聴者だった。今日は、資料をもとに市長と懇談するということでかなり本音が聞こえてきた気がする。 特に、委員からの質問で「基本計画を進めていくんですよね」に対して市長は「ウウウン、第四次総合計画通りには進まない。構想の方向性はそうかもしれないが、凍結も考えなくてはならないと考えている。」 最後の質問で「来年度の予算の査定をするつもりでよいのか」に対して市長は「ウンウン」と答えた。 (市長発言などは、要旨なので、詳しく知りたい方は事務局による要点記録を参照されたい) 今日の資料は@多摩市行財政診断市民委員会設置要綱A委員名簿B委員会の運営についての申し合わせ事項(案)C行財政診断プロジェクトのシナリオ(4月〜10月)D多摩市の財政状況E多摩市のバランスシート&行政コスト計算書(平成13年度)F決算カード(S57年度〜H13年度)G第四次多摩市総合計画HTAMA・新行革戦略プラン21、であり委員には前もって送付されている。傍聴席には3セット用意されていた。 次回からの予定を書き取ってきたので以下にお知らせする。傍聴席には目もくれない市長ですが、多数の参加があれば委員も事務局も張り合いがあると思うので時間をとっていただきたい。 第2回 8月11日(月)19:00〜21:00 市民サービス再構築の基本的考え方 ・行財政診断白書での改善の方向性について(地方分権、少子高齢社会、デフレ時代の 行政サービスのあり方) @市民サービスの再構築の考え方と改善の方向性について A見直しの指標の考え方についての議論 B急激な少子高齢社会への移行の中で、基礎的自治体として多摩市が取り組まなけれ ばならないこと(行政・民間・市民の役割の再整理) C施策選択による財源の効果的な配分 D社会環境の変化に対応した施策のあり方 E見直しの際の全体的な留意事項 第3回 8月25日(月)19:00〜21:00 市民サービス再構築の方向性 ・行財政診断白書での重点検討事業を材料に、サービスの再構築の具体的な方向性につ いて、どうあるべきか、また個別の見直しの際に留意すべき事項について議論する。 @地域集会所施策Aひまわり教室B学童クラブC保育所D準用保護所帯基準E市立幼 稚園F学校給食G市民保養所Hやまばと号I補助金のあり方と今後の改革の方向性 第4回 9月中 公共施設のあり方と今後の改善方向 ・白書の公共施設のあり方と重点対象施設をふまえ、公共施設の維持のあり方、配置再 編、利用者負担についての考え方を議論する。 @多摩市の公共施設水準についてA今後の施設維持のあり方B施設の配置再編(廃止 ・統合を含め)C利用者負担適正化の考え方D市民への理解を得るための方策 市民からのパブリックコメントについて ・市民から「白書」に寄せられた意見をもとに議論し、委員会の見解の中間点検を行 う。 第5回 9月中 行政体制の再整備について @人事、組織のあり方、人件費の抑制対策、組織の活性化、職員の意識改革、見直す べき事項についてA外郭団体に対する指導のあり方についてB歳入確保についての視 点(未活用財産の活用、ミニ公募債、国や都への働きかけ)C特別会計の健全な運営 の必要性について 新たなまちづくりのための視点 @今後の行政改革を進める視点(当面の優先的取組事項・留意事項) A厳しい財政状況の中で、明日につなげるための施策をどう、うちだすべきかについ ての議論 報告書について 第6回 10月中 委員会の報告書の最終確認 ・委員会の報告の最終確認〜市長へ提出 ・市長へ報告書を提出後、懇談 |
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2003.7.27(日)多摩市の「住基カード」 昨夕、多摩センター駅前で「STOP住基ネット!市民の会」、「アジア・ヒストリー」がつぎのようなビラを配布しました。 多摩市の「住基カード」発行って どうなっているんだろう? 多摩市は8月25日から、住基カード(住民基本台帳カード)を発行する旨、市の広報で発表しました。住基カードについては6月の多摩市議会で、手数料条例が否決され、市議会の多数がセキュリティ面の問題や住民基本台帳ネットワーク自体への疑問から反対の声を挙げていたものでした。 それでも、「法で定められたこと」として市は発行を強行してしまいたいようです。稼動から一年、不透明な住基ネットシステムですが、市はキチンと説明責任を果たすべきです。私たちは、以下の要望書を市に提出しました。あなたの意見を市長に届けよう。 多摩市 市長殿 住基カード発行の中止を求める要望 8月25日の第2次稼動が目前に迫るなか、多摩市議会は住基カードを含めた手数料条例を否決しました。住基ネットに対して市民の持つ不安感、成立した個人情報保護法がそれをカバーするものでなかったこと、多くの市議が住基カード発行と住基ネット第2次稼動に批判の声をあげたものでした。多摩市にはこの市議会の判断を真摯に受け止め、住基カード発行について再検討することを求められています。 住基ネットは国と地方の将来を左右する巨大なプロジェクトです。私たちは、共通番号となる住民票コードの付番などが国民総背番号制を導くことになることを指摘してきました。2次稼動にいたるまでも住民票コードの付番が何故必要となるのか明らかではありません。住民票の広域交付がどれだけの需要があり利便性があるのかも疑問です。住民サービスの向上とは名ばかりで、市が主張してきたように「電子政府・電子自治体」構築に資するという国策に協力するという側面しか見えてきません。 「市は法にしたがって」住基カードを発行する旨を、すでに「広報」していますが、市議会無視も甚だしいと言わねばなりません。6月25日の市議会での住基カード条例の否決以降、議会とどのように調整してきたのか、市内部で検討が行われたのか、なんらの説明もなされていません。1次稼動での個人情報の都、全国センターへの送信、国の省庁、法人への本人確認情報の提供、ここでもプライバシー保護、セキュリティに重大な問題点が指摘され、住基ネットからの離脱自治体や選択性を採用したり検討する自治体が出ていました。住基ネットのアクセス・ログは今にいたるも開示されていません。多摩市においては庁内のアクセス・ログを集約・点検するシステムも構築されないまま住基ネットに参加していました。2次稼動では、全国の市区町村とのネットワーク網をひらくこととなり、セキュリティ上は格段の問題点を抱えることにもなります。住基ネットのCSとインターネットが接続されたままの多くの自治体があり、住基ネットへの接続を制限されているという事実が明らかにされています。 市議会の住基カード条例への判断は、このような一年の推移を見渡したところでなされており、軽視することは許されません。国の制度、多摩市の対応が個人情報の保護に万全の対応がなされていると、納得のいく状況でない以上、私たちは安心してこの制度の本格稼動を待っているわけにはいきません。大半の自治体でカードの多目的利用の条例提案が見合わされたのは制度上やセキュリティ上の不安が払拭されていない事も大きな理由になっているものといえます。 住基台帳事務は自治事務です。そして住基台帳法第3条1項、4項、36条の二の市の責務を遵守し、特に市民の基本的人権を守るために、住基ネットシステムからの離脱が検討されるべきですし、8月25日からの住基カード発行について中止されるように要望するものです。 STOP住基ネット!市民の会 2003年7月23日 今日の新聞折込で、市議会だよりが入っていましたが、市長提出議案の否決については、「なお、手数料条例の一部改正については、最終日に十名の議員より修正案が提出されましたが、修正案及び原案ともに否決されました。」と、一面にあり、二面に、「手数料条例の一部改正 原案・修正案否決」として、‘市長の提案理由’だと思われる内容が、審議内容などをまとめたものとして載っていました。 そこには、今後、市議会として市長にどのように働きかけるのかの方向性が全く見えません。平日の昼間開催の市議会を傍聴出来る人は限られています。もっと臨場感のある紙面にしてほしいと思うのは私だけでしょうか。 |
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2003.7.26(土)イラク特措法成立 本日未明、参院本会議でイラク特措法が採決され与党の賛成多数で可決・成立した。賛成136票、反対102票で、自衛隊がイラク国内の非戦闘地域で人道支援、米英軍等の治安維持活動を後方支援する安全確保支援を軸に、自衛隊員や文民職員の活動を規定している法律が成立したわけであるが、何故、こんなに急いで決めてしまったのか。この回りくどい表現の規定が何処まで効果を発揮して自衛隊員などの生命の保障をするのか。 アメリカがイラク特措法の成立を歓迎していることは言うまでもないが、国務省報道官は[イラクを安定させるための財政援助や人道援助、復興援助、軍事援助は喜んで受け入れる」‘非戦闘地域’の区分けについては、「それは軍人が必要とする判断であり、私はできない」と述べている。 小泉首相が「審議は十分尽くした。論点は尽きたと思う。できれば多くの幅広い支持を得て成立したほうが良かったが、止むを得ない。」自衛隊派遣に国民の理解が得られるかどうかは「後になれば理解を得られると思う。テロ特措法もそうだった」と強調した。(朝日新聞夕刊1面) アメリカと共に戦争する国となるために「小泉純一郎」が何か巨大な力で操られてでも居るのではないかと思うほど、危ない法律が次々に成立してしまうこの国は一体どうしたのだろうか。 実際に戦争が終結していないイラクに軍隊が入るということがどういうことかは、アメリカの報道官が発言しているとおりアメリカの軍隊の一部に組み込まれることになるのだから、イラク人の反撃に遭わないなんて保障は全くないといってよいのではないか。 国民の安全を第一に考えるべき首相がこの国を間違った方向に引っ張っているといわざるを得ない。世界平和を希求する私たちはどうするべきか・・・・。 |
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2003.7.25(金)原子力発電所のこと 昨日の新聞に東北電力が23日「炉心隔壁」で損傷の見つかった女川原発1号機(宮城県女川町、牡鹿町)の運転を再開したとある。73箇所のひびが確認されている中で再開することを認可する経済産業省原子力安全・保安院は、何を考えているのか。住民は、きちんと情報を開示されているのか、納得しているのか、記事はその点何も触れていないので分からない。朝日新聞33面[第3社会]にあるが、このように大事な記事は本来なら1面に載せるべきではないかと考える。 |
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2003.7.24(木)違いを知って、共に過ごす 「プレイルームゆずり葉の家」の子どもクラブが川崎のバプテスト教会のイベントに参加することになった。そのイベントとは、近所の高齢者の月一回のデイサービスであった。多摩市から車で約一時間、快適なドライブをして、教会堂に着き、木の長いすに座り開会を待つこと20分。高齢者の方々も席についた頃に司会者が出てきて「礼拝」が始まった。奏楽、讃美歌、お祈り、聖書の言葉、牧師のお話、讃美歌、後奏。 牧師のお話は、ゆっくりと丁寧に分かりやすく話された。‘讃美歌について’で、‘美’は、神のことであり、神をほめたたえる歌が‘讃美歌’であるということが、印象に残った。長年、教会で讃美歌を歌っているが、言葉の解釈はしたことがなかったので新鮮だった。 普段は元気いっぱいの子どもたちも、殆どが着席したまま礼拝の終わるのを待った。いよいよみんなの出番、「プレイルームゆずり葉の家」の理事長である斉藤美津栄から簡単にその沿革を話した。1978年、今から25年前に障害者(特に知的)の放課後学童クラブの必要性を感じて、自宅を開放して始めたこと。最近、NPO法人格を取得したこと。社会的理解が必要なこと、など等。 子どもたちは白のブラウスに赤のバンダナを首に巻いて、思い思いの楽器を手にして指揮者のいうとおりに演奏をした。‘大きな栗の木下で’、‘赤い花、白い花’、‘小さな世界’、‘踊るポンポコリン’の4曲を手話や踊りを交えて元気良く、可愛く披露した。観客の皆さんも一緒に手拍子や手話を覚えてくださった。 役割を終えて、すいたお腹を抱えて食堂へ、教会のスタッフの手づくりの具沢山の‘ひやしちゅうかそば’‘ゆでなす’‘すいか’を、お替りする子どももいたりして楽しく頂いた。参加者の紹介を相互にして和やかなひと時を過ごした。 高齢者も、教会の方々も、子どもたちも、私たちスタッフも、神様から賜物をいただいている。そして、それは一人ひとりみんな違う。違うから、お互いに学びあうことができたり、励まされたり、心和まされたりするのだと思う。私たちの‘やさしさ’を引き出してくれる高齢者と子どもたちに感謝!! |
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2003.7.23(水)フセイン氏息子2人死亡 本日付、朝日新聞夕刊のトップ記事(要約)に、イラク駐留米軍の司令官が22日深夜、緊急記者会見をしてイラク北部のモスルで米軍が銃撃戦の末、フセイン元大統領の長男と次男の死亡を確認した、と発表した。 米軍は元大統領と二人の息子の情報提供にそれぞれ1500万ドル(約18億円)の懸賞金をかけて、行方を追っていた。司令官は会見で「旧フセイン政権が再び権力の座に着くことはない」と強調、「今後の課題は、指名手配中の旧政権高官らを見つけ出し、殺害するか、捕捉することだと語った。 20日のモスルでの米兵2人が死亡する事件が起きたが、司令官の発言はあまりにも感情的に過ぎる。指名手配中の犯人であれば捕捉するまでが軍の司令官の役割ではないのか。それにしても懸賞金の額には驚かされる。アメリカの西部劇のようで、すべて金にまかせて人の心を左右するような‘野蛮さ’が感じられる。それだけの大金があったらイラクの家がなくなった人たちの為に使ったら良いではないか。このままでは、憎しみだけが永遠に残ってしまうと思う。 |
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2003.7.22(火)見えにくい会計の解き方 第4回財政基礎講座の副題は‘特別会計、土地開発公社、一部事務組合会計等、分かりにくい会計を学ぶ’だった。 地方自治体の財政の健全性は、一般会計以外の特別会計、地方公社、一部事務組合等が健全であって始めて成り立っている。実際には、繰出金の大きさが一般会計を圧迫し貧弱にする等の問題がある。 特別会計とは‘普通会計'が地方財政全体の分析に用いられる統計上の会計に対して、特別の歳入をもって特別の歳出にあて、一般会計と区別して経理する必要があるもので、法令・条例で設置する。10〜20年前と比べると総予算額に占める割合が高くなっている。 特別会計には地方公営企業会計〜地方公営事業会計(下水道、水道、宅地造成、病院、交通等)、その他の地方公営事業会計(国民健康保険、老人保健医療、介護保険、収益、農業共済、駐車場等)と、その他の特別会計がある。 地方公営企業の特別会計の負担区分の適正化をはかる必要がある。@独立採算制の適用対象外A一般会計等から地方公営事業会計に対する繰出しB繰出金に対する地方交付税による財源措置C繰出金の増加で経常収支比率を高める、などの問題点が挙げられるからである。 一部事務組合とは、市町村制より古い自治形態で、特別地方公共団体として固有の職員を持ち、独自の財産を所有し、条例制定ができて、普通地方公共団体の補完的機能を持つ。多摩全体では32の一部事務組合がある。 地方公社とは、民法第34条にもとづき、財団法人、社団法人、または商法に基づく株式会社、有限会社法に基づいた有限会社の形態をとる以外に、地方自治体が単独で出資する割合が25%以上を対象にしている。多摩地域ではその中心が「土地開発公社」である。 課題として挙げられるのは、@その組織は地方公共団体のダミーてき色彩が濃く、理事長は助役、理事は部課長、出向や兼務が多い。A経営は公益性や営利性が求められ、最終的に独立採算制や収益性を確保することを建前にされる。B運営は公社の公的コントロールとしてa)議会による予算の審査、経営状況の報告、百条調査権b)首長の調査権c)監査委員による監査がある。また、公社の住民コントロールとしてa)住民監査請求b)公社への住民参加c)情報公開制度の拡充があるが、三鷹市、中野区、杉並区では「第四セクター型」あるいはNPOによる運営の公社が生まれている。 その他の団体の会計として@第三セクターA外郭団体があり、国や自治体との共同出資もしくは出資や補助金を受け、出向や天下りが多い。 多摩市の繰出金を見ると、平成11年度〜28億円、12年度〜27億円、13年度〜30億円となっている。私の記憶では、平成7年度の国民健康保険〜10億円、13年度〜15億円で多くを占めていることがわかる。 一部事務組合への加入は、<ごみ・し尿処理>多摩ニュータウン環境組合、東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合<収益事業>東京都三市収益事業組合<その他>東京都市町村総合事務組合、東京都市町村議会議員公務災害補償等組合、南多摩斎場組合、東京都市町村職員退職手当組合、となっている。 私は、2年間、南多摩斎場組合議会議員を勤めたが、当初、理事者側の挨拶のほうが長く感じられる議会のあり方に疑問を感じた。回を重ねるごとに質疑をして、その結果が予算に反映されているかも確かめるようにした。多摩市の住民が払っている税金をもって市が負担金を支出しているのであるから、無駄な支出をしていないかのチェックは当然だと考えたからである。特に、視察と職員健康診断費に関しては指摘した。 今後は、特別地方公共団体の議会の開催日の情報公開を市に求め、傍聴をよびかけていこうと考えている。 |
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2003.7.21(月)イラク派兵反対 今日も、「車両攻撃受け米兵2人死亡」という記事がバグダッドから送られている。20日早朝の攻撃のあったモスル一帯は、これまで米軍にとっては比較的安全な地域と見られていたそうである。 今日の朝日新聞「天声人語」では、新しく米中央軍司令官に就任したアビゼイド氏の先週行われた記者会見での発言について触れている。「たいへんたいへん重要なこと」と彼が強調したのは、イラクにいる米軍兵士がいつ故郷に帰ることができるかをはっきりさせること。自分の息子と娘の夫を例にして、戦地から帰郷できると思っていた矢先に3ヶ月、2ヶ月と延長を言い渡され妻も、娘も泣いたと話し、現地で不安を抱える兵士と待ちわびる家族の気持ちが分かることを示した。彼に言わせるとイラクの現状はずばり「ゲリラ戦」、「戦争である」と。 多数の命を預かる指揮官の責任の重大さをひしひしと感じていることがよくわかる。私の知人(故人)が中国での戦争体験〜中隊長として隊員を一人も死なせないようにと戦った。〜を良く話してくれたことを思い出す。 防衛庁がイラク復興支援特別措置法案に基づく自衛隊派遣に先立ち「日本は、イラク国民のための復興活動に力点を置いている」ことをPRするアラビア語による広報ビラの配布や、テレビ、ラジオによるCM放送を検討しているそうだ。また、派遣要員に現地の風習を理解させるため、イスラム文化の講習も行う考えとのこと。 米英軍に対して戦争を続けている人々が、ブッシュの戦争を支持した国からの軍隊をどういう名目であれ受け入れるだろうか。泥縄で文化への理解なんか生まれないと思う。 昨日渋谷で600人規模の「イラク派兵反対」のデモ行進があった。自衛隊ではなく民間人による医療・教育支援の必要性を訴えたそうである。全くそのとおりで、この法律を通さないために大きなうねりを作らなければならないと思う。 |
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2003.7.20(日)衆議院選挙を前にして 早ければ10月に選挙があるのではないかというこの時期に、社民党の前衆議院議員の辻元清美さんが逮捕されたということが意味するものは何か。少なくも、反省して辞職した人である。 逮捕されて収監されて1年以上経っている鈴木宗男議員は辞職もしないで歳費を受け続けているではないか。 何かあると、与党の議員は辞職しないで、野党の議員は辞職に追い込まれる構図になっている。 私は、違法行為を追認せよと言っているのではない。秘書給与に関しては、どの政党も議員も透明にしていくべきと考えている。企業と違って国会議員の秘書の給与は税金から支出されているのだから。 日本の政治状況、民意の流れを見ると、何だかんだといってもアメリカに追随して核の傘の下での同盟を堅持していき、先ずは、自衛隊をイラクに派遣して死者が出るのは止むを得ない、といった状況である。 この流れに「棹をさす」ような逮捕劇で、社民党をつぶす一石としてかなり有効なものになるはずである。 私たちは何をなすべきか、冷静に考えなくてはならない。ゆうつな気分なんていっていられない。 |
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2003.7.19(土)子どもたちに残そう高尾山の自然 来たる7月27日(日)正午より(雨天決行)裏高尾ジャンクション予定地内梅林で、圏央道反対19周年〜高尾山にトンネルを掘らせない!〜3000人集会と天狗の行進があります。 主催は、裏高尾圏央道反対同盟で、開場行き専用バスが高尾駅北口より10時から13時まで運行しています。天狗の行進は15時に会場を出発します。昨年、私も思いたって一人で参加してきました。老若男女、高尾山を愛する人々が集まり、歌ったり、踊ったりと、私も輪の中に入って踊ってきました。高尾山天狗裁判の原告として、一人でも多くの方が私たちと共に「子どもたちに残そう高尾山の自然」という思いで当日参加していただければと思います。 東京に育った子どもにとって高尾山は最初に登った山として思い出深いものになっているのではないでしょうか。そういう私も、西武池袋線の沿線に住んでいた小学生の時に遠足で行ったと記憶しています。その後、高校生になっても、社会人になっても身近な山として何度も登っています。私の姉も、5〜6年前までは埼玉から多摩市に遊びに来ては「ちょっと高尾山にいってくるね」といって気軽にでかけていました。今は、体調を崩していますが、回復したらまた登りたいといっています。楽しみにしている姉に様変わりした姿を見せたくありません。 圏央道予定線の全長2,4kmの八王子城址トンネル工事は、1,2kmの地点で地下水位が15mも下がり、現在100m掘るのに1年もかかる海底トンネル並みの工事を行っています。オオタカの営巣放棄や、近辺の沢がれなど、自然破壊は一段と進行しています。高尾山でも同様の事故が予想されるため、私たちは事故原因の究明と工事の即時中止を求めています。 |
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2003.7.18(金)育児休業 女性の取得率64% 本日付、朝日新聞夕刊18面に見出しの記事が載っていました。女性の育児休業取得率が64,0%と前回調査(99年度)に比べ7,6%上がったことが、厚生労働省がまとめた02年度の女性雇用管理基本調査でわかった。男性は0,33%と前回より0,09ポイント下がっており、同省は「女性の取得には理解が進む一方、男性については職場の雰囲気が整っていないのではないか」としている。 5人以上の常用雇用者がいる約1万の職場を昨年10月に調査、7654の職場から回答を得た。育児休業制度がある職場の場合は、全体では61,4%(99年度53,5%)だったが、30人以上の事業所に限ると81,1%(同77,0%)。 女性の取得率を事業所規模でみると、5人以上30人未満が55,6%(同55,0%)、30人以上100人未満が64,2%(同47,2%)、500人以上になると77,2%(同76,3%)と、規模が大きくなるほど取得率が高くなる傾向が見られた。 女性の取得期間は「3ヶ月未満」9,6%と前回より11,9ポイント下がる一方、「10ヶ月から12ヶ月未満」は41,4%と12,2ポイント上昇しており、育児休業期間の長期化が見られた。元の職場に復帰した女性は88,7%と前回より6,6ポイント増えた。 男性も取得期間が長期化。「3ヶ月未満」が33,0%(同63,0%)と30,0ポイント減る一方で、3ヶ月から6ヶ月未満」が62,8%(同32,3%)と30,5ポイント上昇した。 男女共同参画社会基本法が99年6月23日に制定されてから3年弱での育児休業の取得状況を比較をしていることになるのですが、男性の取得に対する環境整備が進まないという結果が見られます。女性が長期にわたって取得することにより、元の職場に復帰できない人が11,3%も居ることは法の精神から言ってどうなのでしょうか。両性が、仕事の状況なども考えて交互に育児休業を取ることにより、子どものためにも、両親のためにも得がたい体験になると考えます。 法6条には「男女共同参画社会の形成は、家族を構成する男女が、相互の協力と社会の支援の下に、子の養育、家族の介護その他の家庭生活における活動について家族の一員としての役割を円滑に果たし、かつ、当該活動以外の活動を行うことができるようにすることを旨として、行われなければならない。」とあります。 小規模の事業所ほど男女ともに取得は難しい状況ですが、法の下に平等になるように国による支援が必要だと思います。何処を向いても経済状況が悪化している今だから、なおさら新しい命と向き合うゆったりとした時間が保障されるようのぞみます。 |
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2003.7.17(木)4人の小学生、無事保護 13日の日曜日に家人には‘体育館’に行くなどといい出かけた稲城市の4にんの小学6年生の女児が赤坂の短期間賃貸マンションで無事保護されたと新聞にでていました。4日目なので、毎日心配していたので、胸をなでおろしました。関係者の親御さんなどは、この間、生きた心地がしなかったでしょうから、本当に良かったと思います。 最近は、子どもの命があまりにも無残な形で失われることが多いことからも、注意を喚起する上で、起きている事柄を他人事と考えずに家族で話し合う機会が必要だと感じます。 |
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2003.7.16(水)戦争する国を拒否しよう! 一昨日、講演と集会の夕べの予告記事を載せました。 渡辺修さんの講演は「有事法制の今後〜闘いの展望」という題で、@有事法制はどうして台頭したのか?Aブッシュ、小泉政権の成立と有事法制の浮上B有事法制を継続審議にさせた力、通してしまった要因C有事法制の成立と軍事大国化の新段階へDこれからなにをしたらよいのか、について明快に話してくれました。 @については、冷戦の終焉で世界のグローバル経済化を狙う日米にとっては、企業の安全を守るために軍事大国化が必要であった。しかし、日本の平和憲法、平和運動、アジア諸国の声、この3つの障害物が日本の軍事大国化を阻んだ。’99年に新ガイドライン体制が整備されたが、’00年12月のアーミテージレポートでは3つの限界〜a地域的限界b集団的自衛権行使できずc民間企業と地方自治体の動員確保態勢なし〜を突破せよという圧力をかけ、「有事法制を制定してください」と書いてあった。 Aについては、ブッシュ政権はアメリカ帝国の新路線を開いた。〜aならず者国家の政権転覆と民主化b国連蔑視と同盟国の再編(9.11事件とアフガン攻撃)〜折りしも、悪の枢軸国論と有事法制の要請があった時、2001年4月27日小泉政権が成立し有事法制にも言及していた。まず、テロ対策特措法で地域的限界を突破し、有事法制で後方支援の義務化をはかろうとした。 Bについては、有事法制を挫折させた二つの力が働いた。〜a反対運動を、労組・20団体の統一行動として実施した。b連合を始めとした健保改悪反対闘争の昂揚が民主党への規制となり、野党の結束を崩せなかった。〜日朝平壌会談は有事法制、北朝鮮への力による押さえ込み路線とは矛盾していた。アメリカと小泉政権与党右派の巻き返しにより日朝国交回復は阻まれた。北朝鮮が反発し瀬戸際政策に出たことが、有事法制への梯子となった。ブッシュ政権はイラク攻撃に成功し次は北朝鮮と考えている。イラク攻撃に間に合わなかった有事法制を今度こそ間に合わさなければならない。また、イラク敗戦後の復興支援への自衛隊派遣ができるためのイラク特措法も成立させなければならない。 Cについては、民主党は政権与党が飲み得る修正案を出して協議した。この野党第一党の態度の変化がイラク特措法、国民保護法制成立への道筋をつくってしまった。さらに、軍事大国化の次の一手としては、国際支援法あるいは安全保障基本法とくるであろう。 Dについては、戦後56年間、一度も戦争に参加していない、自衛隊が侵略して人を殺していない国であることを再認識する必要がある。大国化を遅らせ「普通でない国」を作ってきた、私たちの運動の力を確認したい。 とうめん、自衛隊のイラク派遣に反対する闘争、有事法制を完成させない闘争、ブッシュの戦争を朝鮮で起こさせない闘争、反改憲統一戦線の形成等々。 筋道だってお話を聞いたので何故、有事法制なのか良く分かりました。統一地方戦後に民主党が態度を変化させたことは明らかに裏切り行為です。野党であるなら、アメリカの野党とこれからの同盟のあり方などを今から模索するぐらいでなければならないのに、相変わらずブッシュ政権下との摂政をしようとするなら小泉さんとの差別化はないとみます。 有事法制を発動させないために、「普通の国」を作ってきた力を持続していく、新たな一歩を踏み出すことを確認しあって「有事法制・メディア規制法案に反対する多摩市民実行委員会」は本日をもって解散いたしました。 メディア規制についての阿部裕行さんのお話は後日のせます。 |
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2003.7.15(火)‘市民の目から見た税金の使われ方’ 財政基礎講座第3回は「歳出の仕組み」についてです。内容は@歳出の分析とその方法A歳出の仕組みを診断する上での基礎的分類B経常的経費と投資的経費の三項目に分けて講義を受けました。 @については、歳出の内容は様々な要因で逐次変化するものである。その要因には、社会経済の発展形態・市民の意識や価値観の変化・地域社会の様々な変貌などが上げられる。 望む予算の配分にする為には、歳出の合理的な配分と長期的展望に立脚した財政運営の確立が必要である。時系列比較、類似団体比較、バブル経済始動期の構成比等によりその自治体の歳出の特徴や使われ方が見えてくる。 Aについては、目的別歳出〜議会費、総務費、民生費、衛生費、労働費、農林水産費、商工費、土木費、消防費、教育費、災害復旧費、公債費、諸支出金、前年度繰上充用金〜は、行政機構別歳出ともいう。個々の行政サービスの水準や行政上の特色を分析するのに有効である。 多摩26市は、全国の市と比較して民生費の割合が高い。バブル時には土木費>民生費+教育費という状況もあったが、現在は、少子高齢化の進行で教育費は減少し民生費は増加し、土木費は落ちている。 性質別歳出〜人件費、扶助費、公債費、物件費、維持補修費、補助費等、積立金、投資・出資・貸付金、繰出金、前年度繰上充用金、投資的経費〜は、財務管理の立場から財政運営の実態の分析に有意義である。予算・決算における28の節の区分を基準とし、これは法定であるので、番号・名称は変更できない。 多摩26市の構成は、義務的経費・準義務的経費の物件費を加えた割合が60%前後となっている。 Bについては、経常的経費は、義務的経費〜人件費、扶助費、公債費〜、その他の経常的経費〜物件費、維持補修費、補助費等(負担金・補助金・交付金)、投資及び出資金・貸付金〜である。 投資的経費は、普通建設事業を指す。補助事業〜国庫から直接、間接の補助を受ける。都の単独の補助を受けている事業もいう。単独事業〜自治体が一般財源や地方債で行う。地域の特性に応じた創意工夫で出来る。 ’99、’00、’01の決算カードを下にして表に書き込みを始めています。今後、多摩市の財政の状況、歳出の特徴などが明らかになっていきます。行政も、様々な仕組みを作って今後の方向性を探ろうとしています。市民が、行政から提示されたものを、しっかりと読み取れる力を付けなくては何事も始まりません。さらに、私たちが望む予算配分を提案するまでには、価値観などが違う中でかなりの議論も必要でしょう。若者が住み続けたくなる多摩市にするために、積極的に提案できるようにしたいものです。 |
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2003.7.14(月)講演&集会の夕べのご案内 「戦争する国」を拒否しよう! 有事法制の発動をゆるさないために 日時 7月16日(水)午後7:00〜9:30 会場 ベルブ永山視聴覚室 講師 渡辺 治さん(一橋大学教授) ‘有事法制の今後’ 阿部裕行さん(マスメディア団体職員) ‘メディア規制について’ 有事法制・メディア規制法案に反対する多摩市民実行委員会 私たちは、こんな活動をしてきました(実行委員会ニュースNo.20から抜粋) 有事法制・メディア規正法案に反対する多摩市民実行委員会は昨年の5月10日に結成され「戦争なんてとんでもない」「報道の自由を守れ! 表現の自由を守れ!」という一致点で活動してきました。 実行委員会発足当初に3つの行動目標を立てました。@有事法制とメディア規制法案の危険な実態を知ってもらうための宣伝をおこなうA学習会や集会・デモ行進をおこなうB市議会に対し、有事法制とメディア規制法案に反対する決議や意見書をあげてもらう陳情を出す、ことです。 5月、6月、学習会と集会・デモ行進をおこない、6月16日には、全国集会に参加しました。市議会に出した陳情は14対12で採択になりました。 7月末、多摩市も含めて全国で広がった反対運動、慎重審議をもとめる声の中で、有事法案、メディア規制法案は継続になりました。この段階で、活動をさらに強化することを決め、8月からは、毎週木曜日の夕方、市内の3つの駅(多摩センター、永山、聖蹟桜ヶ丘)で順繰りに宣伝を行い実行委員会ニュースを配布してきました。 10月からは、衆参両院議長あての請願署名に取り組み、秋の臨時国会では両案とも再び継続審議となりました。 12月からは、米軍による「イラク攻撃」が切迫してきたので「イラク攻撃ゆるすな!」を緊急課題として、小泉首相とブッシュ大統領あての「イラク攻撃反対」の申し入れのはがき運動、今年1月23日、アメリカ大使館への申し入れ、市議会3月議会への「イラク攻撃反対の意見書」の陳情提出、2月には緊急学習会と反対集会・デモ行進をおこないました。イラク攻撃が始まった後の3月30日、再び反対集会とデモ行進をおこないました。 5月には入って民主党が与党と「修正合意」する動きが急浮上、実行委員会として14日、国会要請しましたが、同日、衆院特別委員会通過、15日には本会議を通過して参議院に送られました。6月2日、参院東京選挙区選出の8名の議員を国会に訪れ要請行動をしましたが、与党と民主党の「修正合意」が前提になり「海外での武力行使と国民の戦争動員」という法案の本質が浮かび上がったにも関わらず、十分な審議が尽くされずに、6日、有事3法が成立しました。 イラク戦争が終わったと言えるのでしょうか。イラク国内では駐留の米英軍に対して敵意が噴出していることもあり双方に死者がでています。戦争までの経緯がどうだったのかと、今、確認作業がされていますが、犠牲者・その家族の心中を察してください。‘一人の命は地球より重い’という言葉がむなしく響くこの頃です。 私は、戦争を経験している世代として、あの恐ろしい経験を誰にもさせたくない想いで、実行委員会に参加してきました。極言すれば、世界にはびこる金の亡者のために戦争が定期的に引き起こされていることを、動員される側の貧者(?)が学習しなくては、平和な世界なんて来るはずないと思います。物事を否定的に捉えたり、疑って係ることが苦手な私でしたが、遅きに失していると思わずに今からでもおかしいことを解決していきたいと日々考えています。 今日、自宅から多摩センタ-駅へ向かう時に乞田川を眺めながら歩いていると、一羽の親鴨を見つけました。さらに進むと水際に一羽の子鴨がいて、水をつついていました。しばらくすると、元気な二羽の子鴨が水中にもぐり餌を捕りながら泳いできました。下流の親鴨がひと声高く鳴いたのを合図に、二羽は滑空していきました。最初の一羽は、水の流れるるままに進んでいきました。すると、いつの間にかもう一羽の子鴨が合流していて、四羽とも葦の茂みにみえなくなりました。以前、このホームページに取り上げたので、後日談として、かなり成長している子鴨ではありますが無事だったことを皆さんにお知らせします。 |
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2003.7.13(日)多摩市合唱祭に参加して 今日、パルテノン大ホールで第30回記念多摩市合唱祭が合唱団体連絡会・文化振興財団の主催で開催されました。 1974年に第1回が公民館で合唱祭企画実行委員会主催で開催され、1978年、第5回まで続きました。1979年に合唱団体連絡会と名称変更して開催場所も1990年からはパルテノン大ホールとなっています。参加団体も、初回の9団体から38団体に、女性コーラスから子ども、混声、男声、女声と子どもまでと広がっています。 私が、この合唱祭を知ったのは息子が小学校で合唱のすばらしさに触れ、学年全体で参加することになった時です。第15回ぐらいだったと思いますが、聴くことが好きな私は息子たちの出番が終わっても最後まで聴いていたように思います。 所属するグリーンコーラスが初めて舞台に上がったのは1991年第18回です。東愛宕中学校のP.T.Aコーラスから地域へと広げ、練習場所も音楽室からクラブハウスへと固定してから1年後でした。年齢・30代から80代、練習日・水曜日の午後3時から5時まで、指導者・創設者の四ツ倉みどりさんで、全て変更をしないでここまできました。変わったのは団員で、物故者も3人、諸事情で退団した方々がいる中で、次々と入団してくださり、今回は18人で参加しました。指導者の熱心な指導と、なくなった友人、退団した友人の励ましで今日を迎えられたと感謝しています。 プログラムの10番目なので、会場はいっぱいではなかったのですが、始まった途端、足が震えてきて困りました。慣れないヒールの靴を履いているせいかなと思い、重心を踵に移動したり、いろいろ試みたのですが殆ど最後まで震えていました。 ロシア民謡の‘泉のほとり’は15〜16歳の頃に戻って楽しく歌いましょうね、と出番を待っている時に回りに声を掛けていた私は何処へやら・・・。でも、心の中では次の作詞〜千家元磨、作曲〜橋本国彦の‘川’は、愛知県の矢作川を思い浮かべて、最後の作詞〜野上彰、作曲〜スメタナ、編曲〜深井史郎の‘モルダウの流れ’は、新聞で読んだ記事からの想像を膨らまして、「遠き夢の君が下に流れ行けえええええ」と、想いの丈を歌いこみました。 終了後のパルテノン大階段を使っての大合唱を始め最後まで参加できなかったことは心残りですが、ここまでの準備をしてくださった実行委員会の皆様に感謝したい気持ちでいっぱいです。 |
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2003.7.12(土)ホームヘルパー養成講座 ホームヘルパー2級の資格を今年の早いうちに取りたいと考えていたのですが、8月からしかないということで諦めていました。ところが、昨日、友人の紹介で毎週土曜日、日曜日で集中して講義・実技・実習が受けられるコースがあると聞き、午後から見学してきました。介護支援専門員から、ホームヘルプサービス概論の講義を受け、業務内容は@相談助言A身体介護B生活援助に大別されるが利用料の単位からいけば、何らかの仕事をしながら相談を受けたり、助言をしたりするようになる。利用者の発信には大切な要望が入っているので常に‘聴く’。潜在化している問題を、顕在化させることはヘルパーの技量に負うところが大きい。 ホームヘルプのコツとしては@利用者への共感・受容〜どうして、この要求があるのか考える。相手の‘心の椅子’に座ってみる。A信頼関係づくりB社会資源の上手な活用〜大工さん、弁護士さん等のお友達を作っておく。C利用者の状況変化に対応したサービス提供D緊急事態への備え〜利用者に対して日頃から五感を働かせて観察をしておく。 ホームヘルプの課題として、身分保障がまだまだ進んでいないが、専門性の社会的認知をさせることにより雇用条件の改善も図れるのではないか。 苦情相談でもホームヘルパーについて多いのが現状だが、質の向上を図るためには、勉強させてもらえる職場を選ぶこと、広い視野と高齢者への共感を持つことが上げられる。 今のままの制度ではヘルパーだけでは自立できないので、みんなで介護技術の向上・自己研鑽して、介護職を認知させ、若い世代に繋げていけるようにしたい。 介護保険が始まってからの現場は全く経験したことがなく、ケアマネジャー・コーディネーター・ヘルパーの悩みはシンポジウム等で聞いている範囲しか分からない私です。しかし、障害を持つ者が身近にいますので利用者にもなることを考え、提供者として接すればよいのだと、あらためて思いました。 |
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2003.7.11(金)節電にご協力を ポストに「節電にご協力をお願いいたします。」東京電力 のビラが入ったのはいつだったか覚えていません。今日、初めて二つ折りの中味を見ました。次のように書いてあります。 原子力の不祥事につきましては、立地地域の方々をはじめ、広く社会のみなさまに多大なるご迷惑とご心配をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます。 当社では、原子力発電の安全と安心を確かなもにするために、原子炉の運転を止めて綿密な保守点検作業を順次行っております。 こうした供給力の減少を補うために、長い間止めていた火力発電所を再稼動させたり、他の電力会社から電力を融通するなどの対策に努めています。 みなさまには、当社自らが招いた電力の供給力不足による節電のお願いにもかかわらず、ご協力いただき、心よりお礼申し上げます。 しかしながらこの夏、暑さが厳しい場合などには、首都圏の電力需要をまかなえなくなるおそれもでてまいります。 このような状況から、大変申し訳ありませんが、節電に一層のご協力をいただきますようお願い申し上げます。 *首都圏の電気の約4割が原子力発電に依存しています。 首都圏の電気の約4割をまかなう原子力。現在、順次点検作業を行っています。 *電気を安定してお届けするためにさまざまな対策に取り組んでいます。 ・長い間止めていた火力発電所の運転再開 ・予定していた火力・水力発電所の定期点検や補修日の変更 ・他の電力会社からの電力融通 ・当社やグループ会社オフィスでの冷房温度の抑制、不用な照明の消灯、エレベーターの使用制限など *節電にご協力をお願いいたします。 夏は電気のご利用がピークを迎えます。特に平日の午後1時から4時の間、みなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうかよろしくお願いいたし ます。 *印の文章の横には円グラフで、当社エネルギー別発電電力量構成比(平成13年度実績、他社受電含む、として原子力44%、火力49%、水力7%が描かれています。 この手紙だかチラシだか分かりませんが、少なくも「お詫び」なら、会社の所在地、連絡先、社長名で配布するべきものを、裏面にホームページのみしか載っていません。 現物と殆ど同じ文字の大きさを再現しました。高齢者が多くなっているのに、こんな小さな字では読まないでしょう。 このチラシの目的は、原子力発電の再開を世論で高めようとするものに感じます。昨日・今日と福島県には知事に対して東電の社長が深々と頭を下げて詫びている、また、柏崎でも市長に対して平沼経済産業省が詫びている写真が新聞に載っていました。 私は、この機会に原子力にたよらないエネルギー政策への転換を真剣に考えるべきだと思っています。事務所や大型店、家庭から排出される熱風で気温は更に上昇しています。この悪循環を、どこかで断ち切らなければ、温暖化防止枠組み条約は水泡に帰してしまいます。 いま、午前1時ですがたくさんの車両を繋いだ終電車が通りぬけていくのが見えます。 |
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2003.7.10(木)行政改革推進事業 3月の予算特別委員会の資料をひもどいてみたら、行政改革推進事業として、(仮称)行財政診断市民委員会についてが目に入ってきました。 1.検討内容(予定) 行政が担うべき役割など行財政改革の基本指針と、具体策について検討する予定。 多摩市の行財政運営の現状分析 ・財政状況、施策水準の検証 今後の改革の方向性 ・財政運営の基本的な考え方や方針等の整理 ・行政、民間、市民の役割分担の整理 ・社会環境に合わせた施策の再構築 ・補助金の見直し、公共施設維持管理水準の再検討他 2.委員構成(予定) 学識者 2名 団体推薦者 2名 市民委員(公募) 2名 本日、進捗状況を照会したら学識者は@綾川正子〜みづほ総合研究所A桧垣正巳〜元東京都副知事B大杉 覚〜都立大学法学部助教授、団体推薦者は宗像会計事務所 宗像 滋〜東京税理士会日野支部、公募市民は@牟田口深雪A川村 慶(敬称略)の6人が決まったとのことでした。 7月28日19:00から、第1回を立ち上げ、全6回を予定していますが、ペースは初回で決めます。なお、詳細は公式ホームページと7月20日号の広報に出るとのこと。最初から委員会の様子を見に行きましょう。 |
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2003.7.9(水)新聞報道から「浜岡原発」に関して 本日付の朝日新聞朝刊25面(科学・医療欄)に‘手法の差 各国の地震予知 札幌で国際測地学・地球物理学連合総会’の見出しで、11日まで開かれている総会での主要テーマ「地震の直前予知は可能なのか」について、各国の取り組みや考え方を報道しています。 昨日付の日本経済新聞38面(社会)に‘東海地震発生時の災害「浜岡原発 最も危険」神戸大教授’の見出しで、地震による原発事故の恐れなどを研究している石橋克彦・神戸大教授(地震学)は7日、札幌市で開催中の国際測地学・地球物理学連合総会で「最も危険なのは、東海地震の想定震源域の真上にある浜岡原発だ」と述べ、浜岡原発(静岡県浜岡町)の危険性を警告した。石橋教授は東海地震が起きると浜岡原発を5〜10メートルの津波が襲い、地盤が約1メートル隆起するというデータを示した。さらに、地震による災害と、それによる原発事故の複合災害を「原発震災」と名付け「交通網の遮断で、原発事故の救助復旧活動さえできなくなる。日本にとって致命的で、全地球規模の災害になる」とした。(後略) 2日付の朝日新聞朝刊33面(第3社会)に‘「M8地震おきる 浜岡原発は危険」元地震予知連絡会長、警告’の見出しで、茂木清夫・前地震防災対策強化地域判定会長は、1日、札幌市で開かれている地震の国際学会で、中部電力の浜岡原発(静岡県浜岡町)について、「直下でマグニチュード(M)8の地震がおきる浜岡原発は、極めて危険な状況だ」と警告した。東海地震の第一人者による学術集会としては異例の発言。茂木さんは元東大地震研究所長で、96ねんまで判定会長、01年まで地震予知連絡会長を務めた。英語で約30分間講演。世界中の原発の分布図と、地震の起きている場所をスライドで重ね合わせて、「M8の地震が起きると分かっているところなのに、原発があるのはここだけ」と、浜岡原発の異常さを際だたせた。政府や中部電力が「大地震は想定ずみ」としていることに対し、茂木さんは「揺れ、岩盤の壊れ方など大地震のことはわかっていないことが多い。地震のたびに、想定外のことが起きている」と、技術者の慢心を心配した。(全文転載) 上記記事の隣に‘内部告発の窓口を新設 保安院、東電問題で’の見出しで、東京電力による原子力発電所トラブル隠しを受け、経済産業省原子力安全・保安院は1日、原発関連の内部告発の窓口となる「原子力安全特別調査課」と原発機器が損傷したままでも運転を認める際の維持基準を扱う「原子力安全技術基盤課」を新設した。東電の不祥事で内部告発から公表まで2年かかった反省を踏まえたもので、特別調査課は内部告発の調査にも当たる。安全技術基盤課は、10月から導入が始まる民間の維持基準が適正かどうかを点検する。(全文転載) 2日の茂木さんの記事は、PKO法「雑則」を広める会 の方からファクシミリで送っていただいて始めて知りました。窓口新設等の記事は、原発関連で重要な内容なので後日調査していくつもりです。 9日の朝日新聞の記事は紙面の四分の一以上使っていますが、日本経済新聞の内容には一言も触れていません。2日の記事を載せたことが企業の逆鱗に触れたのでしょうか。国民の安全を第一に考えるべき政府も国会もこのように重要なことに「我関せず」でよいはずありません。 新聞の一面に大事な記事が載るように新聞社に意見を伝えようと考えています。 |
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2003.7.8(火)市役所のふところは〜歳入のしくみを学ぶ 誰にも分かる市町村財政講座が7月1日(毎週火曜日)午後7時から、多摩市永山の公民館で始まり、第一回目は欠席しましたが今日から第五回の7月29日まで連続して出席しようと思っています。 今日は、‘市役所の歳入の仕組みを学び「入るをはかって出るを制す」の意味を考え、更に分権にふさわしい歳入のあり方を示します。’と、案内にありました。 前回には、平成13年度の自治体財政の決算概況(決算カード)が、今回は11年度・12年度分が資料にあり、ここから歳入の一つ一つの項目に沿って説明を受けました。 平成13年度の歳入の合計は45,841,598千円、一般財源として32,911,238千円(71,8%)特定財源として12,930,360千円(28,2%)です。市税は、歳入の61,9%で地方交付税の特別地方交付税(災害に備えての支出に使う)以外は不交付団体なので殆どが個人・法人市民税、固定資産税等で賄われていることが分かります。また特定財源では、都支出金、国庫支出金のように、特定の行政目的を達成するために条件をつけ、都・国から交付されるもの、地方債のように大規模な建設事業など、特に住民が長期間に利用する施設を後世代の住民が借入金の償還という形で負担する借金による収入があります。 平成13年度の地方債は歳入の3,1%ですが地方債の累計(地方債の現在高)は36,064,156千円で一年間の一般財源収入を全部使っても返しきれない金額です。さらに、債務負担行為といって、ツケ払いが存在し年度にまたがる事業で過大な建設投資を招く借金の一種で、議会や住民の監視の外に置かれやすく、予算単年度主義に対する例外措置です。これは決算カード上では債務負担行為翌年度以降支出予定額となっており、23,170,962千円です。 多摩市の実質債務残高比率(自治体の借金残高をはかるモノサシ)は、180,6%になっていて、目安100%に程遠い状況にあります。(実は、まだまだ借金はあるのです。特別会計があるのですから・・・) ‘入るをはかって、出るを制す’といっても、将来に負担を重くするわけにはいきません。世代間の公平な負担はどうあるべきか、既得権の開放など、議論を深めていかなくてはなりません。その為には行政が住民に持てる資料を全部公開しなくては本物の議論はできません。府中市・あきる野市では市民が財政白書をつくりました。何も分からないから、当たり前に為されていることに疑問を持ち、それが改革に結びつくのではないでしょうか。 行政が、頭を抱えていても借金は膨れるばかりです。財政の出前講座などをどんどんして、‘理解・協力’できる住民を増やしていくほか展望は開けないと考えます。 |
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2003.7.7(月)市民協働時代の議会 多摩市議会「民主・生活者ネット」が企画した勉強会に市民も参加できるということで夕方からでかけました。 講師は山梨学院大学法学部の江藤俊昭さん、レジュメと資料に沿って分かりやすく話してくださいました。行政が市民との協働を謳えば謳うほど、一方では議会不要諭が出てきかねない昨今である、住民参加の充実と議会との関係をどのように考えたらよいか、住民との協働を組み込んだ議会こそ分権時代の地方議会のあり方ではないか、それが、住民を基軸とした地方政治であり、その視点で議会改革も考えていくと良いのではないかという基本的考え方を示されました。 地域政治の特徴として、@地方政府は二元代表制を採用していること。〜与党的立場、野党的立場の議員がいるが議会の役割は‘チェックアンドバランスと共に監視機能を強める野党的立場である’A二院制の国会に対して、地方議会は一院制を採用していること。〜国会は与党が内閣を引っ張っていることもあり二重のチェック機関が必要である。地方議会は住民から近いところにあるのでチェック機能も果たせるので、議会は一院制で良い。B直接民主制の系列の様々な制度が地方政府に導入されていること。〜地方自治法では、町村は議会を設置しなくても町村総会を置けば良いことになっている。直接請求でリコール、条例の制定・改廃ができる。 マスコミ等からの情報も国会を雛形にした地方議会をイメージしている。制度からも、住民が地方政府の政策決定に中央政府以上に関わることが想定されている。 地方分権における新しい議会の役割として、@協働型議会(監視型およびアクティブ型)〜住民を基軸とした地方政府は住民が政策形成に関わる様々なルートがある。議会は、様々なルートと協働して討論と決定を行う。例として、文京区の基本構想策定の過程で素案の段階で、区議会がく基本構想審議会と共催で「区民の集い」を開催し、区民の意見を聞いた。(2時間30分の予定が4時間かかった。)A討論の場を広げる試み〜地方自治法第96条第2項の活用「前項にさだめるものを除く外、普通地方公共団体は、条例で普通地方公共団体に関する事件(法定受託事務に係るものを除く。)につき議会の議決すべきものを定めることができる。」 例として、基本計画、実施計画、マスタープラン、など。 協働は市民と行政だけではない、議会との関係を制度化する時期に来ている。 総合計画審議会委員として、議員として市民との協働をどうしたらできるのかと忸怩たるものがありました。今日のお話を聞いて、まずは、「自治基本条例」策定に向けて議会が市民と協働できるように仕掛けられたらと考えました。 |
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2003.7.6(日)映画「アレクセイと泉」を観て ベラルーシ共和国ゴメリ州チェチェルスク地区ブジシチェ村が舞台で、55人の老人と1人の青年が協力し合って自給自足の生活をしている姿を描いたドキュメンタリー映画です。 油絵の田園風景を観ているような錯覚に陥るほど、美しく現実離れのした映像であり人々でした。お金と殆ど縁のない生活をしているわけですが、国から年金が入る時には、新聞代、ラジオ視聴料等を自己申告によって支払い、その差額を受け取ります。その足で女性たちは日用品などを買い、その後に男性たちは酒を買います。後は村から出て行った家族に仕送りしてしまいます。 34歳のアレクセイとその両親及び村人たちの一年間の記録で、特に冬の場面は父親はかご作り(きのこ取り・農産物の収穫時に使う)母親は刺繍(クロスステッチ)アレクセイは森へ行って薪集めをして、夜は思い出話に費やすといった、今の日本ではなかなか見られない様子です。 映画の終了後、監督の本橋成一さんと多摩市在住のフォトジャーナリストの桃井和馬さんの対談がありました。核の恐怖や原発事故の悲惨さを声高に語らない中で核の廃止を訴えているわけですが、それは、恐ろしい経験をした後の平穏の中に家族の愛があり、隣人への思いやりが育つ、ということを、監督自身、幼い日の終戦後の経験と重ね合わせたようです。 実際には、このドキュメントの背景はチェルノブイリの原発事故があり、この村も180キロメートル風下にあったので被害は大きく政府は安全地帯に住宅を用意しました。最終的に生まれ育ったところを死に場所にしたい人たちが残りました。自給自足している作物ができる土壌はもちろん、きのこの取れる林も、薪を切り出す森もみんな放射能に汚染されているのです。しかし、村人の命の源の、そして憩いの場の豊かな泉は汚染されていなかった、何と言う神秘でしょうか。多くの人に観て感じてもらうためには、このような柔らかなアピールが良いのでしょう。でも、次世代に、いや、ずっとずっと未来の世代までを代弁するためには、「原発反対」と声高に政府と企業にアピールする必要もあると考えます。 |
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2003.7.5(土)失語症の方たちと共に 多摩市失語症友の会「こだまの会」の定例会に出席しました。本年5月現在、失語症者(本人)24人、会友(家族)16人、会友(ボランティア)26人が登録されています。 毎月の定例会後に通信「こだま」を発行しています。その冒頭には次のように記されています。 会話が通じない、自分の思いを人に伝えることが大変・脳卒中の後遺症で失語症の障害を持ち、毎日の生活の中で、そんな思いを持ちながら過ごしていらっしゃる方、その方に接しているご家族の方、また、失語症に興味のある方、同じ思いや悩み、疑問をお互いに話し合ってみませんか。 登録されている方々は、多摩市の広報を見た方、健康センター・総合福祉センター内での言語聴覚士によるリハビリ教室に通われた方、口コミで知った方などです。会話パートナーとして、失語症の方のお手伝いをしている方は、養成講座を受講した方・ヘルパー資格を持った方が大半です。 定例会の司会は、本人が順番に受け持って進めます。内容は、一ヶ月の近況報告、ゲーム、発音練習、歌、連絡事項、次回の確認などで、間におやつタイムがあります。 失語症と一口で言っても多種多様で、文字が読める方、読めない方、話せる方、言葉がほとんど出ない方等、これらの一つはできるけど他はできない方が多いようです。 会話パートナーの人もご家族からの助言がないと、ご本人の特徴がつかめないことが多々あります。何よりも「こだまの会」の支えは失語症のリハビリの重要さを早くから認識し、多摩市の非常勤嘱託として健康センターなどで優しく、厳しく指導してくださったN言語聴覚士と彼女の後に続く若い言語聴覚士のボランティア精神によるのです。 言語のリハビリを継続することの大切さはなかなか認知されません。また、支援費制度ができても、失語症の方のガイドヘルパーとして会話パートナーを、という流れも作られていません。 医療・予防医療の考えからは早期及び継続の言語のリハビリを、また、コミュニケーション・バリア・フリーの観点からは、会話パートナーをガイドヘルパーにと提唱したいと考えます。 |
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2003.7.4(金)議会報告会に参加して 多摩市議会議員の議会報告会のごあんないを頂いたので参加してきました。5月から議員として活動している30代の新人女性議員が6月議会にどのように臨んだかを知りたかったからです。 一般質問は「多摩市における男女平等推進施策について」は、2001年3月「第四次多摩市総合計画」策定、と同時に個別計画として「女と男がともに生きる行動計画」を策定しました。この計画は「男女共同参画社会基本法」および「東京都男女平等参画基本条例」の内容をふまえ、市民の公募委員を含む改定市民会議が作成した報告書の内容を尊重したものです。この行動計画の中でも(仮称)男女平等推進条例の制定をめざすことが明確に打ちだされています。改定市民会議の公募委員として参画してきた経緯からも条例の制定の進捗状況を聞きました。市長の答弁は行動計画を作って、既に動き出している、そこを理解してほしい。12月に自治基本条例を提案する予定であり、人権に関しても当然位置づけられるわけで、それでも個別条例が必要かは、それ以降に検討することになる、というニュアンスのものであった。 ちなみに、自治基本条例提案までの今後の予定は、9月にパブリックコメントを求め、10月から三つの会場で説明会を開催し12月に議会に上程ということである。 「多摩市の入札制度について」は、清潔な市政運営の推進ということで、市民の信頼回復のために様々な取り組みをしていると理解する。昨年10月から契約事務の改善策を試行しているが、多摩市の入札制度の透明性・公平性を保つために市はどのように取り組んでいるかを質しました。一般競争入札ではなく、指名競争入札が多い中で、指名選定基準がどのようになっているか、その基準に沿って指名選定したとしても、落札する業者がいつも同じではないかと資料を基にして聞いたが、議論が噛み合わなかった。 市民も業者も不信感を持たないように、試行の段階で思い切ったことをしてほしいと要望して質問を終えました。 一般質問2問については、今後も角度を変えて質問していきたいと考えています。 条例2件についての立場、人事案件の監査委員に対しての立場をどのようにしたかの説明、および7人会派結成の経緯とその後について説明がありました。 議会から監査委員が選ばれていることを知らない出席者もいたこと、会派については否定的な考え方を持っている人も多い中で、予定時間を大幅に越えて話し合いました。 このような会を定期的に持つことが議会を変えるための世論を作って行くことにつながると信じます。 |
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2003.7.3(木)一歳半健康診断 市から上の子どもの一歳半健康診断の通知が来たので娘は子どもと出かけました。下の子どもは私がお守りをして、二人が帰るのを待ちました。 虫歯が1本できかかっていること、ジュースを飲ませすぎなので減らすようにいわれたこと、ミルクは飲ませないでよいこと、などの指導を受けたようです。 言葉が遅い、集団で遊ばない(一人遊びをしている)など、気になる部分もあるので専門の先生に相談する時間をとりましょう、ということになったのですが、私の仕事に行く時間に間に合わないので今日のところは帰ってきたと言っていました。 20年余り前と違ってずいぶんと丁寧な健康診断をしてくれるようになったなと言う感想をもちました。と、同時に通常と違う中での子どもを第三者が観察して、保護者に伝えることの難しさもあるなと思います。今日は、たまたま親は離れたところで指導を受けていて、子どもとは遊べなかったわけです。他の親子が、それぞれぐるりと輪になって遊んでいる中で楽しそうにはねたりしていたようです。言葉にしても、本人は多くを発しているのですが、こちらになかなか伝わらない状況です。娘の幼児の頃を思い出しますと2歳過ぎてからやっと人に伝わるようになりました。一人ひとり成長の度合いはかなり違いがあります。もちろん保健師さんたちはそのようなことは十分お分かりだと思うのですが・・・。 とても人懐っこい子どもなので、どこへ行っても、物怖じしないで笑顔をふりまいていたので、娘も何の不安もなく今日まで過ごしていました。私は祖母として、彼の言葉・遊びに不安は感じていません。娘にも一人ひとり違うんだから大丈夫!と、不安を払拭できるように勇気付けました。 |
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2003.7.2(水)原発震災を考える 元駐スイス大使、村田光平さんのお話を聞く機会を持ちました。「原子力と日本病」という本を昨年朝日新聞社から出しました。週刊ダイヤモンド・2002/11/16号には次のように紹介されています。「スイス大使を務めた元外交官が、原子力発電を世界で最も推進する日本の病んでいる姿を活写。世界に蔓延しようとしている「日本病」の猛威を淡々と指摘する。原発の中に隠された傷が次々に露見した今だからこそ、手に取りたい。」 「日本病」とは、‘正義感’、‘倫理観’、‘道徳観’の三感欠如の状況を指しています。 明石ジャーナル緊急増刊号(増補版)2002年3月発行、明石昇二郎編[シミュレーション・ノンフィクション]原発震災が紹介され、その冒頭には‘大地震がない、と言い切れる人はいない。そのくせ、電力会社は大震災と原発の過酷事故が同時に発生する破局的災害「原発震災」はありえないという。このまま有効な対策もなしでいいのだろうか。あえて「想定外」のシミュレーションに挑んだのは、目を瞑ってはいられなかったから。この”祖国壊滅”の危機について、報告したい。’と載っています。東海大地震の規模はM8と予想され中部電力・浜岡原子力発電所付近の揺れは、震源域の深さが”あさく”なることで、従来想定されていたものよりも大きくなる可能性が出てきたといいます。岩盤の上に建てられているから大丈夫と言っている政府と企業だが、その岩盤ごと動いてしまったらどうなるのかという”地獄絵”シミュレーションは、私たち国民は無視できないと考えます。 村田さんは、国民の頭を東海大震災と浜岡原発を切り離して考えるように操作している[日本病」の重篤さに目を向けなければいけないと力説されました。 そして、核問題に関して、民事と軍事とを分けること事態おかしいのであり、軍事使用での被爆国である日本は、地球の非核化に向けて進むべきであると訴えました。 経済至上主義で来た日本ですが、今をおいて将来にわたる安全な環境を残していける地球を考え合える時はないのではないでしょうか。国民保護法制を策定するなら、誰にでも想定できる、地震国日本ならではの法制にするべきだと思います。 勇気ある村田さん、明石さんからのメッセージは、受けた私たちが次の人に伝えていく義務があると思い、早速ホームページに載せました。 |
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2003.7.1(火) 子どもへの絵本の読み聞かせが‘いつからがよいか’私の子育てのときは3人まとまって育てたのでどのくらいから始めたかなどは覚えていません。 孫の3ヶ月検診の時に、ブックスタートの制度で2冊の絵本を貰ってきました。上のこの分と4冊あるので1歳過ぎた孫だけに読んであげていました。昨日のこと、あまりぐずるので、試しに寝転んでいる6ヶ月になった孫娘の横に、私も横になって絵本を見せ、言葉も付け加えながら、読んで聴かせました。ちゃんと目で追うし、私の顔を見て笑いかけるのです。嬉しくなって、今朝も違う絵本でやってみました。やっぱり、昨日と同じような反応です。絵本作家は、子どもの成長をつぶさに見ながら、作っていることが改めてわかったのです。 昨日の朝日新聞朝刊に「お父さんも絵本を楽しんで」という記事が載っていました。上手に読めなくても良いのだから、肉声で読んで聞かせるところに意味があるのだと思います。子どもの反応がじかに伝わってきてとても楽しいことがわかります。 私も小さな時、母から姉・兄と一緒に寝る前に本を読んでもらい、ゆったりした気持ちで寝に入ったことを思い出します。 いま、娘も子どもに絵本を読んでやっていますが、私が経験した赤ちゃんの反応は未経験だと思います。いつからというのは、飛躍的かもしれませんが、お腹に赤ちゃんを授かった時からでも早くないかもしれません。 周りのお父さんたちにも呼びかけて、この喜びを共にしたいですね。 |
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2003.6.30(月) とうとう今年も半分終わってしまいました。乞田川に沿って桜の木の茂った歩道を自転車で行くと、すぐ前を日傘をさした高齢の女性が歩いているので、自転車を降りて横をとおりぬけようとしたときに声を掛けられました。「今年は鴨の赤ちゃんを見ていないけど、どうしたんでしょうね」と、私も「2週間ぐらい前に親鳥は川下で見ましたけど・・・」とこたえました。「大雨で濁流のように流れていましたからね」と私は付け加えました。「去年は大雨の後でも、親鳥が雛鳥を連れて泳いでいるのを見ましたけどねえ」と、「とても楽しみにしているのです、それにしても自転車が川に捨ててあったり、ひどいですね。」と、話が変わりました。「なんか、世の中がどんどんおかしくなっていくようで、生きていくのがやんなちゃいますよね」と言われるので、「うちの方の公園が、お掃除の終わったあくる日には、もう、ごみが散らかっている、困ったもんね、と娘が言っていました。注意する大人も少なくなったですからね」」と、私が言うと、「近頃は、注意したら、簡単に刺されたりするし、怖いですから」と、その間二人とも目は川の方を注意深く見ながら歩きました。 川でも道路でも公園でも駅前広場でも、どこにでもごみは散らかっています。多摩市でもゴミ箱の数はグンと減らしているので、簡単には捨てられません。自分の出したごみは持ち帰ることになっていますが、家庭でも、地域でも徹底していないので、空き缶、かし袋などが散乱しているのでしょう。‘自分たちの街を自分たちの手でいつでもきれいにしていけるようにするには、どうしたらよいか’を世代を超えたかたちで地域で話し合っていく仕組みを作りたいものです。 今日の新聞に皇居のお堀の白鳥とカルガモのことが載っていました。白鳥には6羽の雛が生まれ例年になく順調に育っているものの、カルガモは13羽が生まれたが生き残っているのは1羽だけ。カラスやスッポンのほかブラックバスも肉食で雛たちには大敵、外苑管理事務所の職員によると、親鳥の後について楽しそうに泳いでいたのが、日を追うごとに姿を消していったそうです。 多摩市の乞田川の‘かも’については、情報がないので雛がかえったかどうかも分かりません。どなたか情報をお寄せください。 |
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2003.6.29(日) NPO法人 ごみ・環境ビジョン21主催のしみんごみ大学セミナー2003第一回「検証・多摩地域のごみ焼却施設整備〜焼却炉過剰の時代がそこまで来ている!?」を受講してきました。 講師の朝日新聞記者の杉本裕明さんからは、各地で切実になってきた「ごみ焼却施設の建て替え問題」をテーマに全国の実態について、また、廃棄物・環境コンサルタントの鈴木直人さんからは、地元である日野市で市民としても‘ごみ減量計画’などに関わってきた点から、多摩地域の焼却施設の現状について、と題してお話をお聴きしました。 1995年から2000年にかけて国から補助金を受けた一日あたりの焼却量が50トン以上の166自治体・一部事務組合にアンケートをとった結果、72施設はより大きくしている、何とそのうち13施設は2倍以上の規模、20が同じ大きさに、縮小は11だけだったとのこと。 例えば、増強の名古屋市は900トンから1500トンに(実稼動は1050トン)、神戸市は700トンから900トンにしています。新設では横浜市1200トン、福岡市900トン(3炉の内1炉は休止)、京都市700トン、東京都・豊島区400トン、中央区600トン、渋谷区200トンが上げられます。縮小は、江別市145トン(1割減)、川口市420トン(3割減)東京都・柳泉園組合315トン(2割減)となっています。 ごみの減量が叫ばれているときに‘なぜ大きくしたのか’が不思議です。施設整備計画は、7年後のごみ排出量を予測したものとすることになっており、長期計画との整合性を持たせると人口もごみも増えることになるのです。整備計画は都道府県を通じて環境省へ提出されますが、つき返されることは殆どないそうです。 焼却量の算定式は、最大量燃やした月をベースにします(大掃除などの季節の12月とか1月)。焼却炉本体の施設整備事業費の財源は四分の一は国庫補助です。これも、東京都23区及び公害防止地域では二分の一補助になっているのです。東京都のトン当たり建設単価は平均5000万円で随意契約と指名競争入札なので割高ですが、自治体のチェック体制もなく、政・官・業のトライアングルの存在がここにも?となります。 多摩地域のごみの中間処理施設は、昭和40年代から50年代に建てられたものが多く、5〜6年前から各地で建て替えが進んでいること、建て替えた新しい焼却施設では、実際のごみ量と焼却炉の規模がどうなっているか、建て替えを予定しているところではどんな計画になっているか、施設整備によっては、プラスチック焼却や産廃受け入れにつながってしまうのではないかとの危惧もある、などについて、議論を進めていく上での参考にということで今日のセミナーは開かれたのだと思いますが、小金井市・調布市・府中市が作っている二枚橋衛生組合の建て替え問題、調布と三鷹でガス化溶融炉の計画が持ち上がっている、などの会場発言がありました。 これを受けて、自区内処理と広域支援体制について、今までの考え方の見直しが提言されました。市町村が責任を持って自治体から排出される‘ごみについて’考えることも自区内処理で、東京23区のごみ戦争の結果、どこの区でも清掃工場を作らなければという考え方をみちびいたのは自区内処理という言葉での住民だましにも取れる、という指摘もありました。最近に作られた焼却施設の稼働率を上げていけば、建て替えをしないでもすむ、つまり広域的に受け入れていくということです。それには、住民のコンセンサスと持ち込み自治体から建設コストに見合った負担をしてもらうことも必要になるとのアドバイスもありました。 地球の温暖化を防止していくためにも、不必要な施設は作るべきではありません。政・官・業のトライアングルで税金の無駄遣いはもうごめんです。ごみの排出抑制を限りなく進めながら各自治体が市民参画で‘自区内処理’を真剣に考える時がきています。 |
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2003.6.28(土) 今日は40年余り前の職場の先輩達と会える日で楽しみにしていました。ところが、同居の娘が風邪をひいていて昨日から調子が今ひとつです。具合の悪い母親と、二人の乳のみごを残して自分の楽しみを追求するわけにもいかず、困っていました。一応、助っ人を電話でいつでも呼べるようにしておいて、内心ではすっかり行く気になっていたのです。 娘も今日は友人のところに行くことになっていて、楽しみにしていたし、いろいろ手配を整えていました。朝、どーお?というと、大丈夫だよ、からだは楽になったから。声はもともと低いから、といって友人にも連絡をとっています。先方には4ヶ月の赤ちゃんがいるので、本来なら遠慮するべきなのですが、何度も流れた計画なのでやはり行きたい気持ちが先立ちます。先方も、来てくれていいよ、ということになり、私も‘似たもの親子’だなと思いながら、支度を始めました。 待ち合わせの駅について、今日の集まりを計画してくださった先輩にあって、ほっとしましたが、他の方々は全くわかりません。そのうち「もしかしたら・・・」と、声を掛けてくれた方がいて、思わず「はいそうです、Tです。Sさんですよね。」年賀状のやり取りを何十年となく続けている方、とってもお会いしたかった私が大好きな‘おねえさん’だったのです。 会場に着いて、歓談しながら、私は持ってきた(重かった)アルバムを皆さんに見てもらいました。口々に懐かしがっている中で「この写真ほしい」、「踊っている写真は持っていないわ」という方に、その写真を剥がして差し上げました。 27人の皆さんと話しているうちに、だんだんと昔の面影が浮かんできて、職場で一緒だった仲間の名前が次々と出てくるのが不思議です。 私は、アルバムを整理するのが好きだったので、朝、せわしいなかで、今日の集まりに相応しい一冊を持ち出しました。これからも、求められたら何枚でも‘はがして’差し上げたいと思います。人の一生で‘出合える人’は、ごくごくわずかです。その出会いがあったから‘今日の私’があると思っています。その意味でも、何冊もあるアルバムから‘思い出’の御裾分けができたらと考えました。残された家族にとっては、本人以外の写真は‘無用’となるでしょうから・・ 今日の場を設定してくださった先輩に感謝し、また次にもお会いできることを念じています。 |
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2003.6.27(金) 東京都人事委員会公開審理の傍聴に行ってきました。中学校の家庭科の教師である根津公子さんが、多摩市立多摩中学校在任中に職務命令違反をした、ということで2002年3月27日に減給十分の一・3ヶ月の懲戒処分を受けました。根津さんは、このことについて、人事委員会に不服申し立て・審査請求をしました。 八王子市立石川中学校在任中に生徒に「考えよう」と呼びかけたことが原因で処分されたことについて、訴訟を起こしている根津さんを、多摩市に異動させて、すぐにも指導力不足教員として研修所送りまで考えていたようです。しかし、石川中裁判を支える会・多摩の会、その他多くの支援者の熱意と、何よりも根津さん自身の信念の下にある冷静な態度が、さすがに指導力不足教員にはできなかったのだと思います。 2003年4月から通勤往復4時間の調布市立調布中学校に異動させられました。どこまで、不当人事で根津さんをイジメたら気がすむのでしょうか。このような陰湿なイジメを小中学校の先生の人事権のある東京都の教育委員会がしているわけです。その配下にある市の教育委員会は自ら考えることをしないで上ばかりを見ているし、ましてや各学校の管理職であるはずの校長・教頭も、もっと考えずに市教委の言うがままになってしまうのです。この間、教育に携わるもの誰一人として、大所高所からみて、今、行われていることが、どういうことで、このような動きの先には何が待っているかということを考えなかったのではないでしょうか。 口頭審理は2時の定刻に始まりました。傍聴席はくじ引きで当たった運の強い人29名で埋まりました。先ず、根津さんの意見陳述ですが、20分以内にと人事委員からいわれ、用意した物をところどころかつあいしていた様子でした。時折、証人として控えている前島校長を振り返り、そうですよね、と確認をとっていました。 次に、証人尋問で前島校長が東京都教育委員会側の弁護士の尋問を受けました。とてもすらすらよどみなく答えていました。この目的は、職務命令違反をしたんだということを、誰にも印象付ける内容でした。 時間が残っていたので、根津さん側の弁護士から前島校長に尋問をしました。先ほどとは全く違ってしどろもどろの答弁になったり、質問を聞き返したり、質問したことに答えないで余計なことを言ったりという状態でした。今日の続きは7月29日午後2時から、その次は8月28日午後2時からと決まりました。 傍聴をしての感想は、前島校長は管理職にありながら、あたふたしていただけで、子どもたちにも、保護者にも責任ある言動をしていなかったのだ、とあらためて確認しました。 |
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2003.6.26(木) 「プレイルームゆづり葉の家」での有償ボランティアの日です。働いている保護者に代わって、小・中・高生の知的障害者が放課後を過ごす場です。多摩市の中で25年間、一個人が私財をなげうって続けてきた事業をNPO法人化して、新たに出発しだしています。今までは、個人の善意に支えらてきたかもしれませんが、若い世代につなげていくためにも、仕事として、つまり「生活できる」保障が必要です。先日来より、東京都、多摩市に実情を話しに出かけていますが、見合う制度がないということで、現状では何の支援も受けられません。‘プレイルーム’といったら、未就学児が対象、‘学童クラブ’といえば、せいぜい小学4年生まで、東京都の‘児童デイサービス’といえば、認められても中学生まで、といった状態で、中学生から高校生、ひいては作業所通所者の放課後を過ごす場を保障する制度がどこにも存在しないのです。もちろん、年を重ねることで彼らも着実に成長しています。しかし、一人一人違った個性を持っているので、日中過ごす場から、誰もいない家に帰されても心もとないのです。見守りの中で、子どもたちが楽しく、安全に過ごせる場があってこそ、親たち保護者も仕事を続けることができるのです。 八王子・日野・稲城などには「プレイルームゆづり葉の家」のような‘居場所’がないので、口コミで伝わった情報で問い合わせが多くあり、見学者も後を絶ちません。この事業を支えてきた人たちが、もうできないといって退散したら誰が後を継いでくれるのでしょうか。子どもと保護者が行政の窓口に押しかけて行ったら何とかしてくれるのでしょうか。行政では対応しきれない多様なニーズに応えるためにNPOが街の中で頑張っています。 福祉のシステムは複雑で、特に障害者福祉の分野は多様な制度が入り組んでいるので、机上の作業に追われると思いますが、ぜひ、現場を知るために足を運んでいただきたいと思います。 |
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2003.6.25(水) 今日の午前中の雨はすごい勢いでした。多摩市東寺方にある東寺方福祉館の高齢者会食サービスのボランティアの日なので間に合うようにとタクシーで駆けつけました。今日は、いつもより30分前に集合することに決めていたらしく既に準備を進めていました。 メニューは、さんまとごぼうの圧力鍋煮、じゃがいもとかぼちゃのサラダ・トマト添え、春雨とわかめと赤ピーマンの酢の物、きゅうりとかぶのぬかづけ、豆腐と油揚げの味噌汁、デザートはオレンジゼリーでした。 今日は雨の中3人が圧力鍋を運んでくださり、あわせてデザートも作ってきてくださったボランティアもいるし、冷凍のさんまのはらわたを抜く作業を最後まで受け持ってくれたりと、本当に一人一人の協力で成り立っています。以前は、メインの料理も手分けして各自の家で下ごしらえをしていましたが、負担感が募ると長続きしないということで、今はデザートだけは作ってきてもらい、後は殆ど福祉館に来てから作っている状態です。 市内でも高齢者会食サービスは数箇所でやっていると思いますが、狭い台所と配膳室で続けている例は数少ないでしょう。10年以上前に生協を母体とした団体がきっかけを作り、それ以来地域のつながりで人から人へと誘い合って毎回5〜8人のボランティアが参加しています。時には、参加できなくてもメニューの一つを受け持ってくれるボランティアもいます。そんな時には、会食をしている皆さんに陰の力があることも紹介しています。 私たちの特徴は、12時に配膳を終わらせたら、すぐにエプロンをはずして高齢者の間に座らせていただいて、共に食事をするところです。メニューに対して批判していただいたり、アドバイスをいただいたりすることもありますが、大体は、作り方を聞かれて説明をすることが多くなりました。共に在るだけで先輩たちから学ぶことができると、私たちは感謝して参加しています。 |
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2003.6.24(火) 私の‘からだの声をきいてみよう’と「動く瞑想〜フェルデンクライす・メソッド」を受講しようと楽しみにしていました。あいにく、申込者が少なく延期になったことがわかり‘声’をきくのも延期です。 案内の内容をそのまま引用します。‘私たちは、日頃気付かないくせや習慣から、余計な力を使ったり、不必要に緊張したりしています。スポーツやダンスで、思うような動きができない、肩や腰に、コリ、痛みがある、からだの声に耳を傾けて、からだをほぐし、心も軽やかになりましょう。無理のないゆっくりとした小さな動きによって心もからだも解放されるボディワーク(フェルデンクライす・メソッド)を体験し、心とからだ解放への一歩を踏み出しませんか。’ 講師:川前涼子さん〜フェルデンクライス・メソッド公認講師、鍼灸師。ヒーリングの会「フリダヤム」主宰。予防医学的な観点から関心を持ち研究を続けている。イメージを使ったカラーヒーリングも行う。東京・青山、阿佐ヶ谷、杉並区ほぴっと村、山梨県大月市ピラミッドセンターにクラスを持ち、町田、世田谷のスポーツクラブでもレッスンを開いている。 講師の川前さんとお話しする機会があり、とても誠実で、偉ぶらない、構えていない方だなと思い、受講して見ようと思ったわけです。そして、身近な人で、からだも心もコッテいる人につたえていけたらと願っています。 |
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2003.6.23(月) 議会運営委員会を傍聴してきました。丁度、決算委員会についてを議題にしているときでした。全議員参加でやれるように検討してほしいという意見がだされました。議長は、今回は今までどうりにお願いしたいと、発言しました。持ち時間などについては皆さんとすり合わせる柔軟性は持っているので、再度検討を。委員長は、そこで初めて他の会派の考えを質していき、さらに二つの会派からも同じ考え方であると意思表明がなされました。それに対して、今回は今までどうりに・いたずらに全員でやることがよいとは思えない、会派で意見をまとめて臨めばよい、物理的なこともあるし・来年度の決算委員会について、全員でやるとか常任委員会に付託するとかなどを12月議会までに目途を付ける話し合いをする、などがだされました。 また、全員でやることで日程的に問題があるのか、という質問に対して、議会事務局長は、議事日程・時間の問題がある、と答えました。日程は5日間にして時間は調整すればよいではないかという意見がさらにだされました。 結局、委員長から、一致を見ないので今回は今までどうりにと宣言されました。その際に、2期目の委員から、新人8人はまだ決算委員会を見ていない、いろいろ経験してから改革案を出せばよいのではないか、という発言がありました。 市民が送り出した新人議員8人は、新しい風を吹かせてほしいという大きな期待を受けて登場したはずです。新鮮な感覚で発言する新人もあれば、すでに先例踏襲しそうな発言をする新人もいます。28人から26人になって少数精鋭で議会を運営していこう、議会改革をしていこう、というときに、新しい会派の新人以外は傍聴にも来ていません。先ずは、決算委員にならない新人議員が秋に行われる決算特別委員会をしっかり経験してほしいと思います。 また、市民に開かれた議会というより、理事者側・大先輩議員に対しての配慮が先にくるように見える体質を、一日も早く改革していただきたいと考えます。 |
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2003.6.22(日) 手帳に「たこの木クラブ全体会1:30」と書いてあるので出席しようと思って、どこへ行けばよいのかとはたと困りました。手持ちの書類はたくさんあるのですが、いざ必要なときに役に立つものはなかったのです。昼食をともにした友人から「東永山複合施設じゃないの、いつも印刷室で会うから」といわれ、とにかく出かけました。間に合ったと思ったらすでに始まっていました。資料の表紙に目をやったら13:00〜17:00となっていました。席について手帳をもう一度みたら1:00となっています。思い込みか、目がぼんやりしてピントが合っていなかったための失敗でした。年を重ねるといろいろありますね。 この全体会は誰が出席しても良いので、毎回多くの人に出会えるかなと期待しているのですが、多いという人数ではありませんでした。でも、「たこの木つうしん」での署名記事の青年たちにあうことができました。 昨年一年間は介助者派遣に重点を置いて活動してきたが、介助者派遣は「たこの木クラブ」の活動の一部であることを確認しつつ、今後の「たこの木クラブ」の活動について皆さんと検討したい、という理事長の提案に対していろいろな意見が出されました。 @維持会員を増やすことAたこの木つうしんの読者を増やすことB講演会・シンポジウムを開催したいC自立支援費を増やすこと、など等。 ちなみに、たこの木つうしん188号の15ページにカンパならびに振込用紙の説明があります。これは、たこの木クラブの維持や当事者が自己実現、自己決定するためのイベントの運営に使われます、となっています。事務局を担っている青年からの発信をぜひ多くの読者が受け止めて支援してほしいと思います。 結論は知的障害当事者が様々な会合後の二次会に出席できる「支援費制度」にする為に、活動をしていこうということになりました。身体障害者には24時間保障されているのに、まだまだ行政を始め社会の認識と理解が不足している分野にある当事者を応援していこうとする「たこの木くらぶ」と共に歩んでいきたいと思いました。 |
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2003.6.21(土) 「文化庁の国語世論調査で[役不足][流れに棹をさす]などの慣用句の意味を誤解している人が多いことがわかった。」と、今日の朝日新聞の天声人語は書き出しています。前日の新聞にその他の慣用句が載っていましたが、私も誤解しているものがありました。中でも[流れに棹をさす]は全く逆の意味に捉えていました。和船を操る人ならすぐ解るでしょうが、乗った経験もない人のほうが多いでしょうから、私もその一人ですが棹をさしたら、すうーと前に進むことは身をもって経験しないとわかりません。 以前、私の所属していた団体で、自分たちの役割について話し合ったことがあり、社会を変えていきたい、変えねばならぬと思っているから[流れに棹をさす]ことが必要だ、という意見と、いやいやそれは違う、行政がやろうと思っていることにいちいち異論を唱えたところで始まらない、[流れに棹をさす]のが自分たちの役割ではないという意見が対立しました。今、考えると全く逆のことを意味して議論したことになります。 4月30日で任期を終了した二人の多摩市議会議員を囲む会が夕方から開かれ、永年、多摩市内外で市民運動・活動をしてきた多くの仲間が集まりました。朝から市場で鮮魚を仕入れ、手料理でのもてなしに一同舌鼓を打ちました。話は尽きることなく皆での新たなスタートを確認しあいました。政治の動き・社会の動きに、‘おかしいな’という発信があったら先ずは受け止める姿勢が大切だと考えている仲間たち、すばらしい会でした。 |
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2003.6.20(金) 評論家の加藤周一氏が朝日新聞の夕刊に定期的にエッセイを寄せています。昨19日は、羊どろぼうの話でした。「親父が他人の羊をくすねるという罪をおかし、息子がそれを公に訴えて証言した。息子の行動は是か非か、という有名な話が『論語』(子路第十三)にある。」孔子は忠の上に孝を置き、不孝を許し難いとしたそうです。 私は子どもたちが幼い頃に年下の友達の家で貯金箱を壊す手伝いをしたことを知り、交番に連れて行ったことを思い出しました。その後、二人の息子は人のものをとるという行為はしなかったと言っています。その時の私は、公に忠とかではなく、善悪のけじめをしっかりつけさせたかっただけです。 そういえば、私の小さい頃にも同じような経験がありました。小学校に上がる前でしたが、近所の庭先に落ちている‘へちまのはな’を拾ったのを、その家のおばさんにとがめられ、母に言いつけられて、その結果、母は有無を言わせず私を連れて行き、おばさんに謝らせました。 この二つの思い出は、母親は公にどうのこうので行動する人種ではないということを証明しているのではないでしょうか。 自分の夫や、子どもたちが、とんでもない罪を犯して発覚を恐れて匿ってくれと言われたら私はどうするだろうかと自問したことがあります。 ずっと後に、子どもから‘そういう時におかあさんはどうする?’と聞かれ、即座に‘通報する’と答えたら、‘そういう人には何も話せない’といわれました。 加藤氏は、最後の段落で孔子について次のように述べています。「孔子がどの国でもその理想の政治を実現できず諸国を放浪し続けていたという事実があった。孔子はその生涯を通じて実現できない理想を決して放棄しなかったし、どういう妥協にも応じることがなかった。それはほとんど精神の自由というものに近い。彼はあらゆるものを放棄したが、彼自身の感情の最も深い動機、ついに規範と化したところの愛情(仁)だけは、決して捨てなかったのである。」 |
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2003.6.19(木) 台風が北上していると昼間のニュースで言っていました。夕方の雲は灰色でほうきで掃いたような珍しいものでした。今は夜の8時過ぎですが風がカーテンをまくりあげています。30度近い気温の暑い一日もやっと涼しくなりました。 今日の午前中は多摩市議会文教常任委員会を傍聴しました。新委員長がどのように采配を振るかにも関心がありました。傍聴席は今日も満員で、条例・請願・陳情が一件もないのですぐに協議会に移りました。(1)平成15年度学校基本調査の結果について、Q:小学生で引きこもりの子どもはどのくらいいるかA:引きこもりで全く対応できない病的な部分を持っている子どもはいないQ:小学生からそのまま中学に入っても不登校の子どもはいるかA:15年度では4人いる。保護者に登校の契機になるので出てこないかといったら一人だけ登校している。 昨日も不登校について書きましたが、一つの自分の選択、生き方として自立した考え方を持っている子どもたちもたくさんいます。教育委員会、学校、保護者が発想の転換をしないと、いつまでたっても‘問題’の解決にはならないと考えます。(2)多摩市立学校の一定規模及び適正配置等に関する審議会委員について、Q:審議委員が和田、愛宕に偏っているのではないかA:学校長はニュータウンと既存からお願いしている。公募市民が広い地域からこなかった。後2名のうち1人も既存からである。Q:要綱はどうなっているかA:ある程度審議が終わったら通学区域についても審議してもらう。Q:情報は市民にどのように流すかA:審議会は公開している。公式ホームページに掲載するが、枠の問題、速記の問題があるのでどの程度にするかはこれから検討する。(3)平成15年度中学生海外派遣事業の中止について、ニュージーランドへの派遣を‘SARS’の問題があるので中止した。(4)多摩市市民大学開設市民懇談会における報告書について、名称・建学の精神・目的・事業・運営等の項目について提言を貰っている。今後、教育委員会へ座長にきてもらい、検討していく。(5)(仮称)唐木田コミュニティセンター基本設計について、敷地2657u、建築面積2600uであり、それぞれコミセン1200u、児童館・学童クラブ600u、図書館800uである。全体のコンセプトは‘和・話・輪’であり、15年度は実施設計に入っていく。Q:お風呂はないのか、全体的な予算はどのくらいかA:くらしと文化部が所管なので、事業規模など関知していない。 お風呂について質問したときに、委員長が「コミセン全体については、ここでは話せない、答弁できる立場の人がいない」と遮り、整理しました。案件の中味から行けば、このような質問も出てくることを予想して、くらしと文化部にも声を掛けていつでも答弁できるようにコーディネートするのも委員長の裁量ではないかと思いました。また、予算規模に対しての質問に部長が答えないというのは、縦割りを‘地で行く’そのものでした。 (6)多摩市指定天然記念物の指定について、現在、多摩市立幼稚園地内にある推定樹齢150年の欅の大樹が指定されました。(7)多摩中学校プールの市民開放について、学校開放の一環として今年は8月9日から8月22日まで14日間で料金は無料、個人開放とする。統括責任者・監視員・受付は業者に委託するが小さい子どもには高校生以上の付き添いを必ずつける。貴重品は何らかの方法で預かるが衣類などをしまうロッカーは使えない。 昼休みまでにだいぶ時間を残して終了しました。各委員会を傍聴して感じたことですが、新人議員が8人も、昨年の補欠選挙での2人を加えれば10人も新しい風となりうる議員がいるのですから、先例・慣例にとらわれず議会改革するためにも、まず所属する委員会から民主的に運営できるように声を上げてほしいと思います。 |
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2003.6.18(水) 不登校新聞を定期購読しています。6月15日号を今日の午前中かけて読みきりました。 創刊5周年記念集会「市民協力者会議」の特集号です。不登校・引きこもり当事者、文部科学省「協力者会議」の委員伊藤美奈子さんのトーク、それを受けて、フリースクールの関係者や不登校経験者の若者、不登校新聞の理事によるシンポジウムの様子が載っています。 小学校2年生から不登校している男性は去年の9月から千葉県の「子どもと親のサポートセンター」で週一回嘱託として働いているそうです。不登校経験を活かして、千葉県の不登校の子どもを支援してほしいとの話から仕事になったとのことです。 不登校の子どもを3人持つ女性はフリースクールのスタッフをしていますが、税金を不登校の子どもにも活かしてほしいと言っています。 やはり、不登校の子どもを2人持つ女性はフリースクールを始めました。早期対応と学校復帰というものをつなげないでほしいということ、家にいる子・フリースクールにいる子・学校にいる子それぞれに支援するのがいい、学校概念を残してもいいが、あらたに学校とはちがうかたちで、文部科学省に縛られず、子どもたちのオルタナティブな学び場、育ちの場を作っていく努力を続けたいというお話でした。 2人の息子が頑固に不登校を続けている弁護士の男性は、協力者会議の報告の矛盾を訴えています。学校が子どもの自立を促すという思い込みはまちがっている、むしろ学校へ行けばいくほど自尊感情を失って自己評価が低くなっていると感じると述べています。また、子どもたちが本当に休めて回復するには学校へのこだわりをなくすことが大事なのに、報告では「不登校を生まない学校の実現」に向かっている、報告書に‘子どもの人権’という文言がひとつもない、「大人たちが子どもから学びながら、子どもの人権ということをきちんと理解する」教育プログラムを考えていくことが必要だと提言しています。 長野県の「子どもサポートプラン」が始動し、県内7地域に「サポートチーム」をつくり、学校復帰を唯一の目的とするのではなく、子どもにとって最善の利益を考慮した多様な支援を行うとしています。 推進会議の委員17人中17歳の高校生2名を含む6名が不登校経験者、県の会議に子どもが入ったのは初めてだし、会長には不登校経験者の25歳・NPO法人日本型チャータースクール推進センター理事が選任されたということです。 私も議会では不登校に関しての認識を改めてもらいたいとかなり発言してきましたが、多摩市は東京都の、東京都は文部科学省の動向を常にうかがっているので、まだまだ、学校復帰させることに重点を置いているようです。抜本的な発想の転換を迫りたいと思います。 |
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2003.6.17(火) 今日も一日とても蒸しました。厚生産業常任委員会を傍聴してきました。委員長が欠席で副委員長が委員長代理を勤めました。陳情審査の一つ目は‘現在慣例的に用いられている学童クラブ育成室の児童一人当たりの面積基準の見直しと、より良い基準による今後の学童クラブ入所希望者数増加に対する対応を求める陳情’で、午前中いっぱい審査した後、資料請求があり継続審査することになりました。新たな設置が考えられない地域の学童クラブは条例定員に加えて施設定員を設けています。多少手直しをして育成室部分を広くして需要に応えようとしているのです。その広さは、保育所の一人当たり基準1.98uに対して、基準は法律で決まっていない中での学童クラブの平均は1.4uです。学校が週5日制になったことで子どもたちが学童に帰ってくる時間も遅くなったこと、平日は子どもたちも習い事が多く出席率も低いこと、などの理由で、一人当たりの広さが乳幼児より狭くても何とかなるような説明を繰り返していました。今でも学童クラブと学校・家との距離が大変離れている地域も多く不安もあります。陳情は大規模化による質の低下を心配していますが、もちろん1年生から4年生までの子どもたちが最高で90人集まったとしたらパートの方も含めて職員が10人いても目が行きとどかないのではないかと考えます。いまある施設といっても市の施設には限りがあるなら、地域の施設、民間の施設などを借り上げるなどの工夫をして小から中規模の学童クラブを作ってほしいと思います。 陳情二つ目は、「百草団地〜永山駅間のミニバス」の増便などを求める陳情です。5月16日からダイヤの変更があったが地域の住民の意向がどれだけ反映されたものかということと、増便するならともかくも減便された感があるということだと思います。審査の中で陳情者の話を聞きたいので継続にしてほしいという意見もあり、他にも資料請求して継続審査することになりました。議長が委員会に出席していたのですが、委員会の日程を決めるときに陳情者の都合では決められない、あくまでも委員と理事者側の都合による。会派ごとに陳情者から話を聞くのは自由ですが・・・。という内容を発言しました。私は、市民から出た陳情なのに何故?とかんじました。 |
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2003.6.16(月) 多摩市産後支援ヘルパー事業者研修会に出席してきました。今年の4月から健康福祉部児童課が子育て支援室になり、あらたに子育て支援係ができ初めての事業と思われます。 7月5日の広報に発表され、ヘルパー派遣は8月からということもわかりました。今日、参加した人たちは私も含めて産後一ヶ月以内のお母さんの支援をする為に伺う意思のあるメンバーです。市の制度ができる前から事業所の方針として産後支援してきた方たちが殆ど参加していました。市立健康センターの佐藤肇先生のお話では‘何しろ赤ちゃんはかわいいんです’という言葉が何度も出てきました。そのお母さんの産後2週間はゆっくりできるように、話をし合って、そしてサポートする、お母さんだけで子育てをするのではなく、みんなで子育てをしていきましょうという内容でした。 多摩市立保育園の三澤真知子先生のお話は、生まれた赤ちゃんの上の子のフォローをいかにするかが、その後の親子、兄弟姉妹関係に影響してくるので、上の子にストレスがたまらないように配慮することの大切さ、ほめて育てることの大切さを強調していました。 保健師の古川美賀さんからは産後のオッパイが出る仕組みを聞いたことが印象的でした。つまり、哺乳瓶みたいに最初からオッパイが‘おっぱい’の中に詰まっているのではなくて、赤ちゃんが吸い付いてくる刺激でオッパイが作られるそうです。(相談は支援室にどうぞ) ヘルパーが何でもしてしまうのではなく、お母さんが育児の主体になれるように手伝うことが大事で授乳とオムツ交換はお母さんに、そして相談に対して断定はしないこと、というアドバイスもありました。その後、経験談を交えながら沐浴の実習などをして研修会は終わりました。さて、8月から自信を持ってできるでしょうか?後一月以上あるので、アンテナを張っていろいろなお話を参考にしながら挑戦しようと考えています。 |
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2003.6.15(日) 昨日に引き続き日本ジャーナリスト会議主催の6月集会の模様を綴ります。 辺見 庸氏の基調講演後にイラク占領・北朝鮮・有事法制〜いまメディア・市民は何をなすべきか〜というパネルディスカッションがありました。コーディネーター小森陽一氏、パネリストきくちゆみ氏、李 鍾元氏、渡辺興二郎氏により行われました。 今回はきくちゆみさんについてふれたいとおもいます。昨日やっと田植えが終わりましたと報告するように彼女は、千葉県鴨川で自給的生活の場ハーモニクスライフセンター主宰、グローバルピースキャンペーン主宰、二男二女の母親、。遠くから見ているので、実際にはわかりませんがとても若く溌剌としてかわいい女性と言うイメージでした。 その彼女から「戦争中毒」と言う本を紹介され帰りがけに購入してきました。アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由という副題がついているこの本の作者は、ジョエル・アンドレアスと言うアメリカ人です。この本を監訳したのがきくちゆみさんで、訳したのがグローバルピースキャンペーンの有志の方々です。 何のために世界中に米国が軍隊を派遣して紛争解決をしようとしているのか、独裁政治から他国の国民を解放しようとしているのか、今回のイラク戦争前からいわれていた軍需産業、石油産業などの巨大な資本を持つ米国企業をさらに大きくするためなのだということが解りやすい漫画で描かれています。この本を読んだ日本の読者の手で、アメリカの子どもたちが軍隊システムの餌食にならないために、学校と図書館に「戦争中毒」を寄贈しようという運動をしている団体があることを紹介されましたので下記をご覧下さい。 記 「戦争中毒」を認知させる会 一口千円の寄付で、1冊の英語版が寄贈されます。 振込先:オープンジャパン 郵便振替:00980−5−12290 通信欄に「戦争中毒を認知させる会」と明記してください。 |
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2003.6.14(土) 御茶ノ水の明治大学リバティタワーに日本ジャーナリスト会議主催の集会「イラク占領、北朝鮮、有事法制〜いまメディア・市民は何をすべきか〜」に出かけてきました。 [基調講演]は辺見 庸氏で「私たちはどのような時代に生きているか〜2003年6月の風景〜」参加者は殆どが当日参加で用意したプログラムがなくなり追加するほどの盛況でした。 私はじかに聞くのは初めてだったのでかなり強烈な印象を受けました。最初に引用したのは、太平洋戦争末期に新聞記者をしていたアンザイヒトシという人の詩「すみれのはなのさくころ」でした。言論の自由のなかった時代の記者の苦しみはいかばかりだったことでしょう。死に行く特攻隊の兵士を取材するときにそれぞれ胸の中では会話していたかもしれません。が、殆ど会話はなかったようです。時間がきて記者に丁寧に挨拶して立ち去った後に踏みしだかれたスミレの花があり、そこがぱっと光がさしているような情景だったというような話です。取材した後の記事には‘いさましいことば’を羅列して、最後に検閲を恐れながらも‘スミレ’のことを書き加えたと詩では語っているようです。 辺見氏が言いたいのは、言論の自由の時代のマスコミが何故にこんなにも自分たちで規制をしているのかということだと思います。私も5月16日の朝日新聞の社説にはあきれ返って怒りすら覚えた一人です。有事法制関連法案が衆議院を通過したというのに、まるで他人事のような記事だったからです。辺見氏は社説を‘没思想、没理想’と言っています。私もあれからは、あまり社説は読まないで他の署名記事などを読むようにしています。 いまメディア、市民が何をなすべきかに対しては、実像を正視しようといい、有事法制が決まったことで‘ファシズムが来たと言うグラウンドゼロ’から始めようと呼びかけられました。国家が思想転向をしようとしている、そして私たちが思想転向を求められている、自分は無意識に転向しようとしていないかを常にチェックしていかなければならない、フランスの哲学者が現代メディアの5つの特徴をあげているが、まさしくファシズムの特徴である‘想像力を著しく奪っていく、現在性が歴史を無化していく、などがこの時代であることをしっかり受け止めて対抗していこうとのメッセージと捉えました。 |
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2003.6.13(金) 朝から優雅な時間を過ごしました。たこの木広場の掃除実習の前に現地に早めに着いたので、できたばかりの乞田川沿いの親水スペースに下りて鴨の水浴びを見たり、白鷺がたたずんでいる姿を眺めたりして過ごしました。まだ時間があるので、合唱祭に向けて、泉のほとり、川、モルダウの流れの練習をしました。そこで思いついたことは、‘ここを舞台にして、対岸を観客席にしてパフォーマンスをしたらいいんじゃない’ということでした。まずは一人でリハーサルをして実験してみます。 午後は移動のガイドヘルパーを初めて経験しました。男子高校生を最寄の高校まで送る内容です。永山駅で待ち合わせをして小田急線に乗り新百合ヶ丘で乗り換え町田まで行きました。彼は通常は車で送迎を受けていますが、金曜日は歩きで通っているので方角は大丈夫と関係者から聴いてはいたのですが、町田という街は賑やかだし、道は複雑だし、マックなどの彼にとっては入りたくなるような店が軒並みなので学校まで無事に行き着くか心配でした。 それでも、永山を出て40分後に町田高校に辿り着き、彼の指示どうりに昇降口の階段に座り込み汗を拭きながら昼間部の学生の動きをつぶさにみていました。5時になると6〜7人の先生が出てきて正門を夜間部の学生のためにあけるということで、遠く離れた通用口から出なさいと指示していました。抵抗している学生もいましたが大体は素直に従っていました。何故あんなことをする必要があるのかと不思議でした。そうこうする内に、彼に声を掛けてくる同級生(?)や先生がいて嬉しくなりました。5時20分に担任の先生(?)が迎えにきてくれて、私のガイドヘルパーとしての仕事は終わりました。 障害者の社会参加を当たり前にするためにガイドヘルパー制度があり、その一部を4月から支援費で賄い足りない分を自費で補っています。当事者・家族・関係者の実績への理解がやっとここまで来たのかと感慨無量でした。しかしまだまだ厚生労働省も、都の福祉局も、市の健康福祉部も実態把握ができていない部分がたくさんあります。早急に現場を知る機会を増やし、実態把握をして、支援費制度を充実させてほしいものです。 梅雨の晴れ間に満月が美しく、月の光を大切にしたいと電灯を消して床に就いたら、いつの間にか寝入ってしまいました。 |
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2003.6.12(木) アジア・ヒストリーという市民活動団体があります。私もそのメンバーの一人ですが、今年の夏の終わりに朝鮮半島に想いを馳せる集会を持つことが決まりました。今日は、その実行委員会を立ち上げるための呼びかけがありました。声高に有事法制反対を唱えるのではなく、静かに一人ひとりの心に響くような企画を考えています。 今日は、在日の(三世?)大学生の女性、その友人(日本)大学院生も加わり話が発展しました。東アジアと戦前の大東亜は同じように考えているのか、キムチなど韓国料理が人気だが、どのような背景からキムチが生まれたかなど理解してこそ文化の交流になるのではないか、日本海といわれる海は朝鮮半島と「暮らし」でつながっているのだ。 若い人たちとこういう話ができることはすばらしいことです。大学で学んだことだけではなく、韓国の留学生と交流している中から感じ取った上での発言だと思います。 米国も日本政府も朝鮮半島の統一は望んでいないのではないか、本来なら他国がどう思おうと当事国が考えることなのですが、まだ日米とも支配しているような感覚を持っているのではないでしょうか。 他国のことではなく、日本が、いや人間がしたこととして、歴史的な数々の人権侵害をしっかり認識することから将来が見えてくるのだと私は考えます。 今日の朝日新聞朝刊、「私の視点」に経済産業研究所研究員 劉 さんが日韓関係 天皇と日王、そして訪韓 という投稿をしています。最後の段落に「天皇の訪韓は日本政府が検討する問題だ。しかし、多くの韓国人はノムヒョン大統領が強調したように「未来」の視点で天皇を見つめ始めている。天皇が、桓武天皇の生母の故郷である百済の白馬江のほとりを歩く時、韓国人は新しい時代を感じるだろう。」と結んでいます。私は、韓国の人が投稿したから読めるのであって、歴史認識の薄い日本人がこの内容の投稿をしていたら読むことはできません。 なんと、思慮深く寛容な精神の持ち主であることかと、頭が下がりました。 |
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2003.6.11(水) 多摩市議会6月定例会4日目の一般質問を傍聴しての感想などを述べます。 不況の中での中小業者支援について、Q土木建設業についても実態を把握する必要があると考えているか、A必要だが、市としては難しい。中小企業の景況は東京都がしている。Q土木建設業・商業・農業を営んでいる人たちが今年の10月までにディーゼル車の買い替えをしなくてはならず負担になっていると聞いているが実態はどうなのか。A環境部として都制度を使った台数は把握している。Q多摩市商工会議所に3000万円の補助金がでている。市内の景況調査などできないのか。A情報交換は活発にしている。 私も、商工会議所に対しては一言申し上げたいと思っていました。今年の3月末に市内業者の名簿が議員に配布されました。とても立派なもので何故こんなにお金をかけたのかなと疑問に思いました。また、ホームページを開いてみたのですが、何とカワセミが動くしかけがしてあったのです。そして、データは多摩市独自のものはありませんでした。名前は会議所になって予算も増えたのに内容はいまひとつです。予算をもっと有効に使ってほしいものです。 東京都の元職員だった新人議員の内容がおもしろくて思わず笑ってしまいました。業務核都市に多摩市が加わるときの東京都の文章は現状を正しく認識したものではない。企業誘致するには民間が参入しやすいようにデータをしっかり把握するべきである。市民参加の委員会などの事務局を担当したことがあるが、最初から事務局の結論ありきになりやすい。等など、理事者側にしてみればかなりやりにくい人が当選したものだと思っているのではないでしょうか。 |
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2003.6.10(火) 6月の定例会が始まって3日目、仕事などの合い間を縫って議会傍聴を続けています。新人議員の一般質問が毎日あるので、傍聴席も初めての方々が多いようです。 「議長さんは偉いわね、身じろぎもせず座り続けているのだから」「寝ている議員もいたわよ」などなどの話をバス停でしている傍聴帰りの女性たちがいました。 今日の質問で気になったのは、水道事業の都営への一元化の問題です。多摩市内で唯一、地下水を共同井戸を掘って組合管理している地域のことです。私も以前地域の方からおいしい水の事を聞いていたので、この先どうなるか不安です。メリット、デメリットそれぞれある中で、長い間住民自治をはぐくんできた地域の特殊性を大切にしていただきたいと考えます。多摩市は東京都に対して今日明日にも返事をしなくてはならないと思わないで、地下水の涵養のための方策を進めてほしいと思います。 |
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2003.6.9(月) 「NPO子育て応援団そらいろのたね」に入会届けを送りました。サポート会員募集中のチラシを見て私にもできそうな仕事だなと思い持って生まれたチャレンジ精神で即決。 子育て応援団「そらいろのたね」は、サポート会員によって運営する非営利団体です。多世代の学びあいを大切にしています。 子どもが健やかに、心豊かに育ち、お母さんがゆとりと夢をもって子育て期を過ごせるよう応援します。仕事と育児の両立、女性の就労支援をすすめ、安心して利用できるサービスの提供と人材育成に努めます。活動中の万一に備えグループ総合補償制度に加入しています。 孫を3人持って、共働きの母親の大変さ、専業主婦の母親の大変さを身近に見るときに、やはり黙って見ている訳には行きません。精神的なストレスがたまらないようにと気を使います。家族の中だけではなく、仕事として自分の経験を活かせたらなと本気で思っています。 |
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2003.6.8(日) 突然ですが「たん吸引」といわれて何のことか解る方はいらっしゃいますか?パソコンでも変換すると「探究印・探求・単級・単級・たんきゅう・タンキュウ」と出てくるぐらい専門用語なのです。去る5日付けの朝日新聞にこの言葉が載っていたので切り抜いて置いたものを、今日読みました。私は、殆ど毎日、家人の入院している病院を訪れているので、「たん吸引」の現場を目の当たりにしています。記事の内容を私なりに要約して最後に私の意見を述べさせていただきます。 新聞の「キーワード」欄には”たんの吸引 たんは気管や気管支の粘膜から出る分泌物が主成分。健康な人でも1日に相当量が分泌される。のみ込んだり吐き出したりできなくなると、気道に詰まって窒息する恐れがある。ALSなどが進行して呼吸筋がまひし、気管切開して人工呼吸器をつけると大半の患者が吸引が必要になる。人工呼吸器を付けていなくても吸引を必要とする患者は多い。”と、説明しています。 従来は、医師や看護師か、例外的に患者の家族にしか認められなかった医療行為である「たん吸引」を家族の負担を軽くしようと、厚生労働省の検討会がALS在宅患者を対象にヘルパーらにも条件付で認められることになりました。 検討会の報告書では、「吸引はヘルパー業務ではない」と明記してあり、ヘルパーが医師や看護師と連携をとり、患者の同意や依頼を受けるのは事業者でなく、ヘルパー個人、と位置づけています。つまり吸引の部分だけは、ボランティアとして関与することになるのです。 今回、検討会がヘルパーに吸引を容認したのは「在宅の患者」のみで、「施設の患者」は対象になっていません。重い身体障害者が生活する「身体障害者療護施設」は、入所定員50人に対し看護師の配置基準は2人、夜間は看護師がいない現状もあるそうです。 厚生労働省は、施設の看護体制が厳しいのは認めつつも、「介護職の吸引が必要なのかというと、実態を調べないと・・・」(障害福祉部)と歯切れが悪いそうです。 介護保険が導入されて3年が過ぎ、市民の負担はどのように軽減されたでしょうか。たん吸引が医療行為である以上ALS以外の必要とされる患者、たとえば脳血管障害患者の病状が安定しても、介護保険施設には入れません。まして、在宅でヘルパー派遣を利用しながら、少しでも費用負担を軽減したいと考えても「内緒の」さらに「内緒の」関係でしかお願いできないことになります。 厚生労働省が今回の検討会の報告書で「たん吸引」をヘルパーに容認したきっかけは、日本ALS協会が昨年11月、筋ジストロフィーや脊髄損傷、小児難病といった患者団体と協力して17万人分の署名を集め、坂口厚生労働相に要望書を出したことから見直し作業が始まったとのこと。同大臣は今後、対象を拡大していく考えを示したそうであるから、患者団体だけではなく、病院、施設、等々が一体となって患者も家族も職員も法のもとで守られるようにしていきたいものです。 |
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2003.6.7(土) 多摩市失語症友の会である「こだまの会」の定例会に出席しました。当事者の方だけで15人、はしゅっせきしていました。家族5人、ボランティア10人、見学者は多摩市議会議長小林義治さんも含めて5人で、一人でも多くの理解者を増やせたらなあと思っています。 会の進め方は、司会・テーブルごとの発表は当事者がします。黒板に書くことがある時・定例会の記録は書記が役割分担して担います。 毎回、一ヶ月間の近況報告を当事者が会話パートナーの支援を得ながら順番に話します。 失語症と一口で言っても一人一人症状は違いますので会話パートナーはその部分を理解するまでには時間がかかります。家族の方から助言をいただいたり、ST(言語聴覚療法士)の方から教えていただいたりしながら、パートナーらしくなっていきます。 今日、あらためて思ったのは、誰でもひとりひとり想いも、できることも、ちがうのだなということでした。 |
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2003.6.6(金) 6月定例会の初日、午前中は所用があったので、午後から傍聴に出かけました。1時30分なのに一般質問の3人目の半分の時間が消化されていました。議員の定数が2名すくなくなっても、今までどおり20名以上の質問者がいるので一人の持ち時間は30分に決まったようです。質問項目がたくさんあるのに議論しきれないで終わっているなと感じましたが、今回の様子を見て持ち時間を検討してほしいものです。 理事者側の答弁は市長をはじめとして活気がないなと思ったのは私だけでしょうか。新人が8名も初体験しているのですから、もう少し緊張感がみなぎるようなやり取りをしてもらいたいものだと感じました。 |
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2003.6.5(木) 昨日、多摩市議会議会運営委員会が開催され6月6日から始まる定例議会の運営について話し合いがされました。改選前に公明党会派と私(末木)から菊池議長あてに申し入れ書を出したものがどのように扱われるか知りたいところですが、傍聴には行けませんでした。 前日の代表者会議では、資料として二つの申し入れ書が出されていたそうですが、議会運営委員会では公明党会派から出されたものだけが、資料になっていたとのこと。どうしてそうなったかの質問に対しては、会派から出された物だけを取り上げることにしたということ。どこの場でそのように決まったかは不明のままです。 3月24日に議長に出した申し入れ書の内容はこのホームページにも掲載していますので、ご覧いただいていると思います。議会改革をしていきたいとその抱負を語って議長に就任した方に直接議長室で議会事務局長も立会いでお渡しし、改選後の議長に引き継ぐと約束をしていただいたものです。約束を守っていただいているはずですから、新議長が引き継がれたものを独断で議会運営委員会に資料として出さなかったのでしょうか。だとしたら、議会運営委員会の委員長はその判断をよしとするかどうか、委員会に諮るべきだと考えます。 交渉会派(3人以上)でなければ、議員として議会運営に口を出せないと言っているのと同じ今回のやり方はおかしいと思います。経緯をきちんと聞いて、納得のいくようにしたいと思います。 |
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2003.6.4(水) 孫二人の予防注射に付き添いました。受付、問診、母子手帳記入、注射と小さい方の子どもを抱いて受けましたが抱き方から指導を受けました。注射の後は大声で泣かれて大汗をかいてしまいました。 少子化といっても会場には若いお母さんと子どもがたくさんいて嬉しくなりました。係りの方にたくさん来ていますね、と声を掛けると、昨日は今日の3倍で300人ぐらいでしたよ、という答えがかえってきました。 6月1日(日)朝日新聞朝刊35面社会欄に「腸閉塞を放置 男児死亡」「再三訴えやっと診察その後数時間診ず」という衝撃的な記事が載っていました。東京都の外郭団体「東京都保健医療公社」が運営し、診療は13科あり中でも小児中心の救急外来の充実を掲げている、となっています。小児科は手間ばかりかかってお金にならないというのが定説でその道を選ぶ学生も少ないのかもしれませんが、乳幼児期を安心して過ごすためには、信頼できる小児科医を持つことは欠かせません。医療報酬の改革はこの辺にも力を注いでほしいと考えます。つまり、小児科医になっても採算が合うように改正するべきだと思うのです。 政府の「次世代育成支援対策推進法案」と連動して、自民・民主・公明などの超党派の議員が「少子化社会対策基本法案」を提出して、5月28日から衆議院内閣委員会で質疑が始まっています。企業内の福利厚生のメニューに結婚情報サービスの提供を入れるなどの事例を出したり、不妊治療にかかわる施策を国と自治体が講じるよう求めた条文がある基本法案については、若い世代の意見を聞くための公聴会を開くなどして、十分に時間をかけて論議してほしいと思います。 今、私たちに問われているのは、生まれてきた命を不条理なことで失わせてはならない、その為に私たち今を生きるものは何をするべきか、ではないでしょうか。 |
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2003.6.3(火) 6月に入ってもう3日目、すごく時間が早く過ぎていく気がしてなりません。年齢のせいでしょうか。そういえば4年ぐらい前までは、いろいろなスポーツに興味を持っていて、大相撲・高校野球・プロ野球・サッカー・新体操等々、すべてテレビ観戦をしていたものです。年齢を重ねるにしたがって、特に議員をしていた時は、片付けなくてはならないことを早め早めにしておかないとと、、いつ何時ハプニングがあるかわからないので、そのように心がけていました。 今はフリーなのでゆったり過ごせるはずなのですが、長年の習慣で相変わらず手帳の日程欄は真っ黒です。そんな今日この頃ですが、先ごろ大相撲では寺尾関が引退し断髪式が終わったと新聞に出ていました。ずっとファンだったので、とうとうその時がきたと淋しい気になると同時に、もう相撲を観ることもないだろうなと感じました。また、プロ野球の松井選手がニューヨークヤンキースに入団したときから、活躍は祈ってもテレビをあえて見ようという気にもならなくなりました。 子どもの頃から多趣味の母親に連れられてスポーツでは六大学野球、都市対抗野球、プロ野球を神宮球場に見に行ったことを思い出します。20歳のときだったか早慶戦で接戦の末、慶応が負けたときには思わず泣いてしまうほどの気の入れようでした。後に私も宗氏換えしましたが、今年の早慶戦では早稲田が勝ち完全優勝を果たしたそうです。神宮の杜の緑がひときわ濃さを増す頃の年中イベントの悲喜交々が初夏を彩ったことでしょう。 私も母に劣らず何に対しても興味を持ち首を突っ込む方ですが、そろそろ整理していかないと身が持ちません。 以前は自分の体力にも自信があったので徹夜しても翌日の議会では居眠りもしないで質疑・答弁を記録したものでした。でも、節目を迎えるとそうも行かないことは体が教えてくれます。公務はなくても自分の役割を果たすためには健康を保持しなくてはなりません。暴飲・暴食・睡眠不足はしないように心がけています。 |
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2003.6.2(月) 今日は午後3時に参議院議員会館で待ち合わせをして、有事法制・メディア規制法に反対する多摩市民実行委員会として、東京都選挙区選出参議院議員8名に下記の要望書を提出してきました。あいにく、委員会、視察などで不在者が多く、直接お会いできたのは緒方靖男議員だけでした。明日午後に参考人質疑があり、明後日に委員会採択、金曜日には本議会へという日程になるので、今日私たちが要望書を持ってきたことはタイミングよく、勇気百倍の行動だと感謝されました。 要望書 参議院議員各位には、ご健勝にてご活躍のことと存じます。さて、私たち、「有事法制・メディア規制法案に反対する多摩市民実行委員会」は、5月15日、衆議院を通過し、参議院の有事法制特別委員会で審議されている「有事三法案」に、のちに述べている理由などから、採決には、反対し、同法案を廃案にしてもらいたく、要望書を持参しました。 有事三法案は、与党案に民主党修正案を加え、与党と野党第一党の話し合いのみで、修正案を含む国会での徹底討論も行わず、どこが修正されたのか、国民が知る時間的余裕すら与えないままに衆議院を通過してしまいました。 修正したからといって、日本国憲法に違反した、戦争をする国になることには、変わりありません。だからこそ、過去に、植民地支配を受けた、韓国の国会議員有志からも「我が議員たちと大韓民国の国民は、有事法制が過去のアジア諸国家と国民たちに大きな痛みを与えた、不幸であった戦争の歴史を再演しうるということに対し、深刻な憂慮をもっております。」とのメッセージが届いたのではないでしょうか。 また、基本的人権は守られたとの修正案でも、戦争に反対し、拒否することにたいしては、罰則付で協力を強制する、最大の基本的人権破壊はなんら変わっていません。 特に、指定公共機関を政府が指定することによって、民間企業・民間人まで強制的に戦争に動員することは、私たちは断じて認められません。 ぜひ、良識の府といわれている参議院で徹底討論をし、恒久平和を願う日本国憲法との乖離を明らかにして、否決、廃案にしてください。 最後に参議院議員の各位に、あえて書かせていただきました。「日本国民は、恒久平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するものであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と平和を保持しようと決意した。われわれは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」(憲法前文)私たちは、この憲法がもとめている方向に、議員各位が行動されることを、強く要望いたします。 以上 |
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2003.6.1(日) 多摩市には福祉関係のNPOがたくさんあります。昨年に法人格をとった「まくら木」もその一つです。今日は、その総会に正会員として出席してきました。関連NPO通信の定期購読者だったことから、昨年の設立時に会員になったものです。 その方針は、2002年度事業報告[事業実施の方針](2002年度定期総会抜粋)として、”障害当事者が地域の中で「その人らしく」暮らすためには、様々な支援が必要です。当事者が主体的に行政が保障する支援制度を利用できるように、私たちはその担い手としての活動を行っていきます。”とあります。 2003年3月13日には、東京都障害者居宅支援事業者指定をうけ、2003年度より市外の障害当事者に対する派遣が出来るようになりました。知的障害者への支援はコーディネートを特別ていねいにしなくてはなりません。折角うまくいっているのに、支援費導入によって他市の人への派遣が出来なくなることは社会的な資源の損失になります。その意味でも東京都の指定を取ることはとても意義があります。 多摩市、東京都にまくら木の存在意義を認めさせたのは、多摩市の中で「たこの木クラブ」というNPO団体で10年以上障害者(児)と共に生きることを追求し、行政と交渉を続けてきた結果だと考えます。若い方たちが入れ替わり立ち代わり「たこの木ひろば」にきて当事者と交流し、関係性を築き巣立っていくというように、あるときは通過点になっているともいえます。この経験は彼らにとって大切なものになっていると思います。「たこの木通信」を読んでいると、関係性を築くまでの苦労話や、関わってきたけれどやめていく人たちの感想にそのことが現れています。 支援費制度が始まったばかりで、国・東京都・市とも試行錯誤の状況なので新年度の予算もどこまで見込めるか等、明確に打ち出せない部分もある、という説明も受けました。何よりも大切なことは、当事者を中心に考えて、他の事業所とも連携をとりながらやっていきたいとの理事長の決意で全ての議案が承認されました。現場から、よりよい支援費制度になるように発信していきたいと思います。 |
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2003.5.31(土) 5月に台風が四国に上陸したのは1965年以来ということでした。東京は、特に多摩市では強い風も吹かずに雨が一日中降っていたぐらいでした。 NPO法人ごみ・環境ビジョン21のビジョン座の練習を見学してきました。明日の日曜日に、昭島市の消費者祭りに招かれたということで、最後の仕上げをしていました。 ごみの減量に向けて子ども達にもわかりやすく、しかも楽しく過ごせるようにいろいろと工夫を重ねていることが伝わってきます。公演をする自治体の環境政策がどのようになっているかも、前もって調べることもしています。 私もかねてから啓発事業は寸劇などで見せていくことによって効果が上がると思っていたので、ビジョン座に入れてもらって少しでも役に立ちたいと考えています。 |
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2003.5.30(金) 「根津さん処分反対」の運動を振り返ってという集会に参加してきました。 一昨年来、多摩中学校で起こった出来事は何だったのだろうかと冷静に振り返り分析できたような気がします。家庭科の授業で従軍慰安婦について取り上げたことは、どの授業でも人権問題を取り上げてよいという教育委員会の考え方からすれば問題ありません。それなのに何故、校長は子ども達や保護者に対して学習指導要領に書いてないことを根津先生が授業で取り入れているなどと吹聴したか不思議です。多摩市の基本的な考え方を踏まえないで、ただただ上意下達で一人の教師を処分するために、保護者・子ども・管理職を使ったといわれてもしかたありません。臨時保護者会はどこの学校でも何か事件がおきるとやります。しかし、多摩中学のそれは、いかにも唐突だし、一部の保護者以外は何のためのものかも解らないで出席していたと思います。その中で当事者となっている教師は何も言えない状況にして決議のようなものまで上げてしまうような運営はどう見ても民主主義に反します。変だなと思っても誰一人声を上げられないような異常さがそこにはあったそうです。参加した人全員がきっと後味が悪いものを持ったままだと察します。学校でも地域でもその後、根津さんに関わることを口にする人がいないということを聞きましたが、それはとりもなおさず地域では生かされてないということではないでしょうか。 議論もなく、一方的にことが進むときには誰かがブレーキをかけないと危険です。冷却期間をおいてもう一度意見を持ち寄るなどの工夫をすることも必要です。 幸いにもというより当然ですが、根津さんは指導力不足教員にはなりませんでした。そのかわり片道90分以上かかる調布市の中学校に過員として配置転換させられました。本人が参るまで、執拗にこういった手法を取り続けるのではないでしょうか。 根津さんのことは全国に知れ渡っているので不当な処遇に対してきちんと物を言っていこうとする勇気の元になっていると思います。多摩中学校だけの問題と捉えないで、人権問題、教育問題として多くの市民が諦めなかったことが今日に至ったと思います。 |
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2003.5.29(木) NPO法人プレイルームゆづり葉の家のボランティアをしてきました。私は、一週間に2回それぞれ各3時間ずつ子ども達と過ごします。知的障害児の放課後活動ということで、多摩市の中で25年間私費を投じてやってきた方が理事長になり法人にしました。世代交代しても子ども達も保護者も行き場がなくならなくするためにも、今から道筋をしっかりつけておかねばなりません。 多摩市の学童クラブは小学校の3年生までで、障害児の場合は特別に4年生まで延長できます。でも枠が少なくて、それぞれ1〜2名しか受け入れられません。これでは現状に即していないので、行き場が必要なことは明白です。小学校の高学年から高校生までの放課後を過ごせるように、安全に、その子らしくと心配りをするのは行政ではできないことです。 NPOなどという言葉が日本中に広まるずうーっと前から税金からの補助金も受けないで実践してきたことが実績として認められないという仕組みが現実です。子ども達と親の関係をよりよくするにはどうすれば良いのか、親たちが何を望み、子ども達はどうしたいのか、じっくりと相談に乗り受け入れてきた結果、今では月曜日から土曜日まで毎日子ども達が入れ替わり立ち代わりプレイルームに帰ってきます。学童クラブで受け入れられなかったら、その子ども達はどうするか、どうしているのかを追跡調査していれば、当然、市でも市民の陰の力を知ることができたことでしょう。行政の為すべきことと、市民との協働でできること、市民の為すべきことをしっかりと認識する必要を感じます。役所が申請主義に徹底してきた結果、特に福祉分野では大きな矛盾に突き当たっている昨今です。 |
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2003.5.28(水) 夏のような暑さの一日でした。とはいっても後4日で6月になるのだし、旧暦ではとっくに夏になっているのですから、学校の制服の決まりのようにはいかないと、’天気’は笑っているかもしれません。 コーラスで思い切り声を出した後、外へ出ると夕方の5時というのにまだまだ日が高く、このまま家路につくのはもったいないように思いました。ふと、私を待っている人が病院にいることを思い出し一路、相変わらずサッソウト自転車で下っていきました。この道の往きはずっと続く上り坂なのですが、復りはその分とても楽なのです。 病室では時々付き添っている家族同士で話をすることがあります。病人が目の前にいるわけなので費用のことなどは手話(?)を使いますが、長期にわたる入院生活が物心両面でいかに大変かの話になります。長期というのも、一年でも二年でも初めての経験の人にすればそう感じるでしょうし、十年、二十年経験している人から見れば短期に過ぎないでしょう。 いずれにしても、想像以上の経験をしていることに違いありません。そうした中で、今の診療報酬の体系による3ヶ月毎の転院に関する相談への対応は家族には大変な苦痛となっています。仕事を持っている人はその合い間を縫って、方々探さなくてはなりません。本当に患者にとって良い場所かどうかの判断をする時間的な余裕がないのです。やっと見つけて入院した時、新しい環境の中で自分をなじませていく努力は並大抵のものではないと思います。 医療改革を抜本的にするといっても、そうした根本的な部分、人権に配慮した部分を第一に考えたものにしていってほしいと思います。 |
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2003.5.27(火) 多摩市の合唱祭に向けてどこの合唱団も練習に余念がないと思います。私も久しぶりに仲間に入れてもらって毎週水曜日に歌っています。 今回は持ち時間が3分ということで、ロシア民謡〜泉のほとり、スメタナ作曲〜モルダウの流れ、橋本国彦作曲〜川の3曲を歌うことになっています。それぞれの歌の詩を縦書きに書くことによりその情景を思い浮かべることが出来ます。ロシアもヨーロッパも行ったことがないのでどのぐらいのスケールの泉なのか、川なのか想像するのも難しいところです。 日本の川にしても、東京の山の手線内の地域で育っているので、川らしい川は身近にありませんでした。三多摩に移り住んで多摩川を知りその自然の姿に感動しています。しかし、多摩市内を走っている乞田川、大栗川、大川はその流れも人工的に変えられてきています。先日も治水工事ということで、護岸の取替え作業をしているところをみていました。古いコンクリートがはがされ新しいものに変えられていくその過程に急に大雨が降り出したときがありました。その前まで工事用のユンボや土嚢が水際にあったのですがほんの2、30分の間に水嵩は増して濁流とかしなにもなくなっていました。私の想像では水際にあったものは全部下流に持っていかれたんだと思います。 少しの蛇行もないこの川は、ただの水路です。自然復元することに税金を使えばよいと考えるのですが、親水事業も併せてしているのでテラス風にしベンチなども配置しています。しかし、相変わらず両岸にフェンスはあるので自由に’親水’できるわけではありません。 27日の朝日新聞夕刊3面’地球に虫めがね’のドナウ 統合の瀬音、環境保護へ流域国協調という記事が目に入りました。ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアと流れ黒海への旅路を続けるドナウ川流域で湿原回復に力を入れている内容です。川全体の環境保護に向けた動きはまだ緒に就いたばかりとはいえ流域国の治水計画のおおはばなみなおしをさせたのは1980年代からの市民運動の成果です。 ’自然との共生’をどこまで真剣に考え、実行していくかは市民の肩にかかっているのではないでしょうか。市内を流れる川の管轄は東京都ですが、あくまでもその工事費も含めて市民の税金で賄われているのです。市民の望んでいる方向に税金が使われているかのチェックが足りない気がしてなりません。 『川』を歌う時に、美しい流れの川、時には激しい流れになる川、身近な川での想像が十分膨らませるような、そうした川になってほしいと願って、おやすみなさい。 |
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2003.5.26(月) 朝日新聞朝刊34面(第2社会面)の記事に(要約すると)教育基本法は見直すべきなのか、文部科学省が昨25日新潟市内のホテルでシンポジウムを開き、その名も「教育改革フォーラム」、基調講演は法改正の必要性を文部科学相に答申した中央教育審議会会長の鳥居泰彦氏。その内容も’終戦直後のどさくさの中で作られた法律で、いろいろと問題がある’とし、その例として不登校や学習意欲の低下などを列挙した上で、英米など諸外国が教育改革に取り組んだことを紹介し、’日本も改革にあゆみださなければ’と説いた。その後のパネルディスカッションで、藤田英典・国際基督教大学教授は’欧米諸国の教育改革では、日本の教育はむしろ優れた事例として言及された’、’不登校や学力問題の現状を基本法改正で変えられるとは思わない’と対立した。とし、その後の激しいやり取りを載せていました。 私は、議員としての最後の議会報告にも載せましたが、2003年3月定例会で審議された『教育基本法の改定に反対する意見書の提出を求める請願』に対して、次のような主旨を述べて賛成討論をしました。 1947年施行の現教育基本法を大切にしないで、ひたすら経済発展の為に走り続けたこの国のあり方を反省せずに改正することは納得いきません。郷土・国を愛する心の育成を強調し、能力・競争主義のもと強者の論理による教育の再編を促す内容です。法律は『行動』を律するもので『精神・こころ』を律するべきではありません。 1947年に小学校に入学し、爾来、新しい憲法と、教育基本法で教育を受けてきた者として、鳥居会長の言うようにこの基本法を変えないと現状を解決できないとは思えません。 不登校についても、それを問題視するか、個人の選択の自由を保障するか等にどうして思考の回路を発展させられないのでしょうか。また、学力の低下に関しても、学習要領にしばられないで考えさせたり、自分の言葉で発表させたりする機会を増やしたりすることで変わってくると考えます。ただ、テレビ、テレビゲームなど一方的に流れてくるものに身を任せていたら、自分で考える機能は低下していくのではないかと危惧するものです。昨日も書き込みましたが、本を読んだりラジオを聴いたりして想像力を働かせることも人間に与えられた大切な能力です。 現状を憂うのなら、教育基本法のせいにしないで日本の大人たちのしてきたことの付けが子ども達に及んでいると反省するべきで、’終戦直後のどさくさの中で作られた法律’等と二度と表現してほしくありません。 |
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2003.5.25(日) 2週間ぐらい前に息子から「アルケミスト」という本を借りて読んでいます。副題は’夢を旅した少年’となっていて、著者はブラジルのパウロ・コエーリョという人気作家の日本語訳本です。今まで全く知らなかった作家ですが、ちょっと読み始めたら青春時代に出会って今も愛読書になっている「星の王子様」のような出だしなので、思わず引き込まれて読んでしまいました。挿絵は一つもないので想像力を発揮しながら情景を思い浮かべて、とても楽しいときを過ごしました。 人生の目的が旅をすることである’羊飼いの少年’が、続けておなじ夢をみたことで、ピラミッドのそばに埋まっている宝物を探すことが人生の目的になったことで始まるのです。途中で金持ちになったり、オアシスでの相談役になったり、運命の出会いとなる砂漠の娘と恋愛したり、何度も夢の追求をやめるきっかけはあったのです。しかし、そのたびに自分の’こころ’と話し合って信念を持って目的を果たすために進みました。 日本語訳者である山川紘矢・山川亜希子さんが’あとがき’で、「現代人は夢を忘れてしまった、とよく言われます。子供たちは学業に終われ、自分の本当の夢が何であるか、覚えている暇も見つけ出す機会も失っています。夢を諦めずにその夢を生きることがいかに大切であるかを、この本は私たちに教えてくれるのではないでしょうか。子供から大人まで、全ての方々に楽しんでいただきたいと思います。」と記しています。 自分で考えることをしないで、人のしていることをまねるだけだったり、人の言うことを何の疑いもなく聞いているだけでは、人間の人間たることに疑問が持たれてしまうのではないでしょうか。 |
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2003.5.24(土) 地方分権と自治を考える会の「NPO街の研究所通信第5号」2003年6月15日発行予定の編集会議を行いました。編集責任者のSさんに7月いっぱいで仕上げたい叢書作りに専念していただくため、しばらくはメンバーが分担して調査したものを原稿にすることになりました。なかなか格調高いものは書けないかもしれませんが、シンクタンクとしての役割を少しでも担えるようになればと考えています。 有事法制案に対する反対運動が一向に大衆的なうねりにならないのはなぜか、平和憲法の成り立ちの経緯が忘れられた或いは知らないからではないか。200万人の兵士の非業の死、非戦闘員を含め300万人の失われた命に思いを馳せながら作られたということを、実感できないからではないか、この事態をどう捉え考えて自分たちの役割を果たしていけるのか、という大きな課題も投げかけられました。 夜には、多様な人権問題に取り組んできた「アジアヒストリー」の会合に参加しました。6月下旬に予定されている日朝問題も含む集会に講師としてお願いしたいと考えていた方から断られたという話がありました。有事法制法案を廃案にしたかったら、みんなで断食でもしたらともおっしゃったそうです。 昨日も書き込みましたが、本当に真剣さ、本気さが日本人全体にかけていると思います。 |
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2003.5.23(金) 共有のスペースを持って発信の拠点にしようという集まりに出席しました。多摩センターの駅至近、乞田川べりの6階なので見晴らしもよくニュータウン通りから一本中に入っているので車の音もさほど気になりません。 10人の女性と1人の男性が、それぞれ何をしたいか等の夢を出し合いました。 フェミニズムの勉強会、カウンセリングの場、高齢者福祉の取材を重ねたことを活かす場、プロデュース、子育て応援団、NPOの拠点、政策作り・学習会、全体での講演会、出版等々。 60代の方から、’今、子育てをしている世代の親としての責任を果たすためにも20〜30代との接点の持ち方の模索をしたい’という発言があり、30代の方からは、’若い世代が引き継ぐべきものを少しでも早く吸収したい’という思いが語られました。また、’今日が The Last Dayだと、いつも思っている’その中で何をしてきて今後何をしたいかを話された方もいました。 出し惜しみをしないで、精一杯’今を生きる’姿を子どもたち・孫も含めて見せていきたいなと思った一日でした。 |
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2003.5.22(木) 朝日新聞朝刊社説に20日の参院有事法制特別委員会での、自衛隊は軍隊なのかと問われたときの小泉首相の答弁は、『実質的には軍隊だ。いずれ憲法でも軍隊と認め、しかるべき名誉と地位を与えるべき時期が来ると確信している。」でした。 とうとうその時がきたという感が否めない首相発言ではありませんか。国民も日本の憲法第九条は誇りに思っているし、世界中の人々も注目しています。 今日は、有事法制・メディア規制法案に反対する多摩市民実行委員会が開かれました。16号のニュースに5月14日付け韓国の国会議員有志30名から日本の国会議員あての「アピール」が掲載されています。全文紹介を以下にいたします。 尊敬する議員各位 韓日両国の未来志向的な同伴者関係の強化を望む心から、大韓民国国会議員30名の文章をお送りいたします。 本日もしくは明日中に日本の国会で有事法制の3法案に対する票決がなされると聞いております。日本の国内法に対し隣国の国会議員たちが意見を差し上げるのは適切ではないという点はよく承知しておりますが、有事法制はその影響が日本国内に限定されるものではないがゆえに、本日やむを得ず要請文をお送りすることになりました。 我が議員たちと大韓民国の国民たちは、有事法制が過去のアジア諸国家と国民たちに大きな痛みを与えた不幸であった戦争の歴史を再演しうるということに対し、深刻な憂慮をもっております。有事法制の通過は直ちにアジアの軍事・安保環境を悪化させる充分な契機になるという点からも、極めて大きな憂慮を持っております。 有事法制に対しては、アジアの他の国々だけでなく、日本国内の弁護士団体や知識人たち、市民諸団体も反対の意を多くとなえていることを知っております。昨年の毎日新聞の世論調査でも、81%が否定的であり、賛成は6%に過ぎないという結果が示されました。戦争と言う悲痛な歴史を繰り返す道を進むまいということが、日本国民多数の意見だと考えます。 日本国憲法9条は、軍隊を持ったり戦争をすることを禁止しています。それゆえ、日本の憲法は大韓民国でも「平和憲法」と呼ばれています。ところが、有事法制は平和憲法の精神に真っ向からはずれるものだと考えます。 切に要請いたします。今日の法案決議の場を前に、平和憲法の精神をもう一度考えて下さい。一瞬の誤った判断で世界の人々を戦争の苦痛に追いやった不幸であった歴史をもう一度考えて下さい。 そして特に、日本が国際社会のリーダー国家として認められる道は、軍事的位相の強化にあるのではなく、高い水準の道徳国家の面貌を見せるところにあり、世界各国がそのような基準によって日本の国際社会での位相と役割に関して考えているという点を充分に考慮し、法案処理にご理解をいただけますよう、もう一度切に要請いたします。 ありがとうございました。 2003年5月14日 大韓民国 国会議員(以下、議員名省略) 全文を通して言葉に配慮しながら、しかしアジアの、世界の良心として切々と訴えていることに胸をうたれます。日本の法律だからといって国内だけ(政府・国会)の事情で決めていいわけありません。私たちはあきらめません。良識の府といわれる参議院で否決されるように働きかけます。皆さん、今を生きるものの責任としてこの関連法案を廃案にする為に、あきらめずに行動しましよう。 |
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2003.5.21(水) 昨日の夕方の激雨はどこへ行ったのかと言うほど、今日は快晴に恵まれました。乳幼児がいる家庭では洗濯・掃除・外遊び・買い物と大忙しの一日になったと思います。 病院では外の世界のことが殆どわからないので、見舞いに来る人からの情報が便りです。介護保険の調査で最初に聞かれるのが『今日は何月何日ですか?何曜日ですか?』痴呆の状況の判断になるのかもしれませんが、カレンダーに毎日『印』をつけていない限り覚えていません。なぜならば、朝から晩まで「声がけ」される以外は目をつぶっている、若しくは、うとうとしているか眠ってしまう状況下の患者さんが多いのですから。起きる度に新しい日を迎えていると思ってもおかしくないのではないでしょうか。 入院生活が3ヶ月以上になると気力も体力も衰えるようです。病院でのメンタルヘルスケアに力を入れる必要性を感じるこの頃です。ボランティアの人に話を聞いて貰ったりすることも慰めになると思います。看護師さんも介護士さんも、まして先生たちにはそんな余裕はなさそうです。 家族の前では流せない涙も思い切り流せるかもしれません。思いを語れない失語症の患者さんだったらなおさらです。人間の尊厳を大切にする意味でも精神的なケアをする病院に支援が必要です。 自転車を駆って颯爽と(?)飛び込んだ病院での感想を一般論としてつづりました。 |
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2003.5.20(火) たま広報5月20日号が配布されました。一面全体を使って昨年度のごみ量速報を掲載しています。多摩地域30市町村の1人1日当たりの平均ごみ量(937.4g)と比べると、ごみ収集車約500台分〜750トンオーバーしているそうです。 多摩市は2000年10月からごみ収集方法をダストボックス方式から見える形の収集方式に変更しました。資源も分別をさらに進めて回収しています。それでもまだまだ目標には程遠いのです。2001年度から10年間で多摩地域のベスト1になるにはどうしたらよいか、紙面の下段を使って具体的に示しています。つまり1日1人当たり80gの減量はどういう目安かということです。 ごみ減量推進委員、環境会議等市民参加で取り組んできた成果を実らせるためにはどうしたらよいか、さらなる工夫が必要です。 たま広報が届かない、自治会からのお知らせも行かない、等の市民がどのくらいいて、ということは収集方式変更のときにある程度のデータは市が持っていると思います。まずそこから取り組んでいく必要があります。 もう一つ、家庭から出される資源の量をへらさなくては仕様がないと言うことを徹底させるべきです。物の命を大切にして購入したものは使い回しなどの工夫で最後まで使い切る事を家庭内でも合言葉にするというのはどうでしょうか? 私としては、多摩市がワースト1からベスト1へと言う目標は行政として当然でしょうが、地球規模の問題として考えられる市民をいかに増やせるかに係っていると考えます。 |
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2003.5.19(月) 昨夜は来客がありビールではなくお茶をたくさん飲んだせいか、床についてもいつまで経っても眠れませんでした。そこで友人から借りている本で今日かえすことになっている「精神医療 特集 追悼 島 成郎」を読み出しました。ともに働いた方々からの追悼文はすでに読んだので、2000年3月14日から3かいにわたっての講演、日本の精神医療、とりわけ沖縄における精神医療、精神病院の問題を整理し、これからの精神医療の方向性を明らかにするために講演した記録をもとに編集者が起稿した第1回「これまで」、第2回「いま」、第3回「これから」を通読しました。 いかに日本の、この分野での医療としての考え方が遅れていたか、特に復帰前の沖縄での状況がどうだったかが書かれています。他の病気よりもずっと誰もがかかりうる病気なのにタブーししてきた歴史がそこにあります。ベトナム戦を経験した米兵がこころを病んでいるという話は聞いても、沖縄戦をくぐりぬけた島民がどのような思いで戦後を過ごしたか・・・は、『本土』の私たちには伝わっていませんでした。 日本経済の右肩上がりが望めなくなったことを機に、医療費においても削減せざるを得なくなり介護保険制度ができました。今年度からは予定どうり障害者の支援費制度も始まっています。 国の精神医療に対しての考え方も病院(施設)での長期にわたる保護から短期治療、社会復帰へと変わってきました。多様な相談窓口という意味では、市と保健所があります。メンタルクリニックもずいぶん増えました。どの窓口にも気軽に行けるような社会のあり方をさらに進めたいものです。 |
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2003.5.18(日) 連日総合福祉センターにでかけています。今日は、多摩市身体障害者福祉協会第37回定期総会に会員として参加しました。障害当事者とその家族他の会員108名、出席56名、委任状34名と言うことで総会は成立しました。私も議員になってから殆ど参加してきましたが、今までで一番出席者が多かった気がします。 開会の言葉を述べた副会長の石橋さんは、失語症友の会のOBで、その定例会に初めて参加した私にとって忘れられない方です。言葉を失ってから7年目に再び言葉を取り戻せたと言う体験談を聞かせていただいたからです。その場に居合わせた失語症の方々、福祉関係のお仕事をされている方、家族にどれほど励ましになったことかと思います。 総会後の懇親会に出席しておいしいお弁当をいただいた後、資源化センターで働いている小林さんの手品を見せていただきました。いくつもいくつも披露していただいた中で観客の手のひらを借りての、赤いボール(?)が増える出し物は見事でした。会場は笑いに包まれ楽しいひと時を過ごしました。 その後7人の方から自己紹介・近況・決意などが述べられました。 Kさんは、48歳のときにリウマチを直すと宣言したそうです。9年間働いて圧迫骨折になり、自分では何も出来なくなり、2ヶ月間入院し、その後ベットから降りられない状況になりました。自分の足で歩きたい・・・と言う強い意志で夫の付き添いなしで通院し、それが自分の自信につながったそうです。福祉センターのプールに通い今では逆に夫の看病ができるようになったということです。 Iさんは脳腫瘍の夫の介護を33年間して3回忌も終わったそうです。翻訳のお仕事を持つ夫のお手伝いと日ごろの介護は本当に大変だったとおっしゃっていました。やっと、ご主人の物を整理してこれからは少しでも楽しく過ごそうとされているようでした。私もこのご夫婦には時々お目にかかっていたので挨拶を交わしていました。そんなに長く介護されていたなんて全く知りませんでした。 Yさんは、若い青年で、「今は車椅子になりましたが売店で頑張ります」と挨拶しました。初めて彼をお見かけしたのは多摩養護学校の卒業式でした。その後もお会いしているのですが、最近は市役所の売店で買い物するときにお世話になっています。 Hさんは「これからもよろしくお願いします」とはっきり挨拶されました。すぎなの友に週5日通っているそうです。 Wさんは若くて積極的な女性で先ほどの手品でもアシスタントをかってでられました。編み物グループに入ったばかり、これからもよろしく、と挨拶されました。 Mさんはアートひまわりにもお世話になったこともあるが、今は体が悪いのでボランティアをしているそうです。私も彼女とはバリアフリーチェックのお手伝いをしていただいたり、A病院でお会いしてリハビリ病棟でボランティアをされていることをお聞きしていました。 Tさんは「あきらめず、自分でやることを決めて、やりとげることが、自分のためになる」と力強く、私たちにメッセージを送ってくれました。 今日は来賓の方が23人も見えていました。懇親会までいらして皆さんの生の声に触れられたら良かったのにと思います。 |
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2003.5.17(土) 総合福祉センターでNPO法人「プレイルーム ゆづり葉の家」の総会がありました。私は今回はスタッフの一人として参加しました。正会員46名中24名が出席しました。 今回の議案の中で、「後援会の創設」があります。これは、メンバーの親たちが「プレイルームゆづり葉の家」を経済的側面から応援して行こうとするものです。 また、「苦情処理委員会の制定」に関しては、苦情などが発生した場合に、保護者代表を委員長に、監事2名を委員とした苦情処理委員会が、調査及び当事者との話し合い等をとおして解決することを目的としたものです。この二つの議案は法人にとって画期的なことだと思います。何でも理事会に任せるのではなく保護者も積極的にかかわっていこうとする姿勢、人権感覚をスタッフもメンバーも保護者もしっかり持っていこうとする姿勢を大切にする議案です。この議案も含めて全部可決されました。 保護者の一人から、知的障害者の受け入れ先は多様であってほしいのだから、行政ももっと支援してくれるように議員さんに頑張ってもらいたい・・・、と言う趣旨の発言がありました。 法人側も広く議員に呼びかけていき、現状を知ってもらうようにしたほうが予算獲得に結びつくのではないかなと感じました。 健康福祉部にも総会のご案内を出したはずですが、どなたも見えないことは残念でした。 |
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2003.5.16(金) 第一回多摩市議会臨時会が10時より開かれました。今日は傍聴者があふれるぐらいだろうと予想していたのですが、私は16番目でした。最終的には20人を少し超えたようですが新人議員が8人も増えたのですからもう少し関心を持っても良いのではないでしょうか。 最初に議長選挙の投票結果です。26票中 有効25票 無効1票 当選 小林義治 14票 橋本由美子 4票 住田啓子 4票 武内好恵 3票 次に副議長選挙の投票結果です。26票中 有効24票 無効2票 当選 朝倉泰行 13票 橋本由美子 8票 岩永ひさか 3票 各常任委員会の委員長、副委員長の選挙は2つの委員会室を使って交代に行われました。 一人の傍聴者が初委員会を傍聴したいと申し出たら、事務局が「先例がない」といい、委員達はオーケーしているのに、議長が先例がないということでノーということになったと、憤慨して傍聴席に戻ってきました。そういえば、新任の挨拶では「市民に信頼される議会、議会運営は公正・公明に、先輩たちの築いたものを護っていく」と言うような内容で’改革’するとは言っていなかったようです。 それでもあきらめ切れずに、今後の議会運営に関わることなので、議会運営委員会を傍聴したいと8人で申し出ました。やはり前例がないと言うことで議論されていたようですが、だいぶ経ってから入室の許可が出ました。私たちは、こんな些細なことからでも改革していかなくてはならないのです。 どの委員会も指名推薦と言うことで決まったようです。少なくも議会運営委員会はそうでした。 総務常任委員会 委員長 安藤邦彦 副委員長 藤原正徳 厚生産業常任委員会 委員長 小林憲一 副委員長 今井みつえ 建設環境常任委員会 委員長 藤原忠彦 副委員長 橋本由美子 文教常任委員会 委員長 谷 健一 副委員長 折戸小夜子 議会運営委員会 委員長 菊池富美男 副委員長 安藤邦彦 |
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2003.5.15(木) 今日の朝日新聞夕刊の報道では、旧日本軍の毒ガス遺棄、「違法」の判決が東京地裁であったことが載っています。しかし、中国人被害訴訟の賠償請求は棄却されました。 棄却の理由は「主権の及ばない中国で兵器を回収することは困難だ」と述べ、日本政府に撤去の義務はなかったと判断したということです。日本政府の調査からと言う、’分布状況’を見ると中国の南北に渡って29箇所と広範な事がわかります。 終戦から50年以上も過ぎた今でも放置された化学兵器による健康被害は国内外で相次いでいます。さらに、世界中で今もばらまかれている新しい兵器による戦後の被害が出ていることも現実です。地雷の撤去をする一方でクラスター爆弾を投下するというように、どこまで行っても戦後の安全は保障されません。日本でも、つい最近まで地雷が製造されていたわけだし、クラスター爆弾を持つためのよさんを計上云々も新聞紙上で目にしました。殺傷するための兵器にどれだけ税金をつぎ込もうとするのでしょうか。 国内では昨年9月神奈川県寒川町での毒ガス入りの瓶による被害、今年3月茨城県神栖町の井戸水から高濃度のヒ素と毒ガス成分が検出され井戸水を飲んだ住民20人の被害、平塚市では、硫酸入りの瓶による被害が表面化しています。 日本の水は安全で美味しい筈だったのにこんなことになるなんて神栖町の人々は思っても見なかったことでしょう。 皆さん、『アレクセイと泉』という映画をご存知ですか。1986年4月26日に起こったチェルノブイリ原発の爆発事故で被災したベラルーシ共和国東南部にある小さな村ブジシチェに湧き出る泉と若者アレクセイを描いたドキュメンタリーです。命の源になる水を安全なものとして、後世の人々に残していく義務が、今を生きる私たちには’ある’と言うメッセージが読み取れる内容だと思います。 7月6日(日)多摩市役所隣「やまばとホール」で13:00、16:30の2回上映します。 多くの方々に観ていただきたいと、私も主催者から切符を預かりました。前売券 大人千円、 中学・高校・大学生八百円です。 |
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2003.5.14(水) アジア・ヒストリーの集まりに参加しました。折りしも有事法制関連法案が与党三党と民主党、自由党の合意した修正案が特別委員会で採択される日です。 永田町の論理と市民の論理はどうしてこうもかけ離れてしまうのでしょうか。議員同士で議論したり駆け引きする前に、また最中でも、国民の意見を十分聞く機会を多く求めるべきだと思うのですが。国会は、都議会・市議会と違って会期が非常に長いわけですから、その間にせめて地元に帰ってより多くの人とひざを交えて話し合えると思います。 この法案は、多くの労働者に直接影響が及ぶものです。港湾・航空・運送・病院等々、この人々の不安にどう応えていけるのでしょうか。 地主や家主などの不動産の持ち主にも納得の行く内容になったのでしょうか。 私は、昨日も書き込みましたが、マスメディアがかなりコントロールされている気がしてなりません。少なくも一週間前から久間・前原折衝がされているのなら情報の芽だしぐらいするべきだと考えます。これは、国会議員サイドにも言えることです。 私たちの運動・活動をどのように考えているのでしょうか。労働組合との団体交渉のように落としどころで決着すればよいとでも思っているのでしょうか。 私は、どの政党に加担するのでもない、ただひたすら世界に誇る「戦争放棄」の憲法を守って生きたい思いで運動を続けているのです。 2001.10.25(木)毎日新聞、とうきょうワイドの「21世紀ー東京の100人」に、市民運動に取り組むラーメン店主 田波政博さんが紹介されています。今から16年前、’87年に開店10周年の記念事業として、旧文部省が編集し、中学校社会科の1年用副読本として使われた(1948〜1951)「あたらしい憲法のはなし」を自費で復刻・出版した人です。 インタビューの中で、若い人に憲法を読んでほしい。「世の中のさまざまな動きに、注意深く関心を持ってほしい。読み・考え・発言していくことが、かって起きた『無関心な人々による共謀』を再び繰り返さないことにつながるのだから」語っています。 |
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2003.5.13(火) 夕刊一面に’有事法制、与党・民主修正合意へ’と言うトップ記事が掲載されました。民主党は 1.緊急事態対処基本法の制定 2.「危機管理庁」(日本版FEMA)の設置 3.基本的人権の保障の明文化 4.国民保護法制が整備されるまでの法施行の凍結 以上4点を重視して修正協議に臨むということです。私は、周辺事態法の成立の時もそうですが、今回も武力攻撃事態についての解釈が曖昧なままで良いのか、国民の保護を第一に考えた法律を作ることが国会議員の役割のはずが、後回しで良いのか、この2点で民意を反映した修正にはなっていないと考えます。 新聞などの報道機関は、もっと民意についての、市民の視点がどこにあるかを真摯に受け止めて、このような重要な法案に関する報道を一面で取り上げてほしいと思いました。 |
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2003.5.12(月) 夜6時30分からベルブ永山で「有事法制・メディア規制法案に反対する多摩市民実行委員会に出席しました。 3月13日に会合を持ってから選挙をはさんでの初めての会合です。でも、その間にイラク攻撃を開始した3月20日には多摩センターでビラまきをし、3月30日にはイラク攻撃に反対する集会・デモをし、200名の参加がありました。 今週の動きは時々刻々と変わることを念頭に、私たちはどのような動きをしたら良いかを相談したわけですが、まずは、5月14日に集まった署名を持って国会議員への要請行動に行くことに決めました。私たちの集会に参加してくれたり、メッセージを送ってくれた議員に対し、ぜひ、廃案にするように要請するものです。 又、5月15日(木)から多摩センターをかわきりに駅頭情宣を再開します。22日(木)永山駅、27日(火)聖蹟桜ヶ丘駅の順にして時間はいずれも夕方の5時30分から6時30分です。現在、実行委員会会員は43名です。多摩市に何らかのかかわりのある方は会員になれます。どうぞ奮ってご参加ください。最初は駅に来てビラを一緒にまいてください。 |
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5月11日 日曜日 個人情報保護関連5法案が衆院で5月6日に可決、参院に送られました。統一地方選のさなかである4月14日に審議入りして一ヶ月足らずで可決とは、どう見ても議論が尽くされたとは思えません。特に、自衛官適齢者名簿収集で明らかになった、「官」の情報収集への規制が民間に比べて甘い点等については一切論議されないまま通過しました。今後、参院でどこまで時間をかけて審議されるかに私たちの自己情報コントロール権もかかっているのです。否決して衆院に差し戻すぐらいの深慮があればと期待します。 朝日新聞10日付の夕刊一面に’訂正’9日付「個人情報法案参院審議入り」の記事で、一部地域で「個人情報の不正利用を法案が官に甘いとの批判は当たらない」とあるうち、「個人情報の不正利用を」の部分は不要でした。削除し、訂正します。 上記の’訂正’記事が掲載されても全体像が見えなくては何のことかわかりません。’不要’と片付けられても、それこそ記者が単純な編集ミスをしたのか、デスクから書きすぎだよと叱責を受けたのかもう少し説明が必要ではないでしょうか。 新聞は学校でも授業に取り入れられています。中学生が興味を持ったり、課題で記事を収集していることも考え、読者の身になって記事を書いていただきたいと感じました。 |
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2003.5.10(土) 今日は同居している娘の子ども二人のお守りをひきうけ一日を過ごしました。 毎日乳幼児の年子を殆ど一人で看ている姿を見ているので、中学時代の友人と会うために多摩市から練馬区まで行くことを、気持ちよくオーケーしました。 知恵がどんどん発達している一才過ぎた子どもの扱いは、面白さと大変さが半々でした。寝返り前の下の子は通常はとても手のかからないといわれる子なのですが、眠いのに寝られない状況のときのストレスはどうしようもなく、自我も出て火のついたように泣きだし30分以上泣き続けます。 私自身、殆ど年子の三人の子どもを育てたのですが、その苦労はあまり記憶に残っていません。子育ての先輩から’今の大変さも一時だから大丈夫よ、子どもは日に日に成長するから’とアドバイスを貰い、当たり前のことも見えなくなっている自分に気がついたものでした。 子育て支援策が多様な形で求められますが、身近な関係性の中で、先輩の温かな配慮の中での支援が、まずは子育て中のお母さんの気持ちをやわらげるきっかけになるのではないでしょうか。 |
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2003.5.9(金) 今日は用事があり入間市(埼玉県)まで行ってきました。多摩市からは立川に出て福生、拝島、瑞穂町を経て入間市へ16号線で北へ北へと向かいました。 途中、横田基地の横を通過するわけだが一号ゲートから12ゲートまでの距離が何しろ長いことに改めて驚かされました。基地の中にも人影は殆どなく、飛行機も一台も見えませんでした。基地の向かい側の商店街もお客さんの姿がありません。 福生、羽村、瑞穂町に渡る広大な基地はいつ米軍から返還されるのでしょうか。昨年の秋に多摩市、稲城市に渡っている米軍の「多摩サービス補助施設」を見学してきました。旧陸軍多摩火工廠の跡だということを知っている人がどれだけ残っているでしょうか。 私は20年前に当時の職場で働いていた女性から、女学生の頃火工廠で火薬作りをしていたと言う話を聞いていました。そして、元工員たちが書いた回想録「横山回顧」を貸してくださいました。読んだ感想としては、学業をしたいのに国のために一日中泥まみれになって山の中で働いていたのだな、青春時代にもっとしたいことがいっぱいあったでしょうにね、と言ったごく普通のものだったとおもいます。 多摩市の平和事業の一環として毎年開催された平和写真展に参加している団体の企画で、過去2回、見学会がもようされました。昨年は、一回目よりさらに奥まで案内してくれたようです。これも随行の米軍の職員によったのだとは思いますが。 毎年の写真展による情景が目の前に展開するとより現実味が感じられます。火薬を作っていた建物跡と思われるコンクリートの厚さは155ミリメートルありました。山の中にV字型の側溝が多く見られ、治水に気をつけていたことがわかります。 荷物を運ぶためのエレベーター、その脇の人のための急な階段が印象的でした。中の谷にある第二工場であった木造の大きな建物は米軍が倉庫として使用しているそうです。昔の学校のような建物でした。 戦争を知らない世代の人口に占める割合が圧倒的に多くなるのも時間の問題です。一日も早く基地の返還を実現し、いつでも、だれでもあの広大な丘陵の中の遺構を見学できるようにしたいものです。 国では沖縄の基地、東京都では横田基地、多摩市では米軍多摩サービス補助施設、それぞれの返還とその後の展開を一人ひとりが真剣に考えるときがきています。 |
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2003.5.8(木) 手をつなぐ親の会の総会に賛助会員として参加しました。 国会議員の石毛さん、都議会議員の新井さん、小磯さん、市議会議員、養護学校の校長、社会福祉協議会の会長、多摩市長、健康福祉部長、障害福祉課長が来賓として挨拶しました。 議事に移り全部の議案が質疑なく拍手で承認されました。 昨年より新会長の下、若いお母さんたちが運営に一生懸命取り組んでいらっしゃることが報告の中から読み取れました。 ’卒後に在宅を出さない’が第一の目標で活動を続けてきている会ですが、当事者の親だけではなく多くの賛助会員の心を合わせ、束ねて行政と交渉していかないと、’財政の厳しい折から’の枕詞で予算化につながらないのではないでしょうか。 限りある予算をどこに重点的に配分するか、市長と議会にかかっています。世論調査もそろそろ内容をしぼって、右肩下がりの税収入の時代の施策のあり方について問うていくことを提案したいと思います。 今回の総会では市長が最後まで席を立たなかったことに会員の方々は感激していました。いつも最後まで議員として出席していた私としては、当然のことと考えますが、来賓席の議員は一人を残していつの間にか空でした。現場を知ることの大切さを考えると、これで良いのだろうかと疑問を持たざるを得ませんでした。 |
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2003.5.7(水) お気に入りのホームページを今朝開きました。改革を目指す若い議員が一年間どのような思いで議会運営を見てきたかがわかります。 交渉会派については、団体の都合であえて交渉権を持たない道を選んだことの説明はどこにもされていません。どのようなスタンスで会派を組もうとしているのか、政策面なのか、今後の選挙に向けての配慮なのか。 議会運営委員会での発言権及び代表者会議に関しては、今の運営方法を変えない限り民主的にはならないと感じています。 一年間の経験をどのような視点で改革の道につなげるかは、ベテランと言われる議員ではなく、期数の少ない瑞々しさを持つうちに出来ると確信していたのですが・・・・。 私は皆さんへの4月議会報告で議長への申し入れ書を提出したことを開示しました。その内容は以下のとうりです。 菊池富美男議長殿 2003年3月24日 |
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2003.5.6(火) 朝一番で府中の社会保険事務所にでかけました。混み合っているので朝は10時までに、午後は3時までに來所する様にとの注意がきがあったので、相当に頑張っていったのですが一番に相談を受けることができました。前回の相談から一年以上たっていたので、必要書類が違っていてその書類を送付してから八王子に転送するとの事でした。それでも、窓口の女性職員はとてもてきぱきしていて説明も納得いくものだったので、徒労感なく帰ってきました。 ただ、前回の試算よりも年間の年金額が少なくなることを聞いたときはショックでした。今年の4月からは物価スライドで下がると言うことです。家賃をはじめとして必須生活費は下がっていない中で、収入の保障が先取りで下方修正されることに、もっと怒っても良いのではないでしょうか。 年金制度の抜本的な改革はようやく緒についたばかりですが、将来に対して持続可能なものにすること、不公平感のないものにすることが大事です。そう考えていくと、年金だけで生計を維持することはできないので、多様な働く場を創出する必要があります。その場を担うことができるのは、地域の中で必要に迫られたことを継続してやってきたNPOだと考えます。行政は、民間の力に、発想におおいに委ねること、これこそが市民との協働であり限られた財源の最も有効な使い方だと信じます。 |
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2003.5.5(月) 昨日に続き快晴のこどもの日、多摩センターのガーデンシティ多摩へでかけました。すっかり葉の茂った乞田川沿いの桜並木の下を、急ぎ足で大股でさっさっさっと。 多摩市立幼稚園の横を通ったときには、あの大きな欅の幹に目がいきました。皮がはがれおちそうになっている姿は痛々しいのですが、今の季節の営みなのでしょうか。 連休が終わり園児が嬉々として登園してくるとき、先生に何を話そうかと一人ひとりが抱えきれない思い出を持ってくることでしょう。 でも、たとえばサービス業に従事する親を持つ子どもにとっては、どこへもいけなかったかもしれません。そんなときに子どもが先生に何を話そうとするか、何も話さないで行き過ぎる子どもに何を語りかけるかで、他の子どもとは違った大切な時間が持てると思います。 3歳の息子が幼稚園に通っていた頃のこと、その日は参観日でした。外遊びが終わり教室に入るときに、一人の女の子が手のひらと顔を上に向けて「あめがふってきた」と言ってその感触を確かめていたのです。先生は何のコメントもなくその子も含めてひたすら室内に入るように促していました。 参観日の予定をこなすには時間が押していたのかもしれませんが、自然との’ふれあいを’している子どもにひと声かけてほしかったなと思いました。 大勢の子どもたちを預かる幼稚園、保育園等、小・中学校の先生たちからは、現実にはとっても無理な話と一笑に付されるかもしれません。が、家庭も地域も含めて子どもたちの発信することを、しっかりと受け止められる’余裕’が、いま求められていると感じます。 いくつになっても、瑞々しい感性を、そして子どもの目線を忘れることなく日々送りたいと、あらためて思った’こどもの日’でした。 |
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2003.5.4(日) 五月晴れの今日、ホームページ編集した文章がやっとのことでアップロードされました。 市議会議員選挙の告示日前にこぎ付けようとトライにトライを重ねたがどうにもならなかったのです。 3月議会に関しては、新聞折込の議会報告で概ねお知らせしたので、ある程度説明責任は果たせたと考えます。しかし、4年に一度の選挙に関してはもう少し皆さんに実態を解りやすく報告する義務があると私なりに思っていたので残念でした。 ともあれ、私の任期も4月30日で終了したので少しは肩の荷が軽くなりました。昨日は自宅から総合福祉センターまで自転車を駆ってでかけました。行きは心地よい汗をかき、帰りは川沿いを一気に下ってきて5月の爽やかな緑を満喫してきました。 議会はどんなことになっているのかやはり気になります。4年前、私の所属する団体から3人が立候補して全員当選しました。2期にわたり交渉会派としての3人が確保できたので、当然独自の会派を作ると思っていました。ところが、水面下でかなりのエネルギーを費やして最大会派を成立させようとしていたのでした。何のために会派の人数を競うのかは多数決の原理をあらゆるところで駆使するためです。 まずは、議長・副議長・監査の三役人事をどうするか、そこでコーディネートした議員は影の立役者として議会での影響力はかなり強いものになっているようです。 この三役に是が非でもなってほしいと議会の総意で決まるわけではないのが残念です。小学校の児童会で選挙をする時に、候補者が推薦人と共に教室を回り演説をしてそれを聞いた児童が思い思いに投票して役員が決まる、あのやり方が公明正大でよいと思います。皆さんはいかがお考えですか。 多選された議員が必ずしも議長に相応しいとも思いませんし、最大会派から選ばなくてはならないわけでもありません。ただいえることは、多選議員が多いと議長経験者ばかりで船頭多くして船山に登りかねないのです。議長経験者は潔く野に下って後進に道をゆづってほしいと常々考えていたものです。 少数精鋭でやっていくのだと豪語した方々の行く末をしっかりと見極めていきましょう。 |
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2003.4.9(水) 昨日は朝から激しい雨が降ったり、風が吹いたり、かと思うと晴れ間が見えたりで、とても外出する気にはなりませんでした。 朝から2期8年間の最後の議会報告を作っていました。自分で作り出して3回目です。組織に属していた頃は役割分担で、広報担当が原稿を集めて編集していました。全戸配布なので、時間をかけて恥ずかしくないものをということ、少し表現が軟らかすぎるかなと思うこともありましたがとても立派なものを作っていました。 ぜひの会を作って一年間、たくさんの経験を積みました。議会運営委員会・代表者会議の実態は聞きしに勝るものとの実感でした。少数意見に対してバッサリ切り捨てるかと思えば、明らかにおかしいと思われる少数意見がまかり通る世界なのです。 子どもたちも政治や社会の動きに関心を持ち出している昨今、私たち大人の役割は、子どもたちを落胆させないことではないでしょうか。嘘も方便、無理を通せば道理が引っ込む等など、大人になりたくない子どもを再生産することは、子どもの幸せになる権利を奪っていると思います。 選挙で選ばれた議員は多摩市民全体の幸福の追求をしなくてはなりません。何かというと使われる言葉に「支持者が・・・」ああだ、こうだ、というのがあります。これは、支持者以外には耳を貸さないでよいといっているようなものです。 組織、政党、会派を超えて一つ一つの事案に対して審査、審議をしなくてはいけないのに、選挙が近づくとどろどろになってしまうのです。 このような身近に起こっていることも事実として有権者である市民にリアルタイムに知らせていく事が、ある意味では政治に、議会に関心を持つきっかけになるかもしれません。 7年間組織にあっても自分なりの方法でより多くの情報の提供をするべきだったと反省をしています。その意味でも今後は8年間の経験を活かして皆さんのお役に立てるようにしたいと考えています。 組織にあるときも、出てからも、本当に多くの皆様にお世話になりました。ありがとうございました。 |
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2003.3.24(月) 未利用地等対策特別委員会を傍聴しました。二人会派以上の委員で構成されているので一人会派の8人は審査の様子を知ろうと思ったら傍聴するしかないのです。 今日は、多摩市学校跡地施設等活用検討市民委員会の第4回から第6回までの会議要旨をもとに審査を進めていました。市民委員会の中間報告が3月から4月にずれ込むことも含めて、議会として具体的なことには踏み込めないので、特別委員会の報告には、「市の将来をみすえて多面的に十分検討すべきである」と言う要旨を盛り込むことで合意しました。 未利用地についてだけではなく、学校跡地についての検討もする特別委員会と言うことに固執していた議員はこの結果で満足するのだろうかと疑問が残りました。 菊池議長に申し入れ書を提出しました。8年間の議員活動をとおして改革できなかったことを、改選後の議会で推進してほしいと言う思いで8項目を申し入れました。明日の代表者会議,明後日の議会運営委員会で報告するとの事です。 |
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2003.3.14(金) 平成15年度予算委員会から 予算審査も3日目になりました。予算全体に対しての総括質疑・歳入について、総務費、民生費と進んでいます。一人当たりの持ち時間が30分で会派プール制となっていて、一日あたりの消化時間が160分にならないと5日間で終わらないと計算しているようです。質問に対しての答弁時間を1,1倍で見たうえでの計算なので、質問と答弁内容が噛み合わないと時間だけが過ぎてしまいます。 改選後の議員数が2名減の26名になりますが、今でも市長から提案されている事業・予算に対してすべてチェックできているかといえばノーです。少数精鋭で、議会の使命であるチェック機能としての効果をあげようと考えるならば、予算審査に少なくも1,5倍の時間をかけていくべきと考えます。行政・議会ともフレッシュな感覚なくして改革はできないと日々感じています。 |
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2003.3.3(月) 3月議会の初日が過ぎ、興奮して何時になっても眠れないのでパソコンに向かっています。 T議員の一般質問の市長とのやりとりで議会制民主主義を否定するような答弁が返ってきたからです。議会と市長は車の両輪である。チェックアンドバランスをとるためには、議案になる前のチェックが必要で、提案されてから反対を唱えることは、反対のための反対である。会派要望、日常的な提案をしていくことが必要である。市長側からの議会に対してのチェックアンドバランスはどうしているか?に対して、議場以外でのチェックアンドバランスをとっていると答えたのです。(問答内容は要旨) 常に緊張関係にあることが車の両輪の役割ではないでしょうか。政府与党と同じ体質を地方議会に持ち込むことは、おかしいとおもいます。 議員定数を削減した14人の方たちはどのように考えているのでしょうか。 少数精鋭で、2人減った分まで補って頑張る姿を市民に見てもらう、と言っていました。 議長経験者の今日のような発言があると、開かれた議会から水面下の議会へと移行していくのではないかと不安が募ります。 皆さんはどのようにお考えですか? |
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